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進む人々、停滞する人々
126. 堕ちた『勇者』の現状
しおりを挟む予想外な話にはなったものの、母上様が超前向きになってくださった。
俺はホクホクしながら、リシェルと一緒にファーデンでの話の続きをした。
土産話はたくさんあって、なかなか尽きることがない。
ところが、ティバルトとルチナがやって来たことを話したあたりで、それまでずっと口を挟まなかったヨハンが「そういえば」と喋りだした。
この場でこいつが話すのは珍しいな。
「先日シュピラーレ公とお酒を飲んだのだけれどね。その時、珍しく彼に愚痴を言われたのだよ。なんでも、息子の家庭教師を半数も解雇したのだそうだ」
「えっ……半数も?」
「うん、半数と言っていたよ」
「それは尋常なことではありませんね。どういう経緯でそうなったのですか?」
さすがに母上様も興味を引かれたらしい。
ヨハンは母上様から普通に質問されてびっくりしたのか、少しだけしどろもどろになりつつ、その愚痴の内容とやらを話した。
クビになった教師達は、昔からティバルト擁護派だったらしい。
強く美しい令息の、王子か勇者かといったカリスマに魅了され、「坊ちゃまは優秀なのに公爵閣下はお厳しいのではありませんか」と何度か口にしていたそうだ。
『必須の範囲はもう終わったのだから座学は必要ない、とあれが言い張るのだ。予定していた授業を半分もキャンセルするのならば、教師の数も半数でよかろう』
教師達にまとめて解雇を言い渡す際、シュピラーレ公が突き付けた解雇理由がこれ。
ほかでもない大好きなお坊ちゃまの言動により、彼らはクビになってしまったわけである。
同時に、自業自得でもあった。
するすると物覚えのいい坊ちゃまに目がくらみ、「こんなに授業を詰め込まなくていいのに」と主張するティバルトの肩を持ってしまったのだから。
そして家庭教師をクビにした時期なんだが、なんと一年以上前のことだそうだ。
ヨハンはシュピラーレ公から特に口止めなどはされなかったらしい。
……ヨハンに打ち明けたら口止めをしない限り、俺にも伝わることぐらいわかっているだろう。
ならもしかして、遠回しに俺へ情報をよこしてきたのか?
だとしたら、その真意は……。
シュピラーレ公は、ティバルトの教育を制限し始めているということか。
母上様の瞳が、氷のような灰水色から澄んだ水色に変わった。母上様もお気付きのようだ。
もしかしたらシュピラーレ公は、数年前から既に始めていた可能性もある。
跡取り教育というものは、俺ほどじゃなくとも結構早いタイミングで始まるものだ。
俺達とティバルトがバチコンとやったのは二年前。本来ならあのぐらいの年齢だと、領の視察に同行したり書類仕事を教えてもらったりと、とっくに家の仕事を実地で学び始めている時期だ。
けれどティバルトは、そういうことを教わっている様子がなかった。
「近い話を、わたくしも側近から聞きましたよ」
母上様が鋭い瞳のナイフで虚空を撫で、冷ややかな言葉を紡いだ。
側近がそれを目撃したのは、とある貴族に招待された夜会の広間だったらしい。
そこにはシュピラーレ公も招待されていた。
彼は何やら、己の側近へこのように言っていたという。
『何度言ってもあれが勉強を嫌がるのだ。何をどう言い聞かせようと、耳を貸さずに勝手なことをやるのだから、もう何もやらせんでいい。放っておけ』
母上様の側近は、シュピラーレ公が人前で、それもあまり潜めていない声で言い放つのを確かに聞いたという。
その意味は明らかだった。
「いよいよ、周囲へ明確に示す段階になったのでしょうね」
食後のお喋りは結局、随分と長話になってしまった。
部屋に戻ってベッドに入り、カイが蝋燭を吹き消すと、いつものようにミッテちゃんとの内緒話タイムの開始だ。
ティバルトとルチナの現状は、前世でプレイしたゲームの筋書きと掛け離れている。
ミッテちゃんが「あのストーリー通りです」と太鼓判を押してくれた、非常に闇深くも実用的なゲーム知識によると、本来ならばムスター家はとっくの昔に傾いていた。
そしてファーデンとグランツの地が売却されてシュピラーレ公爵領になり、今頃はティバルトがその責任者を任されることになるはずだった。
ところがムスター家は傾くどころか、年々右肩上がり。
土地の切り売りがされることはなく、よってファーデンもグランツもムスター公爵領のままだ。
ではティバルトは、この土地以外にどこかを任されているのだろうか?
――そういうことはなかった。
現在のティバルトの現状をまとめてみよう。
奴は、家の仕事を一切手伝わせてもらっていない。
ファーデンやグランツどころか、シュピラーレ公爵領のどの土地も任されてはいないのである。
そしてヨハンがシュピラーレ公から受け取った情報によると、家庭教師の半数ほどが首を切られ、勉強時間は激減した。かねてからの望み通りに。
たっぷりと増えた自由時間をティバルトがどのように使っているかというと、まず大好きな剣術と馬術の時間を増やした。
それ以外はルチナを連れて遠乗りに出かけたり領都へ出かけたりと、つまりほとんど遊んでばかりいる。
ただ、ティバルト本人はその行動について、周囲には視察と聞こえるような言い方をしているらしい。
その昔、お姉様との婚約未遂の件を、さも悪の令嬢を退けてやったぞみたいな言い方をしていた時と同じだ。
「もしかすると、自分が見放されてしまったことを薄々察しているのかもしれませんね。それを反省しているかどうかは別として、信じたくないあまりにそういう行動ばかり取っているのやも」
ミッテちゃんの推理は当たっていそうだな。
見放された原因が自分自身にあることを、奴がちゃんと自覚できているかは別として、半ば自棄になっているというのは有り得るかも。
そしてファーデンへ入ろうとしていたあの時も、ティバルトはルチナと一緒に、領内で小旅行を楽しんでいる最中だった。
俺やリシェルの視察旅行とは違い、完全に遊びだと調べがついている。
ティバルトの行動は派手で、ルチナの言動も最近とみに悪目立ちしているから、ちょっと調べただけですぐにわかるのだ。
その小旅行の行き先を、ルチナが「行ってみたい」と強請ったことも。
ファーデンへ続く道にしても、ルチナが行きたい方向へ進んだ結果、封鎖されている場所に辿り着いたということも。
ルチナの評判は二年前よりもいっそう下がり、連動してティバルトの評判も下がり続けている。
メルクマール男爵一家は、随分と肩身の狭い思いをしているようだが……こっちはこっちで、随分と勘違いしてるなぁ。
「勘違いですか。そういえばランハート、あなたはメルクマール男爵家にはあまり同情をしませんね? 彼らは一応、善良な一家ではありますし、あなたもそれは認めているようですけれど」
ミッテちゃんが不思議そうに問いかけてきた。
そうだね。ルチナに比べたらマシな一家とは思っているよ。
末っ子想いの父親と長男には、ほんの少しばかりは同情しなくもない。
でも、はっきり味方をしたい連中でもないよ。
だって彼らはかつて、アデリナ様がいるとわかっているのにルチナを応援していたんだからね。
たとえ『第二夫人』になることを想定していたとしても、ルチナが婚約者を差し置いてティバルトから大切にされていることを、あの一家は喜んでいた。
そうして今、ルチナはティバルトのもとにいる。
もし父親が絶対にダメだと言っていたら、シュピラーレのおじさんはルチナを迎えることはなく、ティバルトを叱って終わりだったろう。
メルクマール男爵がそれを望んだんだ。
自分の家の末っ子が、公爵令息に寵愛されることを。
今だってそうだ。
肩身の狭い思いをしたくなきゃ、さっさとシュピラーレ公に謝って、末っ子を回収すりゃあいい。
ルチナが嫌がろうと、当主がダメだと言えばダメだ。
ティバルトの怒りなんて、シュピラーレ公爵本人の怒りに比べたらなんてことないんだよ。
でもやらない。
「あぁ……そういうことですか。無意識かもしれませんけれど、そういう野心が少なからずある、ということですね」
そういうこと。
だから多少はカワイソーと思わなくもないけれど、積極的に同情まではしてやりたくないよ。
ミッテちゃんはふむふむ頷き、納得してくれたようだ。
「と、いけません。話しそびれるところでした。はっきり読めたわけではないのですが、ヨハンの話とイゾルデの話を両方聞いていてうっすら感じたのです。――良いお知らせですよ」
ミッテちゃんが教えてくれた『良いお知らせ』に、俺はベッドの中でにんまりとなった。
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