陽廻りの書

日村透

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神秘と心霊と

56. 最後のあがき

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 本日2話目です。

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 坊やとソーンはそれでいいとして、ノースウォール伯爵とグレイヴ子爵はどうなるか。

「伯爵はせいぜい、罰金と数日間の投獄で済むでしょうね。こういうの、貴族はどうしても軽くなるのよ。――ただし、社交界からは追放されるわ。これが貴族にとっては、一番重くてつらい罰になるのよ」

 貴族にとっては、社会的な制裁が何よりも痛い。
 信用を失い、家名に泥を塗り、連日新聞で糾弾され、上院議員であれば辞任を迫られることになる。

「なら子爵は?」
「ソーンとの繋がりについては知らぬ存ぜぬを通すでしょうね。でも坊やが喋ってしまっているから、『疑惑』が残る形になるわ。逮捕に至らず議員の座にしがみついたとしても、今までのような発言力はないわね」

 不名誉な記事に名前を書かれ、罪に加担した可能性の高い人間として、やんわりと排除されることになる。
 そしてこちらも、容赦なく記事で叩かれ続けるだろう。
 彼らが心から望んでいたであろう家の栄光を取り戻すことは、二度と叶わなくなってしまった。



   ◆  ◆  ◆ 



 ノースウォール伯爵が逮捕され、あらゆる新聞が今回の出来事を面白おかしく書き立てた。
 特に彼らの興味を引いたのは、出生届けに関する虚偽と、偽物の子に呪いを実行させたこと。
 身分や職業の別なく、多くの人々の好奇心を刺激する内容で、何日経っても紙面を賑わせ続けている。
 ノースウォール伯爵はヘレンの見立て通り、議員を辞任。グレイヴ子爵はまだその座に居座っているものの、周りからは完全に無視されているようだ。

「クラーク様、見てくだせぇ!」

 七月下旬の朝。庭師のロブがほころんだ顔で手招きした。

「咲いたのか」
「やっとですよ。どうなることかと思いやした」

 背の高い黄色の花が、陽の光を浴びて綺麗に輝いている。
 遅れに遅れた、ひまわりの開花。ほかの邸宅の庭にもちらほらと見かけるが、あちらも随分と遅れていたようだ。
 うちの庭のが一番綺麗ですよ、と小声で自慢するロブに苦笑しつつ、「そうだな」と頷いた。

 骨の芯まで凍えるほどの寒さは徐々にやわらいできている。
 日照時間も例年の夏に比べると相変わらず少ないが、日中の空に晴れ間が見える日が増えた。

 どうやらいよいよエドワード・ターナーと長男のブライアンが戻りそうとあって、ウィルフレッドとヘレンは朝も早くからティムと一緒に馬車で出かけている。
 オズワルドも誘われていたが、今回は断った。

(別に俺が一緒に行かねばならない理由などないだろう?)

 普通はそうだ。ただの下宿人なのだから。
 ただこれを言うとあの姉弟は引きずってでもオズワルドを連れて行きかねないので、あえて口にはしなかった。

 書店街に行く予定だという言い訳を実行すべく、シャーロットに辻馬車を拾ってもらい、ひとりで馬車に乗り込む。
 彼女の件でネッドのところに行こうかとも思ったが、今そちらに行っても多忙を極めているはずなので、客の相手をするのは難しいだろう。

(もう少し落ち着いた頃を見計らって行こう)

 車輪の音に耳を澄ませながら、座席に身をゆだねる。
 しばらく行くと、何度となく目にした通りが見えてきた。
 ミルズ街だ。
 何かと事件で話題になる場所。ここに来ると建物の陰を、角を、横道を、つい目で追ってしまいそうになる。
 今日は特に何もなく、警官が立って捜査をしている様子はないし、記者が聞き込みをしている様子もなかった。

 平和なものだ。
 
 身体の半分が潰れた男も、ぼろきれのようなドレスを纏った女も、首にかかった縄を引きずりながら歩く男も、首から血を流し続ける女も、誰も。

 ――どこにも、誰もいない。

 珍しいな。
 かすかにそう思いはしたものの、たまにはこういうこともあるのだろう。




 書店街に足を踏み入れるなり、わずかな違和感など消し飛んだ。
 よく利用する店に入っては靴の裏から根を生やし、気が済むまで物色して目をつけた本を注文する。
 ここに来たら何冊も購入してしまうものだから、いちいちその場で持ち帰らず、あとで店の者にターナー邸まで送ってもらうのだ。
 将来のために貯金しなければと思っているのに、ここに来たが最後、湯水のごとく金を使ってしまう。

 いけないと思いつつ、これだけはどうしてもやめられない。
 シャーロットが「お酒や賭博にはまるご主人様よりマシです」と許してくれているおかげで、ますます止まらなかった。

 そうしているうちに、かなりの時間が経っていた。
 気が付くと、外がすっかり暗くなっている。

「いかん、遅くなりすぎた。さすがにこれは怒られてしまう」

 最後の本を注文し、通りに出て左右に視線を走らせると、ちょうど空席の馬車が近付いてきた。
 夜だろうと辻馬車が走っている点が、都会のありがたいところだ。人が多くて客を見込めるからなのだろうが、田舎ならこうはいかない。
 辻馬車が手前で停まり、オズワルドはホッとしつつ御者に行き先を告げ、座席に乗り込む。
 そして背もたれに寄りかかろうとしたが――

「――――」

 男が座っている。今まさに自分が座っている、この席に。
 右手にはステッキを持ち、左手は膝に乗せている。
 骨ばった不健康そうな手だ。
 小指に、貴族の家紋入りの指輪。

 グレイヴ子爵。

 馬車が動き出した。オズワルドがのとほぼ同時だった。

「待て、降りる! 馬車を停め――」

 御者は鞭を鳴らし、馬が速度を上げた。
 人通りが減っていることもあり、馬車はどんどん速度を上げる。

(しまった……!)

 走行中に飛び降りるほうが危険だ。
 歯を食いしばり、このまま乗り続けるしかない。揺れが酷く、もう一度叫ぼうにも舌を噛みそうだった。
 それでも何とか腕を張って身体を支え、声を張り上げる。

「くっ……止めろ!」
「…………」

 気付いているくせに、御者は無視して馬を走らせる。
 だが通行人には聞こえるはずだ。そう思ってさらに声を出そうとした瞬間、馬車が急に角を曲がり、身体が片側に押し付けられそうになった。
 わざとだ。叫ばせないように制御しているのだと、遅まきながら気付く。
 そうしているうちにどんどん馬車は夜の道を突き進み、やがて人通りのない場所まで来た。
 そこでやっと徐々に速度を落とし、停止する。
 すぐ傍には街灯があった。ここだけが明るく照らされ、次の街灯まで距離がある。

「降りてください」

 御者席から降りてきた男の手に、銃があった。

「……何が目的だ?」
「降りてください」

 感情のない声で言われ、オズワルドは背筋がひやりとするのを感じながらゆっくりと降りた。
 こういう時にはどう対処すべきか、逃げる方法は――

 しかし、あらゆる嫌な想像に反して、御者はさっさと御者席に戻った。
 そして銃を仕舞い、馬に合図を出す。
 ぽかんとするオズワルドの前で、馬車はあっさりと来た道を戻っていった。

「え……?」

 てっきり撃たれると思ったのに。
 だがすぐに、自分の置かれた状況のまずさを悟った。
 手元に灯火はなく、街灯の間隔も遠い。暗くひっそりと静まり返った場所。
 ここはどこだ。




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 読んでくださってありがとうございます!
 物語の八割ぐらいのところまで来ました。
 あと何話とは言いにくいのですが、ラストまでなるべく一気に書きたいと思っておりますので、どうぞお付き合いくださいませ。

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