最後の選択者

丸井竹

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第一章 骨師を守る騎士

3.男の目的

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 夜明け前に、ステラは突然起こされた。
目を覚ますと既に荷物はまとめられ、テントを畳むだけの状態になっている。
イールは無言でステラの体を抱き上げ、背中に乗せると落ちないようにベルトで止めた。

「ステラ、そろそろ移動を始める。背負ってやるから背中で寝ていていいぞ」

ステラは素直に頷き、イールの背中にしがみついた。
まだ森の中は薄暗い。
夜露に濡れる葉をかきわけ、イールが移動を始める。

夜が完全に明ける前に、イールはあっという間に森を出た。
明かりもないのにその足取りには迷いがない。

隆起する地面を進み、さらに岩をよじ登って目的地を目指す。

うつらうつらとしていたステラは目を覚まし、イールの背中から首を伸ばした。
そこは赤土だらけの荒れた土地で、草一本生えていなかった。

「何もない……」

「そうだ。神力の結晶の力が及ばない土地は乏しく荒れている。だから骨師は貴重だ。このマウリア国は小さな国々を侵略し、骨師をかきあつめている。森の向こうは安全で豊かな国だが、外はそうじゃない。ステラ、君はこの国の生まれか?」

貧しい村では親の無い子供は口減らしで捨てられてしまう。ステラもそうして捨てられた子供だった。

「この国だけど、生まれた村の場所はよく思い出せないの。まだ子供だったから、記憶は定着しないものだと師匠が言っていた。そういえば、イールの故郷はどこ?」

険しい岩山にさしかかり、イールは返事をする余裕もなくなり、四つん這いで大きな赤い岩の上をよじ登り始めた。
軽い少女だとしても、人を背負って登るにはあまりにも険しい道だ。

白々と明けてきた空に目をやり、ステラは足元に視線を向けた。
先ほど抜けてきた森が黒々とした陰になって眼下に見えている。
それはもう木々の形もわからないほど遠くなり、頭上に空が迫っていた。

これほど高い場所に来たことがないステラは、背負われている足まで震えてくる。
イールは黙々と慣れた様子で岩場を登る。

背中は汗だくで呼吸も荒いのに、足を止めようとしない。
その先に、遮るものがない空が見える。

「イール!頂上?」

ステラが興奮して叫んだ。
大きく背中を揺らし、イールは最後の岩を乗り越えた。

途端に、壮大な光景が広がった。

そこはそそり立つ崖の上で、すぐ足元から大量の水が噴き出している。
それは豪快な滝で、その下は川になり、乾いた地面を削り濁流となって流れていく。
水しぶきが日の光に反射してきらきらと輝く。
細かい水の粒子はさらに霧を生み、滝の周辺は白く霞んでいる。

「きれいね」

素直な感想を口にしたステラをイールがそっと地面に下ろした。
先ほどまで岩だらけのがたがたした足場だったのに、滝のある崖沿いの地面は平らだった。
見晴らしも良く、歩きやすいが高所である。
歩こうとすると足がすくみ、思うように進めない。

眼下に見える滝の向こうも、岩ばかりの登ってきた道も、どちらも足を踏み外せば、鳥が飛ぶ高さから地面に落下することになる。

震えるステラをイールがそっと抱き寄せ、大丈夫だと囁いた。

「俺が支えている。あの滝の根元に花が咲いている」

その場から動けないステラは、少しだけ伸びあがって、滝の根元にある花を見ようとした。
しかし滝からたちのぼる霧で下は全く見えない。

「ここからまた下に?」

「そうだ。今度は洞窟を使う」

そこは崖の頂上で、洞窟など見えない。
イールは滝がある方向とは逆に歩き出した。ステラも震える足で後を追う。
平らな地面と険しい斜面が繋がるあたりに、稲妻型の地面の割れ目ができていた。
黒いひび割れの先は、岩に隠され見えなくなっている。
イールはその岩を取り除き始めた。

その下に何があるのかわからないまま、ステラも手伝おうと岩を抱えるが、一つでも重くて持ち上げられない。
汗に濡れた顔をあげ、イールが大丈夫だとステラに微笑む。
仕方なく、ステラは邪魔にならない場所に座り、イールの仕事を見守った。

積み上げられていた岩の下からさらに大きな黒い地面の割れ目が現れた。
イールが穴に足から入り込み、上半身を地上に残してステラを仰ぎ見た。

「ステラ、おいで」

何も考えず、ステラはイールの言葉に従った。逞しいイールの腕に抱かれ、するりと穴の中に落ちていく。
ひんやりとした風に少しかび臭さが混ざる。
わずかな衝撃と共に落下はとまり、イールの腕に抱かれたステラは暗がりに目を凝らした。

洞窟内には光源がない。落ちてきた穴も滑り台のように斜めになっていたため、地上からの光は途中で途切れていた。

イールの腕がステラを助け起こし、二人は暗い穴を黙って歩き出した。
しばらく進み、突然前方に光が見え始める。

「出口?」

ステラが静かに問いかけたが、イールは答えなかった。
二人が光に向かって進み続けると、やがて大きな水音が聞こえ始めた。
そこは先ほど崖の上から見えた滝の裏側だった。

分厚い水のカーテンが手を伸ばせば届きそうな距離にあり、轟音を立てて滝つぼに流れ落ちていく。
イールが滝の裏側から斜め前方を指さした。

その先に円柱に囲まれた祭壇が見える。
それは太古の遺跡の一部で、そこだけが青々とした草木に囲まれている。

イールがステラの腕を取り、再び洞窟の奥に引き返した。
滝の音が小さくなり、ようやく声が聞こえるようになる。

「ステラ、見えただろう?あれが祭壇だ。二人だけで式をあげるのにぴったりだ」

イールが滝の音に負けない声量で叫んだ。
あそこが結婚式の会場なのかと、ステラは目を輝かせて頷いた。

「準備がある。ここで少し待てないか?」

イールの言葉にステラは目を丸くした。

「どうして?私も手伝える」

暗い洞窟で一人で待つのは不安だ。

「ここで待っていて欲しい。君を外に連れ出すのは危険だからだ。君は貴重な骨師で誰かに見つかれば奪われる可能性もある」

洞窟内は暗く、湿っている。
出口は滝の裏側で、外にでるならば滝つぼに飛び降りることになる。
入り口に戻るなら、一人で暗闇を進まなければならないし、地上に通じる割れ目を岩で塞がれていれば出られない。

もしイールが戻って来なければステラはここでミイラになるしかない。
これは愛を試されているのだろうかとステラは考えた。

「イール、わかった。待っている」

きっぱりと告げたステラに、イールは優しい口づけをした。

「迎えにくるよ」

イールは何も見えない暗闇の中を引き返していった。
それを見送ったステラは、壁際に置かれている袋に気が付いた。
イールがお腹にくくりつけてきた荷物だ。
袋を開けると、わずかな携帯食と水の入った水筒、さらに寝袋まで入っていた。
不安な気持ちを押し殺し、ステラは寝袋を取り出すとその中にくるまった。


――

 ステラが骨屋から消え、三日が経った。

 骨師のステラの管理を任されているジルドは、通常三日、休憩なしで二日かかるところを一日で戻ってきた。
汗だくの馬から下りると、骨の階段を駆け上がろうとして動きを止める。
結界の外に男が立っていた。

「イール!結界内の行動は俺が監視している。ステラを連れ出したな?
結界内に家を建てさせ、ステラと住むことまで許してやったというのに、ずいぶん勝手なことをしてくれたな」

イールに迫ろうとして、ジルドはぴたりと足を止めた。
森の入り口に立つイールの傍にステラの姿がない。
どこかに隠しているのだ。

ステラを奪われていては、強く出ることができない。

「まさか、ステラを返さない気ではあるまいな?お前を捕え、拷問しなければならなくなるぞ」

探索者と骨師の関係は本来希薄なものだ。
国に監視され、結界から出られない骨師と探索者では、友人になるのも難しい。

それなのに、全てを見られても構わないとイールはステラに迫り、ジルドの許しを得て結界内に小さな家を建てて住み始めた。
夜の生活を監視し、耳が腐りそうな甘い言葉を何度も聞かされてきたジルドは、それでも静観を決め込んだ。

ステラが約束以上の仕事をしたからだ。
しかし全てを許してきた結果、この男を増長させたのだ。

「ステラはどこだ」

ジルドは鋭く問いかける。
イールは答えなかった。
不気味なほど静まり返り、その目だけが暗い炎を宿し燃えている。

ジルドが一歩踏み出した瞬間、イールの全身から殺気が噴き出した。
騎士として訓練を積んでいるジルドは即座に一歩引いた。

「お前、何者だ!」

一介の探索者にしては目つきが鋭いとは思っていたのだ。
冷え切った殺意を覗かせ、イールがようやく口を開いた。

「ガレー国の村からお前達がさらったシリラという名の骨師と引き換えだ」

途端にジルドの心臓が跳ね上がった。
内心の動揺と裏腹に、ジルドの顔から表情が消える。
全ての感情を封じ込め、ジルドは皮肉めいた微笑をわざとらしくひらめかせる。

「なるほど……我が国に滅ぼされたガレー国の人間か。シリラだと?お前はステラと結婚するつもりなど最初から無かったということか」

「ステラを返してやるだけではない。お前が金貨一枚で買い取った古代種の骨の座標も付けてやる。俺を捕まえて拷問してもいいが、その間にステラは死ぬぞ。彼女は自力では出られない場所にいる。食料も水もなく、あと三日も経てば死ぬかもしれない。マウリア国の大事な骨師を返してほしければシリラを連れて来い」

ステラを失えば骨師の管理人であるジルドは、大きな失態をおかすことになる。
国のために働く骨師は貴重であり、騎士が管理する骨師は特に優秀な働きをする。

ステラの前では見せたこともない鬼気迫る表情で、イールはジルドを見据えている。
シリラを取り戻すためなら命を捨てる覚悟なのだ。
となれば、大事な交換材料であるステラは無事だとジルドは考えた。

「生きているステラと交換だ」

念を押し、ジルドは踵を返すと馬にまたがった。
映像に残る結界の中には一歩も入らず、イールは黙って立っている。

やっかいなことになったと思いながらも、ジルドはそれを顔には出さず、再び王都に向けて馬を走らせた。


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