どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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狩りと獲物

52. キジも鳴かずば、短気は損気

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「レーツェル様には初めてお目にかかります。アデリナお姉様の弟の、ランハート・フォン・ムスターと申します。どうぞランハートとお呼びください」
「わかった、ランハート殿。私のこともエアハルトと呼んで構わない」

 家名ではなく、名前で呼ぶ許可を与える。それがどういう意味なのか、このエアハルトが理解していないはずはない。
 つまりお姉様とのお話し合いでは、正体不明の敵に対抗するため、共同戦線を張ろうというところまで行けたっぽいな。
 なら俺はもうちょい踏み込むか。

「よろしくお願いいたします、エアハルト
「に……」
「それから、こちらは僕の婚約者のリシェルです」
「り、リシェル・フォン・ヴェルクと申します。はじめて、おめにかかり、ます。エアハルト、にいさま……」
「う……む」

 ククク、どうだ。レーツェルさんちのエアハルトくんは一人っ子。自分より小さな年下の子からの『お兄様』攻撃、拒絶できまい! 特に可愛いリシェルからの純粋な『にいさま』呼び、抗い難かろう!
 けれどリシェルの声が鼻声で、目も真っ赤に充血しているのが気になったのか、エアハルトは眉をひそめて俺に非難の目を向けてきた。
 濡れ衣だよ! いやこの状況がリシェルにとっていじめに等しいかもしんないけど、俺が泣かしたんじゃないぞ!

 しかしリシェルの首にまっている、チョーカーに似た銀色の首輪を見れば――いや、これを見ずともエアハルトには、この子がフェーミナと一目でわかる。なのに、それでも「おまえ婚約者をいじめたのか?」と目で睨んでくるということは、偏見のないちゃんとした奴ということだ。
 そんなエアハルトの横で、お姉様は「まあ」と口元を手で押さえている。

「リシェル、どうしたの? 可哀相に。何があったのかしら?」

 お姉様はリシェルではなく、俺に目線で問いかけてきた。
 俺が変態狩りをしていたのはご存知だから、こんな状態のこの子を衆目の中に連れてきたのは、何か思惑があるんだろうというのもピンときていらっしゃる。
 了解、ご説明しますよ!

「それがですね、お姉様……」

 俺が話し始める前に、エアハルトはお姉様のために椅子を引いて座らせ、自分は使用人の引いた椅子に座っていた。
 やだこの子、めちゃくちゃしっかりした子だわ。この年齢でナチュラルにレディーファーストができる男、今日のパーティーで見かけたのはこいつだけだぞ。
 逆に俺はまだ身体が小さくて筋力も弱いから、椅子を引こうとしちゃいけない。椅子によっては転倒防止のために、かなり重いやつもあるからさ。
 手際の良い使用人達によって、すぐにお姉様とエアハルトの前にも同じ菓子の皿が並べられ、紅茶のカップが置かれた。そういえばこいつ菓子が食えるんだろうかと思ったら、エアハルトだけストレートティーなのを見て納得した。
 お姉様と同様、このパーティーの経験者だから、バウアー家の使用人はこいつの好みをそこそこ把握しているんだ。

 エアハルトが加わったことで、このテーブルの注目度が爆発的に上がったのを感じる。
 ムスターとレーツェルが犬猿の仲、というよりレーツェルがムスターを一方的に嫌っているのは有名な話。その家の子が同じテーブルに集まっているのだから、皆さんが盗み見しながら耳を澄ませるのも無理はない。
 俺は心の中で高笑いをかましながら、表面上は眉根を寄せて不機嫌そうな顔を作った。

「バウアー男爵のから聞いたのですが、僕のいないところでリシェルを囲み、罵ったご令嬢方がいるようなのです」
「まあ。そのようなことが……」
「一緒にお庭を見て回っていたのですけど、僕が連れ回したせいでリシェルを疲れさせてしまいまして。お水をもらおうと使用人を呼びに行ったのですが、僕が少し離れたその隙に絡まれてしまったのです。男爵のが割り込んで止めるまで、『自分が公爵家の一員にでもなったつもりか』だの、『自分は黙っていても許される身分と勘違いしているのか』だの、それはもう酷い言い方をされていたのですよ」
「そのようなことを言う者がいたの?……それこそ、勘違いも甚だしいことね。ご自分はどのような身分の娘だと思っているのかしら」

 お姉様は扇子をふわりと広げて口元を隠し、瞳をチラリと例のテーブルに向けた。俺がここのテーブルを選んだことからも、犯人が自分の取り巻きとすぐに気付いたようだ。
 さて、エアハルトは俺のセリフの、どこからどこまでを真実と区別できるだろうか?
 反応を窺っていると、彼はリシェルの様子を見ながら顔をしかめ、お姉様の言葉に頷いていた。

「ヴェルク公爵令息に対し、そのような無知蒙昧な発言をする者がいるとは。安心するといい、リシェル殿。身内の者が目撃したということなら、バウアー男爵にも報告が上がるだろう。今後、その令嬢達が男爵の催しに出ることはあるまい」

 うおっとエアハルトくん、ナチュラルに令嬢グループへとどめを刺した!
 そいつらが近くで聞き耳を立てていることは知らないのに、こうも的確に奴らの心をえぐる言葉を口にしてくれるとは。しかも周囲の人間にハッキリ聞こえる、普通のボリュームで!
 お姉様の目もちょっと笑っている。

「わたくしも、そのような方々とはお付き合いしたくありませんわね」

 瀕死になっているであろう令嬢グループに、とどめの第二弾を容赦なくぶっ刺すお姉様。素敵です。



 エアハルト・フォン・レーツェルという人物は、そもそも弱い者いじめが嫌いで、下心満載ですり寄ってくる令嬢も嫌いなのだ。上位者と思った相手には愛想よくふるまい、自分より下と見れば集団でなぶるような令嬢グループなど、彼にとって嫌悪の対象でしかない。
 それとは真逆のお姉様に対しては、おそらく好意寄りの感情を抱いたのではないかと思うが、さてどうなるか。
 レーツェル公爵夫妻の氷の魔女アレルギーを除いても、彼の深層には『悪役令嬢アデリナ』への敵意がこびりついて残っているのではないか?

「私もそう思ってているのですけれど、ありますね」

 あるんかい。

「ですが、アデリナに対してわけもなく反発を覚えてしまうのは、ムスター家を毛嫌いしている両親に悪い印象を植え付けられたせいではないか、と自己分析していますよ」

 おお……生真面目ゆえの自己分析で、意味不明な敵意を抑え込んだか? やるな。

「そのようです。ちなみにティバルトの中にも強い敵意が、ヨハンの中には強烈な苦手意識の名残が確認されています。流されぬよう意識して抑え込んだのは、このエアハルトだけですね」

 右へ左へひょこ、ひょこりと首を傾げて考え込む白いヒヨコ。愛くるしいその姿を、話題のエアハルトがちらりと見やる。

「その鳥は、リシェル殿が飼っているのか?」
「あ。えと、この子は、ランハートの、ひよこなのです。名前は、ミッテちゃんです」
「ミッテちゃん……」

 ちょ、おい。吹き出しかけたじゃねーか。おまえのツラでヒヨコを『ミッテちゃん』って。
 俺の表情を読んだか、奴は「ミッテ」と言い直した。ほんのり赤面している。
 このやりとりだけでわかった。この子、いい子だわ。

 その後、俺達は普通のお喋りを楽しんだ。いつもどんな授業をしているか、何の教科が好きなのかといった、初対面の子息令嬢の基本的な会話だ。
 この、『お互いの理解を深めましょう』という会話自体が、俺達の交流を周囲に印象づけることになる。
 エアハルトは自分の『眼』がいろいろ言われているせいで、同年代の子供と交流を持てたためしがない。だから話し方がお手本通りというか、カクカク四角の堅苦しさを感じるけれど、俺やお姉様やリシェルはまったく気にならなかった。

「私は、このような席にあまり慣れていない。無神経に感じる発言があれば、その時に教えて欲しい」

 こんな風に、エアハルト少年は一貫してこちらを気遣い、言葉を選ぶ姿勢を見せていた。少々悔しいけれど、母上様が目をつけるはずだわと見直すしかない。
 さらに彼が嘘を見抜く眼力はかなり精度が高く、会話の中の部分的な嘘まで見抜けるとわかった。俺やお姉様の会話の中に嘘が紛れ込むと、ほんの少し顔を上げたり、目がこちらを向いたりする。
 気付いていることを相手に悟られる、隠せないところがまだ甘い。けれど自覚してこの『才能』の使い方を学んだら、ゲームの頭でっかちエアハルトなんざ比較にならない傑物に育ちそうだった。


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