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堕ちた天使を狩る
198. 愚か者に試練を与える (10) -side???
side???、今回の(10)がラストとなります♪
この不愉快な天使モドキ回をここまで読んでいただきありがとうございます!
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ムスター公爵夫人として堂々と立つリシェルに、王は何かを言おうとして、結局は口をつぐんだ。
さすがの愚王でも、貶せる部分が見つからなかったのだ。
その代わりに、寛容なふりをして本題に入ることにした。
「今回そなたらを呼んだのは、大したことではない。レーツェルには双子が生まれたそうであるな? 喜ぶがいい、妹のほうを余の娘として迎えてやろうではないか。レーツェルの跡継ぎ息子は残るのだから、構わぬであろう?」
下卑た笑みに、顔を歪めそうになる者が続出した。
娘を差し出せと言われたレーツェル公爵のエアハルトも、その表情は石のように固まって見えるが、握りしめた拳から怒りのほどが伝わってくる。
「陛下。今回はどなたが、陛下にそのようなことを?」
聖石を持つ宰相の心は、『エンデ』には読めない。
だが彼がランハートの怒りを恐れているであろうことは想像に難くなかった。
そう、この愚王は今ランハートがいないのだから大丈夫と、このような愚行に及んだわけだ。
つまり、『後』の報復を考えていない。
「別に、何者も言うてはおらぬわ。余が自ら必要であると考えたまでだ」
王はいらいらと片手を振った。
「王女にしてやった暁には、その婿を余の跡継ぎとしてやろうぞ。さて、婿はどの家の息子がよいか」
この発言は四公だけでなく、他の貴族の中にも争いを産むものだった。――本来であれば。
だが、それに飛びつく者はいない。そうやって自滅した前レーツェル公爵を、ここに居並ぶ大臣達もよく覚えている。
皮肉にも、誰も彼もがあのランハートを恐れ、妙な欲をかかなくなっていた。
「恐れ入ります。わたくしに発言をお許しいただけますか」
美しい声が静かに響き渡った。
大きく張り上げているわけでもないのに、耳にスッと通るような声。
リシェルだ。彼はこの場に現れた瞬間からずっと、木漏れ日のように穏やかに微笑んでいる。
(……何を言う気だ?)
愚王も困惑しつつ、宰相に目配せをした。
それを受けて、宰相が発言の許可を出す。
リシェルは王の寛大さにさらりと感謝の言葉を口にし、そして話し始めた。
「偉大なる国王陛下の後継をお決めになる前に、ひとつ陛下に面白き余興をご覧いただきたいと存じます」
「なに? 余興とな」
「はい。わたくしは我が夫ランハートより、裏切者を見抜く方法を伝授されております」
微笑みを湛えた唇から紡がれた爆弾発言に、謁見の間が凍り付いた。
「お世継ぎを定めねばならぬという、陛下のご懸念ももっともでございます。ゆえに、未来の王女殿下または王子殿下はもちろんのこと、陛下の御身をも害する可能性のある者を、この機会に取り除くことが先決と愚考いたしました」
「む……そ、そうである、か……」
愚王は焦っている。ランハートに伝授されたという前提から、リシェルの思い通りにしていいのかという迷いが去来しているようだ。
「と、申しましても。ほんの余興にございますよ、陛下」
その美貌のみならず、慈悲と知恵を湛えた瞳は、相手の侮りを寄せ付けない。
リシェルの全身にみなぎるのは、自信と覇気だ。ランハートとは性質が異なるものの、相手を呑み込み、逆らうことを許さぬ覇気。
『エンデ』は一瞬、そこに同族の姿を見た気がした。
いや、有り得ない。これは人間なのだ。
あの魔王の伴侶なのだから、仮に同族であったとしても、堕天使と呼ぶに相応しい存在に過ぎないだろう。
「……よかろう。証明してみせよ」
「ありがたき幸せに存じます。――それでは陛下。陛下のご記憶にあるお名前を、順番に挙げていただけますか?」
「なに? 名前だと?」
「はい。記憶にある限り、全員のお名前をお願いいたします。書記官に記録してもらいましょう。そうすれば、既に口にされたお名前がすぐにわかりますので」
名前だと? それで何をするのだ。
「名など言わせてどうする?」
「そのお名前から、陛下を害する恐れのある裏切者を特定してご覧に入れましょう」
自信に満ちた声での断言に、「己の名を口にされたらまずいことになるのでは」と青くなる者が続出した。
ムスター以外の四公に動揺はない。どことなく、興味深そうにリシェルを見ている。
だが彼らの様子からすると、リシェルが何をする気なのか共有はされていないのだろうか。
愚王は怪訝そうに、それでも思い出しながら名を口にしていった。
うろ覚えの名が多い。しかしさすがに、宰相と大臣、王妃、それから四公の名は覚えていたようだ。
王妃を除き本人がこの場にいるのだから、思い出しやすいのもあるだろう。それぞれの顔を見つつ、全員の名が間違いなく口にされた。
やがてどれほど頭をひねっても、別の名が出てこなくなると、記録していた書記官がリシェルにその用紙を渡した。
リシェルはそれを受け取ると、秀麗な面に愉しげな笑みを乗せ、文字に目を走らせる。
長いまつ毛の伏せられる姿が、ますます聖画に描かれた同族の姿を彷彿とさせ、『エンデ』の中に若干の苛立ちと焦りが生じる。
(特定などできるものか。何を企んでいる)
ランハートの入れ知恵と言っていたが、奴はこのリシェルにどんな方法を教えたというのか。
やがてリシェルは「わかりました」と囁くように言い、顔を上げた。
そして微笑みを消さぬまま、瞳の中に強い光を瞬かせた。
「国防上の非常事態宣言の定めるところにより、ランハート・フォン・ムスターの名代として命じます。――リヒトハイム国王陛下の侍従とその親族を、第二親等まで全員拘束してください」
「はっ?」
素っ頓狂な声を発したのは王だ。
一瞬、『エンデ』も何を言っているのか理解しかねた。
が、国防上の非常事態をランハートが宣言して以来、それがまだ解除されていなかったことに思い至る。
「衛兵、その者どもを捕えよ!」
とっさに声を張り上げたのは、王ではなく宰相だった。
他の四公がリシェルの指示通り、侍従達の親族を捕縛すべく命令を発しているのが聞こえる。
謁見の間で控えていた侍従達に、衛兵が詰め寄ってきた。侍従は全員が下位身分とはいえ貴族であり、親族も貴族だ。
なのに大臣達ですら、この流れを止めようとはしない。
(これほど、とはな)
ランハートという男の、恐怖による心理的な支配。
それと同じぐらい、あの男の知恵に対する信頼が浸透しているのだ。
ランハートから伝授された方法、とリシェルは言った。それに加え、リシェルのこの、堂々たる態度。
ゆえに、誰の中にも疑いが生じない。
まさか侍従が? という呟きもそこかしこから聞こえるが、そこに含まれているのはリシェルへの反発ではなく、侍従達に対する怒りや嫌悪感だ。
(ふん……仕方がない)
これは捨てよう。
『エンデ』はこの肉体を壊すべく、袖の隠しから暗器を取り出し、己の喉を裂こうとしたが――
(なっ!?)
その寸前、腕が止まった。
中途半端に身体が硬直し、その隙に衛兵達が彼を取り押さえ、暗器を取り上げてしまった。
彼はその瞬間、初めて愕然とした表情を浮かべながら、ようやく察した。
自害が、封じられているのだと。
■ ■ ■
そう。どうやって封じたのだ?
できるはずがない。
何故なら『エンデ』は、本名など名乗っていないのだ。
王の侍従には隠し名がある。そちらが『影』としての本名であり、たとえばあのヒヨコ姿の同胞が『エンデ』の自害を禁じようと、彼はそれをすり抜けることができるのだ。
侍従の器に留まり続けても安全だと、いつでもこれを捨てられると、『エンデ』が確信していたのはそれが理由だった。
それだけでなく、愚王はあの時、侍従の名を何ひとつ口にしていない。挙げるべき名前の中に侍従のことが思い付かなかったのではなく、単純に、己の侍従の名を覚えていないのだ。
(もしや、名がないことを怪しいと言い張るつもりか? そのような暴論を――いや、あのランハートの入れ知恵で、もっともらしい理由をつけるやもしれん)
何かないのか。方法は。
この器を壊し、出る方法を。
しかし衣類をすべて剥ぎ取られ、今はボロ布に等しい服を着せられている。
衛兵達の前で『エンデ』が暗器を出したがために、リシェルの正しさを教える結果となってしまった。
侍従達は全員が猿轡を噛まされ、武器や毒を隠し持っていないか入念に調べられた上で、牢の中に入れられている。
腕と足には、鎖。
(おのれ。この私に、このような……!)
足音が聞こえた。
侍従達は互いがやりとりできないよう、またほかの囚人を利用できないように、それぞれが離れた牢に入れられている。
静かだった檻の外の足音に耳を澄ませると、それは『エンデ』のもとに近付いてきた。
「それでは、何かありましたらすぐにお呼びください」
「ありがとう」
看守と、それからこの声は――
看守の足音が遠ざかり、もう一人の足音はさらに接近してくる。
その人物は『エンデ』の檻の前で悠然と立ち止まり、肩の上にとまった白いヒヨコを撫でた。
「ミッテちゃん。これ?」
「これですね」
やはり、罠だった。
目の前に現れた、遠方へ視察に行っているはずのランハートは、とても機嫌がよさそうな笑顔で囚人を見下ろしてきた。
この魔王から逃れることができない。
逃れる方法がない。
その現実に、『エンデ』の肉体が勝手に、凍り付きそうな恐怖を覚えていた。
それは『彼』としても『エンデ』としても、初めて味わう感覚だった。
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