どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

文字の大きさ
91 / 265
早まったプロローグ

91. 不可解な食事制限

しおりを挟む

 十三歳の春になった。リシェルは十四歳、アデリナお姉様は十五歳だ。
 俺達はみんな授業の進み具合が早く、座学の必修範囲はほとんど修め終えていた。授業が半分以下になり、その分、どれも高度な内容になっている。
 アデリナお姉様なんかは、貴族令嬢がやるべきレベルをもう超えているんじゃないかと思うんだけれど、身近な女性が母上様だからなぁ。普通の基準がよくわからない。
 俺がこれからもずっと続けたいと思っているのは、音楽の授業。俺とお姉様はピアノが好きで、リシェルはバイオリンが好きだ。母上様もどうやら音楽自体はお好きなようで、最近では俺達の合同授業を聴きに来ることが増えていた。

「わたくしもおそらく、ピアノが好きだったと思うのですよ。けれど習う余裕がなくなり、やめてしまいましたね」

 母上様のお言葉に、普段は母上様を恐れている先生方までがちょっとしんみりしていた。以前のアデリナお姉様のスパルタ環境、あれはまさに母上様の子供時代だったんだろうなと、みんな想像がついたのだ。だからなのか、お姉様はかなり厳しかった頃の母上様を憶えているはずなのに、ずっと母上様のことを慕っている。
 俺は相変わらず楽譜がろくに読めない。正確には、読むだけならなんとかできるようになったけれど、楽譜を見ながら弾くことはできないのだ。どの鍵盤がどんな音なのかを位置で把握していて、皆で演奏する時なんかは勘で弾けている。先生には、「若様はもうこのスタイルでいいでしょう」と言われていた。

 ほかに変わったことといえば、その合同授業に、母上様だけでなくヨハンまでもが時々姿を見せるようになったことだ。
 授業の邪魔をするな、うんちくを披露せずに静かにしていろと条件付きで、そこにいることを許してある。俺や母上様が言った通りに、余計な口は挟まずただじっと耳を傾けていくそいつが、最近何を考えているのかはわからない。
 表情は暗くないので、妙な鬱屈うっくつは抱いていないだろうけれど。

 それから、馬術と剣術もしっかり続けたい。実際に戦うためではなく、身体を鍛えたいのだ。
 いざという時に自分の身を守れるようにという目的もあるけれど、これは前世の『俺』の夢でもある。
 あの頃は太ってはいなかったものの、引き締まっているとは言い難い身体だったし、運動して鍛えたい! とずっと思っていた。
 むろん前世の『俺』だけじゃなく、五歳以前の俺にとっても、『強い身体』はずっと欲しいものだった。おねつを出さない身体になりたいという、聞きようによっては消極的な夢だったが、それがあの頃の俺にとってはすべてだったんだ。
 ただし鍛錬をやり過ぎると逆に身体に悪いから、本末転倒な結果にならないよう気を付けている。

 そんな風に俺達は順調に成長しているんだが……最近、困った問題が出てきた。



   ■  ■  ■ 



「若様。リシェル様が、お食事を……」
「またか」

 困り顔で報告しに来たノアに、俺は眉の端をヒョイと上げた。
 俺は最近、自分の領地だけでなく母上様の仕事にも少しずつ関わるようになっていて、リシェルやお姉様とスケジュールの合わない日が以前より増えている。朝食だけは必ず一緒に食べるようにして、それ以外は別々に摂ることが最近では多かった。
 そんな時、多分ここ一~二年のことだと思うが、リシェルが困った行動を取り始めた。

 俺は早足でリシェルの部屋に行き、自習をしている最中だった彼のもとに突撃した。

「ら、ランハート……」
「リシェル。また食事を抜いたって?」
「…………」

 そう。リシェルが勝手に食事制限をし始めたのだ。
 残した料理を捨てるのはもったいないから、最初から量を半分にするよう厨房に伝えたり。
 夕食時に食べるからと昼食のパンを残して包ませたり。
 要は、ダイエットをし始めた。
 何故リシェルが!? 報告を受けた時は耳を疑った。彼はこれっぽっちも太ってはいないし、むしろ引き締まった体型をしている。
 よく食べてよく学び、あちこち出かける俺に付き合わせることが多いため、運動量だってそこそこある。無駄に太ってしまう要因が何ひとつない。
 だというのに、わざわざ不健康になろうとする意味がわからない。病的にやせていた頃の体型に戻りたいわけでもあるまいに。
 しかも、食べない理由を誰にも言わないのだ。俺にも、お姉様にさえ言っていないらしい。

「お腹が、空いていないだけだよ」
「違うだろう?」

 目を逸らしながら言ったって説得力ねえぞ。
 そう、最初はこんな風に「お腹がいっぱいになった」と誤魔化し、その回数が徐々に増えてゆくにつれ、変だと思い始めた。
 そして今日、ノアは食欲がないと言ったリシェルの腹から、くうう……と鳴る音が聞こえてしまったそうだ。
 明らかに食べ足りないのに、お腹が空いていない、満腹だと言い張る。それが洒落にならない回数になってきて――俺もとうとう、キレてきた。

「リ~シェル? ちゃんと食べなさいって言ってるだろ!」
「……いらないって言っているじゃないか! わたしの食事、あんなに用意してくれなくてもいい!」

 こちらが怒ったら怒鳴り返すぐらい心を許してくれるようになったんだな嬉しいよリシェル、だがメシは食え!
 しかも叫んですぐに逃げやがった。公爵家のお坊ちゃまのお部屋は、追いかけっこが成立するほど広くて部屋数もある。足が速くなったなぁリシェル、だがまだ甘いわ。

「あっ」

 俺はソファの背もたれに手を突き、軽く体重をかけてひょいと飛び越えた。ショートカットされることなど予想外だったらしいリシェルは、一瞬固まって目を見開く。
 ふはは、戦場では一瞬の油断が命取りなのだ。というわけで捕獲。
 逃がさないように正面からぎゅーっと抱きしめてやれば、リシェルが暴れて俺の背をポカポカ叩いた。密着したら緊張するようになっているとはいえ、こんな追いかけっこの直後ではそんなもんも吹っ飛ぶ。
 彼が本気で暴れていないことぐらいわかっていた。本気で力を込めて殴ったら、もっと痛いだろうからな。
 俺は目の前の耳に、いつもより低めの怒り声を吹き込んだ。

「あのな、リシェル。理由を言え。言わなきゃ、ずっとこのままだぞ」
「そ、そんなの」
「明日も明後日も毎日、朝から晩まで、もちろん入浴の時も寝る時もこのままだ。俺が口先だけの男と思うなよ? やると言ったらやるぞ。大丈夫だ、我が家の使用人の協力があれば生活なんぞいくらでもできる」
「ひ!?」

 俺の宣言に恐れをなしたのか、リシェルから血の気が引いて――は、いないな。耳が赤くなっている。
 色づいて綺麗な耳に、ちょっとカプリとやりたくなってきた。どうしよう。毎日この体勢だと、さっそく俺のほうがヤバい気がしてきた。いかん、このままでは俺が負けてしまう。

「リシェル……? さあ、どうする……?」

 ほら、さっさと白状して楽にしてくださいよ。お願いします。
 そんな俺の揺さぶり作戦は無事効果を発揮し、リシェルはやや半泣きになって、これまでの不可解な行動の理由を明かした。

「だって、わたし……、わたし、こんなに……大きくなるなんて……っ!」

 あ。
 あー、はいはい、うんうん、それかぁ~!
 完全に盲点だった。

 リシェルはとても健康的になった。すくすくとよく育っている。
 背が俺と並ぶぐらいに。


しおりを挟む
感想 832

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

処理中です...