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堕ちた天使を狩る
208. 絡む相手を間違えた感
凶悪な気分とともに、嗤いがこみ上げる。
俺の口には随分と、小学生には相応しくない種類の笑みが浮かんでいたろうな。
「こういうの、やると思ったよ」
ガラスが割れた音。壁に亀裂が走った音。
世界に大きな歪みが生じた。
どこかで誰かが、「まさか」と呟いた気がする。
「まさか、じゃねえっての……」
ぐにゃりとリビング全体がよじれ、懐かしくもきつかった時代の光景が遠ざかってゆく。
精神攻撃。――俺の中の記憶を無遠慮に掘り起こし、最もダメージを与えられそうなやつを探して、それを付きつける。
おめーみたいな性根のクソひんまがった奴は、そういうのやりそうと思ってたんだよ。
来るとわかってりゃあ、ガードのしようはあるわな。
『まさか。できるわけが……!』
「できたじゃんよ。ごちゃごちゃ複雑に考えてないでさ、目の前にあるもんを素直に認めろっての」
イメージで出来た暗闇の向こうで、アホがなんか騒いでいる。
だいたいあんたの力じゃ、この世界の時を巻き戻すことなんてできないんだろうが。
ミッテちゃんは全盛期の力を失っているが、実はあんたもだろ?
何より、一度融合させた魂を綺麗に分離させて、異世界に送り帰すなんて芸当はできないはずだ。
「自分の世界ならまだしも、支配の及ばない異世界の人間を生き返らせるなんざ、全盛期のミッテちゃんですら不可能なはずだぜ? てめえごときにできるもんかよ」
あんたがこの世界で振るえる力は、手からビームを出して鉄格子や遠くの山をスライスするものじゃなく、魂に影響を与えるものばかりだ。
だから精神支配やら幻覚やら、そういう力を使って懐かしの過去を見せ、俺を精神的に弱らせようとすると考えていた。
考えるといっても、別のことを考えながら、漠然としたイメージを温めてたぐらいだけどな。そうじゃないとあんたが、俺の魂胆を読み取るかもしれんだろ。
『深層下で思考を……? バカな、そのような』
「できるっての。あんただって似たようなことやってたろうが。ミッテちゃん用の目くらましに、ダミー人格を表に置いたりとかさ」
『それとこれとは……!』
「うるせぇな。しつけぇぞ」
こちとらごついクレーム電話を何千本取って来たと思ってんだ。
口では自称神様お客様に曲げられない法律のご説明をしてさしあげながら、頭ん中では「腹減った~昼メシ何食おう」とコンビニ弁当のメニューを並べることぐらい日常茶飯事だったっての。
余談だが我が家では朝と夜を家族の誰かが作り、昼はコンビニかスーパーの弁当というのがお決まりだった。
これは弁当づくりが苦痛だからじゃなく、同僚(妹の場合は友人)とのコミュニケーションのためだよ。
どの店のどの弁当が美味いか、何が好物かっていう話題で結構盛り上がるんだ。
それは余談として、てめぇ、覚悟はできてんだろうな?
俺にとっては苦痛の記憶――それでも、俺の親父と妹に関わる大事な記憶だ。
まさかあの記憶を改竄して、あのあと親父がスルーしちまうとか、そういう展開にするつもりだったんじゃなかろうな?
一生懸命大事に育てた我が妹が、大きくなって「お兄ちゃんウザいからこっちに寄らないで!」とか言いだす展開にするつもりだったとかはねぇよな……?
「くくく……俺の大事な大事な家族の思い出を汚しやがってよぉ……出るとこ出てもらおうじゃねーか、あぁ……?」
『うっ……!?』
――寄生天使を思い浮かべようとしたら、ぽんとエンデの姿がそこに浮かんだ。
なんか俺を見て顔を引きつらせているんだが、失礼な奴だな。
ところでエンデの足元から、白い菌糸みたいなもんが俺に向かって伸びているんだが、これはなんだろう。
俺の足元に絡みつき、皮膚を貫こうともがいては失敗している。
ああ……ひょっとして、俺の記憶改竄やら精神操作だけじゃなく、今度は俺自身を飲み込んで乗っ取ろうとしたわけか?
できねぇってわかってんだろ。その肉体を壊さなきゃ、別の魂には移れねぇんだって。
できたとしても構わないけどな?
もしおまえが俺の魂に入り込み、記憶も心も何もかも呑み込もうとしたら……
その前に俺がてめぇを呑み込み、これでもかと苦痛を与えてやろうじゃねーか。
今からでも試してみるか?
真に卑怯卑劣な人間様の、転生前からドス黒いとミッテちゃんにお墨付きをいただいた魂の中ツアーだ。
いろんな経験を積んどくと、人として厚みが出るぞぉ?
足元の菌糸をガッと鷲掴んだ。おや、なんか一部が枯れちまったぞ。
一部はなんか墨汁を吸った木の根みたいになっているし、一部は何故か逃げようとしている。
『はっ、放せ!! くるな!!』
「あぁん? そっちから俺に絡んできたんだろうが」
つうか、このうねうねした菌糸っぽいの、もしかして力を具現化したとかそーゆー?
やだなー、なんか見た目がダメだわこれ。使い手の性格の気持ち悪さが出過ぎじゃん。
燃やそう。
除草剤のほうがいいかな? 根まで枯らす強力除草剤の原液。
俺の精神世界ならポンと出てこないもんかな~。
『……ひ……!』
エンデから伸びた菌糸がぞわぞわと、俺の掴んだ場所から黒ずんでいく。
なんだろうなコレ?
首を傾げていたら、真横から何かの『力』に押し流された。
それは唐突な『力』の衝突だった。
ミッテちゃんじゃない。むろん正面にいるエンデが発したものでもない。
それは俺だけじゃなく、エンデもまた押し流していたんだから。
いや、押し流すというか、俺達をどこかへ連れて行こうと――案内しようとしている感じだ。
もしかして、本命が来たか?
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