最後の選択者

丸井竹

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第一章 骨師を守る騎士

2.幸せの予感

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 結界の外は少し寂れた森だった。

 幼い日に骨師のもとに連れて来られてから一度も結界を出たことのないステラは、怯えるようにイールに抱き着いていた。

突然、イールは道を外れ、茂みの間をすり抜けた。
視界の悪い場所をかき分け突き進むと、その陰にステラを下ろす。

「ステラ、服と靴を用意した。着替えてくれ」

そこには分厚いブーツや旅に適した厚手の服が用意されていた。
ステラは素早くそれに着替え、久しぶりに湿った森の地面を自分の足で踏みしめた。

「久しぶり……。子供の頃拾われて以来よ。外には良い思い出もなかったから、もう一度外に出たいなんて思ったこともなかったけど」

「そうなのか?俺と外の世界に行くのは嫌か?」

イールの問いかけに、ステラは首を横に振った。

「まさか!うれしいの。こんな風に外に出る楽しみが出来るなんて思わなかった」

これが結界の外で過ごす最初で最後の機会になる。
ステラは木々の合間から空を見上げ、イールに力強く微笑みかけた。

「私を抱いて走るのは疲れるでしょう?私も自分の足で歩けるよ。どこに向かうの?」

二人は手を取り合うと森を歩き出した。

「山に登る。滝が流れ落ちているところに花が咲いていた。見たことがないだろう?いつか君を連れて行きたいと思っていた。それからその先の祭壇に向かう」

森の地面はでこぼこしており、茂みや張り出した木の根、木切れや岩など障害物がいたるところにある。歩き慣れていないステラは必死にイールについていく。

夕刻近い上に森は深く、なかなか出口は見えてこない。
日が暮れると、イールは足を止め野宿の準備に入った。

そこは風よけに丁度よい岩陰で、テントや食料が揃えられていた。
ステラは不思議そうに首をひねった。

「もしかして、イールはかなり前から私を結界の外に連れ出そうと計画していたの?」

鍋を火にかけ、用意しておいた食材でスープを作っていたイールはステラに笑いかけた。

「実はそうなんだ。滝の根元に花が咲いていたと言っただろう?花が枯れてしまう前に君を連れ出せないかと考えていた。ジルドに頼んで反対されたらその機会は永遠に失われてしまう。弟子の話が出て、もうこれは待てないと思ったんだ」

木の椀にスープをすくい、イールはステラに手渡す。
ステラは幸せそうに受け取った。

食事を終え、寝袋をテントの中に用意すると、イールはステラをそこに寝かせた。
火の番をするイールはテントに入らなかった。

「イールも寝た方がいいでしょう?交代で見張らない?」

「二、三日ぐらい寝なくても平気だ。俺が傍にいるから安心して寝ろ」

イールはステラを安心させるように、その頬に口づけをした。
物足りない顔をするステラにイールは優しく囁いた。

「ステラ、一緒に寝たいが我慢が出来なくなったら困る。せっかく結婚するのだから初夜を大切にしたい。それまで我慢してみないか?」

ステラはイールの首にしがみついた。

「嫌よ、イール。外に出ていられるのは三日間だけよ。自由な空の下で愛し合える機会も三日しかない。イール、あなたの生きている世界で私を抱いてよ」

少し躊躇ったイールは素早くテントに入り、ステラを薄いマットの上に横たえ、その上に覆いかぶさった。

「外の世界は危険だ。こうして愛し合っている間にも、何かに狙われるかもしれない」

テントは布張りで、焚火の明かりが透けて、テント内でも互いの顔が見えている。
野性的な顔立ちのイールの体はどこまでも逞しい。
整った顔立ちで細く引き締まったジルドとは違う美しさがある。

こんな素晴らしい戦士に愛されて本当に幸せだとステラは思った。
うっとりとイールを見上げ、口づけをねだる。

イールは困ったように顔をわずかに歪めながら、ステラに熱い口づけを落とす。

「ステラ、こんな風に雑な交わりはしたくない」

抵抗を試みるイールのズボンの紐をステラは既に解きにかかっていた。

「雑でもいい。イールお願い、愛して」

監視されない世界でステラは少し開放的な気分になっていた。
甘えるステラをイールは優しく抱きしめた。
唇で頬や喉に愛撫を受けると、ステラはうっとりと目を閉ざす。

子供時代に死にかけていたところを拾われたステラには家族がいない。
師匠はいたが、骨師の呪文をステラに教えると、あっという間に命の火を消してしまった。

探索者は骨師を国の道具だと思っている。
月に二回しか顔を出さないジルドも、ステラのことは管理すべき骨師としか見ていない。
ステラを一人の女として扱ってくれたのはイールだけだ。

イールはジルドに監視されているにも関わらず、臆することなくステラに愛を囁き純潔を奪った。
我儘を言って困らせても、愛してくれるのはイールだけだ。
ステラには愛された記憶がなく、愛を知らなかったが、イールが与えてくれるものが愛だと信じた。

体つきに似合わず、繊細な所作でイールはステラの服を脱がせた。
恥ずかしそうに両手で胸を隠そうとするステラの腕をすぐにイールが押さえつけてしまう。

「ステラ……」

こんな風に名前を呼んでくれるのもイールだけだ。
ステラは全身でイールの体を受けとめようと、大きく足を開いた。
その間にイールの太い腰が押し付けられる。

「もし魔獣が来たら私が餌になる。イールを守りたいの」

大きな温かい手がステラの乳房を優しく揉んだ。

「俺が剣を取って戦った方が早い」

イールのざらついた口元がステラの乳房に触れ、温かな唇が先端を嬲り始めると、ステラはうれしそうな声をあげた。
心も体もまるごと満たされていく喜びに浸り、ステラは恍惚とした表情でイールの顔を探す。
暗がりに見えるイールは幸福な顔をしていない。

いつも通り無愛想で、鋭い目を光らせた探索者だ。
どんな時も危険を察知しようと気を張っている。そうした男なのだ。
そんな強さも頼もしく感じ、ステラはイールに夢中だった。

「イール……私、愛されて結婚できるなんて思わなかった……」

「まだ出来るとは決まっていない。ジルドに見つかる前に急いで山を越えよう」

イールが乱暴に体を重ねる。
秘められた肉の間を熱い楔で貫かれ、ステラは小さな嬌声をあげ体をのけぞらせた。
その体をイールは強く抱きしめ、さらに深くステラの中に押し入った。
全身を駆け巡る甘い快感に身をまかせ、ステラは例えようもない幸福に酔いしれた。

――

 ステラの骨屋を出て二日目、マウリア国の王城に神力の結晶を届け終えたジルドは、骨師を管理するボルド騎士団の監視棟で同僚のブルノーにばったり出会った。

「ジルド、久しぶりだな。東渓谷の骨師の担当だったな。本当にうらやましいな」

ブルノーの言葉にジルドは渋い顔をした。

「お前は王城のすぐ傍じゃないか。配属先を知った時は左遷されたのかと思ったぞ」

ブルノーは王城に最も近い古代種の骨に住む骨師を担当している。
ジルドは担当骨師のところから王城まで三日もかかるのだ。

「うらやましいと言ったのは場所のことじゃない。担当する骨師のことだ。まだ子供のような若い女と聞いた。もう骨抜きにしたのか?お前に従うようにしっかりしつけていると聞いているぞ」

「まさか」とジルドは嫌な顔をした。

「若い女だが、気品も女らしさの欠片もない。俺が手を出すわけがない」

今度はブルノーが「まさか」といった顔をした。

「お前の好みの問題じゃない。管理する能力の問題だ。気に入った女は担当する骨師に気づかれないように外で持てばいい。骨師を骨抜きにするのも仕事のうちだぞ。知らないのか?」

あっという間に成果を出したジルドは知らなかった。
仕事内容は担当骨師に神力の結晶を作らせることだ。
上官から褒められることはあっても、怒られたことはない。

「成果は出している。別に俺が相手をしなくても他に相手もいる」

怪訝な顔をしたブルノーはジルドを連れて、通路を外れた物陰に移動した。

「ジルド、お前は訓練生時代から優秀な男だ。それ故あまり人に教わったことがないだろう。
この役割についてまさか渡された資料しか読んでいないのか?」

ジルドは黙って頷く。

「そうか……。さっき上官が話していたのを聞いた。お前のところに大量の骨が送られたそうだな。
骨師が一年がかりで結晶化する量らしい。お前は無理だとも言わずに黙って引き受けた。上官たちは噂していたぞ。どうやって骨師を働かせているのかと。
骨師を監視する騎士をどうやって選んでいると思う?
国への忠誠心だけじゃない。一番重要なのは容姿だ。お前は特に女受けする顔立ちだ。その嘘くさい顔も悪くない。女を骨抜きにするための技術を磨くために娼館に通う隊員もいると知っているか?」

嫌そうな顔で黙っているジルドにブルノーは軽くため息をついた。

「そんな真似をしなくてもうまくいっていると言いたいのだろう?だが気を付けろよ。骨師は感情に流されやすく、愛に溺れやすい。骨師の弟子になる者は大抵そうした特徴を持つ。奪われないように気を付けろ」

その時、ジルドは初めてポケットの中の魔道具の存在に気が付いた。
結界に異常があった時に知らせてくれるものだが、ステラの担当になってから問題が起こったことがないため、確認作業を怠っていた。
骨師に何かあればジルドは、処罰ものだ。急に不安になったが、ジルドは平静を装った。

「わかった。いろいろ教えてくれてありがとう」

「ああ。何かあれば相談しろよ。お前、上に報告するの苦手だろう?」

同僚のブルノーに感謝するように片手をあげ、ジルドは急いでその場を離れた。
王城にある自室に飛び込み、ポケットからペン型の監視通報装置を取り出す。
操作すると、ステラのいる結界内の映像が浮かび上がる。

骨屋にイールが飛び込んできて、結婚式を挙げようとステラを説得し、二人で結界を乗り越えたところで映像が切れた。
ジルドは憂鬱な溜息をついた。
ブルノーの言葉通りになった。誘惑され骨抜きにされた骨師がさらわれたのだ。

しかし映像の中で二人は、三日で戻ると話している。
三日分の仕事の遅れはどのぐらいの損失になるだろうかとジルドは頭の中で計算し、やはり連れ戻すしかないと考えた。
順調に出世しているし、他の骨師が結晶化に一年もかかる量の骨を任されたのだ。
これは同僚たちを引き離す絶好の機会だ。

すぐに自室を出ると、上官のもとに向かう。
骨師を連れ出されたことがばれたら、降格処分か、あるいは処刑されるかもしれない。
ジルドは上官の部屋の扉を叩いた。

「ジルドです」

高い成果をあげているジルドの訪問を総団長のアロルドは歓迎した。

「お前の骨師は優秀な仕事をしているようだな。うまく手懐けているようだと先ほどまで噂をしていた」

その骨師に逃げられたなどとても言い出せる雰囲気ではなく、ジルドは表情を引き締めた。

「実は数日の休暇を頂きたく、その申請に参りました。骨師に弟子をつけたいと考えております」

「弟子探しか、そうだな。そこが一番大変なところだ。感情に流されやすい、甘い人間がその素質を持つ。そういう人間は大抵成功しないものだ。
孤児院や集落でつまはじきにされているような者を探してみるといい。あと、これは大事なことだ」

アロルドが言葉を切った。

「弟子になれなかった子供は処分しろ。戻せなければ殺すしかない」

冷酷な言葉だったが、ジルドは顔色一つ変えなかった。
室内には上官たちが並んでおり、さりげなくジルドの様子を窺っている。騎士として国の歯車になれる男かどうか試されているのだ。

「了解しました」

いつもの皮肉めいた微笑をひらめかせ、ジルドは澄まして頭を下げた。
上官たちの反応は悪くなかった。

「期待しているぞ」

アロルドの言葉にジルドは自信たっぷりに胸を張ってみせると、速やかに退室した。


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