陽廻りの書

日村透

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スリルを求める流行

19. 面の皮と中身

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 普段ろくに出歩かないオズワルドを連れ、ウィルフレッドがあちこち寄り道をしたせいか、時刻は午後の五時を過ぎていた。
 ネッドの応接室を出たのは昼を過ぎたあたりで、昼食はっていない。朝にしっかり食べているので、いつもなら一食ぐらい抜いても平気だ。
 しかしその日は歩き回ったためか、空腹を強く覚え、六時頃には早々に夕食と決まった。

 正式なディナーではなくとも、食事の場に外出時のほこりを持ち込みたくはない。シャーロットにコートを預けてさっさと着替えたら、ターナー家が居間として使っている部屋に案内された。
 本来なら他人を入れない部屋だ。そこに用意されている料理の皿数は少なく、量は普通。これらはすべて、身内や気軽な友人へのもてなしであることを示している。

 その場にはシャーロットや家政婦のマディだけでなく、ソーンも控えていた。
 つまりウィルフレッドはソーンに対し、オズワルドをそのように扱えと暗に言っているのだ。
 この上級使用人のつらの皮は頑丈で、顔だけでは内面がまったくうかがえない。だが、面白くはないはずだ。

(ふん、ざまあみろ)

 胸のすく思いで、オズワルドは料理に舌鼓を打つ。

「そうだ、オズワルド。さっき帰る途中で、街灯がともされるのを見たろう?」
「見たけれど、それが?」
「今年はどうも、暗くなるのが早いみたいなんだ。いつもは冬が終わるとだんだん日が長くなるのに、そうならない。日没の時刻は例年とそう変わらないから、夕方近くになると急激に雲が増えるのが原因じゃないかと言われている」

 それを聞いて思い出した。
 確かに、朝は晴れていても、午後になると天候が傾きやすい。よく霧が発生して視界が悪くなる。

「本当なら街灯の点灯時間も、今頃はもっと遅いんだよ。でも今年は二月の夕方並みだ」
「そんなに?」
「ああ。だから外出時は遅くならないように気を付けてくれ。――ソーン。今後しばらく、必要であれば通いの使用人の帰宅時に、辻馬車を手配してやるように」
「かしこまりました」

 ソーンは丁寧に頷く。
 使用人ごときを甘やかすべきではありません、などと余計なことは言わない。
 表情も、どちらかと言えば人柄がよさそうな笑顔だ。

(筋金入りの演技派だな。俳優に転職したほうがいいんじゃないか?)

 ホワイトソースを絡ませた蒸しサーモンをもぐもぐと味わいながら、オズワルドはひそかに感心した。




 自室に戻ると、シャーロットが部屋のガス灯を点灯させ、カーテンをすべて閉じてくれた。
 テーブルの上には、部屋の主人がいつでも執筆を開始できるよう、既に紙が準備されている。
 いつもこの時間帯になると、ペンが進みやすいのだ。椅子を引き、明るいオレンジ色の光に照らされた紙を目にした瞬間、物語の続きが浮かんでくる。

 代表作である『サンブルックの平和な日常』は、舞台だけでなく登場人物もグレイウッド村の人々がモデルだ。
 その主要人物のひとりは、誰あろう粉屋の息子である。

 あの村の粉屋一家は、はっきり言ってごうつくだった。そこの息子に何度もいじめられたオズワルドは、粉屋という存在が一般的には尊敬されている職業だと教えられ、最初はなかなか信じられなかった。
 しかし教本や新聞の中では、どれを見てもだいたい立派な人格者のように書かれているではないか。

『なんで?』

 村人が育てた穀物を製粉するには熟練の技術が必要であり、昔から粉屋は村にとって中心的な存在で、他の村人よりも裕福であることが多い。
 だから敬意を払われやすいということのようだが、それはそれとして、あの一家は確実に性格が悪かった。

『みんな騙されている』

 納得のいかないオズワルドに、家庭教師はあきらめ顔で、さまざまな小説を紹介してくれた。
 その中には、ちゃんと粉屋が悪人として書かれている話もあった。

『嫉妬や誤解でこのように書かれることもあるのですから、あまり偏った視点で読み物を選ぶのではありませんよ?』

 全員が尊敬すべき人格者ではないのも確かだが、同時に、全員が欲深でもないということだ。
 教師の忠告に、オズワルドは素直に「はい」と答えた。
 そして思ったものだ。

(この先生を俺に手配してくれたのは、すごく人を見る目のある人だ)

 公正で、教えるべきことをきちんと教えてくれる教師。
 もし偏った視点を持つ人間が教師になっていたら、その人物は身寄りのないオズワルドを蔑み、体罰によって躾けていたかもしれない。

 懐かしい思い出に浸りながら、さらさらと文章をつづり、ふと思いついた。
 この物語の中で、粉屋の息子は何人もの婦女子に言い寄っている。
 は移り気な上に、何でも自分の思い通りになると思っているのだ。

「全員からフラれる展開にしてやる」

 口にした直後、背後でシャーロットが溜め息をついた。

「そのようなことは、思っても胸の中だけに留めておいてください。続きを読む時にあなたのセリフがよぎって、お話に集中できなくなります」
「……悪い」

 どうやら、愛読者がここにもいたようだ。


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