どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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堕ちた天使を狩る

204. 何がこいつを縛ったか


 世界の管理者は、その世界の人類に対して絶対の支配力を持つ。
 それは弱体化した今のミッテちゃんでもそうだ。
 寄生天使は人間の魂に侵入し、呑み込んでその肉体を支配してきた。そうすることでこの世界の人類にカウントされ、管理者たるミッテちゃんに存在を気取られることがなかった。

 しかし中身はともかく、入れ物である肉体はミッテちゃんの絶対支配を逃れられないのではないか?
 ミッテちゃんの答えはイエス。
 ただし、そのためには必要なものがある。
 名前だ。
 その人間の名前を知らなければ、支配することができない。

 前世でもそういう話はよくあったな。
 支配されないように名前を隠したり、もともと名前がない奴は支配できないとか、そういうの。
 この点、俺としてはちょっとばかり疑問があったんだよね。

 ――そもそも『名前』ってなんだろうな?

 小難しい議論めいた話じゃなく、ごく素朴な疑問だよ。
 たとえば無人島に、たった一人の住民がいるとする。遭難したわけじゃなく、最初からそこに住んでいて、最初から一人しかいないという、あくまでも仮定の話だ。
 その人物は果たして、『名前』を必要とするんだろうか?
 もしも『名前』が要るとなれば、どういう時に必要とする?

 それは、自分以外の誰かがいた時だ。
 住民が増えた時。一人ではなく、ほかの誰かがいた時に、初めて『名前』が必要になってくる。

 その『名前』を必要とするのは、本人じゃない。
 他人だ。
 他人がその人を認識し、その人を呼び、別の誰かと区別をつけるために必要とする。

 そもそも絶対の支配者たるミッテちゃんが、名前を知らなきゃ支配が及ばないって不便じゃないの?
 ミッテちゃんがよく言っているのは、人々が自力で発展していくためには、管理者がいちいち精神支配なんてしてはいけないということ。少なくともミッテちゃんはそういう方針だった。
 だから実際やるとすればどういう方法があるかとか、あまり突き詰めて考えたことがなかったみたいだけどさ。
 ちゃんと確かめてみれば、案外、単純な仕組みだった。


『リヒトハイム王の周辺にてフランツと認識されている者、パウルと認識されている者、エンデと認識されている者、ギュンターと認識されている者、…………と認識されている者、直接または間接的な自害を禁ずる』


 本人が自認している名前ではなく、その人物が認識されている名前。
 表向きの名も、あだ名も、略称も、普段それが周囲の人々に広く浸透しているのであれば、それがその人の『名前』だ。

『ミッテちゃん、こういうことはできる? あのね――……』
『…………できますね』

 あの時リシェルはミッテちゃんにこれを尋ね、ミッテちゃんも「あ、いけるわ?」と愕然としたわけだ。
 何より、いちいち犯人を特定せずとも、無関係の人間だろうがなんだろうが全員まとめて禁じちゃえばいいんじゃない? というこの発想。
 いかにも俺が考えそうだし、やりそうじゃん?
 それがリシェルの口から出たものだから、ミッテちゃんの衝撃もより大きくなった。

 かといってミッテちゃんも、出会った頃の堅物優等生ではない。柔軟な思考を身につけたニュー優等生に進化し、『直接または間接的な』というアレンジを入れた。
 これは他人に自分を殺させるように誘導するとか、そういうズルを防いだんだろうね。
 そして中身がどうであろうと、入れ物はミッテちゃんの支配に逆らえない。

 かくして、肉体から逃亡できなくなった寄生天使『エンデ』が出来上がりましたとさ。



   ■  ■  ■ 



 牢の中のエンデは目を見開き、ミッテちゃんを凝視している。

「――できますよ? だからあなた、そうなっているのでしょうに」

 おやぁ、もしかして俺をすっ飛ばして会話してます?
 なんて言ってるのこいつ?

「ああ、失礼いたしました。『そのようなことができるものか』と言っているのですよ」

 へえ? でも実際、できたよね。

「できましたね。なのにしつこく否定してくるのですから、困ったものです」

 ふうん。……ひょっとして、できることを知らなかった自分を認めたくないとか?
 ミッテちゃんは『できる』って即答したもんな。この時点でミッテちゃんのほうが頭いいだろ。
 もしかしてこいつ、鈍い? 応用問題が苦手なタイプ?
 ミッテちゃんの先輩格って、実は誇張してんじゃないの?

「~~ッッ!!」
「そのように疑われても仕方がないでしょう。私も、これを自分の上位者だった者とは思いたくありませんよ」

 ミッテちゃんが呆れ返っている。今のは何を言っていたのか、なんとなくわかるな。

 補足すると、前世の俺が住んでいた国には言霊信仰っていうのがあってさ。この世界でそれが存在するかどうかは知らないけれど、人が口にする言葉そのものに霊的な力が宿るっていう考え方があったんだわ。
 大勢の人々に呼ばれ続けた名前は、それを本人が強く拒否でもしていない限り、そのうち本物の名前になるんじゃない? ……って、そう思ったんだよ。
 もとが天使だったらむしろ、人よりもそういうのに縛られそうなイメージがあるし。

「ああ……道理で。合点がいきました……そういうことなのですね」

 ミッテちゃんが何やら独白し、エンデはさっきよりも大きく目を見開いた。
 ――こいつ、表情が結構豊かだな?
 ミッテちゃんから聞いた話では、石みたいに冷たくて硬い無表情がデフォルトなんかなとイメージしてたのに。さっきから顔を真っ赤にして騒ぎたそうにするわ、ショック受けてるわで、反応が素直だね?

「そういえばそうですね。私もランハートと同様の印象だったのですけれど……ああ、わかりましたよ」

 ヒヨコの表情が、どことなくニヤリと笑んだ。

「この者、無自覚にやっていたようです。以前はこうではなかったのでしょうね。つまり、人間の肉体に定着しつつあるのですよ」
「――!?」

 へえぇぇ? なにそれもっと詳しく!

「ふふふ、つまりですね。自害を禁じることでその肉体に留めたことと、周りの認識している『エンデ』がこの者の名前であると固定したことで、この者自身が『エンデ』になりつつあるのです。これまでのように肉体と精神を切り離すことが困難になり、感情がそのまま肉体の反応として出るようになってしまったのですね」

 ほほおおおう!? それってつまるところ、こいつが人間になっちゃったわけ!?

「フグッ!? ……ッ!!」
「有り得ない、と騒いでおりますね。さすがに厳密には異なるのですけれど、疑似的な人化現象と言えばいいでしょうか。なにぶん私もこのような状況は初めてですので……だから軽々しく人の肉体を乗っ取るべきではないと、そういう基本的なことでしょうかね」

 へえぇぇぇえ~!
 いくらでもポイできるゴミと思っていたら、そのゴミの中に固定されて、自分もゴミっぽくなっちゃったと。そういうこと?

「そういうことです。これまでは一方的に肉体を支配する側であったのが、肉体の支配を受ける側になったわけですね」

 立場の逆転かぁ。そぉれは屈辱だろうねぇ。
 目を血走らせてブルブル震えているエンデを見れば、一目瞭然だ。






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 読んでくださってありがとうございます!

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 6/23~24は投稿お休み、6/25から再開予定です!

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