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堕ちた天使を狩る
199. 囚人と魔王
その鉄格子の中にいるのは、エンデという名の囚人だった。
棒に布を巻いた猿轡を噛まされ、手枷と足枷から伸びた鎖は壁に繋がっている。
この青年は衛兵達が迫ってくるとみるや、袖から暗器を取り出し、自害を図ったらしい。
その時点でもう確定だろうと思いつつ、一応ミッテちゃんにも確認してもらったら、やっぱりそうだった。
いや~、アホだね!
やるにしても、なんでそんな一発で怪しい奴とわかるモンを使うのよ。
多少大胆な真似をしたって、どうせまた誰かの肉体っを乗っ取って逃げりゃあいいんだと、軽く考えていたんだろうけどさぁ。
計算外のことが起きている時点で、もうちょっと慎重になんなきゃダメでしょ?
せっかく侍従の中に入ってんだから、憐れっぽく王様に命乞いでもすりゃあよかったのに。
どのみち怪しまれるとしても、あの王様だったらワンチャン騙されてくれたかもよ?
せめて先にそっちをチャレンジしようよ。
可哀想に、おまえが浅はかなせいで、ほかの侍従達もみーんな容疑が確定しちゃってさぁ。
そいつらはもちろん親族に至るまで、みーんな一斉逮捕されて身体検査。そうしたらそのうち何人かが、普通なら持っていないものを持っていた。
暗器やら鍵開けの道具やら暗号解読のツールやら……んなもん、普通に生活してたら要らんだろ?
おまけにそいつらの住んでいた部屋や、実家の館もろもろ、引っ繰り返す勢いで家宅捜索をがっつりやったら、危ない道具とかお薬なんかがぞろぞろ出てきちゃったんだってさ。
明らかに闇っぽい組織だね。
せっかくこっそり活動していたんだろうに、存在がお天道様の下に晒されちゃって……。
アホが一匹紛れ込んでたせいでね~。
やーい、油断しやがって! まぬけー!
ばーか、ばーか、あほー!
「……ッッ!!」
おやん?
なんか、鎖をがちゃりと握って、ものすごく憎たらしそうにギリギリ睨みつけてきたんですけど。
ねえミッテちゃん、俺の心はこいつに読まれないように対策してくれてるんじゃなかったっけ?
もしかしてこのぐらいの距離だと読めるのか?
「今は私が妨害をしていないのですよ。そのほうが『会話』に困らないでしょう?」
ミッテちゃんがピヨヨと教えてくれた。
なぁるほど、そうだったのか。
大声を出すと、離れた場所で待機してくれているとはいえ、看守に聞かれてしまいかねない。
だがこいつに俺の心の声が聞こえているのなら、声のトーンをいちいち気にする必要はない。
他者の耳を気にすることなく、ばーかあーほというこの叫びを、きっちり相手に伝えることができるわけか!
「そういうことです」
ゴマ粒サイズの黒い瞳が、まったり優しく微笑んでいるように見えた。
なんて出来るヒヨコなんだミッテちゃん! いよっ、有能!
というわけで心おきなく。
やーい、ミッテちゃんに偉そうなこと言っといて失敗してやんの~!
情けねー!
プークスクス!
「ウグッ!! フゥゥッ!!」
青筋を浮かべたエンデに引っ張られ、鎖がガシャガシャと音を立てる。
反論できない相手をいたぶるのって、楽しいもんですね~。
■ ■ ■
王の侍従が怪しいとして、敵はその中の『誰』で『何人』いるのかがずっと不明だった。
今では俺もミッテちゃんもリシェルも、それが究極的にはひとりだと知っている。ミッテちゃんの同族が、人の身体をとっかえひっかえ乗っ取っているんだとね。
でも、ほかの人々にはそんなこと知りようがない。
ちなみに母上様はものすごく頼もしい御方なのだが、権力が俺とリシェルに移行してしまった以上、前面に立たれるのは危険が大きかった。
だから前に立つのは俺達に任せてもらい、ムスター家の領政に関してはこれまで通り、ぶいぶい言ってもらうようにお願いしている。
で、だ。
ひとつ、謎のまま保留になっていた疑問がある。
――シュピラーレの小父さんちの、次男カール。
彼の存在を、あのオークに教えやがったのは誰だ?
宰相さんはなかなか仕事のしっかりしている人で、王様をそそのかしたアホをきっちり割り出し、そいつに強烈な説教と罰を食らわせてくれたんだが。
カールの存在を最初に仄めかしたのが誰だったのかは、結局わからなかったのだ。
当の王様自身、誰からそれを聞いたのやらさっぱり記憶になかったらしいし。これは変な術をかけられたとかそういうんじゃなく、純粋に王様の記憶力がさっぱりなのだろう。
――四公筆頭によって隠されていた息子のことを、どうやって知り得た?
シュピラーレの小父さんが適当な仕事をするはずがない。
奥さんも賢くて用心深い人だった。
それに、どの家の当主も大きな声では言えないだけで、実は諜報的な役割を果たす裏の部門を隠し持っているはずだ。
うち?
うちはそんなのありませんよ。
やだな、あるわけないじゃないですか(棒読み)。
……いやね、本当になかったんだよ。もしそんなのがあったら、ファーデンの民があんな有様になるまで放置されたわけがない。
だから本当になかったんだ。
過去形や現在形なんて細かいことは気にしないでおこうよみんな!
そんなことより大事なことがあるはずだ。
そう、シュピラーレの小父さんの築いた壁を乗り越え、その後も正体が知れていない奴となると、小物なわけがないじゃんという大事なお話である。
仮にあの寄生天使野郎が王様に吹き込んだとしても、その場を侍従が目撃していないわけがない。
王族は公爵家の当主以上に、使用人がべったり張り付いた生活をしているんだからな。
確実に見ていたはずの侍従が、みな沈黙していたのは何故だ?
そしてもうひとつ、ミッテちゃんから聞いた話。
王の侍従の中には、不相応な野心を抱いている者がいない。
皆が己の分を弁えて、日々真面目に働いているという。
――言っちゃ悪いが、有り得ん。
あのオークを悪夢に見る奴がひとりもいないって?
王宮からの逃亡、あるいは玉座にいるモンスターの討伐をしたくなる奴、ひとりぐらいいるんじゃないの?
現実に不可能だとしても、想像ぐらいならするだろう?
それに王宮の使用人は――とりわけ王族周辺で仕える者は、貴族だけで構成されている。
下位貴族であろうと、貴族に生まれ落ちた者が何人も集まって、その中のただの一人も野心がないなんておかしくね?
王妃様の侍女と比較すればわかりやすい。
あっちは自分の主人にうんざりしていたり、オークな旦那を見ては内心同情したり嘲笑っていたりと、実に人間くさいんだからな。
王妃様の侍女はともかく、王様の侍従は全体的になんか怪しい。
ということを、俺はもちろんリシェルにも話していたわけなんだが。
リシェルは母上様に楽しい狩りの手順を説明する時、麗しい微笑みを浮かべながらこんなことを言った。
「いっそ『誰』かを特定なんてせずに、親族も含めて全部捕まえてしまえばいいと思うんです」
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