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22. 無力な令嬢の反撃
しおりを挟むロシータが行動を変え、発する言葉を変えても、誰も何も変わらない。
変わったことと言えば、使用人達の彼女を見る目が、ただの蔑みから不気味な生き物を見る目に変わったことぐらいか。
わざと櫛を強く引っ張った使用人の髪を掴み、同じように櫛で強く引っ張ってやったり。
スープの中に何かを入れてほくそ笑んでいた使用人に、「おまえが食べなさい」と命令してやったり。
そう、食事の中に何かを仕込まれていても、すぐに察知できるようになったのはありがたい。たとえ毒物が混入されていても一瞬でわかる。
拒否した使用人の顎を捕えて強引に飲ませてやれば、その者は腹を下した。
以前の『何もできない無抵抗なお嬢様』から、『変に悪さを仕掛けると反撃を食らう』という評価に変わり、それだけで暮らしが随分と快適になったものだ。
そんな攻防も知らず呑気に、「カタリナは私が最もつらい時に寄り添ってくれた素晴らしい女性だ」とぬけぬけとぬかすレイエス子爵。
完全にローサの真似をした儚げな仕草と表情で、「妻として母として精一杯努めてゆきます」と、ロシータに白々しい言葉をかけるカタリナ。
「お義姉様、お会いできるのを楽しみにしておりました! よろしくお願いいたします」
万人に愛される可愛らしい笑顔で、パトリシアが笑いかけてくる。
平民から貴族令嬢になろうというのに、そこには心細さの一片も窺えず、無邪気と言えば聞こえはいいがロシータに対する敬意はない。
それから――
「子爵の身内になる者であれば、私にとっても身内と同じ。これから良き関係を築きたいと望む」
何故かここにいる、バルガス伯爵令息のダリオ。この男がパトリシアに会うのは、この日ではなかったはずなのだが。
パトリシアはダリオに見つめられ、彼の言葉を照れた顔で受け止めている。
微笑ましそうにそれを眺めるカタリナが、一瞬だけ私に勝ち誇った視線をよこし、そういうことかと理解した。
(おまえがレイエス子爵にこの男を呼ばせたのね)
義妹が婚約者の興味を引き付ける様子を、近頃どうにも従順でないロシータに見せつけるために。
茶番の登場人物それぞれの顔をしっかり見たあと、ロシータは言った。
「これでもう充分です。あなた方のことはよくわかりました。私はもう充分、様子を見た」
彼らはそこで初めて、きょとんとした目をロシータに向けた。
「何を言っているのだい、ロシータ?」
「レイエス子爵。あなたには言っておりませんでしたが、私は聖竜より認められ、眷属の証を賜っております」
「……なんだって?」
彼らはますます目を丸くし、次いで困惑や憐れみを令嬢に向けた。
気でも触れたのかと思ったのだ。
「ロシータ、おまえは……」
「レイエス子爵。カタリナ。使用人達。婚約者ダリオ。私はしばらくあなたがたの様子を見ていましたが、これほど身勝手で、愚劣で、矮小な者どもはそういないと結論づけました。よってこの瞬間から、あなたがたとは絶縁いたします」
「ロシータ、熱でも出たのかい? 突然おかしなことを」
「最初から最後まで、おかしなことを言っているのもやっているのも、あなたですよレイエス子爵。いい加減、ご自分が素敵な恋物語の主役と思い込むのはおやめなさい。いい年をして己の悲劇に酔い、実の娘を放置し、娘を虐げる女を『素晴らしい人だ』と笑顔で迎える。呆れたものです」
「ロシータ……! カタリナに対しなんということを――いや……もしかして、おまえは寂しかったのかい? それは私の責任だ。だがわかってくれ、私は……」
「そういうのは結構です」
ロシータはぴしゃりと遮った。
「『わかってくれ』と要求するその姿勢自体が図々しいのだと、お粗末な頭で少しは考えなさい。的外れな言動はもう飽き飽きです」
「っ……!?」
「あなたが単なる無責任なダメ男であり、今後も改善の努力すらする気がないとよくわかったからこそ、たった今縁を切ったのですよ」
「ろ、ロシータ……?」
「それからダリオ殿」
急に振り向かれ、ダリオが開きかけの口をぐっと閉じた。
当主たる父親と新しい家族に対しなんという言い草だ――と、叱責するつもりだったのだ。
それを寸前でくじかれた。
「な、なんだ?」
「私はあなたと顔を合わせるたび、このように感じておりました。『目の前に花畑しか見えない愚かな両親のせいで、不実の噂の絶えぬ家へ身売り同然に嫁がされるなんて、私はどうしてこんなにも不運なのだろう』と」
「……!?」
――不実な父親の尻ぬぐいで、どうして自分はこんなにもつまらない女を妻に迎えねばならないのだろう。
それはダリオこそが、ロシータと会うたびに顔に出していた不満だった。
そう、ダリオこそがロシータにそう感じていたのである。それとほぼ同じ不満を、よりによって彼女からぶつけられるなど、これほどの屈辱はない。
「きさま、この私に対し、なんという口のきき方だ! 無礼な……!」
「おまえこそ竜の眷属たるこの私に対し、無礼極まりない。口のきき方を弁えなさい」
ダリオは絶句した。彼は女性に真正面から言い返された経験がほとんどないのだ。
その上、相手はずっと見下していた己の婚約者である。
目と口が開いたままぽかんとしている周囲を意に介さず、ロシータは悠々と退室した。
「もうあなたがたに用はありません」
そう言い残し、玄関の方向に歩いてゆく。
その足取りは優雅であり、無駄を排除した軍人めいてもいた。
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