陽廻りの書

日村透

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田舎から首都へ

7. 新しい部屋と家政婦

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 読みに来てくださってありがとうございますm(_ _)m
 いつもより少し遅くなりました。
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 ウィルフレッドは観念したと言わんばかりに両手を上げた。
 しかしそれが単なるポーズなのは明らかで、表情はそれほど悪びれてはいない。

「白状すると、ファンは姉のヘレンだよ。彼女は素朴な田舎を舞台にした、平穏な物語が好きなんだ」
「そうでしょうね。あなたはもっと刺激的な、流行はやりものを好むだろうと思いました」
「ご明察! 夜な夜な血を求めて彷徨さまよう悪鬼、満月の光を浴びて獣と化す男、探偵の登場するミステリーも好きだね。とりわけ胸が躍るのは、正体不明の神秘学者ヘリアントゥス教授の執筆した『ヘリアントゥスの書』だ」

 オリヴァーは顔をしかめた。
 それに気付いているのかいないのか、ウィルフレッドはうきうきと続ける。

「ヘリアントゥス教授自身が霊的能力の持ち主であり、この世に未練を残した悲しき人々の姿を目に捉えたり、物に触れるだけでその記憶を読み取ったりと、超常の世界についてさまざまなエピソードを――」
「ターナー殿。よく理解できましたから、その話はもう結構です」
「ウィルフレッドでいい。――ネッドと父さんは教授の正体を知っているはずなのに、僕には教えてくれないのさ。ずるいと思わないか? うちの出版社と契約して売れたベストセラー作家を知らないはずはないのに、しらばっくれるんだ」
「本人が表に出たくないと望んで、そういう契約を交わしたんですから仕方ないんですよ。いくら坊ちゃんがターナーのお身内でも、これは曲げられません」
「と、こうさ」

 オリヴァーはだんだんイラついてきた。要するにこの男は、刺激がほしいお年頃のおぼっちゃんなのだ。
 まともに付き合おうとすると、こちらが疲弊ひへいさせられる。

「オリヴァー殿はそういう話を書いてみないのか? 闇に蠢く怪物や、この世ならざる――」
「くだらない」

 小さく吐き捨て、オリヴァーはヒヤリとした。
 相手の言葉を遮り、しかも意図した以上に冷淡な声が出てしまった。
 出版王の息子の機嫌を損ね、契約を切られてしまったら、オリヴァーの悪評は瞬く間に広がるだろう。
 せっかく自力で収入を得られるようになったのに、すべてが水の泡になってしまう。
 だが一瞬で巡った最悪の想像は、当のウィルフレッドによってすぐに搔き消された。

「残念、オリヴァー殿は否定派だったか」

 いくら怪物の登場する話や降霊術などが流行はやっているとはいえ、その流行を全員が好むわけではない。
 当然ながら否定的な人間も存在する。
 そして幸い、ウィルフレッドは相手の嫌うものを押し付ける性格ではなかった。

 気まずい空気など流れる間もなく、彼はさっさとオリヴァーを部屋に案内した。
 オリヴァーの下宿用の部屋は、玄関から入ってすぐ左手にあり、扉を開ければ応接間よりやや狭い程度の、それでも充分に豪華な空間になっていた。
 窓があり、そこからは正面の庭が眺められる。
 庭からこちらを見られたくなければ、レースのカーテンかベルベットのカーテンを閉じればいい。
 窓の前には、艶のある黒褐色の木材のテーブルと椅子。
 窓の反対側の奥には寝台が置かれ、四本の柱で支える天蓋がついていた。

「難点はひとつ、玄関の音や声が筒抜けというところぐらいかな。もとは使用人部屋だったのを改装したのでね」

 ウィルフレッドはこともなげに言うが、その程度で『難点』には数えられないだろう。
 そもそもこのような館では、使用人が大勢で騒ぐようなこともないのだから。

「食事は基本的に、この部屋に運ぶことになる。きみの家政婦を紹介しよう」

 きみの家政婦? その言葉にオリヴァーは引っかかった。

(この家の家政婦ではなく?)

 ウィルフレッドが少々ひねった言い回しをしただけだろうか。
 困惑するオリヴァーの前に、一人の少女が呼び出された。年の頃は十六か十七歳ぐらいで、栗色の髪は後頭部で結われており、この館の使用人らしいリボンでまとめている。
 ただし服装は中産階級の、そこそこ裕福な女性が一般的に身につける服であり、この館の制服ではない。
 首を傾げていると、少女の栗色の瞳がオリヴァーをまっすぐに見据えた。

「シャーロット・ワイルダーと申します」
「……ワイルダー?」

 オリヴァーは目をみはった。
 シャーロットは相手の反応から、と判断したようだ。

「はい。ジェイムズ・ワイルダーの娘です。父ジェイムズとは幼い頃から会ってはおりませんが、去年、手紙で指示をされました。あなたの家政婦として仕えるようにと」
「ジェイムズが……?」
 
 視界の端で、ウィルフレッドが「おや?」という顔をするのが見えた。


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