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最後の仕上げ
220. ま、じ、で、す、か……!?
本日は少し短めです。
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食事も途中でお抱えの医師が呼び出され、食堂で診察が始まった。
爺さん医師はリシェルに幾つか質問を行い、俺の奥さんを男の自分が触っちゃいけないからと、メイドに代理で触診をさせていた。
この世界は医師であろうと、男が貴人の奥さんやお嬢さんをベタベタ触ってはいけないのだ。この国だけじゃなく、ほかの国々でもそう。
資格を持つ医師ならいいじゃん、まどろっこしいな……と思ってしまいそうだけれど、実際にそれ目的で無知なお嬢さんを触る変態医師が過去に大勢いたからこそ、こういう決まりごとができている。
ともかく、傍で見ている側としては、もしやまさか……とジリジリしつつ無言で爺さんの言葉を待った。
リシェルの座っている椅子の横で、何もできずに突っ立っている俺に向けて、爺さん医師は告げた。
「ご懐妊でございます」
ヒュッ、と誰かが息を呑んだ。
複数聞こえたから、俺を含めてその場にいた全員が同じ反応だったのかもしれない。
つまり母上様とヨハンとカイとノア、数名のメイド達が。
「えっ。で、でも、わたし、食の好みは変わらないし、普段から頻繁に気持ち悪くなるようなこともないけれど……?」
リシェルの動揺しまくった声に、俺はほんのちょっとだけ正気に戻った。
そうだ。彼が自己申告しているように、彼の好物は今も全然変わっていない。急にこれが食べられなくなったとか、何故か無性に食べたいものができたということもなかった。
それに食欲不振になるどころか、昔より旺盛なぐらいだぞ。俺が夜ごと激しい運動に付き合わせるようになったせいで、食事量が増えたぐらいなんだからな。
だが医師の爺さんは冷静なものだった。
「『お腹がすいていると気持ち悪くなる』と仰せでしたでしょう?」
「う、うん、言ったけれど。それは普通のことだろう?」
「その気持ち悪さとは、具体的には吐き気に近いとも仰せでしたが」
「そう、だけれど……」
「おそらく、それは食べづわりですな」
「た、食べづわり? そのようなものがあるの?」
何それ、そんなのがあるの!? と、横で聞いている俺も目を丸くした。
「人によって差はございますが。空腹時に気持ちが悪くなるというのが、それの一般的な症状なのです。腹が減ると力を発揮できず調子が悪くなることはあっても、通常は吐き気まで覚えることはございません」
――言われてみればそうだ。
思い返せば俺もリシェルも、ほんの小さい頃に体験したのは本物の『飢餓』だったし、成長してからは普通の空腹状態を体験したことってあまりない。
毎日お茶とおやつを楽しむ習慣があり、小腹がすいたら誰かに軽食を持ってくるように頼む。俺の影響でリシェルもフットワークが軽く、食べた分は全カロリー消費していたものだから、気にせずパクパク食べていたんだよなぁ。
だからリシェルが、ごくまれな空腹時に『吐き気』まで感じていたということを、俺はこの時に初めて知ったのである。
なんてこった。
食い物が腹に入ればすぐに症状がおさまるのもあり、リシェル自身もおかしいとは思わなかったようだ。
「じゃ、じゃあわたし……本当に……ランハートの……?」
ショックを受ける俺の耳に、リシェルの声だけはよく聞こえてくる。彼は俺に負けず劣らず呆然としていた。
というか……逆算すると、一月か、二月頃には既にもう……?
俺、リシェルに結構激しめのむにゃむにゃを何度もしてしまったんだが?
なんなら昨夜もしてしまったんだが大丈夫なのか!?
いや昨夜は全力で優しくしたけども!
真っ赤っ赤になるリシェルの前で、かなりあけすけな言い方で医師の爺さんを問い詰めてしまった。だって大事なことじゃん!
そんな俺に、爺さんは生ぬるい目で「ご安心なさいませ」と答えてくれた。
生々しい話をしてしまうと、産道ができ始めるのは出産日が近付いてきた頃で、フェーミナは身ごもりにくい代わりに一度できたらほぼ産まれる……そうだ。
マジか。
マジか。
呆然としているリシェルを、俺も呆然としたままぎゅっと抱きしめた。
「うわっ? ら、ランハート……!」
そのまま膝裏に腕をかけて抱き上げ、リシェルを驚かせてしまった。
「は、恥ずかしいよランハート……」
弱々しく抵抗する彼の声が、ほんのり涙声に聞こえるのは気のせいではないだろう。
俺は彼を横抱きにしながら、その腹部に額を当てた。
――パチン。
軽い音が響いた。母上様の扇子が閉じられた音だ。
俺はスウ、と母上様のほうを振り返った。
澄んだ水色の目が俺の目にしっかりと合わされる。
平常時は氷の色だが、気分が高揚すると水色になる瞳。
それは歴戦の勇士のみが持ち得る目だった。なんて頼もしいことか。
数分後、ムスター邸の端から端まで引っくり返るほどの大騒ぎになった。
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