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堕ちた天使を狩る
197. 愚か者に試練を与える (9) -side???
読みに来てくださってありがとうございます!
投稿再開いたします!
このside???は(10)がラストになるかな? と予定しております。
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雪解けの季節になり、ランハート・フォン・ムスターが領地の視察に出かけた。
行き先はファーデンだという。
そこは何年も前からムスター騎士団の養成所になっており、ムスター公爵領の中でも重要な地域のひとつに数えられていた。
そのファーデンの奥に、グランツがある。
不遜なランハートが『天の雫』と命名した、聖石の産地。
あの石に『エンデ』は随分と不便な思いをさせられている。あれのせいで乗り移ることはもちろん、心を覗くことすら困難な人間がとても増えた。
何より、エアハルトの始末に失敗したのが、『エンデ』の矜持に傷を付けている。
失敗など断じて許せないし、認めたくはない。
だからこれは、機会を先送りにしただけだ。いつでも優位にいるのは自分なのだと、『エンデ』は己を納得させた。
そうしてこの春、再び仕掛けるつもりでいた。
ランハートはともかくそれ以外の者は、徐々に暖まる世界の空気に緊張を緩めることだろう。
その時は王の侍従として『影』として、使える者を何でも使い、彼らの油断を突いて大きな『試練』を残してやる。
永遠に緊張を解いてはならぬと学べるような、あの者達に相応しい『試練』を。
それと同時にこの器を壊し、他国の人間の中に移ろう。
そう予定していたというのに。
(私が『誰』の中に入っているのか、あぶり出そうとしているのか?)
念のために確認したら、やはりファーデンの視察に行ったのはランハートだけで、リシェルは同行していないという。
考えなくとも、あからさまに罠だ。
だが何故このように、すぐ罠だとわかるような仕掛け方をした?
――その理由は、ランハートの不在を知った王の、歪んだ表情によって判明した。
「くくく。あの小僧がおらぬか……」
その時点で『エンデ』の中に悪い予感がしたのだ。
(余計なことをするのではないぞ、この愚王が……)
徹底的に他人を蔑み、気に入らぬことがあらば喚き散らし、テーブルに恐ろしい量の食事を並べさせる。
それを諫めた侍医がその場で手打ちにされたため、何年もが経過した今も、暴食に歯止めがかからない。
加えて、頭の悪さにも歯止めがかからなかった。
もとから自分本位でおつむの弱い王だったが、四公が安定してからはとみに酷い。
かつて『エンデ』が四公に与えた不運を眺めて悦に入っていた、下卑た性質の持ち主であるために、華々しい噂しか聞こえない現在の四公を憎たらしく思っている。
かといって何をすることもできないから、余計に鬱憤を溜め込んでいるのだ。
己が王であるはずなのに、目障りな四公を処分させることはできない。
そのような命令を発すれば最後、あの玉座から引きずり下ろされてしまう。それが理解できる程度の頭はあった。
「ちょうどよい。冬は面白きことが何もなかったのだ。生意気な小僧のおらぬうちに、少々遊んでやろうではないか」
内心で『エンデ』は息を呑んだ。――案の定だ。
(あのムスター公が、可愛がっている伴侶を置き去りにするなどおかしいと、誰かこの者に意見をせよ……!)
だが、そんなことができる者は誰もいなかった。
何が気に障って処刑されるのやら、まったく読めないからだ。
処刑されるならまだしも、投獄されて拷問を受けるのはごめんだ――誰もがそれを恐れ、口をつぐんでいる。
王の『影』である侍従達は、死を賜ろうとも恐れはしないだろう。
だがそれ以前に、王の命令に絶対服従であるがため、王の行動をいちいち止めたりはしないのである。
これまで『エンデ』自身、ただの一度も王に意見などしたこともない。中身が変わる前から、ずっとそうだった。
だからもし、ここで『エンデ』がランハートの策略の可能性を口にしたら、周りの侍従に怪しまれること間違いなしだ。
(もしやそれが狙いか?)
ならば、ますます余計なことを言えない。
(……まずは様子を見るか)
ああ、なんと忌々しい小物どもよ。
おとなしく、この私の意図通りに動けばよいものを。
『エンデ』は沈黙を守ることにした。
いざとなれば、この器を捨てれば済むのだから。
今まで何度もそうしてきたように。
そしてその日、謁見の間に、王命によってランハート以外の四公が集められた。
さすがにこの愚王も、今の四公全員に嫌われている自覚はあり、その上で嫌がらせをしてやりたいと目論んでいる。
しかし王宮からの招待には、これまでムスター家だけが応じなかったのに、現在は四家すべてが招待を受けなくなっていた。
夜会だけでなく、ちょっとした用事程度であれば、何かと理由をつけて必ず断られてしまう。
四公同士の関係は安定しても、この王と四公の関係は実に険悪だ。それも無理はないというのが大多数の意見であり、またこの場合はどちらの味方をするかを考えると、圧倒的に四公の味方が多かった。
この愚王の味方をしたところで、未来はないと一目瞭然。
甘い汁など吸わせてくれない。見返りなど期待できない。
腹の黒い野心家ですら、すり寄る気が起きないほどなのだから相当である。
そんな王が今回、四公をここに呼ぶことができたのは、文字通り四公の召集命令を出したからだ。
パーティーに招く程度では決して応じないのだから、命令として強制的に呼び出した。
利点は、これならば確実に来させられるということ。難点は、呼びたいのがひとりであっても、その時に動ける四公の全員が来てしまうこと。
だがそれでも、王は「ここに呼び付けさえすればどうとでもなる」と思っている様子だった。
……あのランハートさえいないのなら、何とでもできる、と。
謁見の間にて、玉座からやや離れた場所に、『エンデ』も王の侍従のひとりとして控えていた。
(――リシェルが来ている? 何故だ)
シュピラーレ公、レーツェル公、ヴェルク公に並び、リシェル・フォン・ムスターの姿があった。
これには四公以外の誰もが驚いたようだ。
「何ゆえフェーミナなどがおる? そなたなど呼んではおらぬぞ」
初めて見たリシェルの美貌に、下卑た目でその姿をじろじろ眺めつつも、王は困惑した様子だった。
ここに王妃はいない。王のお遊びなどに付き合っていられないと、最近は王妃の責務を完全に放棄し、気ままに遊び暮らしている。
「陛下。ムスター公爵は、公爵夫人に留守中の名代を命じております」
宰相の耳打ちに、王は目を見開いた。
「なんと、フェーミナごときを名代に? そのようなことができるものか」
「いえ、陛下……禁じられてはおりません」
その通りだ。
フェーミナは女性よりも立場が低い、それが一般的な共通認識だ。
だから多くのことが禁じられているものの、名代にすることを禁じる法はない。
そもそも、フェーミナの妻を名代にする当主が、これまで存在しなかったからである。
さらにリシェルは第二夫人ではなく、変更する可能性のない第一夫人にして唯一の妻。
おそらく彼は今この世界で、最も身分高く、最も権力を手にしたフェーミナなのだ。
(これは……もしや)
リシェルの微笑みに動揺は見られない。
夫に愛されている自信と幸福に満ち溢れ、まばゆく輝く美の化身――……
(あの魔王、リシェルを囮に?)
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