どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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かつて悪(役)だった令息との結婚

159. ムスター家の部屋事情と秘密


 これまでずっと住んでいた部屋も充分広いし、面倒だからそのまんまでもいい気がしていた。
 けれど現当主の俺より引退した前当主のヨハンのほうがいい部屋に住んでいるのはよくないと、俺以外の全員が引っ越し推奨派だったのだ。
 確かに俺の代だけならともかく、後の代の人間が困ることになるかもしれない。そう思い直し、皆の意見に従うことにした。

 この話は爵位を継いだ直後ぐらいには既に出ていたものの、当主の部屋にくっついているヨハンのアトリエをどうにかする必要があり、すぐに移動することはできなかった。
 なので結婚と同時に部屋を移ろうということになり、それまでの間に徐々に準備を進めるべく、部屋の位置関係を改めて頭に浮かべてみたんだが……前当主夫妻のおかしな状況を、またハッキリと認識することになった。

 公爵夫人の部屋は、当主の部屋の隣にある。
 ところが母上様は、そこをまったく使用していない。
 ならば母上様のお部屋がどこかというと、プライベートな空間からはやや離れた場所にある、当主の執務室の近くだった。
 本来の用途としては休憩室として設けられていた部屋に、どうやら母上様はずっと住みついていたらしい。
 では本来の公爵夫人の部屋は空室状態だったのかというと、なんとそこにはヒルダが住みっぱなしだったのである。

 ヨハンが爵位を継ぎ、母上様が公爵夫人となってからも、ヒルダはその部屋を出なかった。
 本当なら母上様のほうが立場は上なのに、ヨハンがそんなヒルダの行動を許してしまったせいで、余計に上下関係がおかしなことになっていたらしい。
 ヨハンは今になってそれを理解し始めたようで、しょげ返っていた。

 もちろん、現在はヒルダの使っていた家具や私物その他、すべて綺麗さっぱり念入りに処分されている。存在していた痕跡すら残すまいと、それはもう丁寧なの手を入れたのは母上様だ。
 いずれリシェルの暮らす部屋だからと、もう何年も前から改装を進め、インテリアも何もかもリシェルの好みに合わせて準備してくれている。
 それらにはアデリナお姉様の意見もだいぶ入っており、「わたくしとアデリナからの結婚祝いですよ」と母上様は仰っていた。

 リシェルは言葉を詰まらせつつ、瞳を潤ませて感激していた。母上様とお姉様はセンスがいいというだけじゃなく、嫁ぎ先の家族からそういう歓迎の贈り物をしてもらえるのは、とてつもなく嬉しいことなのだろう。
 世の中には自分の奥さんが住んでいる場所なんて一切気にかけず放置する旦那とか、義理の娘に部屋を譲らず居座る姑とかがいるみたいだからねぇ。

 その部屋を俺も見せてもらったけれど、「これはリシェル絶対気に入るよ。さすが母上様とお姉様!」と大満足だった。
 全体的にシックで過ごしやすそう。それでいて要所に華やかさもあり、リシェルがそこでくつろいでいる姿が容易に思い浮かべられる部屋だったのだ。
 リシェル本人は当日のお楽しみにするということで、まだそこを見ていない。お姉様の花嫁衣装を楽しみにしていたエアハルト義兄にい様よろしく、うきうきわくわくしてくれている。



 そんな風にリシェルの部屋に関してはつつがなく準備が完了し、あとは俺の部屋だ。
 このムスター公爵邸は、俺の自宅というだけでなく、来賓用の高級ホテルと役所と会社をすべて詰め込んだような建物でもある。
 前面部分はほとんどが二階建てで、公的な役割が集中し、プライベートな空間ほど奥のほうにあった。
 当主や家族の暮らす区画は一階建て。どの部屋も天井が高く広さもあり、歩く距離は長い代わりに、階段の上り下りが必要ない。
 貴族の館によっては二階以上の複数階建てのところもあるけれど、エレベーターはないからめちゃくちゃ大変そうである。

 いつ攻め込まれてもおかしくない時代の城であれば、領主の部屋は高い階層にあるほどよかった。
 しかしムスター邸は防衛施設として建設された『城』ではなく、住みやすさを追求した比較的新しい時代の、宮殿に近い建物なのである。
 そして俺がもとから住んでいた部屋は家族用の部屋の中でも、実は当主の部屋から一番遠い。
 どうやらもとは引退した当主が住むことを想定して作られた部屋だったようで、公爵夫人の部屋の次に広いのがここだった。

 この際、俺とヨハンの部屋を交換してしまおう。そうすれば、それぞれの部屋が本来の役目に戻ってすっきりする。
 俺はヨハンのアトリエを当主の部屋から切り離すことはせず、俺の部屋近くへ似たようなアトリエを新たに建てさせ、自室から直接行き来できるようにした。
 もともとヨハンが使っていたアトリエは、中身をすべてそちらへ移したあとで改装し、俺の書斎か資料室のように使えばいい。

 ということで、徐々に双方のお引越し準備を進めていたんだが……。

「あああ……!」
「…………」

 真っ赤になって頭を抱え、床にうずくまるオヤジ。
 そんなオヤジの前で立ち尽くし、無言無表情で見下ろす俺。

 ついさっき、作業はどこまで進んでいるかな~と、こいつの部屋に様子を見に来たんだよ。
 そうしたら使用人達がなんか挙動不審だったものだから、あのオヤジ何をやってやがるとアトリエに踏み込んだ。
 そこで見てしまったのだ……まだカバーのかけられていない、とある貴婦人の横顔を描いた絵の数々を。

 おまえ人物画は描けなくもないけどあんまり得意じゃないとか言ってなかったっけ?
 もしやそこに積み上がってんのも全部そうか?
 氷のように美しい貴婦人の目の下に、かすかなシワっぽいのが描かれているのを見るに、若かりし頃ではなく最近のお姿だ。
 ――母上様がモデルなんかやってあげるはずもない。記憶だけでこれだけ描けるのは、さすがと言えばさすが、なんだが。

 俺と同様に無言で突っ立っている執事や、周りの使用人達に驚いている様子はない。
 どことなく「あ~あバレちゃった」みたいな空気が漂っている。どうもヨハン付きの連中は、みんなこれを知っていたみたいだ。
 いつ頃からなんだろう。
 つうかオヤジよ。おまえ、結婚して何年目だよ。
 息子としてこういうのを見つけちゃった俺、結構微妙な気持ちなんだが?

「頼む、ランハート! イゾルデには内緒にしてくれないか? お願いだよ……!」
「……構いませんよ。お母様に『は』内緒にしておいてあげましょう」
「ありがとう……!」

 ちょっ、こらオヤジ、顔がちけぇよ!
 オヤジのうるうる目なんざ至近距離で見たかねぇわ!
 ハグすんじゃねぇぇぇ!

 あぁもうこいつはよ、とげんなりしつつ、不意に気付いた。
 いつの間にか俺はヨハンと、頭の高さがほぼ並んでいるということに。



   ■  ■  ■ 



 公式設定におけるヨハンの身長は百八十四センチだった。
 つまり俺の身長も今、そのぐらいにはなっているんだな。
 リシェルが気にしたらいけないと思って、背丈を測るのをやめていたから、ここまで伸びている自覚がなかった。

 そんなリシェルは、いつからか俺より目線が下に戻っている。
 設定集にこの国の成人男性の標準とあった百八十センチには、多分あと数センチ足らない。
 とはいえ『悪役令息リシェル』の公式設定が百六十九センチだったことを考えると、ものすごく伸びたよな。
 知られているフェーミナの中では、かなりの高身長だ。

「――なんてことがあったんだよ、リシェル」

 そうなんだ、と頷くリシェルの肩に、瞼を閉じて懐く俺。
 リシェルの部屋にお邪魔し、ソファで並んで座りながら本日の出来事をしっかり暴露しております。

「ランハート。お義父とう様から内緒にしてほしいってお願いされたんじゃなかったの?」
「お母様に『は』言わないよ?」

 同じ部屋にカイとノアもいるけれど、この二人はベラベラと吹聴なんてしないしね。
 すっとぼけた声で返したら、頭上から「もう」という呆れ声と、くすくす笑いが降ってくる。
 昔よりほんの少し低く、それでいて優しい甘さを感じる声。
 うっとり聞き惚れていると、頭に口づけが落とされた。

 ……あ~、至福。


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