どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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進む人々、停滞する人々

128. いよいよご対面……!

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 ルーディとのお茶会はヴェルク公爵邸で行われる。
 これまでただの一度も会ったことのなかったヴェルク家の兄弟が、初めて顔を合わせる場なのだ。それをムスター家で行うのはちょっと違う。
 第一、リシェルはヴェルク公爵の息子なのだから、堂々と実家に戻ったっていいのだ。

 そう。弟との対面だけでなく、リシェルが実家に戻るのもこれが初めてだった。
 それもあって、義父上ちちうえ様がヴェルク公爵邸での茶会を猛烈にプッシュしたんだ。
 この機会を逃したら、その日がいつになるかわからないと。
 そしてリシェルも「まあいいかな」と承諾したんだけれど、承諾した後になって緊張が追って来たようだ。

 そんなリシェルだけでなく、俺もちょっと緊張していたりする。
 パーティーという場所は見る物も聞こえてくる物もたくさんあるから、相手の注意が逸れる時はいくらでもあるし、話題だって出しやすい。
 けれど参加者が俺達だけの茶会となると、相手の目も耳もすべて俺達に集中しているわけだ。
 茶会の間ずーっとである。
 そして頼れるエアハルト兄様もいなければ、お優しくて面倒見のいいアデリナお姉様もいらっしゃらない。
 
 俺、大丈夫?
 幻滅されたりしない?
 だってリシェルの弟なんだもん。心配にもなるって!

 できれば賑やかなバウアー男爵邸のパーティーで、エアハルトやお姉様が一緒にいる時に初対面としたかったんだけど。
 でも行くと決めちゃったからには、もう行くしかない。



 ――で、当日。
 猛プッシュした当人は急な仕事が入り、茶会に参加できなくなりましたとさ。

『残念だが……本当に残念だが……非常に残念だが……!』

 書いた人が血涙を流す光景が見えるほど、真に迫った文面の手紙が事前に届いていた。
 義父上ちちうえ様も成長したなぁ。

「ねえ、ランハート。わたし、どこもおかしくないかな……?」

 リシェルがそんなことを訊いてきた。
 パステルカラーのグリーンの上着に、白い半透明の繊細なレース。ズボンの深緑色はもしや俺の色か。

「大丈夫だリシェル。リシェルはいつだって、主観的に見ても客観的に見ても完璧に綺麗で可愛い」

 俺は全身全霊の本音で言ったんだが、何故かリシェルの浮かない顔は続いている。

「ねえノイマン、わたしどこもおかしくないかな?」
「は。リシェル様の知的で優雅な雰囲気にとても合っておりますれば、ご心配には及びませんぞ」

 ――リシェル? なんでわざわざノイマンにも訊くのかな?
 そして俺の誉め言葉よりも、ノイマンの言葉にホッとしているのはなんでだ!?

 まあいい……ノイマンの審美眼は確かだしな。

 一方、俺の服は上下ともにダークグリーンだ。
 深緑よりもダークと言いたくなる感じのグリーン。光沢の加減で、闇成分が多そうなグリーン。
 最初、レースを黒にされそうだったんだけれどね。リシェルとお揃いの半透明な白レースにしてもらったよ。
 俺に似合いそうと俺も思ったよ?
 でもね、ルーディーを威圧しに行くわけじゃないんだから。

 ちなみに俺は現在、裏のなさそうな普通の微笑というものを浮かべられるようになっている。
 めげずに表情の練習をした甲斐があった。練習のコツは、リシェルが可愛いことを言ったりやったりしている姿を脳裏に浮かべながら微笑むことだな。
 相変わらず害のなさそうな表情のバリエーションがとても少ないけれど、無いよりもマシだ。
 
 そして俺達は馬車に揺られ、ヴェルク公爵邸に到着した。
 出迎えの使用人が玄関前に並び、そしてその前には子供が一人立っている。

 待って、心の準備が……。

「してきたでしょう、さんざん」

 呆れながら俺の肩でピヨヨと呟くミッテちゃん。
 今回はリシェルの抱っこではなく、俺の肩乗りピヨちゃんをお願いした。
 小さな可愛いヒヨコを肩に乗せていれば、もしうっかり俺が冷気を漂わせても、ルーディーが俺を怖がることはなかろうと思ったのだ。
 期待しているぞミッテちゃん。

「いえ、私にそんなことで期待されましても」

 謙遜けんそんしなくていいよ。
 いざとなればヒヨコを俺の頭にのっけて笑いを取るという手段もある。
 だがこれを初っ端からやると「なんだろうこの人」とドン引きされるかもしれないので、あくまでも最終手段だ。

 さて、そんな感じで俺の内心は動揺と緊張が渦巻いていたのだが、隠そうと思えば完全に隠せるこの無敵の顔面がホントありがたい。
 ムスター邸でお仕事中であろう母上様を心の中で拝みつつ、リシェルに声をかけた。

「行こうか」
「う、うん」

 ――追加。俺、表情だけじゃなく、声や所作にも全然緊張とかが出ないわ。
 一方、リシェルは所作には出ないけれど、それ以外にはちょっと出るね。

「大丈夫だよ。僕がいるから」
「うん……」

 おまえ内心ガッタガタだろ、というのはバレなければセーフだ。
 手を繋ぐと安心した顔になってくれるのが嬉しいな。
 そしてリシェルはひとつ深呼吸をして、そのあとはもう完全にいつもの、冷静で大人びた少年になっていた。

 俺達は馬車を降りて、玄関に続く階段をのぼっていく。
 近付くにつれ、ルーディの顔立ちがより鮮明になった。

 ――ああこの子、やっぱり義父上ちちうえ様似だ。

 父親そっくりの、茶色の髪と瞳。
 健康的で病の気配もなく、背は高めで、どことなく生真面目そうな印象を受ける。
 それは義父上ちちうえ様に似ていると同時に、エアハルトに通ずるものがあるなと感じた。
 初対面の頃の、四角四面っぽいのにちゃんと気遣いのできるいい子。
 そう感じたおかげか、俺の中からも緊張は消え、心の中でエアハルトのことも拝んでおく。

 こちらを見るルーディは、俺達以上に緊張たっぷりでガチゴチになっていた。
 けれど瞳はキラキラとして、嬉しそうなのが伝わってくる。


「……こんにちは、ルーディ。会えて嬉しいよ」


 俺の隣から、ごく自然にさらりとそんな声が聞こえてきた。
 言葉通り声には喜びが満ちていて、見なくとも彼が微笑んでいるのがわかった。
 そうだな。こんなにガチゴチになりながらも嬉しそうにしてくれているのを見ちゃうと、マジで嬉しいもんな。
 俺も最高の笑みを――浮かべるのはやめて、無難な微笑を浮かべた。
 危ない危ない、最高のやつにしたら「つい先ほど人を二、三人ばかり地獄に沈めたてのような魔性の笑みになってます」ってカイに注意されたんだったわ。

 俺達が並んでルーディの前に立つと、彼はこちらを見上げながら少し息を吸い、挨拶を始めた。


「改めまして、ルーディ・フォン・ヴェルクです。お二人にお会いできるのを、心から楽しみにしておりました。……リシェル兄様、ランハート義兄にい様」


 ――俺はこの瞬間、かつて俺達から『兄様』呼びをされたエアハルトの気持ちが、痛いほど理解できてしまった。


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