58 / 69
神秘と心霊と
56. 最後のあがき
しおりを挟む本日2話目です。
--------------------------------
坊やとソーンはそれでいいとして、ノースウォール伯爵とグレイヴ子爵はどうなるか。
「伯爵はせいぜい、罰金と数日間の投獄で済むでしょうね。こういうの、貴族はどうしても軽くなるのよ。――ただし、社交界からは追放されるわ。これが貴族にとっては、一番重くてつらい罰になるのよ」
貴族にとっては、社会的な制裁が何よりも痛い。
信用を失い、家名に泥を塗り、連日新聞で糾弾され、上院議員であれば辞任を迫られることになる。
「なら子爵は?」
「ソーンとの繋がりについては知らぬ存ぜぬを通すでしょうね。でも坊やが喋ってしまっているから、『疑惑』が残る形になるわ。逮捕に至らず議員の座にしがみついたとしても、今までのような発言力はないわね」
不名誉な記事に名前を書かれ、罪に加担した可能性の高い人間として、やんわりと排除されることになる。
そしてこちらも、容赦なく記事で叩かれ続けるだろう。
彼らが心から望んでいたであろう家の栄光を取り戻すことは、二度と叶わなくなってしまった。
◆ ◆ ◆
ノースウォール伯爵が逮捕され、あらゆる新聞が今回の出来事を面白おかしく書き立てた。
特に彼らの興味を引いたのは、出生届けに関する虚偽と、偽物の子に呪いを実行させたこと。
身分や職業の別なく、多くの人々の好奇心を刺激する内容で、何日経っても紙面を賑わせ続けている。
ノースウォール伯爵はヘレンの見立て通り、議員を辞任。グレイヴ子爵はまだその座に居座っているものの、周りからは完全に無視されているようだ。
「クラーク様、見てくだせぇ!」
七月下旬の朝。庭師のロブがほころんだ顔で手招きした。
「咲いたのか」
「やっとですよ。どうなることかと思いやした」
背の高い黄色の花が、陽の光を浴びて綺麗に輝いている。
遅れに遅れた、ひまわりの開花。ほかの邸宅の庭にもちらほらと見かけるが、あちらも随分と遅れていたようだ。
うちの庭のが一番綺麗ですよ、と小声で自慢するロブに苦笑しつつ、「そうだな」と頷いた。
骨の芯まで凍えるほどの寒さは徐々にやわらいできている。
日照時間も例年の夏に比べると相変わらず少ないが、日中の空に晴れ間が見える日が増えた。
どうやらいよいよエドワード・ターナーと長男のブライアンが戻りそうとあって、ウィルフレッドとヘレンは朝も早くからティムと一緒に馬車で出かけている。
オズワルドも誘われていたが、今回は断った。
(別に俺が一緒に行かねばならない理由などないだろう?)
普通はそうだ。ただの下宿人なのだから。
ただこれを言うとあの姉弟は引きずってでもオズワルドを連れて行きかねないので、あえて口にはしなかった。
書店街に行く予定だという言い訳を実行すべく、シャーロットに辻馬車を拾ってもらい、ひとりで馬車に乗り込む。
彼女の件でネッドのところに行こうかとも思ったが、今そちらに行っても多忙を極めているはずなので、客の相手をするのは難しいだろう。
(もう少し落ち着いた頃を見計らって行こう)
車輪の音に耳を澄ませながら、座席に身をゆだねる。
しばらく行くと、何度となく目にした通りが見えてきた。
ミルズ街だ。
何かと事件で話題になる場所。ここに来ると建物の陰を、角を、横道を、つい目で追ってしまいそうになる。
今日は特に何もなく、警官が立って捜査をしている様子はないし、記者が聞き込みをしている様子もなかった。
平和なものだ。
誰もいない。
身体の半分が潰れた男も、ぼろきれのようなドレスを纏った女も、首にかかった縄を引きずりながら歩く男も、首から血を流し続ける女も、誰も。
――どこにも、誰もいない。
珍しいな。
かすかにそう思いはしたものの、たまにはこういうこともあるのだろう。
書店街に足を踏み入れるなり、わずかな違和感など消し飛んだ。
よく利用する店に入っては靴の裏から根を生やし、気が済むまで物色して目をつけた本を注文する。
ここに来たら何冊も購入してしまうものだから、いちいちその場で持ち帰らず、あとで店の者にターナー邸まで送ってもらうのだ。
将来のために貯金しなければと思っているのに、ここに来たが最後、湯水のごとく金を使ってしまう。
いけないと思いつつ、これだけはどうしてもやめられない。
シャーロットが「お酒や賭博にはまるご主人様よりマシです」と許してくれているおかげで、ますます止まらなかった。
そうしているうちに、かなりの時間が経っていた。
気が付くと、外がすっかり暗くなっている。
「いかん、遅くなりすぎた。さすがにこれは怒られてしまう」
最後の本を注文し、通りに出て左右に視線を走らせると、ちょうど空席の馬車が近付いてきた。
夜だろうと辻馬車が走っている点が、都会のありがたいところだ。人が多くて客を見込めるからなのだろうが、田舎ならこうはいかない。
辻馬車が手前で停まり、オズワルドはホッとしつつ御者に行き先を告げ、座席に乗り込む。
そして背もたれに寄りかかろうとしたが――
「――――」
男が座っている。今まさに自分が座っている、この席に。
右手にはステッキを持ち、左手は膝に乗せている。
骨ばった不健康そうな手だ。
小指に、貴族の家紋入りの指輪。
グレイヴ子爵。
馬車が動き出した。オズワルドが戻るのとほぼ同時だった。
「待て、降りる! 馬車を停め――」
御者は鞭を鳴らし、馬が速度を上げた。
人通りが減っていることもあり、馬車はどんどん速度を上げる。
(しまった……!)
走行中に飛び降りるほうが危険だ。
歯を食いしばり、このまま乗り続けるしかない。揺れが酷く、もう一度叫ぼうにも舌を噛みそうだった。
それでも何とか腕を張って身体を支え、声を張り上げる。
「くっ……止めろ!」
「…………」
気付いているくせに、御者は無視して馬を走らせる。
だが通行人には聞こえるはずだ。そう思ってさらに声を出そうとした瞬間、馬車が急に角を曲がり、身体が片側に押し付けられそうになった。
わざとだ。叫ばせないように制御しているのだと、遅まきながら気付く。
そうしているうちにどんどん馬車は夜の道を突き進み、やがて人通りのない場所まで来た。
そこでやっと徐々に速度を落とし、停止する。
すぐ傍には街灯があった。ここだけが明るく照らされ、次の街灯まで距離がある。
「降りてください」
御者席から降りてきた男の手に、銃があった。
「……何が目的だ?」
「降りてください」
感情のない声で言われ、オズワルドは背筋がひやりとするのを感じながらゆっくりと降りた。
こういう時にはどう対処すべきか、逃げる方法は――
しかし、あらゆる嫌な想像に反して、御者はさっさと御者席に戻った。
そして銃を仕舞い、馬に合図を出す。
ぽかんとするオズワルドの前で、馬車はあっさりと来た道を戻っていった。
「え……?」
てっきり撃たれると思ったのに。
だがすぐに、自分の置かれた状況のまずさを悟った。
手元に灯火はなく、街灯の間隔も遠い。暗くひっそりと静まり返った場所。
ここはどこだ。
--------------------------------
読んでくださってありがとうございます!
物語の八割ぐらいのところまで来ました。
あと何話とは言いにくいのですが、ラストまでなるべく一気に書きたいと思っておりますので、どうぞお付き合いくださいませ。
103
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません
しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」
――それは私を縛る呪いの言葉だった。
家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。
痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。
でも、、そんな私、私じゃない!!
―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、私は、私に告げるだろう。
「私の人生に、おかえりなさい。」
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる