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第一章 骨師を守る騎士
12.冷たい男
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三か月が経った頃、ジルドは体調を崩しているステラのために、旅を一時中断することに決めた。
それ以外のことに関しては、旅は順調だった。
奴隷のイールは、商人の護衛として申し分ない働きをした。
通りで簡易屋台を組み立てるのも速くなり、撤収作業や馬車の車輪交換もうまくなった。
重い荷物も運べるし、ジルドも取り扱う商品の数を増やすことができた。
しかし旅の目的は骨師であるステラを生かし、隠し続けることだ。
健康を損ない、命を失うようなことがあれば目的を遂げることは出来ない。
小さな雑木林の中に拠点を構え、ジルドは地図を開いた。
治癒師のいそうな場所を探し、偵察に行かなければならない。
手元の薬は試したが、ステラの体調は回復しなかった。
「まさかと思うが、古代種の骨で神力の結晶を作ってはいないだろうな?あれは骨師の寿命を縮める。お前を奪われないように大切に隠すように命じられているのだ。体調を崩されては困る」
もとから骨師は短命だ。それでなくてもステラは働き過ぎていたことをジルドは思い出した。
「でも私が死んだら、ジルドは自由になれるでしょう?イールも帰りたい場所に帰れるし……」
ステラは青い顔で火の傍に横たわっている。その声はあまりにも弱々しかった。
「自由だと?そんな物は望んでいない。俺は……自分の役目をきっちり果たしたいだけだ」
「役目って……国もないのに?ジルドは……出世がしたいの?」
心底不思議そうにステラはか細い声で問いかける。
ジルドにもそれはよくわからない。
しかし、弱り切ったステラの前で、ジルドは思わずその心の一端を晒した。
「面倒なことが嫌だから骨師を監視する仕事を選んだのだ。こんなことになるとわかっていたらわざわざ選んでこの役目を受けたりはしなかった。俺は……そうだな……」
ジルドは揺れる炎を眺めながら、ふと自分のことを語りだした。
「俺は昔から人に興味が持てなかった。母親には冷たい子供だと言われ、あまり構われなかったな。何も思わなかった。人と親しく接するのが苦手なのだ。
だから命じられたことだけしている方が楽でいい。決められた道をきちんと進めば、何かをやり遂げている気にもなる。
人に興味がないのに戦いなどに興味を持てるわけがない。
お前が恋愛に現を抜かし、騙された時も、馬鹿な女だと思った。なぜ傷つくようなことをわざわざするのかと思った。自分が制御できないものに関心を持つなど信じられない。
人を好きになることもなければ、戦いにも熱心になれない。この仕事がむいているかどうかわからないが、お前の管理は楽で良かった。
お前とは月に二度程度しか顔を合わせないし、指示を出せばお前はその通りに仕事をした。
あとは弟子を探すふりをして、適当に骨を集めて上の連中に顔を売って愛想よくしておけば、一人でぶらぶら暮らしていけた。商人の生活は面倒なことばかりだが、所詮は心のないやりとりだ。
相手の心を読んで、適当に転がしておけばなんとかなる。そう考えれば楽な道とも言えなくはないな」
「私にも興味がないの?」
ステラの問いかけに、ジルドは眉を潜めた。
「興味?お前を人としてみたことはない。今の俺の仕事はお前を管理することだ。死なれては困る」
人として大切にされているわけではないのかと、ステラは納得した。
「女の人を抱いたことはある?」
「名前も顔も覚えられない女は穴と同じだ」
ジルドはきっぱりと言った。
「それより、早く寝ろ。これ以上体調を崩されたら困る」
ステラは眠り、ジルドは不機嫌な顔で黙り込んだ。イールはやはり少し離れたところに座っていた。
夜明け前、イールは異変に気付き、ジルドを揺り起こした。
無言で飛び起きたジルドは真っ先にステラに目を向けた。
最後に見た時と同じように、ステラは寝袋から頭を出して横たわっている。
呼吸もしているが、その顔色は真っ青だった。
しかも寝袋の下の部分が深紅に染まっている。
眠っている間に暗殺されたのかと、ジルドは急いで寝袋をめくった。
しかし、赤く染まっていたのはステラの下半身だけだった。
寝袋の方にも傷はない。
ジルドは地図を開いた。
「イール、治癒師を呼びに行ってもらう。今場所を教える」
素早くイールはジルドの横から地図を覗き込む。
ステラは青白い顔で、すがるように手を伸ばした。
「ジルド……助けてくれるの?ねぇ……赤ちゃんがいるの……絶対助けて……」
驚愕したジルドは、素早く立ち上がり荷物を漁り始めた。
「子供だって?!馬鹿な。だったら早い。堕胎薬がある。全部出してしまえばきれいになる」
「や、やめて!助けてよ!ねぇ、助けて!治癒師を呼んでくれるのでしょう?」
今にも意識を失いそうな青い顔でステラは懇願した。
ジルドが怒りに顔を染め、イールを振り返った。
「まさかお前!」
毎日見張り、厳しく管理しているステラが子供を作るとなれば相手はイールしかいない。
ステラは急いで否定した。
「ち、ちがう!奴隷を買う時に体を売ったの……。言ったでしょう?……自分で稼いだお金で買ったって。あの時の、兵隊さんたちの誰かの子供よ……。でも、私の子供よ。助けてよ……」
体調が悪くなってから、ステラはその可能性を考えずっとジルドに黙っていたのだ。
相談すれば、旅の邪魔になるからと殺されてしまうことを恐れていた。
おろせなくなるまで隠し通す気だったのだ。
ますますどうでもいい話だとジルドは舌打ちしながら、目当ての薬を見つけるとコップに入れて水に溶かす。
「お前だけでもやっかいなのに、子供まで抱えられるわけがない。俺が命じられているのはお前の管理だけだ。俺の任務を邪魔するものは必要ない」
ステラはジルドの手元を泣きながら見つめ、必死にすがった。
「お願いよ……この子だけなの。この子だけなのよ。助けてよ……ジルド!あなたのために、なんでもしてきたじゃない!結晶だって、あれは命を削って……」
すすり泣きながら、ステラは訴えた。
その体を抱き起し、ジルドはカップをステラの口元に近づけた。
「どこの誰の子かもわからない子供など、産んでどうする。助ける価値など無い」
ステラは薬を飲むまいと、震える手で口元を隠した。
弱りながらも、決死の目を向けてくるステラに、ジルドはさらに冷酷な言葉を告げた。
「ならば治癒師を連れてくる。ただし、その治癒師は生きては返せない。お前のことを知られることになる。治療後は、殺すしかない」
大粒の涙がステラの頬を伝って落ちた。
首を横に振る。
「生まれてくる子が骨師の才能を持っていれば、それは貴重な存在だ。だが、骨師はなぜかその能力を受け継ぐ子供を産めない。だから弟子を探す。それは長い歴史を見ても明らかなことだ。お前の産む子供に価値はない」
弱り切っているステラの手が、ばねのように跳ね上がり、ジルドの手にしているカップを叩いた。カップはジルドの手から叩き落とされ、薬を溶かした水が地面に染みこんでいく。
「価値はある。この子は私の子よ。私が一人で守る。もう誰も呼ばなくていい。だけど今日は一日休ませてよ」
苦痛の表情を浮かべながらも、はっきりとした口調でステラは叫び、這うように血に濡れた寝袋に戻ると背中を丸めた。
草がざわつくような言葉にならない声が聞こえ、ほのかな光が一瞬寝袋を包んだ。
ジルドはイールに薪を運んでくるように命じた。
イールが消えると、ジルドは意識を失っているステラの寝袋を開いた。
古代種の骨もないのに神力の結晶が生まれている。
それは下腹部を守るように添えられたステラの手の下に出来ていた。
命を削った魔力の塊だが、残念なことにその力は骨師自身には使えないのだ。
ここに治癒師がいて、それを使えば効果はあったかもしれないが、ステラでは使えない。
ジルドは再びカップに薬を入れた。
水を入れ、ゆっくり溶かす。
その作業を行うジルドの心には何の感情も存在していなかった。
僅かな木切れを集めて戻ってきたイールが見たものは、泣き続けるステラと、冷徹な顔で傍らに座るジルドだった。
焚火の傍にはカップが置かれている。
新しく開けられた薬の包みが火に投げ込まれた。
イールが薪を火の傍に置くと、すぐにジルドが命じた。
「水場を探して来い。洗う場所がなければ血に染まった物は埋めていく」
血の匂いにつられ獣が寄ってくる可能性がある。
三人はすぐにそこを離れた。
動けなくなったステラをジルドが腕に抱き、荷物は全部他の小獣に積み込む。
イールは乗れる小獣がいなくなり、後ろからついて歩いた。
次の隠れ家に移ると、ジルドはそこでステラの体調が落ち着くのを待った。
丸三日、ステラは口をきかなかった。
ジルドはいつも通り淡々と任務をこなした。
食べさせ、飲ませ、それから生きていけるように骨師の世話をする。
四日目の夜、ステラは真っ暗な空を見上げて、ジルドに話しかけた。
「ジルド……。どうして私を売らないのか、私、ずっとあなたのことが不思議だったけど……でも……ありがとう。傍にいてくれて……。あなたはずっと一緒にいてくれるのね……」
ジルドはいつも通りの反応だった。
「それが仕事だからだ。お前を担当していなければ俺はここにはいない」
口減らしのためにステラを捨てた村の女、道具としてしかステラを見ていないジルド、それからステラの心を利用し、殺そうとしたイール。
ステラの世界にはその三人しかいない。
ステラはお腹にそっと手を触れた。
唯一愛を注ぐことの出来る存在になったかもしれない、その子はあっという間に消えてしまった。
自分を愛してくれる人は誰もいないはずなのに、ずっと傍にいるジルドはステラにとって不思議な存在だった。
「ジルド……」
手を繋いで欲しいと言いそうになり、ステラは口を閉ざした。そういう関係でもない。
「骨師は子供を産めないの?」
「聞いたことがないな。長年の研究で能力は継承されないことがわかっている。子供を産ませる意味がなかったから、骨師が子供をもった記録もないのかもしれないな」
あっさりとジルドは答えた。
もし、イールとの間に子供が出来ていても、殺されたのかもしれないとステラは静かに考えた。
殺したのはジルドではなく、イールだったかもしれない。
利用しただけのステラの子供などイールは望まないだろう。
ステラはもう何も考えまいと目を閉じた。
ジルドは旅を再開し、ステラは少しずつ体調を回復させていった。
相変らずいたるところで戦いが続いていた。
デルマド国の圧勝と思われた戦争も流れが変わり、三人は大陸を逃れ港町にやってきた。
ステラは店番をし、愛想よく客の相手をして情報を収集した。
イールはその傍らに立って護衛を務めた。
骨師は幻の存在になりつつあった。
強国が取り合い、それは王城にしかいないような存在だと噂されるようになった。
その噂をステラは黙って聞いていた。
堕胎薬を売る時は、少しだけ手が震え涙ぐんだ。
そんなある日、港町にデルマド国の兵士たちが入ってきた。
和平に向けた話し合いを持つための会場を探しているという噂を聞いた。
ジルドはまた戦になるかもしれないと、地図を広げ、次に向かう町を考え始めた。
何度も国境がかわり、町も生まれては滅びる。地図は書き込みで真っ黒だった。
「せっかく慣れてきた町なのに、また離れるの?」
もうマウリア国の名前すら聞かなくなった。マウリア国に滅ぼされたイールの故郷も、今どこの国の領土になっているのかわからない。
「そういえば東がどうのと言っていたな」
次の町を検討していたジルドは、ステラが東の村を追い出され、森に捨てられた話をしていたことを思い出した。
名もない小さな村は滅びていれば隠れ家になるし、まだ残っていれば敵の目につきにくいということだ。
しかし、ステラは力なく首を横に振った。
「行きたくない。私を捨てた村だから……今更顔を見せる必要もないでしょう……」
ステラは高山の町で出会った物乞いの女のことを思い出し、顔を曇らせた。生きているだけで、まさか恨まれるとは思いもしなかった。
「ねぇ、そろそろ私を売ったら?すごく貴重らしいじゃない……」
心細そうなステラの声をジルドは不機嫌に遮った。
「売ったらここまで隠して守ってきた意味がないだろう」
その言葉に、ステラはうれしそうに微笑んだ。生きていても良いと言ってくれるのはジルドだけだ。
「ジルド、ありがとう」
ジルドは地図を睨みながら、考えの邪魔になるからあっちに行けと手を振った。
港町は異国の人間が溢れ、身を隠すには最適だった。
しかしその分中央の情報は入って来づらい。ジルドは珍しく迷っていた。
それ以外のことに関しては、旅は順調だった。
奴隷のイールは、商人の護衛として申し分ない働きをした。
通りで簡易屋台を組み立てるのも速くなり、撤収作業や馬車の車輪交換もうまくなった。
重い荷物も運べるし、ジルドも取り扱う商品の数を増やすことができた。
しかし旅の目的は骨師であるステラを生かし、隠し続けることだ。
健康を損ない、命を失うようなことがあれば目的を遂げることは出来ない。
小さな雑木林の中に拠点を構え、ジルドは地図を開いた。
治癒師のいそうな場所を探し、偵察に行かなければならない。
手元の薬は試したが、ステラの体調は回復しなかった。
「まさかと思うが、古代種の骨で神力の結晶を作ってはいないだろうな?あれは骨師の寿命を縮める。お前を奪われないように大切に隠すように命じられているのだ。体調を崩されては困る」
もとから骨師は短命だ。それでなくてもステラは働き過ぎていたことをジルドは思い出した。
「でも私が死んだら、ジルドは自由になれるでしょう?イールも帰りたい場所に帰れるし……」
ステラは青い顔で火の傍に横たわっている。その声はあまりにも弱々しかった。
「自由だと?そんな物は望んでいない。俺は……自分の役目をきっちり果たしたいだけだ」
「役目って……国もないのに?ジルドは……出世がしたいの?」
心底不思議そうにステラはか細い声で問いかける。
ジルドにもそれはよくわからない。
しかし、弱り切ったステラの前で、ジルドは思わずその心の一端を晒した。
「面倒なことが嫌だから骨師を監視する仕事を選んだのだ。こんなことになるとわかっていたらわざわざ選んでこの役目を受けたりはしなかった。俺は……そうだな……」
ジルドは揺れる炎を眺めながら、ふと自分のことを語りだした。
「俺は昔から人に興味が持てなかった。母親には冷たい子供だと言われ、あまり構われなかったな。何も思わなかった。人と親しく接するのが苦手なのだ。
だから命じられたことだけしている方が楽でいい。決められた道をきちんと進めば、何かをやり遂げている気にもなる。
人に興味がないのに戦いなどに興味を持てるわけがない。
お前が恋愛に現を抜かし、騙された時も、馬鹿な女だと思った。なぜ傷つくようなことをわざわざするのかと思った。自分が制御できないものに関心を持つなど信じられない。
人を好きになることもなければ、戦いにも熱心になれない。この仕事がむいているかどうかわからないが、お前の管理は楽で良かった。
お前とは月に二度程度しか顔を合わせないし、指示を出せばお前はその通りに仕事をした。
あとは弟子を探すふりをして、適当に骨を集めて上の連中に顔を売って愛想よくしておけば、一人でぶらぶら暮らしていけた。商人の生活は面倒なことばかりだが、所詮は心のないやりとりだ。
相手の心を読んで、適当に転がしておけばなんとかなる。そう考えれば楽な道とも言えなくはないな」
「私にも興味がないの?」
ステラの問いかけに、ジルドは眉を潜めた。
「興味?お前を人としてみたことはない。今の俺の仕事はお前を管理することだ。死なれては困る」
人として大切にされているわけではないのかと、ステラは納得した。
「女の人を抱いたことはある?」
「名前も顔も覚えられない女は穴と同じだ」
ジルドはきっぱりと言った。
「それより、早く寝ろ。これ以上体調を崩されたら困る」
ステラは眠り、ジルドは不機嫌な顔で黙り込んだ。イールはやはり少し離れたところに座っていた。
夜明け前、イールは異変に気付き、ジルドを揺り起こした。
無言で飛び起きたジルドは真っ先にステラに目を向けた。
最後に見た時と同じように、ステラは寝袋から頭を出して横たわっている。
呼吸もしているが、その顔色は真っ青だった。
しかも寝袋の下の部分が深紅に染まっている。
眠っている間に暗殺されたのかと、ジルドは急いで寝袋をめくった。
しかし、赤く染まっていたのはステラの下半身だけだった。
寝袋の方にも傷はない。
ジルドは地図を開いた。
「イール、治癒師を呼びに行ってもらう。今場所を教える」
素早くイールはジルドの横から地図を覗き込む。
ステラは青白い顔で、すがるように手を伸ばした。
「ジルド……助けてくれるの?ねぇ……赤ちゃんがいるの……絶対助けて……」
驚愕したジルドは、素早く立ち上がり荷物を漁り始めた。
「子供だって?!馬鹿な。だったら早い。堕胎薬がある。全部出してしまえばきれいになる」
「や、やめて!助けてよ!ねぇ、助けて!治癒師を呼んでくれるのでしょう?」
今にも意識を失いそうな青い顔でステラは懇願した。
ジルドが怒りに顔を染め、イールを振り返った。
「まさかお前!」
毎日見張り、厳しく管理しているステラが子供を作るとなれば相手はイールしかいない。
ステラは急いで否定した。
「ち、ちがう!奴隷を買う時に体を売ったの……。言ったでしょう?……自分で稼いだお金で買ったって。あの時の、兵隊さんたちの誰かの子供よ……。でも、私の子供よ。助けてよ……」
体調が悪くなってから、ステラはその可能性を考えずっとジルドに黙っていたのだ。
相談すれば、旅の邪魔になるからと殺されてしまうことを恐れていた。
おろせなくなるまで隠し通す気だったのだ。
ますますどうでもいい話だとジルドは舌打ちしながら、目当ての薬を見つけるとコップに入れて水に溶かす。
「お前だけでもやっかいなのに、子供まで抱えられるわけがない。俺が命じられているのはお前の管理だけだ。俺の任務を邪魔するものは必要ない」
ステラはジルドの手元を泣きながら見つめ、必死にすがった。
「お願いよ……この子だけなの。この子だけなのよ。助けてよ……ジルド!あなたのために、なんでもしてきたじゃない!結晶だって、あれは命を削って……」
すすり泣きながら、ステラは訴えた。
その体を抱き起し、ジルドはカップをステラの口元に近づけた。
「どこの誰の子かもわからない子供など、産んでどうする。助ける価値など無い」
ステラは薬を飲むまいと、震える手で口元を隠した。
弱りながらも、決死の目を向けてくるステラに、ジルドはさらに冷酷な言葉を告げた。
「ならば治癒師を連れてくる。ただし、その治癒師は生きては返せない。お前のことを知られることになる。治療後は、殺すしかない」
大粒の涙がステラの頬を伝って落ちた。
首を横に振る。
「生まれてくる子が骨師の才能を持っていれば、それは貴重な存在だ。だが、骨師はなぜかその能力を受け継ぐ子供を産めない。だから弟子を探す。それは長い歴史を見ても明らかなことだ。お前の産む子供に価値はない」
弱り切っているステラの手が、ばねのように跳ね上がり、ジルドの手にしているカップを叩いた。カップはジルドの手から叩き落とされ、薬を溶かした水が地面に染みこんでいく。
「価値はある。この子は私の子よ。私が一人で守る。もう誰も呼ばなくていい。だけど今日は一日休ませてよ」
苦痛の表情を浮かべながらも、はっきりとした口調でステラは叫び、這うように血に濡れた寝袋に戻ると背中を丸めた。
草がざわつくような言葉にならない声が聞こえ、ほのかな光が一瞬寝袋を包んだ。
ジルドはイールに薪を運んでくるように命じた。
イールが消えると、ジルドは意識を失っているステラの寝袋を開いた。
古代種の骨もないのに神力の結晶が生まれている。
それは下腹部を守るように添えられたステラの手の下に出来ていた。
命を削った魔力の塊だが、残念なことにその力は骨師自身には使えないのだ。
ここに治癒師がいて、それを使えば効果はあったかもしれないが、ステラでは使えない。
ジルドは再びカップに薬を入れた。
水を入れ、ゆっくり溶かす。
その作業を行うジルドの心には何の感情も存在していなかった。
僅かな木切れを集めて戻ってきたイールが見たものは、泣き続けるステラと、冷徹な顔で傍らに座るジルドだった。
焚火の傍にはカップが置かれている。
新しく開けられた薬の包みが火に投げ込まれた。
イールが薪を火の傍に置くと、すぐにジルドが命じた。
「水場を探して来い。洗う場所がなければ血に染まった物は埋めていく」
血の匂いにつられ獣が寄ってくる可能性がある。
三人はすぐにそこを離れた。
動けなくなったステラをジルドが腕に抱き、荷物は全部他の小獣に積み込む。
イールは乗れる小獣がいなくなり、後ろからついて歩いた。
次の隠れ家に移ると、ジルドはそこでステラの体調が落ち着くのを待った。
丸三日、ステラは口をきかなかった。
ジルドはいつも通り淡々と任務をこなした。
食べさせ、飲ませ、それから生きていけるように骨師の世話をする。
四日目の夜、ステラは真っ暗な空を見上げて、ジルドに話しかけた。
「ジルド……。どうして私を売らないのか、私、ずっとあなたのことが不思議だったけど……でも……ありがとう。傍にいてくれて……。あなたはずっと一緒にいてくれるのね……」
ジルドはいつも通りの反応だった。
「それが仕事だからだ。お前を担当していなければ俺はここにはいない」
口減らしのためにステラを捨てた村の女、道具としてしかステラを見ていないジルド、それからステラの心を利用し、殺そうとしたイール。
ステラの世界にはその三人しかいない。
ステラはお腹にそっと手を触れた。
唯一愛を注ぐことの出来る存在になったかもしれない、その子はあっという間に消えてしまった。
自分を愛してくれる人は誰もいないはずなのに、ずっと傍にいるジルドはステラにとって不思議な存在だった。
「ジルド……」
手を繋いで欲しいと言いそうになり、ステラは口を閉ざした。そういう関係でもない。
「骨師は子供を産めないの?」
「聞いたことがないな。長年の研究で能力は継承されないことがわかっている。子供を産ませる意味がなかったから、骨師が子供をもった記録もないのかもしれないな」
あっさりとジルドは答えた。
もし、イールとの間に子供が出来ていても、殺されたのかもしれないとステラは静かに考えた。
殺したのはジルドではなく、イールだったかもしれない。
利用しただけのステラの子供などイールは望まないだろう。
ステラはもう何も考えまいと目を閉じた。
ジルドは旅を再開し、ステラは少しずつ体調を回復させていった。
相変らずいたるところで戦いが続いていた。
デルマド国の圧勝と思われた戦争も流れが変わり、三人は大陸を逃れ港町にやってきた。
ステラは店番をし、愛想よく客の相手をして情報を収集した。
イールはその傍らに立って護衛を務めた。
骨師は幻の存在になりつつあった。
強国が取り合い、それは王城にしかいないような存在だと噂されるようになった。
その噂をステラは黙って聞いていた。
堕胎薬を売る時は、少しだけ手が震え涙ぐんだ。
そんなある日、港町にデルマド国の兵士たちが入ってきた。
和平に向けた話し合いを持つための会場を探しているという噂を聞いた。
ジルドはまた戦になるかもしれないと、地図を広げ、次に向かう町を考え始めた。
何度も国境がかわり、町も生まれては滅びる。地図は書き込みで真っ黒だった。
「せっかく慣れてきた町なのに、また離れるの?」
もうマウリア国の名前すら聞かなくなった。マウリア国に滅ぼされたイールの故郷も、今どこの国の領土になっているのかわからない。
「そういえば東がどうのと言っていたな」
次の町を検討していたジルドは、ステラが東の村を追い出され、森に捨てられた話をしていたことを思い出した。
名もない小さな村は滅びていれば隠れ家になるし、まだ残っていれば敵の目につきにくいということだ。
しかし、ステラは力なく首を横に振った。
「行きたくない。私を捨てた村だから……今更顔を見せる必要もないでしょう……」
ステラは高山の町で出会った物乞いの女のことを思い出し、顔を曇らせた。生きているだけで、まさか恨まれるとは思いもしなかった。
「ねぇ、そろそろ私を売ったら?すごく貴重らしいじゃない……」
心細そうなステラの声をジルドは不機嫌に遮った。
「売ったらここまで隠して守ってきた意味がないだろう」
その言葉に、ステラはうれしそうに微笑んだ。生きていても良いと言ってくれるのはジルドだけだ。
「ジルド、ありがとう」
ジルドは地図を睨みながら、考えの邪魔になるからあっちに行けと手を振った。
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――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
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