どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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早まったプロローグ

92. リシェルの真意

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 何も不思議な話ではない。リシェルは俺よりもひとつ年上なのだ。
 ちゃんと食べて眠る生活を送っていれば、成長期の訪れとともに背がぐんぐん伸びて、なんなら俺より高くなっても変ではないと、俺は普通に思っていた。
 それがその通りになっただけだ。
 もっと言えば、ゲームの『悪役令息リシェル』は十二歳の時点まで、食事が少なく不健康な生活を強いられていた。その上で十代後半頃、何の不足もなく育ってきたルチナより頭の位置が上だったのである。
 だからゲームのリシェルよりずっと、今のリシェルは伸びると想像していた。目線が並んだことも、俺としては「ふむふむ、よしよし」だったんだが。

「別に何も変じゃないから、気にせず伸びてもいいよ?」
「よくない! だって、こんなに大きくなったら、不細工って言われるじゃないか……!」
「は」

 っっはぁぁぁ~? リシェルが不細工ぅ?
 俺はつい、俺達をハラハラしながら見守っていた使用人に顔を向けた。彼らも一様に「えっ?」という顔でリシェルを凝視している。
 よかった、俺の聴覚と美的感覚に異常はないようだ。
 しかしなんだって、リシェルはそんなとんでもない勘違いをしたんだ? 大きいと不細工?

「えぇと、リシェルは可愛いよ? 背が高いのもすらりとして綺麗だし……」
「いやだ、そんなの! 伸びたくない……!」

 なんだろう。何かがものすごく食い違っている感じがする。俺が困惑を深めていると、遠慮がちに「あの、若様」と声を挟む者がいた。
 ノアだ。

「もしやリシェル様が仰っているのは、フェーミナの教本ではありませんか?」
「――それだ」

 バチリと嵌まった。それは第二性の特徴や法的な位置付けについて解説している本で、昔俺の部屋にも一冊あった。

『フェーミナは小柄かつ、細身であることが美しい』

 これは完全に、『女性は小柄かつ細身であることが美しい』に置き換えられる。
 教本の著者は百年前の男で、どこまでも男の立場やプライド優先でしか語っていなかった。
 俺は著者のさもしい根性が透けて見える一冊に呆れ果て、存在自体忘れていたんだが、ほかに教本が存在しないということは、あれを押し付けと捉えていない人間のほうが多いのか。
 特にリシェルにとっては自分事で、そこに書かれていることを真実と思い込むのは仕方がなかったのかも。うかつだった。
 法律や生態についての記述は参考になるから、捨てるのも難しいんだよな……。

「ああ、もしかして教本だけじゃないな? ウィリス殿のこともか」

 リシェルの動揺が全身から伝わって来た。いつの間にか俺の背をポカポカ叩くのもやめている。

「何度か会ったけれど、確かに、どちらかといえば細身で小柄だった。積極的に親の仕事を手伝っていて、か弱くはなくとも、見た目はフェーミナの『美』を持っているということになるのか」
「う……」

 図星だったようだ。
 最近評判だという、ティバルト坊ちゃんのフェーミナも『小柄で可愛らしい』そうだから、教本に書かれていることが世間一般の評価なんだと、そう思ってしまうのは仕方ないかもしれない。
 それに実際のところ、娶るからには細身で小柄なほうがいいと思っている男、多いだろうしな……。
 俺は溜め息を禁じ得なかった。

「あのねリシェル、僕はそういうの考えたこともなかったよ? さっき言われて気付いたぐらいだし。むしろリシェルは伸びて当然なんだよ、それが正常なの」
「でも……」
「でも?」
「わたしのせいで、ランハートが恥をかくのは、嫌だ……」

 リシェルは蚊の鳴くような声で言った。
 ……そうか。自分が不細工呼ばわりされるのが嫌なんじゃなくて、俺が嫌な思いをするのは嫌だ、っていうことだったか。
 すんすんと鼻をすする音が聞こえてきて、俺の心臓をギュッと掴んだ。ああああもう、おまえって奴はよ……。
 俺はリシェルを抱きしめていた腕を外し、ゆっくりしゃがんだ。

「? ランハー……うわっ!?」

 片腕をリシェルの膝裏に回し、もう片方の腕はバランスを崩さないよう背中に回して、ぐっと立ち上がった。
 こういうの、何抱っこって言うんだっけ。鍛えて良かった俺の腹筋。
 リシェルは慌てて俺の肩に手を置き、潤んだ目をパチパチさせて驚いている。

「くくく、どうだ。もうこんなに力があるんだぞ」
「あ……う……」
「あのさリシェル? 僕はリシェルの目線が僕より高くなろうと気にしないし、気にならないんだよ。むしろ自分が苦しい思いをしているのに、それを隠して逃げてしまうほうがショックだし、悲しいからね」

 俺はさっき飛び越えたソファまで移動し、リシェルをポスンとそこにおろした。
 悔しいことに、実はそこまでが今の俺の限界。でも昔はおんぶ以外でリシェルを運べなかったのだから、これができるようになったことは充分に快挙だ。
 俺も隣に座り、じっと見守っていた使用人に改めて食事の手配を命じた。

「一緒に食べよう。ね?」
「…………うん」

 彼は今度は、逃げなかった。


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