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堕ちた天使を狩る
193. 愚か者に試練を与える (5) -side???
本日は2話投稿予定です。
お待たせいたしました。今回から展開が変化していきます!
このもぐり天使サイドの不愉快話を既に(1)から読んでくださった方々は、お付き合いいただき本当にありがとうございます!!(真剣に)
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ある女が、どうやら男に捨てられて舞い戻り、高熱でうなされている。
花街の一角でそんな噂が囁かれたものの、すぐに消えた。
特に珍しくもない話だったからだ。
あまり人が寄り付かない女の部屋に、男がひとり訪れた。
彼はだたのコソ泥だ。ひと仕事を終えると、この花街によく出入りしている。
誰も彼を気に留めない中、男はクラウディアと呼ばれた女の部屋の前に立つ。
ドアは見るからにボロボロで、下のほうには隙間があった。
ここで盗みを働く者など滅多にいない。どうせ、たいした物は置かれていないのだから。
そんなドアの前でしゃがむと、男は下の隙間からわずかに伸びた糸の輪をつまみ、軽く引っ張る。
その糸の先には、小さな封筒がくくりつけられていた。
封筒を懐に仕舞うと、男は借りている安宿に戻り、部屋の中で封を開けた。
中にあるのは金貨や銀貨、そして鍵。――レーベンと呼ばれた男の、店の鍵だ。
男は翌日、服飾店でそこそこいい服や靴を購入し、その場で寸法を直してもらった。
髪やヒゲも整えてこざっぱりすると、彼はその足でムスター公爵領に向かい、何食わぬ顔でレーベンの薬屋の鍵を開ける。
奥の部屋では相変わらず、一部の床板が外されたままで、剥き出しの地面には穴が見えた。
その穴は半分以上が土で埋まっている。
男は床板をしっかり閉じ直し、簡単に掃除を済ませた。
さほど汚れてはいない。
ただ空気がこもっているので、窓を開けて風を通した。
そして、何食わぬ顔で表の看板を『開店』に替え、営業を再開した。
「おや、レーベンさん。しばらく見ないうちに、だいぶ立派な面構えになったじゃないか」
「お久しぶりです。似合いませんかね?」
「んなこたぁないよ」
髪の色や瞳の色、年齢も体格も近い。
その上、口ひげと顎ひげを生やし、それなりの服を纏っている。
久々に訪れた客の目には、しばらくぶりに見るレーベンが、ちょっと立派になって戻ったようにしか見えなかった。
おまけに彼は、以前客と交わした会話の内容を覚えている。
この男が『レーベン』本人であることを、誰も疑うことはなかった。
(私の『準備』は、これで終わった。以前とまったく同じだ)
何も変わらない。
シュピラーレ公爵家やメルクマール男爵家には、何もする必要がなかった。
放っておいても、ティバルトやルチナは己の欲望のままに動く。
シュピラーレ公爵夫妻も、密かに育てられていた次男も、ティバルトの巻き起こす災禍によって命を落とすだろう。
レーツェル公爵家にも、既に保険はかけていた。ベルンハルトという侍従長であった頃、レーツェル公爵家の臣下と誼を結び、その遠縁の者に子飼いを養子として迎えさせている。
エアハルトが偽りを看破する才能に振り回され、それゆえにティバルトやルチナに傾倒してしまう頃には、子飼いの者が彼の従者になっているだろう。
ティバルトの歪んだ覇道を支えるエアハルトを、国王やレーツェル公爵が簡単に始末できないよう、その者に立ち回らせる。
そして最終的にエアハルトは、ルチナの愚行に巻き込まれて命を落とすことになるので、あえて暗殺の指示を出す必要はない。
(どうせ今回も、あの者は何ひとつ有効な手を打てぬだろう)
新たな『レーベン』となった男は、早くも次の段階へと思いを巡らせ始めた。
すなわち、ティバルトによってリヒトハイム王国が戦火に包まれた、その後の『移動先』についてである。
既に何度も繰り返し、半ば飽き飽きとしてきた作業を。
(さっさと失敗を認めればよいものを)
往生際の悪い同族に呆れながら、それでも新たな『レーベン』は、真面目にお決まりの日々を繰り返し続けた。
――だが。
(おかしい。何があった?)
その異変に、新たな『レーベン』はすぐに気付いた。
このように行動すれば、このように動いていくという流れが、ある日急に読めなくなったのだ。
これは意識して外向きに発する『力』ではなく、受動的な『力』であるために、人の肉体に宿っていても支障はない能力のひとつだったが……
(中心はムスター家か)
そこを中心とした周囲の一帯が、急に何ひとつ読めなくなった。
原因は想像がつく。
(――あの子供だ。あの子供に融合した異世界の魂が、覚醒している)
その一瞬だけ、存在感の変化を感知していた。
よくわからない、何かとてつもないエネルギーのようなもの。人が激怒した時に発散する感情と近いものを感じた。
それが爆発的に膨れ上がった直後、すぐに静かになり、以降は何ひとつ感じなくなった。
原因はわかっていても、実際にムスター公爵邸の中で、何が起こっているのかがわからない。
その者が何らかの行動を取った結果、自分の知っている『予定』が狂い、破壊されている――そんな感覚だけがある。
しかし、まだ五歳のはずだ。いくら異世界の魂が目覚めようと、そんな子供に何ができるというのだ?
(いや、あの者の召喚した魂だ。これまでとは何か、異なる生き物になっていると思わねばなるまい)
それにカーラに渡した王家の秘毒は、まだ余っている頃だ。
いずれここに捜査の手が伸びることだろう。
新たな『ランハート』の正体を確認するために、一旦は捕まってみるか?
いや、それは得策ではない気がした。
どのような生き物になっているのか、まるで不明な現時点では、うかつに接触すべきではない。
カーラの手元にある毒が発見されようと、『レーベン』がベルンハルトと繋がっていた証拠は何ひとつないのだが、ヴェルク公爵邸にはクラウディアに書いた紹介状が保管されている。
あの紹介状は本来、放置していても構わないものだった。次男ルーディは、病死として片付けられることになるのだから。
(念のため、処分しておくか)
だが、次にどこへ『移動』するのが最善なのか、初めて迷いが生じた。
あの乳母にするか? ――いや、やめておこう。
四公爵家の中に留まると、あの『ランハート』と関わる可能性が高い。
この器の処分については、これまでと違う方法を取ることにした。『レーベン』が主体的に動いていたと悟られないよう、どこかの組織の末端であり、たやすく切り離せる尻尾のように思わせたほうがいい。
そうでなければ、あの者が同族の関与を疑うかもしれなかった。
『レーベン』は深夜、川の前に立った。
彼が次に移ったのは、ヴェルク公爵邸内で書類の管理をする者。
幼い令息が虐げられていても何とも思わず、平気で見て見ぬふりをしている使用人のひとりだった。
密かにクラウディアの紹介状のみを処分すると、事故に見せかけてその器を始末し、また次の器に移動する。
その直後、『ランハート』が何をして、カーラ達がどうなったのかを知った。
(……何者だ?)
伝え聞く『ランハート』の、容赦のなさ。
あの者はいったい、何の魂を召喚したのだろう?
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