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第一章 骨師を守る騎士
16.奪われた道
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「私は商売がしたいだけなのですが……」
ジルドは神力の結晶が入った包みを懐から取り出した。
と、その瞬間周囲に隠れていた気配が一斉に飛び出した。
襲い掛かってきた剣を受けとめたジルドは、すぐにそれが訓練を受けた兵士の動きだと気がついた。
後ろに飛び退りながら、包みを思い切り遠くへ投げつける。
数名が投げ出された包みを追い、残りがジルドに向かってくる。
多勢に無勢ではやはり分が悪い。
どこかに退き一人ずつ殺さなければならない。
しかしそこは廃墟であり、足場が悪くそこを根城にしている賊の方に地の利があった。
不利な戦いを強いられながらもジルドは襲い掛かってくる賊を数名跳ねのけた。
「ジルド!手を貸すぞ!」
突然、孤児院の裏手から黒いローブを跳ね上げ、一人の男が飛び出した。
見慣れない男の姿に、ジルドは敵か味方か判断できないまま、賊を一人打ち破る。
「第七のブルノーだ!」
戦闘に加わった黒ローブの男が叫ぶ。
マウリア国の同僚だった男だとジルドはようやく思い出した。
となれば、あとは訓練通りだ。
騎士だった頃の記憶などすっかり忘れたと思っていたが、懐かしい仲間と背中を合わせればその呼吸を思い出す。
互いに力を合わせ、あっという間に廃墟となった孤児院を根城にしていた盗賊たちを切り伏せた。
一人残った老婆の首をジルドが容赦なく切り捨てると、二人はようやく落ち着いて顔を合わせた。
「ブルノーか?本当に?」
失われた祖国での暮らしを思い出し、ジルドは安堵して手を差し出した。
その手をブルノーが固く握る。
「ジルド、生き延びていたとはな。しかも、まだ骨師を売っていないのか?」
一瞬、ジルドの顔が強張ったが、すぐにいつもの冷淡な笑みを浮かべる。
「お前はどうした?同じ命令を受けていたはずだ。お前の担当している骨師はどこにいる?」
「ハハハ」
ブルノーは崩れた壁に腰を下ろした。
「命令だって?祖国はとうに滅びている。その命令にいまさら何の意味がある。
だが、ちょっと売り先を決める時期を誤ったな。デルマド国が優勢だと思ったが、ズイール国が現れ、今はリーダム軍だ。どうだ?ジルド、山分けしないか?」
ジルドは用心深く、ブルノーをじっと見据える。
「どういう意味だ?」
「骨師の売り先だよ。それぞれズイールとリーダム軍に話を持ち掛け、高い値段を付けたほうに売るのさ。金の重さで買い取ってもらおう。硬貨の価値は定まらない」
ジルドが放り出した神力の結晶を地面から拾い上げ、ブルノーはそれを包みから取り出した。
美しい魔力の結晶を手にすると、ブルノーは舌なめずりをした。
「懐かしいな。昔はこんなものを十も二十も運んでいた。敗戦国から連れてきた骨師の体は具合も良かった。ああ……あの頃の栄光を取り戻せるとしたら……ジルド、もう一度騎士として生きられる道があるとしたらどうだ?骨師さえいれば富も栄誉も思いのままだ」
ブルノーは同じ貴族であり、代々骨師の管理を引き受けていた由緒正しい家柄だ。
しかしその礎となる家は消え、国の再興の目途すらたっていない。
すっかりやさぐれ、その全身に投げやりな生き方が滲み出ている。
形にこだわっていた黒髪はべたついてごわつき、暗い顔つきと丸めた背中は、地獄の底を覗いているかのような物騒な雰囲気に包まれている。
何一つ思うようにいかない人生に苛立ちと怒りを溜め込み、それは今、手に抱えた神力の結晶に向けられている。
「これがあれば……もう一度思い通りに生きられる。そうは思わないか?」
影を宿すブルノーの目がジルドを見上げ、口元に暗い笑みを浮かべる。
「お前の骨師はどこにいる?」
ジルドの問いかけに、ブルノーは答えなかった。
数名の盗賊をあっという間に切り伏せたブルノーの腕は衰えていない。
一方、ジルドは商人をうまく演じるために、騎士らしさを消し続けてきた。
多少かんを取り戻したとしても、ブルノーには勝てない。
そう思いながらも、ジルドは剣を構えた。
ブルノーも立ち上がり、剣を構える。
互いに訓練を重ねてきた武人であり、その構えや気迫といったもので実力差はだいたいわかってしまう。
勝利を確信し、ブルノーは神力の結晶を崩れた壁の上に置いた。
一歩踏み出し、互いに三歩睨み合いながら横に移動した。
ブルノーの足の下で、踏みつけられた小石がジャリっと鳴った。
夕暮れ間近の廃屋の前で、二人の男が殺気を漲らせ走り出した。
その頃、イールはステラを抱いて町はずれに向かっていた。
物騒な気配が肌に迫り、イールはステラをどこかに隠すべきか迷った。
空は次第に暗くなり、廃墟であるため足場も悪い。何かにぶつかり、転べばステラに怪我をさせてしまう。
イールはステラを地面に下ろした。
「どこか物陰に隠れていられるか?」
ステラを守ることがイールの役目だが、さすがにここまでくればジルドとステラ、どちらが危険な状況にあるかイールにはわかっていた。
イールの言葉にステラはすぐに頷いた。
「行って!大丈夫。絶対誰にも見つからないように追いかけるから!」
イールが暗くなってきた荒れた道を走り出す。
砕けた岩や伸び放題の茂み、崩れ落ちそうな廃屋の中をまるで平面を走り抜けるように進んでいく。
探索者として岩山を飛び越え、荒れた大地を旅した経験がイールには染みついている。
ステラはイールの消えた方角に向けて慎重に歩き出す。
背後を振り返り、周囲に気を配りながら、ステラは地面の上を四つん這いになりながら追いかけた。
ブルノーとジルドの戦いは決着の時を迎えていた。
切り裂かれた腹を押さえ、ジルドは片膝を大地に落としている。
ブルノーはその前に立ちはだかり、血に濡れた剣を振り上げた。
その刃の前に、ジルドは自ら飛び込んだ。
背中を切りつけられながら、突き出した短剣でブルノーの足を切り裂き押さえ込む。
「うわああああっ」
ブルノーは痛みにのけぞり、地面に背中から倒れた。
致命傷にはならなかったが、ジルドは短剣で何度もブルノーの足を突き刺した。
痛みから逃れようと、ブルノーも剣を振り上げる。
ジルドは痛みに怯んだりしなかった。
素早く上から襲ってきた剣を跳ねのけ、その勢いのまま真上からブルノーの胸に短剣を突きさした。
「な、なぜだ……ジルド……国は……もう失われた……」
汚れた顔を上に向け、ブルノーは口の端をわずかにあげた。
その口元から泡だった血が噴き出す。
「相変わらず……生真面目な男だな」
ぶつりと言葉が切れた。
同時に命も消えていた。
ジルドの体が崩れ落ちる。
冷たい地面に叩きつけられる前に、太い腕がジルドの体を抱え上げた。
「……イールか……」
うっすらと目を開けたジルドが暗がりにイールの顔を確認する。
無言でイールは廃屋の中を抜け、地面を這ってこちらに近づいてきているステラに走り寄る。
「イール!」
夕刻の迫る淡い光の中、迫る大きな影に気が付きステラが叫んだ。
イールがステラの前にジルドの体をおろした。
途端に地面が血に染まる。
「ジルド!」
血まみれのジルドの体にステラが飛びついた。
浅い息遣いでジルドは泣き出したステラの顔を見上げた。
一番楽で、危険のない仕事を選んだはずなのに、この仕事は最後までやっかいだった。
ジルドは失敗したな、と考えながら手を伸ばし、濡れたステラの頬に触れた。
息があり、温かなステラの肌に触れた途端、心を満たすほどの喜びがジルドの全身を駆け巡った。
「生きている……そうだな?」
かすかな声でジルドが問いかけた。
「ええ、そうよ。ジルド!無事よ。私は無事。あなたがずっとずっと守ってくれているから。私は無事なの」
熱い滴りを手や腕、それから頬に受けながら、ジルドは満足そうに息を吐いた。
マウリア国の騎士が最後に受けた命令はステラを守り抜くことだ。
その使命は果たされた。
命をかけてその任務をやり遂げた。
その喜びと感動に胸を熱くさせ、ジルドはステラをじっと見上げた。
生涯を賭して守り抜いた少女がそこにいる。
これで満足して死を迎えることが出来ると思った瞬間、ジルドは目の前の少女が、まるで初めてあった少女のように見えてきた。
「ステラ……俺の守ってきた骨師……」
泣きながらジルドを見つめている少女との出会いはもう十年も前で、あまりにも幼く、面倒な子供に見えた。
神力の結晶を生み出すだけの道具として管理し続けた。
いつの間にこんなに成長したのだろう。
長くなった髪、滑らかな肌、大きな瞳、いつもどこか我慢しているように閉ざされた唇。
「ステラ……」
ジルドは初めてステラという一人の女性に向かって呼びかけた。
イールが必死に止血をしているが、もうそれは間に合わない。
「ステラ……俺が死ねば、お前を見張り管理する者はいなくなる。お前はもう利用され、搾取される必要はない。いいか、ステラ、もう誰にも利用され、搾取されるな。自由に……自由に生きろ。そして、幸せになれ」
思いがけないジルドの言葉に、ステラは目を大きく見開き、とんでもないと首を横に振り続けた。
「ジルド!無理よ!絶対無理よ!そんなの無理!自由も幸せも知らないもの。教えてくれたことないじゃない!お願いよ!ジルド、傍にいてよ。どうしたらいいか教えてよ。ジルド、行かないで!私を置いていかないでよ!ずっと守るって言っていたでしょう!こんな風に私を置いていかないでよ!」
泣き叫び、必死にすがる少女は、いつの間にかもう少女でもない。
そろそろ二十歳になるのだろうかと、ジルドはぼんやりと思った。
ステラはいつまでも幼い。何も教えず、何も与えなかった。
管理され、利用するためだけに生かされた。
人としての幸せを踏みつぶし、摘み取り、ずっと傍においてきた。
それはジルドにとって生きがいであり、生涯にわたる一途な想いだった。
「ステラ……幸せになれ……」
ステラの頬に触れていたジルドの手が血で滑ったようにずるりと落ちた。
その目から光が消えている。
「い、いやだ!嫌だ!ジルド!」
真っ暗な海に投げ出されたかのような孤独と恐怖がステラに襲い掛かる。
それまでステラを支え続けてきた大きな腕が消え去った。
ステラは茫然とジルドの亡骸に抱き着いて、口を閉ざした。
見開いた目から涙が溢れ続ける。
長い時間、ステラはそのままだった。
傍らにしゃがみ込んでいたイールが、そっとステラの肩に触れた。
その途端、ステラはイールの手を振り払った。
その手がイールの首に向かい、引きちぎるように首輪を外す。
「もう奴隷じゃないでしょう。行ってよ。どこかに行ってよ」
泣いて震える声で、ステラは叫んだ。
ジルドは神力の結晶が入った包みを懐から取り出した。
と、その瞬間周囲に隠れていた気配が一斉に飛び出した。
襲い掛かってきた剣を受けとめたジルドは、すぐにそれが訓練を受けた兵士の動きだと気がついた。
後ろに飛び退りながら、包みを思い切り遠くへ投げつける。
数名が投げ出された包みを追い、残りがジルドに向かってくる。
多勢に無勢ではやはり分が悪い。
どこかに退き一人ずつ殺さなければならない。
しかしそこは廃墟であり、足場が悪くそこを根城にしている賊の方に地の利があった。
不利な戦いを強いられながらもジルドは襲い掛かってくる賊を数名跳ねのけた。
「ジルド!手を貸すぞ!」
突然、孤児院の裏手から黒いローブを跳ね上げ、一人の男が飛び出した。
見慣れない男の姿に、ジルドは敵か味方か判断できないまま、賊を一人打ち破る。
「第七のブルノーだ!」
戦闘に加わった黒ローブの男が叫ぶ。
マウリア国の同僚だった男だとジルドはようやく思い出した。
となれば、あとは訓練通りだ。
騎士だった頃の記憶などすっかり忘れたと思っていたが、懐かしい仲間と背中を合わせればその呼吸を思い出す。
互いに力を合わせ、あっという間に廃墟となった孤児院を根城にしていた盗賊たちを切り伏せた。
一人残った老婆の首をジルドが容赦なく切り捨てると、二人はようやく落ち着いて顔を合わせた。
「ブルノーか?本当に?」
失われた祖国での暮らしを思い出し、ジルドは安堵して手を差し出した。
その手をブルノーが固く握る。
「ジルド、生き延びていたとはな。しかも、まだ骨師を売っていないのか?」
一瞬、ジルドの顔が強張ったが、すぐにいつもの冷淡な笑みを浮かべる。
「お前はどうした?同じ命令を受けていたはずだ。お前の担当している骨師はどこにいる?」
「ハハハ」
ブルノーは崩れた壁に腰を下ろした。
「命令だって?祖国はとうに滅びている。その命令にいまさら何の意味がある。
だが、ちょっと売り先を決める時期を誤ったな。デルマド国が優勢だと思ったが、ズイール国が現れ、今はリーダム軍だ。どうだ?ジルド、山分けしないか?」
ジルドは用心深く、ブルノーをじっと見据える。
「どういう意味だ?」
「骨師の売り先だよ。それぞれズイールとリーダム軍に話を持ち掛け、高い値段を付けたほうに売るのさ。金の重さで買い取ってもらおう。硬貨の価値は定まらない」
ジルドが放り出した神力の結晶を地面から拾い上げ、ブルノーはそれを包みから取り出した。
美しい魔力の結晶を手にすると、ブルノーは舌なめずりをした。
「懐かしいな。昔はこんなものを十も二十も運んでいた。敗戦国から連れてきた骨師の体は具合も良かった。ああ……あの頃の栄光を取り戻せるとしたら……ジルド、もう一度騎士として生きられる道があるとしたらどうだ?骨師さえいれば富も栄誉も思いのままだ」
ブルノーは同じ貴族であり、代々骨師の管理を引き受けていた由緒正しい家柄だ。
しかしその礎となる家は消え、国の再興の目途すらたっていない。
すっかりやさぐれ、その全身に投げやりな生き方が滲み出ている。
形にこだわっていた黒髪はべたついてごわつき、暗い顔つきと丸めた背中は、地獄の底を覗いているかのような物騒な雰囲気に包まれている。
何一つ思うようにいかない人生に苛立ちと怒りを溜め込み、それは今、手に抱えた神力の結晶に向けられている。
「これがあれば……もう一度思い通りに生きられる。そうは思わないか?」
影を宿すブルノーの目がジルドを見上げ、口元に暗い笑みを浮かべる。
「お前の骨師はどこにいる?」
ジルドの問いかけに、ブルノーは答えなかった。
数名の盗賊をあっという間に切り伏せたブルノーの腕は衰えていない。
一方、ジルドは商人をうまく演じるために、騎士らしさを消し続けてきた。
多少かんを取り戻したとしても、ブルノーには勝てない。
そう思いながらも、ジルドは剣を構えた。
ブルノーも立ち上がり、剣を構える。
互いに訓練を重ねてきた武人であり、その構えや気迫といったもので実力差はだいたいわかってしまう。
勝利を確信し、ブルノーは神力の結晶を崩れた壁の上に置いた。
一歩踏み出し、互いに三歩睨み合いながら横に移動した。
ブルノーの足の下で、踏みつけられた小石がジャリっと鳴った。
夕暮れ間近の廃屋の前で、二人の男が殺気を漲らせ走り出した。
その頃、イールはステラを抱いて町はずれに向かっていた。
物騒な気配が肌に迫り、イールはステラをどこかに隠すべきか迷った。
空は次第に暗くなり、廃墟であるため足場も悪い。何かにぶつかり、転べばステラに怪我をさせてしまう。
イールはステラを地面に下ろした。
「どこか物陰に隠れていられるか?」
ステラを守ることがイールの役目だが、さすがにここまでくればジルドとステラ、どちらが危険な状況にあるかイールにはわかっていた。
イールの言葉にステラはすぐに頷いた。
「行って!大丈夫。絶対誰にも見つからないように追いかけるから!」
イールが暗くなってきた荒れた道を走り出す。
砕けた岩や伸び放題の茂み、崩れ落ちそうな廃屋の中をまるで平面を走り抜けるように進んでいく。
探索者として岩山を飛び越え、荒れた大地を旅した経験がイールには染みついている。
ステラはイールの消えた方角に向けて慎重に歩き出す。
背後を振り返り、周囲に気を配りながら、ステラは地面の上を四つん這いになりながら追いかけた。
ブルノーとジルドの戦いは決着の時を迎えていた。
切り裂かれた腹を押さえ、ジルドは片膝を大地に落としている。
ブルノーはその前に立ちはだかり、血に濡れた剣を振り上げた。
その刃の前に、ジルドは自ら飛び込んだ。
背中を切りつけられながら、突き出した短剣でブルノーの足を切り裂き押さえ込む。
「うわああああっ」
ブルノーは痛みにのけぞり、地面に背中から倒れた。
致命傷にはならなかったが、ジルドは短剣で何度もブルノーの足を突き刺した。
痛みから逃れようと、ブルノーも剣を振り上げる。
ジルドは痛みに怯んだりしなかった。
素早く上から襲ってきた剣を跳ねのけ、その勢いのまま真上からブルノーの胸に短剣を突きさした。
「な、なぜだ……ジルド……国は……もう失われた……」
汚れた顔を上に向け、ブルノーは口の端をわずかにあげた。
その口元から泡だった血が噴き出す。
「相変わらず……生真面目な男だな」
ぶつりと言葉が切れた。
同時に命も消えていた。
ジルドの体が崩れ落ちる。
冷たい地面に叩きつけられる前に、太い腕がジルドの体を抱え上げた。
「……イールか……」
うっすらと目を開けたジルドが暗がりにイールの顔を確認する。
無言でイールは廃屋の中を抜け、地面を這ってこちらに近づいてきているステラに走り寄る。
「イール!」
夕刻の迫る淡い光の中、迫る大きな影に気が付きステラが叫んだ。
イールがステラの前にジルドの体をおろした。
途端に地面が血に染まる。
「ジルド!」
血まみれのジルドの体にステラが飛びついた。
浅い息遣いでジルドは泣き出したステラの顔を見上げた。
一番楽で、危険のない仕事を選んだはずなのに、この仕事は最後までやっかいだった。
ジルドは失敗したな、と考えながら手を伸ばし、濡れたステラの頬に触れた。
息があり、温かなステラの肌に触れた途端、心を満たすほどの喜びがジルドの全身を駆け巡った。
「生きている……そうだな?」
かすかな声でジルドが問いかけた。
「ええ、そうよ。ジルド!無事よ。私は無事。あなたがずっとずっと守ってくれているから。私は無事なの」
熱い滴りを手や腕、それから頬に受けながら、ジルドは満足そうに息を吐いた。
マウリア国の騎士が最後に受けた命令はステラを守り抜くことだ。
その使命は果たされた。
命をかけてその任務をやり遂げた。
その喜びと感動に胸を熱くさせ、ジルドはステラをじっと見上げた。
生涯を賭して守り抜いた少女がそこにいる。
これで満足して死を迎えることが出来ると思った瞬間、ジルドは目の前の少女が、まるで初めてあった少女のように見えてきた。
「ステラ……俺の守ってきた骨師……」
泣きながらジルドを見つめている少女との出会いはもう十年も前で、あまりにも幼く、面倒な子供に見えた。
神力の結晶を生み出すだけの道具として管理し続けた。
いつの間にこんなに成長したのだろう。
長くなった髪、滑らかな肌、大きな瞳、いつもどこか我慢しているように閉ざされた唇。
「ステラ……」
ジルドは初めてステラという一人の女性に向かって呼びかけた。
イールが必死に止血をしているが、もうそれは間に合わない。
「ステラ……俺が死ねば、お前を見張り管理する者はいなくなる。お前はもう利用され、搾取される必要はない。いいか、ステラ、もう誰にも利用され、搾取されるな。自由に……自由に生きろ。そして、幸せになれ」
思いがけないジルドの言葉に、ステラは目を大きく見開き、とんでもないと首を横に振り続けた。
「ジルド!無理よ!絶対無理よ!そんなの無理!自由も幸せも知らないもの。教えてくれたことないじゃない!お願いよ!ジルド、傍にいてよ。どうしたらいいか教えてよ。ジルド、行かないで!私を置いていかないでよ!ずっと守るって言っていたでしょう!こんな風に私を置いていかないでよ!」
泣き叫び、必死にすがる少女は、いつの間にかもう少女でもない。
そろそろ二十歳になるのだろうかと、ジルドはぼんやりと思った。
ステラはいつまでも幼い。何も教えず、何も与えなかった。
管理され、利用するためだけに生かされた。
人としての幸せを踏みつぶし、摘み取り、ずっと傍においてきた。
それはジルドにとって生きがいであり、生涯にわたる一途な想いだった。
「ステラ……幸せになれ……」
ステラの頬に触れていたジルドの手が血で滑ったようにずるりと落ちた。
その目から光が消えている。
「い、いやだ!嫌だ!ジルド!」
真っ暗な海に投げ出されたかのような孤独と恐怖がステラに襲い掛かる。
それまでステラを支え続けてきた大きな腕が消え去った。
ステラは茫然とジルドの亡骸に抱き着いて、口を閉ざした。
見開いた目から涙が溢れ続ける。
長い時間、ステラはそのままだった。
傍らにしゃがみ込んでいたイールが、そっとステラの肩に触れた。
その途端、ステラはイールの手を振り払った。
その手がイールの首に向かい、引きちぎるように首輪を外す。
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