付き合ってもいないのに振られた男

丸井竹

文字の大きさ
17 / 42

17.旅の終わりと美女格差

しおりを挟む
王都までかかった日数よりも一日早く、二人を乗せた馬車はロンダの町に戻ってきた。
霊薬研究棟に戻る前に、シーリアは男娼のリーアンに恋人の様子を報告するため青の娼館に立ち寄った。

リーアンは訪ねてきたシーリアの表情で答えがわかったようだった。
言葉を躊躇うシーリアより先にリーアンが口を開いた。

「彼女は……もう私を待ってはいないのですね」

机を挟んでシーリアが座り、その後ろに護衛のユリウスがついてきていた。
リーアンの言葉にユリウスは痛みを堪えるようにぐっと表情を険しくした。
シーリアは静かに頷いた。

「シーリア様、そんな顔をしなくても大丈夫です。わかっていました。ここで働く者たちは大半がそうした思いをしています。いつか買い戻してもらえると望みを持ってやってきて、時と共に諦める者も多いのです。それに、彼女は幸せそうでしたか?」

シーリアはもう一度頷いた。

「同じ商売をしている家の方と店を守るために結婚して、お店は繁盛しているように見えたわ。その……不幸なようには見えなかった……」

幸せそうだったとは言えなかったシーリアの気持ちをリーアンはわかっているように優しく微笑んだ。

「聞けて安心しました。ありがとうございました」

頭を下げたリーアンの手をシーリアはぎゅっと握り、また来るからと約束した。
ユリウスは部屋を出る際、男娼のリーアンに丁寧なお辞儀をした。

馬車に戻ると、ヴェイルスは相変わらず冷め切った微笑を浮かべていたが、シーリアを腕に抱き、別れを惜しむように口づけをした。

「しばらくお別れだな」

濡れた唇を離し、シーリアは怒ったようにヴェイルスを睨みつけた。

「私の方は全くお別れする気はありません。ヴェイルス様が訪ねてきてくれるならいつでも会えますよ?」

数日離れていた愛人たちのもとをヴェイルスは今夜から回る気なのだ。次にヴェイルスがシーリアを抱きに来るのは気が遠くなるほど先かもしれない。
シーリアは不満そうに頬を膨らませたが、ヴェイルスがしようとすることを止めようとは思わなかった。

やはり、ヴェイルスには幸せであって欲しいし、リーアンも助けた恋人に対して同じ気持ちだったのだろうとシーリアは思った。

研究棟の敷地に馬車がはいり、門をくぐるまでヴェイルスはシーリアの腰を抱いていた。
旅を共にした女性への最後の気遣いだった。

常に美女のみを連れ歩くことで有名なヴェイルスだったが、旅の間シーリアを連れていることを恥じる様子を見せたことは一度も無かった。

シーリアは研究棟に入った途端、美女達に取り囲まれるヴェイルスの背中を見つめ、やはりこれだけ素敵な人なら愛人の十人や二十人いても仕方がないと納得の気持ちで夢の終わりを受け入れた。


その日、早速ヴェイルスは自分の集めた美女達を順番に回ることにしたようで、食事を終えるとすぐさまスターシャの部屋に出かけて行った。
食堂に残った美女たちは、シーリアを囲み、旅の話を聞きたがった。

シーリアが得意げにヴェイルス様の意中の人がわかったと告げると、その場にいた全員がそれを知っていた。

「ラフィーニア様でしょう?」

フェリアが厚ぼったい唇をぺろりと舐めた。

「さわれない絶世の美女より、抱ける普通の美女よね」

女達は同意して花のように笑い合った。
普通の美女にも入れないシーリアはため息をついた。

「あんな人を見せられたら、もう私なんて目にも入らないでしょうよ」

「シーリアには研究があるじゃない」

女達が頷いた。シーリアの薬のおかげで懐具合がかなり良くなったのだ。ヴェイルスが購入してきたお土産品も美容品ばかりだった。

「私だって若い女なのに」

「でも旅の間はお相手できたのでしょう?」

レアナがわくわく顔で質問を投げかけた。その顔には詳細を教えなさいと書いてある。
他の女達も興味津々だった。

「教えた通りにやってみた?顔が多少まずくても技術次第で男は絶対虜に出来るのよ。お尻は舐めた?」

「声がセクシーじゃなかった?もう思いだしただけで濡れちゃうわ」

「私はどちらかというと柔らかな玉の方を舐めるのが好きだわ。くすぐったそうな顔をするじゃない?」

「焦らしてみるのもいいわよね?ヴェイルス様のちょっとつらそうなお顔がたまらない」

共通の男を相手にしているだけあって、女たちは「ヴェイルス様あるある」のネタで盛り上がる。

そこに参加できないのはシーリアだけだった。

「頭突きをするなと言われたわ……」

お尻を舐めようとして頭突きになった話をすると、食堂に女たちの甲高い笑い声が響き渡った。厨房のナリアまで顔を出して笑っていた。
心底がっかりとしているシーリアを慰めるようにエリルが背中を撫でた。

「それでも抱いて下さったのでしょう?それに二人の時はきっと優しかったはずよ。あの方、女性はご自分の装いの一部だから。扱い方にも自己流の決まりがあって、とても礼儀正しいわ」

全員が同意した。愛人が何人いても争いになるわけでもなく、全員がヴェイルスを好きなのだ。シーリアも美女ではなくても研究棟の皆と同じ扱いをされたのだと安心した。
しかしすぐに疎外感がやってきた。

ヴェイルスの愛人たちがこぞってどんな風にヴェイルスに愛されているのか話し出したのだ。

「ヴェイルス様ってお部屋を暗くするのを嫌うわよね。私なんて毎回恥ずかしすぎて死にそうになるわ」

「わかるわ!足を開けと言われるの。しかもわざわざ灯りをかざしながら!」

「もっと開けとか言われるでしょう?あのお声で、もうたまらなくて……話しているだけで濡れてきそう」

「舐めながら反応を見て楽しんでいるわよね?私なんて寝台に繋がれて様子を観察されたことがあるわ」

「しかも手つきがいやらしくて。すごく優しいの。閨の遊びが本当にお上手で」

「本当よねー」

暗闇の中でしか抱かれたことのないシーリアは愕然として聞いていた。馬車の中は多少明るかったが、それでも裸にされて股を開いてみてもらうなんてことは一度だってなかった。

そんなに時間をかけてじっくり責められて、喘ぎ声や表情を観察されるなんて一度も無い。
確かに濡れるまで愛撫はしてくれるが、どちらかというと入れて激しく奥を突かれていかされて終わる感じだ。
他の女性たちとは寝台の上で時間をかけてじっくり遊び、最後に体を重ねていたのだ。

「女性の体がよほどお好きなのよね」

表情をどんどん暗くするシーリアに、女達は、まさかと口を閉ざした。

「私なんて……暗いところでしか抱かれたことない。しかも、馬車の中なんてドレスの裾をまくり上げて顔だって見えなかったかも。こんなのただの穴扱いだわ」

残念ながら、「そんなことないよ」といった慰めの言葉は出なかった。女たちは顔を見合わせた。

「お化粧はどうだったの?ほら、あの肌が透ける夜着を着てみた?」

シーリアは頷いた。

「そりゃ当然お化粧もしたし、あの透ける素敵な服も着たけれど、感動してもらえなかった」

どんより落ち込むシーリアの前に、酒の瓶がどんと置かれた。ナリアばあさんが置いた火酒だった。さらにグラスを並べる。

「今回の旅は楽しかったのだろう?飲んで締めくくるのがいい」

ナリアはヴェイルスが抱かない女の一人だが、お尻を触られる回数はシーリアより上だった。歳をとっていても可愛がられているのだ。

「そうね、飲みましょう!」

レアナがグラスに酒を注ぎ始めた。
シーリアとヴェイルスの無事の帰りを祝う宴会が始まった。

女達の楽しい歓声が上がり、さらに話は盛り上がったが、一人、また一人と心地良い眠りに落ちていった。

全員が酔いつぶれると、ヴェイルスが迎えにきた。
一人ずつ抱き上げ部屋に運ぶと、最後にシーリアが残った。

スターシャを抱いてきたヴェイルスから見たら、やはりシーリアは平凡でとても自分から抱く気になれないような女だったが、それでも優しく抱き上げた。
シーリアの部屋は驚くほど清潔になっていた。
ヴェイルスがミリアに命じて片付けさせておいたのだ。

寝室に運び、酔っぱらったシーリアを寝かせると、このきれいな部屋の状態をシーリアはいつまで保てるだろうかとヴェイルスは考えた。
部屋をきれいにさせておくためにもなるべく日数を空けないようにシーリアの部屋を訪ねるべきだろうとヴェイルスは考え、シーリアの文句ばかり口にする不満そうな顔を思い浮かべた。

そして、やはりもう少し待たせておいてもいいだろうと考え直した。

そんな風に思われているなど夢にも思わないシーリアは、まるで旅の続きでもしているかのような幸せな顔で眠り続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

萎んだ花が開くとき

陽花紫
恋愛
かつては美しく、男たちの愛から逃げていたクレアはいつしか四十を過ぎていた。華々しい社交界を退き、下町に身を寄せていたところある青年と再会を果たす。 それはかつて泣いていた、小さな少年ライアンであった。ライアンはクレアに向けて「結婚してください」と伝える。しかしクレアは、その愛に向き合えずにいた。自らの身はもう、枯れてしまっているのだと。 本編は小説家になろうにも掲載中です。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

処理中です...