どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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38. ささやかな敗北と婚約者の特権

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 俺とお姉様とリシェルは母上様に呼び出され、改めてパーティーについてのお話があった。

「細かいことはアデリナからお訊きなさい。――頼みましたよ、アデリナ」
「はい、お母様」

 用事が立て込んでいるというお母様のお邪魔をしてはいけないので、俺達は早々に執務室を出た。
 執務室の出入口付近のコンソールテーブル、花瓶の隣に見慣れた白いもふもふがいたんだけれど、妙だな。ミッテちゃんはいつも通り、俺の手の上にちょこんと座っているのに。
 授業の時間はもう少し後なので、俺とリシェルはお姉様の部屋にお邪魔し、詳しいお話を聞かせてもらうことになった。
 お姉様の部屋は以前に比べると、心なしか可愛いクッションやレースが増えている。今までは心にも時間にも、自分の趣味に傾ける余裕がなかったのだろう。
 ところでお茶用の丸テーブルの中央、花瓶と一緒に母上様の執務室でも見かけたミッテちゃんの分身がちょこんと座っているのだが、こやつはいったい何者なのだろう? リシェルもそいつを見て目を丸くしているので、俺の目や脳に異常があるわけではないようだ。

「ぬぬ……これは素晴らしい作品ですね! ごらんなさい、この羽毛の表現、感嘆せざるを得ません」

 ミッテちゃんがうなった。俺とリシェルだけでなく、ヒヨコまでがその白い物体にじーっと見入る様子に、とうとうお姉様がくすくすと笑いだした。

「ノイマンが作ったのよ。木彫りが趣味なのですって。毎日少しずつ削る作業をして、一体を完成させるのにとても日数がかかるのだそうだけど、頼めばランハートやリシェルにも作ってくれるのではないかしら?」

 おお! ノイマンも趣味に使える時間が昔より増えたのかな?
 もし俺にもミッテちゃんの木彫りを作ってもらえるなら、ポーズをリクエストさせてくれるだろうか。そうだな、色気たっぷりのウッフンポーズがいい――

「ピヨッ!!」

 指先にくちばしの連打攻撃がきた。いてて、冗談だって~。爪の間を狙うのはヤメテ、それマジで痛いから!
 オリジナルのヒヨコとじゃれる俺にひとつ笑いをこぼし、お姉様は「先ほどのお話だけれど」と本題に入った。

「わたくしは去年、お母様とご一緒させていただいたの。あの時に注文した果物のジュースは、ランハートとリシェルも飲んだことがあってよ」
「ジュースといいますと、もしや氷葡萄のジュースですか?」
「そう、それ。雪の中でカチコチに凍った葡萄を搾ったものなのですって。ジュースだけでなくお酒もあって、お母様のお気に入りなの」

 デザートワインみたいなものかな? 母上様、辛口の日本酒をたしなみそうなイメージだけど、甘いお酒がお好きなのはギャップがあっていいな。

「こおりぶどうのジュース、むらさき色の? あまくて、おいしかった」

 あっ、リシェルのよだれが垂れそうに! ――よかった、自分で気付いてくれたな。俺は何も見なかったよ、うん。
 美味しかったよね、あれ。甘みが強いだけじゃなく、爽やかで。

 お姉様のお話によれば、子供が社交を経験し始める年齢は特に決まっていないものの、だいたいどの家も俺ぐらいの年齢から開始するらしい。
 子供の出られるパーティーは明るい時間帯に行われ、通常は酒類も多くは出ない。けれどバウアー男爵邸は名酒の飲み比べをメインとしているので、少量だが旨い酒が何種類もふるまわれる。
 一方で、滅多に出回らない果物や菓子も多く出るので、男だけでなくご婦人方はもちろん、子供にも人気のパーティーなのだそうだ。

「お菓子……くだもの……」

 リシェルの瞳がきらきらきら……と輝いている。これは欠席させてはいけないやつだな。

「お姉様。お話を聞く限りとても楽しそうで、気軽に参加できそうなのですけれど、招待状はどのようになっているのでしょう? なくとも大丈夫なのですか?」
「いいえ、不審者を入れてはならないから招待状は必須よ。リシェルはムスター家との婚約を既にほかの家にも通達していて、我が家が保護者なのは知られているから、ここに招待状が届いていたの。公爵夫人の回答で問題ないものだから、お母様がお返事を出したわ」

 最大の不審者、男爵の身内なんですよ。外から来る奴の警戒よりも、内部にいる奴のほうが要警戒でして……とは言えんしなぁ。

「そうだったのですね。今年もお母様が一緒に行ってくださるのでしょうか」
「それがね、お母様はご用が重なって行けなくなったそうなの。護衛や使用人と一緒に行くことになるから、三人で楽しみましょうね」

 使用人が付いていれば、子供だけで出席可なのか。試し飲みの酒をカパカパ飲みまくって酔っ払い、もっと出せと騒ぎ出すオッサン、貴族にはいないのかな。
 リシェルは母上様が行けないと聞き、ほんの少ししょんぼりしている。頭をなでてなぐさめてやりたいがしかし、絶妙に席が遠くて手が届かん……!

「わたくしもお母様とご一緒できないのは残念だわ。良いご報告ができるように、一緒に楽しみましょうね」
「……はい!」

 お姉様の位置からは届く、だと……!?
 お姉様に頭をなでなでしてもらって嬉しそうなリシェルに、眼福と敗北感を同時に味わいながら、俺も「ハイ」と頷いた。



 一般の貴族であれば仕立て屋を家に呼ぶものだが、ムスター邸には縫製室があり、俺達の服はみんなそこで仕立ててもらっている。
 三人とも成長著しい年齢だから、かなりこまめに身体のサイズを測り、成長の度合いを予測しながら服を作らねばならない。男の子のズボンが膝下丈なのは、生地を節約できるという身も蓋もない理由から広まった、なんて話まであるそうだ。
 おおまかなデザインや色合いについては基本的にお任せなんだけれど、将来のために「どうしてそういう色、そういうデザインにしたか」というのをサラッと教えてもらう。大人になった時、自分が着たいと思った服がダサくてはいけない。

 子供服はスピードが勝負ということで、おおまかなデザインの決まった一週間後には仮縫いが終わっていた。試着して引きつれや不快感、その他の注文がなければ、そのまま完成に向けて縫うそうだ。もちろん当日ギリギリまで、身体のサイズのチェックは欠かせない。
 油断したらニョキニョキ伸びる。子供が多い家のお針子は、日々戦いなのだそうで。

「リシェル、それ似合う! その色ぴったりだ!」
「そ、そう?」
「淡い水色もとても似合うんだけれど、濃い青も似合うなあ。すごくスッキリとして見える。でもこっちの色も捨てがたい、どうしたものか……」

 自分の試着はパパっと終わらせ、人様の試着部屋で口を出しまくっているお邪魔虫が一匹。
 デザインはほぼ決まっているはずなのに、色違いを二着準備してきたお針子さん達がいけないんだよ、きみ達よくやってくれた。

「服の生地は濃い青とし、こちらの白いレースと組み合わせるのはいかがでしょう? 厚みのあるレースではなく、薄く透けるレースを重ねますと、下のお色が淡く浮かんで見えるのです。そもそも下の生地のお色が淡いと、レースの上からはあまり見えませんので」
「それは良い! では濃い青のほうにしよう! しかしこの、厚みのあるレースも美しくて捨てがたいな」
「では薄いものと厚みのあるレースを交互、もしくはこのようにずらして重ねるのはいかがでしょう。このように、ななめに」
「素晴らしい……!」

 盛り上がりまくる俺と縫製室の皆さんに、目を白黒させている婚約者。ごめん。
 でも絶対、悪い結果にはならないようにするから!

 パーティー当日の予定は、お姉様やリシェルとたくさん楽しみつつ、ほかの家の子息令嬢がどんなものかを見ておくこと。
 それから害獣の駆除と、エアハルトへの妨害工作。
 エアハルトの件だけなら俺一人でもできるけれど、それ以外も含めるとなると、全部俺だけでやるのは無理だ。なんたって俺はまだまだ子供なんだから。
 無理があっても危険を承知でやらなければ、なんてことはない。何も自分一人で全部やろうとしなくていい。俺の環境、あっちを見てもこっちを見ても、頼りになりそうな大人がいっぱいいるんだから。
 遠慮せず、頼れる大人の力を借りてしまえばいいのだ。


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