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堕ちた天使を狩る
196. 愚か者に試練を与える (8) -side???
あの『ミッテ』が幾度となく、こちらの夢を探りに来ていたのはわかっている。
しかしまだそこまで回復していないあの者は、持ち主の人格の複製を、それと判断することができていなかった。
ほかの侍従達についても、王の『影』であることは気付かれていない。
過去や背景が夢にそのまま現れるとは限らず、大抵は日々、真面目に主人に仕えていることしか夢に出ていない。
なのにどこから、どうしてこうなってしまったのだ?
己の身に何が起こったのか、『エンデ』は必死で思い返した。
■ ■ ■
レーツェル公爵家はエアハルトが爵位を継ぎ、前レーツェル公夫妻は売国の容疑で排除された。
もはや悪い噂のまったくないエアハルトは、やはり悪い噂のまったくないアデリナを娶り、これでレーツェル公爵家が揺らぐ可能性もなくなった。
ランハートと同じく、幼くして息絶えるはずだったヴェルク公爵家の次男ルーディも、健康に生きている。
同様に、ランハートの助力でティバルトを排除できたシュピラーレ公爵家は、公爵夫妻はもちろん、次男のカールも健やかに生きていた。
四公爵家の問題がすべて解決し、それぞれの結び付きが強固となった。
それは一部の権力者にとって冷や汗ものの事態だったが、大多数の人々にとっては歓迎すべきことだった。
他国では職権乱用の代名詞たる宰相も、このリヒトハイム王国には人格者が就いており、ランハートとの敵対を避ける方針でいるようだ。
この宰相もまた、ティバルトの謀反の際、国王夫妻とともに斬り殺されたことがあるのだが……。
悪い方向へ目立って変化しているのは、ティバルトとルチナ、それからリヒトハイム王ぐらいしかいない。
自堕落で我が儘、己の非を決して認めぬ王は、それでも以前はあそこまで酷い体型ではなかった。
前回までは四公爵家の混乱を眺めながら、それを愉しむことで気分を上向かせていたのだ。
しかし今は、自分という存在に敬意を払わぬ四公爵家が、どんどん絆を強めて名を高めていくのに、身勝手なストレスを溜め込んでいる。
綺麗で立派なものを壊してやりたいのだ。
泥にまみれさせ、それを嘲笑ってやりたい。
それが今回は叶わないために、暴食に走っている。
そして醜い王そっちのけで、このリヒトハイム王国は安定した。
この国が安定することにより、周辺諸国も連動して安定することになる。
国が強固になれば、他国の者も下手に手出しはできない。目先のことしか見えぬ前レーツェル公爵は、そうと知らぬうちに売国に噛んでいたが、エアハルトの代になってあちらの国はすべて手を引いた。
仮に他国で小火が発生したところで、リヒトハイムを中心に発展していく国々によって、あっという間に鎮火させられて終わるに違いない。
この世界の人類は、安定した。
かつて何度もこの時点で止まっていた歴史は、新たな段階へ刻みだすだろう。
だが、その素晴らしい成長が、あのような邪悪な存在によってもたらされたなど、断じてあってはならないのだ。
あの魔王の助力を是とした、未熟な同胞も同罪である。
看過はできない。ゆえに『エンデ』は間違いを正すべきだと考えた。
かといってティバルトとルチナには、もう世界を動かす力などなく、無理に牢から出したところで期待はできない。
(別の方法で、四公の一角を壊そう)
己が接近することは不可能になっても、まだ手段はある。
レーツェル公爵家だ。
あそこには、まだベルンハルトの頃に送り込んだ駒が残っている。
その駒の中に移動することも一瞬考えかけたが、すぐに打ち消した。
侍従の立場は、今やこの国で最も安全で便利な場所だ。ランハートを始めとし、四公の警戒網に唯一引っかかっていなかった。
その上、容疑者に浮上した今も、そのうちの《《どれ》に入っているかまでは特定されていない。
もしこの『エンデ』を捨ててしまうと、ほかの侍従を利用することが難しくなる。
駒に移ったあとで、次は当代の侍従長の中に入ることも考えたが、今となっては『長』の立場は怪しまれやすかった。
(仮にランハートが私をあぶり出すために、「陛下の侍従達へ『天の雫』の装飾品を贈る』などと言い出したとしても、あの愚王は我らがそれを身に着けることを禁じるだろう)
ランハートの支配をよしとしない王の宮で守られつつ、再びこの国を動かす。
そのために、四公の絆をもう一度破壊するのだ。
長く存在し続ける天使にとって、人の世の数ヶ月を待つことなど、なんということもない。
二月、季節性の風邪が流行り始め、その機会が来た。
検閲を無視できる侍従長ほどではなくとも、『影』には独自にやりとりをするルートがある。『エンデ』は暗号で書いた指令を駒に送り、吉報を待った。
しかし、いくら待っても連絡は来ない。
やっと入って来た情報は、耳を疑うものだった。
『レーツェル公爵家の使用人が、何やら悪さを働いたらしい。その男は逃走中に自害したようだ』
『レーツェル公爵も一時風邪にかかっていたようだ。その際、どうしても人手が足りず、普段は近くに仕えさせていなかった男に接近を許すことになった。その男はそこで盗みでも働こうとしたのではないか』
……そんな話になっていた。
(失敗した? もしや、毒の量を間違えた?)
――そうではない。あの聖石だ。
ランハートは身近な人間には必ず、贈り物として渡している。
昨日今日ではなく、何年もそれに接してきた人間は、思った以上に身体が強くなっているらしい。
(忌々しい。ここでもあの石が祟るとは!)
駒をひとつ消費しただけで、無駄に終わってしまった。
エアハルトが生き延びた以上、あれが毒の症状であったことは確実に伝わる。ランハートはもちろん、他の四公も今まで以上に警戒を強めることだろう。
(……また機を窺わなければな)
ほかにも方法はある。
しかし、今はまだ動くべきではない。
エアハルトの暗殺未遂の直後とあっては、どこの家も目と耳を鋭くしている。
次の一手は、春頃がいいだろう。
数ヶ月の期間をあければ、気の緩む人間が増える。ランハートと『ミッテ』は油断しそうにないが、ほかの者は違う。
――そして、春が来て。
そのチャンスが訪れた。
はずだった。
(……ランハートが、遠出を? あのリシェルを置いて、ひとりで?)
バカな。おかしい。有り得ない。
これも『エンデ』にとっては予想外のひとつだったのだが、あのランハートが己の伴侶に執着じみた愛情を持っていることは疑いようもない。
どうしてあの魔王がリシェルにこだわっているのかも謎だが、何よりもリシェルだ。巻き戻しの生の中、リシェルが惚れていたのは常にティバルトかルチナだった。
だからたとえランハートの婚約者になろうと、今回もティバルトに惚れると予想していたのである。
なのにリシェルは、ティバルトにもルチナにも一切の興味を持たず、最初からランハートと想い合うようになった。
あの二人が結婚した直後、ランハートが妻を寝所から何日も出さなかったことは、密かに語り草になっている。
夫婦になった途端、相手への興味が薄れるという輩もまれに存在するが、ランハートは確実にそうではない。
それが、リシェルひとりを残して、自分だけが遠出だと?
――『エンデ』の頭に、『罠』という単語が浮かぶ。
そう、あまりにもあからさまな罠だ。
これは絶対に手を出してはならない。奴は必ずや何かを用意している。
今動くことはやめ、次の機会を待つべきだ。
ところが。
せっかくそう判断した『エンデ』を嘲笑うかのように、国王が乗せられてしまったのだ。
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読んでくださってありがとうございます!
更新のお知らせ:6/9~11は投稿お休み。6/12から再開予定です!
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