どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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堕ちた天使を狩る

195. 愚か者に試練を与える (7) -side???


 リシェルの最大の敵を葬ると同時に、ランハートはまんまとエアハルトを取り込んでしまった。
 その上、アデリナの評判も落ちる様子がないどころか、美しく優れた令嬢としての名が高まってゆく。
 氷の魔女イゾルデの娘という噂と、アデリナを嫌うティバルトの言動もあって、まだ悪い評判のほうが多くはあった。
 が、前回までとは考えられない状況の変化だ。

 ムスター家の経済力は下降に歯止めがかかり、わずかに上昇へ転じる兆しがある。
 ゆえにムスター家が領地を切り売りする必要もなくなり、いずれティバルトの支配下になるはずだったファーデンとグランツが、ランハートに与えられた。

(あの色石を、ティバルトより先に自分が売り払って一儲けしようと考えたか)

 その予測は一部当たり、大部分で外れた。
 確かに色石も売り物にしてはいたが、それ以上にランハートはファーデンの大掛かりな開発に着手し、色石以外の品々を大々的に売り出し始めたのだ。
 それは流行りに敏感な貴族社会で、さっそく注目を集めている。バウアー男爵やシュピラーレ公爵もランハートの事業に噛んでいるとなれば、成功は目に見えていた。

 そんな中、ルチナがティバルトに接触し、囲い込まれた。
 アデリナとティバルトの婚約話が消えたことと同じぐらい、これほど早く接触するなど有り得ないことだった。
 いったいルチナに何が起きて、そのような行動を取るに至ったのか。

(どうやら、以前の記憶が戻っている。はそれで失敗したのだから、あの者がやったことではない)

 ランハートだ。
 グランツにある、同胞の最大の失敗――天使のほこら
 ランハートがあれに何かを願っている気配を、『エンデ』は感じ取っていた。
 扱いの危険なものであり、どんな願いをしたのやらと警戒していたが、もしやこれだったか。

 ルチナという存在の上に、以前はなかった破滅の気配がある。
 ルチナ自身に、そしてティバルトに降りかかる破滅の気配だ。



   ■  ■  ■ 



 ランハートがどういう人間なのか、その正体を探るためだけに、宿主を替えることは躊躇ためらわれた。
 今の『エンデ』は青年。高齢だった元侍従長のベルンハルトと違い、突然死だろうが事故死だろうが、ランハートの興味を引いてしまうかもしれない。
 そうなると、この王宮に戻りにくくなる。

 それに王の侍従という立場は、あのランハートに対し、この王国の中において最も安全な立場だ。
 ランハートが怪しい者の有無を尋ねた時、王の侍従を挙げる者などほぼいないだろう。
 それだけでなく、万一怪しんだとしても、王宮の者を相手に強引な手段には出られない。
 たとえ王が愚王であろうとも、王の所有物であるという事実が侍従を守る。



 ムスター公爵家の経済力は、どんどん上昇していった。
 ランハートはムスター家だけでなく、レーツェル家以外の四公すべてを富ませていた。それゆえ発言力も大きくなり、ムスター家を四公最下位と意地悪く囁く者は、いつの間にか誰もいなくなった。

 アデリナは魔女の娘としての評判より、麗しい公爵令嬢としての評判が上回った。

 リシェルはフェーミナでありながら、ヴェルク公爵家はもちろん、婚約者とその家の者全員から大切にされている。
 美しいだけでなく勤勉だと、年々好意的な噂が増えていた。

 エアハルトは魔眼の持ち主などではなく、単に並外れて鋭いだけだと知れ渡った。
 ムスター家の姉弟と親しく付き合う様子からも、面倒見のいい兄のようだと、周囲の視線はおおむね好意的だ。
 おまけにアデリナへの片想いも知れ渡り、密かに応援している者も多いとか……

 ヨハンはムスター家の実権を妻と息子が握り、ヒルダの負の遺産が一掃されてから、あまり悪い話を聞かなくなっている。

 その一方で、ティバルトとルチナの評判はひたすら地に落ちていった。

(こんなことが……)

 破滅の火種が消えてゆく。
 辿るはずであった道が消え、見たこともない道が増えてゆく。
 そしてランハートの傍にいるあの者の『力』が、日を追うごとに戻ってゆくのを感じた。

 忌々しいことはもうひとつある。
 ランハートが人の身でありながら、不敬にも『天の雫』と名付けたあの色石。かつてティバルトが部下に採掘を命じた時は、短期間で枯渇させたというのに。
 枯渇どころか、かつてよりも多くの石が、静かに長く売れ続けて広まっていた。

 ランハートはすぐに冷める爆発的な人気ではなく、徐々に人気を浸透させてゆく方法を取ったのだ。

 あの石のせいで、『移動』先が信じられないぐらいに減ってしまった。
 あれを身に着けている者の肉体は、邪霊だろうと天使だろうと奪うことができない。
 ティバルトの時は一時的なブームに過ぎなかった。彼に莫大な利益をもたらしたあとは、年々人気が下がっていったのに、今はそうなっていない。
 宿るだけでなく、夢を覗くことも難しくなった。石を通じて自分の存在が、あの者に伝わってしまうのだ。

(忌々しい……)

 『エンデ』は苛立っていた。
 この世界で肉体に宿るようになって以来、初めて覚えた苛立ちだった。

(この世界が善き道を歩むのはよいことだ。あの者が真に、己の力量のみで導いたことであればな)

 だが、そうではない。あの者は異世界の魂のおかげで、力を取り戻せている。
 それが『エンデ』には許し難いことだった。

 ――ランハートにも白いヒヨコにもバレずに、移動する方法はある。
 石を持たぬ人間に宿ればいいだけだ。
 しかしランハートのせいで、今や四公すべてに隙がなくなってしまっている。
 平凡な小悪党ごときでは、現在の四公に影響を及ぼすことなどできはしない。
 かといってどこかの貴族に宿ろうにも、あの聖石を持つ者には近付けず、ましてや四公の家には接近できない。
 とにかく、ランハートが広めてしまった聖石が厄介だった。あれのせいで一気に行動範囲をせばめられてしまったのだから。

 己の中の焦燥感から目を逸らし、『エンデ』は考える。
 移動しにくいのはこの国の中だけなのだから、この器を捨て、他国へ行ってしまえばいい。
 これまでも幾度となくそうしてきた。あの者の試練の道筋を、改めて他国で作ればいいではないか。

 ……だが。
 他国で試練を用意しようと思っても、成功のイメージが湧かなかった。
 そもそもティバルトやルチナのような存在が、そうそうどこにでもいるものでもない。
 何より生半可なものでは、あのランハートがどうにかしてしまいそうな予感がしている。

 今のランハートによってリヒトハイム王国が強固になるなど、その魂を召喚した同胞のことも含め、『エンデ』には決して許容できなかった。
 そして、その思いを強める出来事が起こる。



 国王夫妻が愚者に乗せられ、四公の子を養子にと求めた。

「……ヨハン・フォン・ムスターの名において、私はムスター公爵として不適格であり、今この時より我が息子ランハートに公爵位を譲ることを宣言いたします」

 有り得ない。あのヨハンが。
 おまけにこの一件で、とうとうランハートがムスター家において、名実ともに頂点となってしまった。
 さらに後日。

「このたび爵位を継承いたしました、ヨハン・フォン・ムスターの息子、ランハート・フォン・ムスターでございます。お呼びとありご挨拶にまかり越しましたと同時に、ムスター公爵の名においてリヒトハイム国防における非常事態を宣言いたします」

 その姿を、『エンデ』は遠くから密かに凝視していた。
 むろん表情には出していない。
 あの者に間接的に気配を悟られぬよう、なるべく距離も保っていた。

 ――初めて目にするランハートの姿。

 これまで『エンデ』の頭にあったのは、五歳の頃に亡くなった幼い子供。
 それから、元専属メイドに宿りかけた時に見た、底知れない闇だけだった。

 ムスター公爵夫人イゾルデを十六歳の少年にすれば、まさにこうなるという美貌の男がそこにいた。
 顔立ちや体型だけは幼さが残り、それだけが唯一、彼がまだ少年であることを示している。
 だが、その凍り付く覇気は、微笑みの奥に潜む闇は、何者にも侮らせぬ恐ろしさを備えていた。

 ムスター公爵家の魔王。それが今、密かに囁かれているランハートの二つ名だ。
 ただの噂と思っていたのに。

(まさか、を召喚したのか!?)

 小悪党ごときでは有り得ない、真の悪。
 この邪悪な魂はそうとしか思えない。

(おまえは異世界から、なんというものをび込んだのだ……!)

 この世界の管理者たる同胞をののしり、『エンデ』は考えた。
 やはり、この国を離れるわけにはいかない。



 ランハートによって『ミッテ』と名付けられた同胞が、ようやく自分の存在に気付いた。
 遅い、と呆れつつ、先達としての寛容さを示してやった。
 同胞として格上の者として、おまえが不甲斐ないから鍛えてやろうと思ったのだと。
 しかしあの魔王の悪影響か、己と同じく天使でありながら、品の落ちた口調と態度が嘆かわしい。

「おまえ達は無事成長を果たし、もう試練の必要はない。あとはその品の無さを改善するといい」

 そう言って、『エンデ』は『ミッテ』を弾き出した。
 人の肉体を保つために、食事も睡眠もとる必要がある。そのため、夢を利用して自分を探しにきたのだと見当はつく。
 だがあちらは、王の侍従であることは気付いても、そのうちの『誰』であるかまではわかっていない。

(おまえが無事、己の力だけで我が試練を乗り越えたならば、私はもう何もすべきことはなかった)

 ――もう手出しをしないという約束など、守る気は毛頭なかった。
 いいや、違う。はなからそのような約束などしていないのだから、何ひとつ破ってはいない。

(おまえがこの世界に招き入れたランハート。あの魂だけは捨て置けぬ。あのようなものに力を借りたおまえもだ)

 正しき天使として、自分がこの世界を正しく導いてやるのだ。



   ■  ■  ■ 



 ――数ヶ月後。
 『エンデ』は、ひんやりと冷たい石牢の中にいた。

(何故だ!? 何が起こっている!?)

 何故、この中にいるのが自分だとわかった?
 それだけではない。
 いつものように移動しようとして、初めて気付いた。――この身体を壊すことが、できなくなっている。
 いくらでも肉体を乗り換えればいいと、直前までそう思っていたのに。

(バカな。どうやって……!?)


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