どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

文字の大きさ
54 / 266
狩りと獲物

54. かつて悪役令息を食い殺した男の末路 (2) -sideフロイデ

しおりを挟む

「まずはおまえも心配しているであろう、バウアー男爵家の未来について話そうか。バウアー男爵家にはフロイデという名の長男がいたのだが、彼は身体を壊し、廃嫡のうえ僻地で療養することになった。長年続けてきた不摂生が祟ったのか、もう回復の見込みはないらしいな」
「なっ……!?」
「父親のバウアー男爵と比べ、どうにもだるそうなフロイデ殿の顔色は、あのガーデンパーティーに出席した方々もよく憶えていることだろう。酒に娼館通いにと、随分ただれた生活を送っていたそうだから、どこかで病をもらったのかもしれないな。しかし不幸中の幸いだった。その息子は家のために特段何もしておらず、責任ある立場にもなかったから、いなくなっても誰も困らないようだ」
「……!」

 自分より遥かに小さな子供に、幼子へ言い聞かせる優しい声で語られ、フロイデは先ほどよりも酷い悪寒に襲われた。

「わ、私は……嫡男で、跡継ぎ息子だ! 私がいなければ、役に立たぬ弟だけではっ……」
「その弟、ウィリス殿についても朗報だ。父と母のため、領民のためにと、いつも一生懸命なウィリス殿へ、密かに想いを寄せている男は多かったと判明した」
「は!? あの田舎者が!?」
「ところが彼らは、バウアー男爵家への婿入りを家が許してくれなかった。それは何故か。――バウアー男爵家には、あまりにも素行の悪い長男が居座っていたからだ」

 長男が家の一員として機能しないために、次男を外へ嫁に出すことはできない。ウィリスは婿をもらう必要がある。
 だが他家からすれば、その長男が家督を継ぐであろう家に、息子を婿にやるわけにはいかない。
 だからウィリスには、これまでろくな縁談がこなかったのだ。

「フロイデという息子の廃嫡を公表した途端、縁談が殺到して嬉しい悲鳴を上げているそうだよ。もちろん中には信用の置けない家も多いから、彼の婚姻についてはヴェルク公爵だけでなく、我がムスター公爵家も協力して慎重に選ばれることになる。だから安心するといい。バウアー男爵家の未来も、弟ウィリス殿の未来も、きっと輝かしいものになることだろう」
「……う……うそだ……嘘を、言うな……」

 陸にあがった魚のように口をパクパクさせるフロイデに、ランハートはとびきりの笑顔を向けた。

「では最後に、僕の可愛い婚約者のリシェルから、おまえへの伝言だ」

 そして騎士に命じ、呆然とするフロイデを立たせる。枷に繋がる鎖がじゃらりと音を立てた。

「『私はランハートのお嫁さんになる。おまえなんか嫌い!』だそうだよ」
「くっ……わ、私は……」
「そんなリシェルと僕からのプレゼントだ、受け取れ」

 ランハートは数歩離れると、助走をつけて片足で床を蹴った。
 ムスター家の騎士直伝の、飛び蹴りである。
 子供の頃はヤンチャしましたねぇ、と言っていた騎士は、七歳の男の子の身体であろうと、助走をつけてひねりを入れつつ勢いをつけたキックは急所にヒットすれば痛いということを教えてくれた。

「ふぐうッ!?」

 今日のために用意したブーツの底が、過たず急所に沈み込む。鉄板を仕込んだ特別製の靴底である。
 目をいた男が内股になって崩れ落ち、ピクピク痙攣けいれんする姿に、騎士達は「お見事です」と痛そうな顔で呟くのだった。


 その瞬間、地獄を見たとフロイデは思った。
 だが、まだまだ序の口だったと思い知ることになる。


 しばらく意識を失い、目覚めた時、フロイデは見覚えのない部屋の床に寝かされていた。
 両手両足に枷があり、鎖で繋がれている点は変わらない。
 しかし、このひらひらとした衣装は何だろうか。
 おまけに、喉と股間が痛い。
 股間はおそらく、あの子供による攻撃のせいだろう。あまりの痛みに、そこがどうなっているのか確認するのが怖い。
 それに、喉がひりついて声が出ないのは何故だ。

「あらぁ~ん、おはよぉ~! お、き、た?」
「!?」

 突如、バアン! と開いた扉から、どぎつい衣装を纏ったが入って来た。
 厚化粧にビラビラの衣装。顔立ちはそこそこだが、年齢は五十代ほど。そして、野太い声の『男』だ。
 フロイデは、その男が誰なのかよく知っている。
 ――馴染みの娼館で、男娼の取りまとめをしている男だった。

(ま……まさか、ここは……)

 自分に着せられている衣装が、この娼館の衣装だと気付き、フロイデの中に嫌な予感が生じた。
 これはどういうことだと詰問しようとして、喉に痛みが走り、さらに股間に激痛が走って涙が滲む。

「ウフフ、たら、無理しちゃダメよん? ちょっと前にタマタマ抜いたばっかりなんだから!」
「…………」

 フロイデは己の股間をバッと見下ろした。
 そこには包帯が巻かれている……。

(――っっはあああああ~ッッ!?)

 ドッと汗が滝になった『リリーちゃん』に、まとめ役の男は「ウフ」としなを作った。

「それにしても、助かっちゃうわぁ。多少汚くてもいいから尻があれば突っ込みたいっていうお客様、結構多いのよぉ。ちょっと前によくいらしてたお偉い方が、金にあかせて可愛いコみーんな持って行っちゃうし、そのくせ大事に扱ってくれないものだから、辞めていったり壊れちゃったりしたコもいるのよねぇ。ちょうど人手不足で困ってたのよぉ、犯罪奴隷をタダで提供してもらえてありがたいわぁ」
「っっ……、っっ!?」
「あ、無理して喋っちゃダメよぉ。アナタ、よくないもの拾い食いしたんですって? 喉がやられて、もう喋れなくなっちゃったみたいねぇ」

 フロイデはバッと喉に手をやった。
 声を、奪われたのだ。

「だぁいじょうぶ! リリーちゃんみたいなお間抜けさんは、お喋りなんてできなくっても、お尻の使い方さえわかっていればいいから! アタシ達がキッチリ、みっちり、丁寧に指導してあげて、リリーちゃんを立派な女のコにしてあげるわ!」
「~~~ッッ!?」

 舌なめずりをするまとめ役の男に、『リリーちゃん』は首を横にブブブブン! と振った。
 しかし、開け放たれた扉の向こうからゾロゾロと入ってくる男達の姿に、眼球が落ちそうなほど目をいてあえぐ。
 彼らのことも知っていた。この娼館の用心棒であると同時に、入ったばかりの新米に接客の手ほどきをする役目も持つ男達だ。
 かつて『フロイデ』という名の貴族がここの上客であった頃、この連中を使い、酒の席で売れっ子の男娼を回させるといったお遊びをしたこともある。
 ニヤニヤと下卑た嗤いを浮かべる彼らが、『リリーちゃん』の顔を忘れているわけがない。
 さらに、色とりどりの衣装を纏った男娼までもがゾロゾロと入ってきた。

「ずるいですよ姐さんたら、僕達も交ぜてくださいよ」
「そうですよ、新人のコは不安でいっぱいでしょうから、僕らもお手伝いしてあげなければ」
「姐さん、ワタシはタマタマ取ってないから、このコに入れてあげちゃってもいいかしら? あんまりおっきくないから、そんなに痛くないと思うの」
「あらん、アナタ達ってば、なんていいコなの?」

 感動の面持ちで胸を押さえるまとめ役の男の前で、どんどん血の気が引いてゆく新人が一人。

(わ、私は、わたしは、ワタシはあぁぁあッ!!)



   ■  ■  ■ 



 数日後、バウアー男爵家の長男が、療養先で息を引き取ったらしいと噂が流れた。
 さらに日が経ち、とある娼館で格安の男娼が追加されたと噂が流れた。犯罪奴隷らしく、鎖に繋がれ見栄えはよくないが、手軽に欲を発散したい時にはいいらしい。
 いずれの噂も、すぐに人々の頭から消えた。


しおりを挟む
感想 832

あなたにおすすめの小説

レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ち、ソラ。 彼はレベル1の無能として蔑まれ、魔王討伐を目前に「お前のようなゴミはいらない」と追放を言い渡される。 だが、傲慢な勇者たちは知らなかった。 自分たちが人間最高峰の力を維持できていたのは、すべてソラの規格外のステータスを『借りていた』からだということを。 「……わかった。貸していた力、すべて返してもらうよ」 契約解除。返還されたレベルは9999。 一瞬にして力を失い、ただの凡人へと転落しパニックに陥る勇者たち。 対するソラは、星を砕くほどの万能感を取り戻しながらも、淡々と宿を去る。 静かな隠居を望むソラだったが、路地裏で「才能なし」と虐げられていた少女ミィナを助けたことで、運命が変わり始める。 「借金の利息として、君を最強にしてあげよう」 これは、世界そのものにステータスを貸し付けていた最強の『貸与者』が、不条理な世界を再定義していく物語。 (本作品はAIを活用して構成・執筆しています)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

悪役令嬢と弟が相思相愛だったのでお邪魔虫は退場します!どうか末永くお幸せに!

ユウ
ファンタジー
乙女ゲームの王子に転生してしまったが断罪イベント三秒前。 婚約者を蔑ろにして酷い仕打ちをした最低王子に転生したと気づいたのですべての罪を被る事を決意したフィルベルトは公の前で。 「本日を持って私は廃嫡する!王座は弟に譲り、婚約者のマリアンナとは婚約解消とする!」 「「「は?」」」 「これまでの不始末の全ては私にある。責任を取って罪を償う…全て悪いのはこの私だ」 前代未聞の出来事。 王太子殿下自ら廃嫡を宣言し婚約者への謝罪をした後にフィルベルトは廃嫡となった。 これでハッピーエンド。 一代限りの辺境伯爵の地位を許され、二人の幸福を願ったのだった。 その潔さにフィルベルトはたちまち平民の心を掴んでしまった。 対する悪役令嬢と第二王子には不測の事態が起きてしまい、外交問題を起こしてしまうのだったが…。 タイトル変更しました。

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

処理中です...