どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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早まったプロローグ

99. 飛んで火に入る……

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 エアハルト兄様は俺の視線に気付き、いささか気まずそうな顔になった。のろりとフォークを手に取り、パウンドケーキに刺して食べ始める。
 そういえばみんな話に夢中になって、お菓子がほとんど手つかずだったのだ。
 俺はリシェルと目を見合わせ、頷き合い、同じようにフォークを持つ。

「ランハート、このお菓子とっても美味しいね」
「本当だねリシェル。見た目も味も最高だ」

 俺は兄様と同じくパウンドケーキ、リシェルはタルトを食べてみた。いやぁ、ほっぺが落ちそうだね~。
 バウアー邸の菓子職人の腕がいいのはもちろん、この赤い実それ自体が本当に美味しい。俺が「これは売り物になるぞ」と確信した理由は、熟した桃のような甘さだった。甘いだけでなく、さくらんぼ風の酸味もあって、飽きがこない。

「お姉様もお菓子、食べましょうよ。とっても美味しいですよ!」
「え、ええ。そうね」

 いきなり話がお菓子に飛んで、お姉様は一瞬きょとんとしたものの、ちまちまとタルトを食べ始めた。
 好みの味だったようで、好物を食べた時の幸せそうな微笑みが浮かぶ。常に冷静な貴婦人然としているだけに、ギャップがあって非常に可愛らしい。その微笑みをエアハルト兄様が一瞬ジッと見つめ、すぐにフォークの行き先をタルトに変更した。
 さりげなくお姉様の好みをチェックする男……単に奥手で堅物なだけで、この手のことに鈍いわけではないのが救いか。日頃から婚約者を口説きまくっている俺の性格、一割ぐらい感染うつっちまえばとんとん拍子に話が進みそうなのに。

 母上様は、明らかにエアハルトを鍛えようとしている。お姉様と年齢が近く、身分、能力、性格、どれをとってもエアハルトより上の男はいない。
 そしてレーツェル家には相変わらず、息子の縁談話が来ていないようだ。ただし、以前とは若干その理由が変わっている。
 俺達ムスター家の三姉弟と親しく付き合っているのが知られ始め、人々の中のエアハルトへの印象は、「そんなに怖がる必要はないのでは?」と変化しているようだ。だから今は彼に対して何かを思う者は少なく、それより何より「レーツェル公夫妻が面倒くさそう」と思われているのである。

 俺達は相変わらず、音楽の先生を介してエアハルトとの文通を続けていた。そうしなければ、レーツェル公夫妻が勝手に読んでしまう恐れがあったからだ。息子宛ての手紙は、本人より先に両親が開封するというのはもっぱらの噂で、エアハルトに訊いてみれば、本当に前科が結構あるらしい。
 そんな親のいる家に嫁ぎたいお嬢さんなんていないだろうし、お嬢さんの親だって躊躇ためらうわ。
 いい加減レーツェル公夫妻も、アデリナお姉様以外にいないことぐらい薄々わかってきているはずだが、面倒くさい奴らだから、「息子さんと婚約させてください」とムスター側から言わせたいんじゃないかな。
 だから母上様は、絶対にこちらから話を持ちかけることはない。すべてエアハルト次第だ。

「……ですが、己の色が相手に合わないことは可哀想ですね。本当は贈りたいと感じているようですよ」

 ミッテちゃんがくちばしで果肉をちょいちょいちぎりつつ、複雑な青少年の心をピヨっと暴いた。
 ほほう? だとしたらそれは確かに可哀相だ。
 自分の色をアクセサリーに込めて贈るのは、「私の色をあなたに身につけてほしい」というメッセージ。これはこの国の貴族なら、子供でも知っている。
 けれど思えば俺自身、リシェルに自分の色は贈りづらかった。ヨハンと同じ色だからだ。そんな俺が、それでもリシェルに自分の色のアクセサリーをつけてもらいたいとなると……。

 あ、あの方法がいけるか? 深緑単体にしなければ、また意味合いが変わる……それならエアハルトの色も……。
 あ~でもこの方法、彼には荷が重そうだ。それこそ、単色より意味が「重い」んだよ。俺ならリシェルに平気で贈るけど。
 重いだけあって本気度の高い贈り物となるから、下手にこの方法を提案できない。エアハルト自身に気付いてもらって、どうするかを選択してもらうしかないな。じれったいが。



 結局、俺達がおやつを食べ終え、まったりお喋りを楽しんでいる間も、ティバルトとルチナは来なかった。

「残念ですけれど、そろそろ行きましょうか。兄様、あとで手紙を
「ぐ……頼む」
「? ……ねえリシェル、お二人とも何のお話をしているのかわかる? わたくしが聞いてはいけないことかしら?」
「お義姉さま、兄さまとランハートの内緒話なので、わたしも聞いてはいないのです」

 聞いてはいないけれど察しはついているリシェル、我が家の子として言葉選びが巧くなっているなぁ。
 そんなリシェルを見て、エアハルトくんは「あの素直なリシェルが……」みたいな複雑そうな目になっていた。リシェルは素直な時もそうでない時も可愛いですが何か?
 そんな感じで再会の約束を交わしつつ、俺達四人は憩いの空間を出て、そろそろ賑わいの落ち着きはじめた庭を進んでいった。

 俺はリシェルと手を繋ぎ、リシェルのもう一方の手にはミッテちゃんが大事そうに包まれている。
 周囲の視線がさりげなくこちらに集まるのを感じた。

「ほら……ごらんあそばせ……素敵ね……」
「四人揃うと壮観だな……」

 ひそひそ、ぼそぼそ。
 毎度のことではあるけれど、皆さん小声でお喋りするのが本当に大好きだな。
 けれど年々、少しずつ声に含まれているニュアンスが変わり、不快感がどんどん減っている。

「……あのフェーミナ、白い鳥みたい……美しくて溜め息が出そう……」
「あの弟、ますます美しくなるな……ゾッとする……」

 フェーミナがなんでここにいるんだ、とは、もう誰も思えないだろう。
 俯かずに堂々と歩くリシェルは、その存在を疑問視する者が罪悪感を覚えるほど、気品と存在感に満ち溢れていた。
 俺が内心で鼻高々になっていると、突然ミッテちゃんが警戒に満ちた鳴き声を上げた。

「ランハート! 来ますよ……!」

 少しして、我が家の従僕コンビと、エアハルトの目付け役が小声で発した。

「若様……!」
「坊ちゃま」

 さっきまで周囲から聞こえていた、楽しそうなお喋りの声が消えた。

 ――ああ。まさか、ここで。

 そうだったな。内心でフェーミナの存在を苦々しく思う者がいたとしても、ハッキリ口に出せない理由がもう一つあったか。
 前方から歩いて来るお待ちかねの一団に、俺は顔に能面を装着しつつ、内心では歓声を上げていた。

 先頭に立つのは、陽光にきらめく豪奢な金髪の少年。その青紫の瞳は、最初からこちらへ敵意を向けている。
 誕生日は忘れたが、年齢は俺のひとつ上。身長はエアハルトより少し低いぐらいだろうか。
 メインヒーローを張るだけはあり、見た目だけなら群を抜いた美少年だ。容姿から子供っぽさが薄れ、数多あまたの令嬢が頬を染めるであろう姿。
 四公筆頭の家で最高の教育を受け、姿勢も歩き方も優雅で美しく、そこらの令息など比較対象にすらならない。

 その背後には、細身でかなり背の低い少年の姿がある。健康状態に問題はなく、彼はもとから小柄なのだ。
 あのゲームのスチルのように、こちらから見える少年の姿は半分だけ。相変わらず、いつでもどこでも彼氏の後ろに隠れているらしい。
 その二人の周囲には、ぞろぞろと取り巻き令息の姿。こちらはボスの真似をして敵意満々の者もいれば、どことなく顔色の悪い者もいる。先頭に立ってばかりで背後に気を配らない金髪のボス猿は、自分の子分の中に一部、様子のおかしい者がいることに気付いているだろうか?

 エアハルトが俺達を庇うように前へ立ち、やや下がった斜め後ろの位置に彼の目付け役と、反対側の斜め後ろに我が家の従僕カイが立った。ノアは俺達の一番後ろに立ち、念のため背後を警戒している。
 周囲の人々が息を呑んだ。

「エアハルト・フォン・レーツェル。私のフェーミナを退け、ムスターの者と慣れ合うなど、どういう了見なのか説明をしてもらおうか」

 俺は噴き出しそうになるのを堪え、腹筋にグッと力を込めた。
 ――――あ~っはっはっはっは!
 まさか! まさかこんなに大勢の目撃者がいる前で、わざわざあちらから仕掛けに来てくれるなんて!
 あの憩いの場よりも、遥かに最高の場所、最高のタイミングじゃないか!
 もしかしてこいつ、意外と親切だったのか!? 知らなかったよごめん!
 お気遣いに応えて、最高の思い出になるよう、素敵なおもてなしをしてあげなくては……!



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 読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
 本日の投稿は1話のみ、次回は明日以降になります。

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