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23. 迎えの到着
しおりを挟む「おい、待て! どこへ行く!」
我に返ったダリオが慌てて追いかけてきた。
ロシータはそれを無視し、自らの手で正面入り口の扉を開け、スタスタと出ていく。
「きさま! 私や子爵に無礼を働いておきながら、逃げることが許されると思うな!」
「ろ、ロシータ? どこへ行こうというんだね? ダリオ殿にきちんと謝罪をしないか」
硬直のとけたレイエス子爵達も、背後からばたばた駆け付けてきた。
(はあ、面倒な奴ら……いえ、ちょうどいいわ)
ロシータの鋭くなった聴覚は、遠くから近付いてきたその音を拾い、唇が密かに笑みを作る。
「おい!」
苛立ったダリオが背後から手を伸ばし、ロシータの肩を掴もうとした。
その寸前、彼の手は空を切る。
「えっ?」
触れるか触れないかのところでロシータが瞬時に身体をずらし、ダリオの手首を下から持ち上げるように掴んだのだ。
そのまま彼女は流れるように身をかがめ、片方の足を強く後方に向けて蹴り飛ばす。
「うわあっ!?」
彼女は勢いを利用してダリオの足を浮かせつつ、その腹部に己の背をすべり込ませ、ぐんと腕を引きながら身体をひねった。
――ぽん、とダリオの身体が飛んだ。
ロシータよりもずっと背が高く、体格のしっかりした男の身体がいともたやすく宙を舞い、次の瞬間ドオッ! と地に叩きつけられていた。
「うっ……ごほっ、がはっ……」
背中から落ちたダリオが、苦しそうにうめく。
吐く息に血の臭気はない。衝撃で咳き込んでいるだけだろう。
多少骨にヒビが入っていたとしても、内臓は傷付いていない。
ロシータの視界の中、レイエス子爵とカタリナ、それにパトリシアがあんぐりと口を開け、目を皿のように丸くしているのが映った。
「……ふ。すっとしたわ。ダリオ殿、見下していた相手から投げ飛ばされるのは、どんな気分?」
ざわりと湧き上がる高揚感にうっとり目を細めると、下でダリオが「ひっ」と息を呑む。
ロシータは自分の瞳孔が縦に細り、爪がわずかに長く伸びるのを自覚した。
刃物のごとき鋭さを増した爪が、ダリオの手首に食い込んで爪痕をつける。
己の変化を、以前の彼女ならば恐ろしいと感じたかもしれない。だが今のロシータの中には、ただひたすらに解き放たれた高揚感しかなかった。
「自業自得ですよ、ダリオ殿。無防備な女の肩を、背後から捕えようとするものではありません」
「ば、ばけもの……」
「あなたのその言葉、竜に対する侮辱と受け止めますので、そのつもりで覚悟しておきなさい」
「な、ん……だと……」
ロシータはダリオの下腹を押さえつけていた膝を浮かせ、手首をぽいと離して続けた。
「それからあなた方も。今後、ただで済むとは思わないことです」
レイエス子爵をはじめとする面々は、いまだ地面で苦痛にうめくダリオの姿に視線を固定し、瞬きすら忘れている。
ロシータがその視線に侮蔑を込めてふんと鼻を鳴らすのと、背後からパチパチ手を叩く音が上がったのはほぼ同時だった。
「素晴らしい。実に愉快な見世物だった」
張りのある男の声。
凍り付いた空間にもよく通り、レイエス子爵達は先ほどのダリオのように「ひっ!?」と小さな悲鳴を上げた。
(来たわね。苦労した甲斐があったわ)
きっと『彼』はここに来る。そうしてもらうために、ロシータは密かに手を打ってきた。
――過去に飛び、その男のことを調べたのである。
己の能力の使い方を完全に把握し慣れる目的もあったが、それはさまざまな苦難を伴っていた。
特に対処に困ったのは、空腹や疲労の蓄積である。自分が動いていると誰にも察知されないようふるまうのも大変ではあったが、最も難儀させられたのは、背にくっつきそうな腹だった。
空腹も疲労も、元の世界でろくに解消されないために、連続して使えない。
それでもなんとか、手紙を残すことができた。
――レイエス子爵家のロシータは、いずれ聖竜から証を与えられ眷属となる。
その時は面白いものを見せるから、迎えに来てほしい――と。
振り返ると、思った通りの人物がそこにいる。
彼は皇家の馬車から降り立ち、悠然と、それでいて威厳に満ちた足取りでこちらに歩いてきた。
騎馬兵が数騎、馬車の前後を囲んで守り、その青年の背後にも侍従と護衛が数人続く。
「皇帝陛下!? 何故、このようなところに……!?」
まだ起き上がることができず、地面でうめきながら問いを絞り出したダリオを、皇帝リカルド・イグレシアスは可笑しそうに見下ろした。
「何故も何も。私は、私の竜を迎えに来ただけだが?」
「は!?」
その反応は館の出入り口からも聞こえてきた。レイエス子爵だけでなく、カタリナもパトリシアも使用人も、みな仰天して目がこぼれ落ちそうになっている。
ロシータは瞳と爪を元に戻し、生真面目な武人とも学者ともつかない表情で、初めて会う皇帝を見上げた。
「迎えに来てくれてありがとうございます。私はロシータ。先ほどレイエス子爵には絶縁を申し渡しましたので、家名は付けずとも結構です」
貴婦人の挨拶をせず真っすぐに立ち、目を逸らさぬまま堂々と言った。
皇帝の周りの者の中には、困惑や懐疑的な視線を向けてくる者もいる。しかし彼らはロシータが大の男を投げ飛ばした瞬間も、彼女の瞳や爪がつい先ほどまで形を変えていたのも目にしているのだ。
何より、先ほどリカルドが口にした、「私の竜」という言葉。
「承知した。ではロシータと呼ぼう。私はリカルド・イグレシアス。私とおまえは対等であり、私のことはリカルドでいい。――歓迎するぞ、聖竜の証を持つ者よ」
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