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狩りと獲物
54. かつて悪役令息を食い殺した男の末路 (2) -sideフロイデ
しおりを挟む「まずはおまえも心配しているであろう、バウアー男爵家の未来について話そうか。バウアー男爵家にはフロイデという名の長男がいたのだが、彼は身体を壊し、廃嫡のうえ僻地で療養することになった。長年続けてきた不摂生が祟ったのか、もう回復の見込みはないらしいな」
「なっ……!?」
「父親のバウアー男爵と比べ、どうにもだるそうなフロイデ殿の顔色は、あのガーデンパーティーに出席した方々もよく憶えていることだろう。酒に娼館通いにと、随分ただれた生活を送っていたそうだから、どこかで病をもらったのかもしれないな。しかし不幸中の幸いだった。その息子は家のために特段何もしておらず、責任ある立場にもなかったから、いなくなっても誰も困らないようだ」
「……!」
自分より遥かに小さな子供に、幼子へ言い聞かせる優しい声で語られ、フロイデは先ほどよりも酷い悪寒に襲われた。
「わ、私は……嫡男で、跡継ぎ息子だ! 私がいなければ、役に立たぬ弟だけではっ……」
「その弟、ウィリス殿についても朗報だ。父と母のため、領民のためにと、いつも一生懸命なウィリス殿へ、密かに想いを寄せている男は多かったと判明した」
「は!? あの田舎者が!?」
「ところが彼らは、バウアー男爵家への婿入りを家が許してくれなかった。それは何故か。――バウアー男爵家には、あまりにも素行の悪い長男が居座っていたからだ」
長男が家の一員として機能しないために、次男を外へ嫁に出すことはできない。ウィリスは婿をもらう必要がある。
だが他家からすれば、その長男が家督を継ぐであろう家に、息子を婿にやるわけにはいかない。
だからウィリスには、これまでろくな縁談がこなかったのだ。
「フロイデという息子の廃嫡を公表した途端、縁談が殺到して嬉しい悲鳴を上げているそうだよ。もちろん中には信用の置けない家も多いから、彼の婚姻についてはヴェルク公爵だけでなく、我がムスター公爵家も協力して慎重に選ばれることになる。だから安心するといい。バウアー男爵家の未来も、弟ウィリス殿の未来も、きっと輝かしいものになることだろう」
「……う……うそだ……嘘を、言うな……」
陸にあがった魚のように口をパクパクさせるフロイデに、ランハートはとびきりの笑顔を向けた。
「では最後に、僕の可愛い婚約者のリシェルから、おまえへの伝言だ」
そして騎士に命じ、呆然とするフロイデを立たせる。枷に繋がる鎖がじゃらりと音を立てた。
「『私はランハートのお嫁さんになる。おまえなんか嫌い!』だそうだよ」
「くっ……わ、私は……」
「そんなリシェルと僕からのプレゼントだ、受け取れ」
ランハートは数歩離れると、助走をつけて片足で床を蹴った。
ムスター家の騎士直伝の、飛び蹴りである。
子供の頃はヤンチャしましたねぇ、と言っていた騎士は、七歳の男の子の身体であろうと、助走をつけてひねりを入れつつ勢いをつけたキックは急所にヒットすれば痛いということを教えてくれた。
「ふぐうッ!?」
今日のために用意したブーツの底が、過たず急所に沈み込む。鉄板を仕込んだ特別製の靴底である。
目を剥いた男が内股になって崩れ落ち、ピクピク痙攣する姿に、騎士達は「お見事です」と痛そうな顔で呟くのだった。
その瞬間、地獄を見たとフロイデは思った。
だが、まだまだ序の口だったと思い知ることになる。
しばらく意識を失い、目覚めた時、フロイデは見覚えのない部屋の床に寝かされていた。
両手両足に枷があり、鎖で繋がれている点は変わらない。
しかし、このひらひらとした衣装は何だろうか。
おまけに、喉と股間が痛い。
股間はおそらく、あの子供による攻撃のせいだろう。あまりの痛みに、そこがどうなっているのか確認するのが怖い。
それに、喉がひりついて声が出ないのは何故だ。
「あらぁ~ん、おはよぉ~! お、き、た?」
「!?」
突如、バアン! と開いた扉から、どぎつい衣装を纏った男が入って来た。
厚化粧にビラビラの衣装。顔立ちはそこそこだが、年齢は五十代ほど。そして、野太い声の『男』だ。
フロイデは、その男が誰なのかよく知っている。
――馴染みの娼館で、男娼の取りまとめをしている男だった。
(ま……まさか、ここは……)
自分に着せられている衣装が、この娼館の衣装だと気付き、フロイデの中に嫌な予感が生じた。
これはどういうことだと詰問しようとして、喉に痛みが走り、さらに股間に激痛が走って涙が滲む。
「ウフフ、リリーちゃんたら、無理しちゃダメよん? ちょっと前にタマタマ抜いたばっかりなんだから!」
「…………」
フロイデは己の股間をバッと見下ろした。
そこには包帯が巻かれている……。
(――っっはあああああ~ッッ!?)
ドッと汗が滝になった『リリーちゃん』に、まとめ役の男は「ウフ」としなを作った。
「それにしても、助かっちゃうわぁ。多少汚くてもいいから尻があれば突っ込みたいっていうお客様、結構多いのよぉ。ちょっと前によくいらしてたお偉い方が、金にあかせて可愛いコみーんな持って行っちゃうし、そのくせ大事に扱ってくれないものだから、辞めていったり壊れちゃったりしたコもいるのよねぇ。ちょうど人手不足で困ってたのよぉ、犯罪奴隷をタダで提供してもらえてありがたいわぁ」
「っっ……、っっ!?」
「あ、無理して喋っちゃダメよぉ。アナタ、よくないもの拾い食いしたんですって? 喉がやられて、もう喋れなくなっちゃったみたいねぇ」
フロイデはバッと喉に手をやった。
声を、奪われたのだ。
「だぁいじょうぶ! リリーちゃんみたいなお間抜けさんは、お喋りなんてできなくっても、お尻の使い方さえわかっていればいいから! アタシ達がキッチリ、みっちり、丁寧に指導してあげて、リリーちゃんを立派な女のコにしてあげるわ!」
「~~~ッッ!?」
舌なめずりをするまとめ役の男に、『リリーちゃん』は首を横にブブブブン! と振った。
しかし、開け放たれた扉の向こうからゾロゾロと入ってくる男達の姿に、眼球が落ちそうなほど目を剥いてあえぐ。
彼らのことも知っていた。この娼館の用心棒であると同時に、入ったばかりの新米に接客の手ほどきをする役目も持つ男達だ。
かつて『フロイデ』という名の貴族がここの上客であった頃、この連中を使い、酒の席で売れっ子の男娼を回させるといったお遊びをしたこともある。
ニヤニヤと下卑た嗤いを浮かべる彼らが、『リリーちゃん』の顔を忘れているわけがない。
さらに、色とりどりの衣装を纏った男娼までもがゾロゾロと入ってきた。
「ずるいですよ姐さんたら、僕達も交ぜてくださいよ」
「そうですよ、新人のコは不安でいっぱいでしょうから、僕らもお手伝いしてあげなければ」
「姐さん、ワタシはタマタマ取ってないから、このコに入れてあげちゃってもいいかしら? あんまりおっきくないから、そんなに痛くないと思うの」
「あらん、アナタ達ってば、なんていいコなの?」
感動の面持ちで胸を押さえるまとめ役の男の前で、どんどん血の気が引いてゆく新人が一人。
(わ、私は、わたしは、ワタシはあぁぁあッ!!)
■ ■ ■
数日後、バウアー男爵家の長男が、療養先で息を引き取ったらしいと噂が流れた。
さらに日が経ち、とある娼館で格安の男娼が追加されたと噂が流れた。犯罪奴隷らしく、鎖に繋がれ見栄えはよくないが、手軽に欲を発散したい時にはいいらしい。
いずれの噂も、すぐに人々の頭から消えた。
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