18 / 37
第二章 許しを請う奴隷
18.捕らえられた骨師
しおりを挟む
リーダム軍に囲まれた馬車の中には集められた古代種の骨が山積みにされていた。
ステラはそれらを目にすると、次々に神力の結晶に変えていった。
イールはそれを苦痛の表情で見守った。
ステラは命を削ってそれを作っているのだ。
ジルドの最後の言葉を忘れてしまったのだろうかとイールは思ったが、イールにはそれを見張ることしかできない。
一晩かからず、馬車はリーダム軍の本拠地に到着した。
石ばかりの荒れた土地を横切った先に、岩山と同化したリーダム軍の砦が建っていた。
城門をくぐると、壁の中には意外にも多くの人々がひしめき合っていた。
重厚な扉をくぐり、要塞に入った二人は最上階の突き当りの部屋に通された。
そこには先客がいた。
リーダム軍に保護されている死に瀕した骨師だった。
寝台に横たわり、かすかに息をしている。
師匠以外の骨師を初めて目にしたステラは、不思議そうにその女を見おろした。
「死んだら神力の結晶にしてほしい」
ステラとイールをそこまで案内してきた魔術師が告げた。
死に瀕している女がじっとステラを見上げている。
骨師はその力を自分では使えない。
ステラは魔術師に問いかけた。
「私の命をこの人に移すことはできないの?」
「命を移すのは不可能だ」
魔術師の言葉にステラは落胆し、寝台に視線を戻した。
横たわる骨師はステラより年上で、少しだけ長生きしたように見えた。
静かな眼には死の覚悟と諦めがある。
女がわずかに口を開いた。
ステラが耳を近づける。
「……もう……呪文も唱えられないの……」
自分の命を神力の結晶に変えることすら不可能なのだ。
それをステラに頼みたいと女は訴えた。
「私たちは……幸福になるように、作られてはいない……」
瀕死の女の言葉に、イールがぴくりと反応した。
その言葉は、以前にも聞いたことがあった。死んだ最愛の女性、シリラの言葉だ。
シリラを失った悲しみは覚えていたが、力を尽くし愛し抜いた思いもあり、不思議とその死に後悔はなかった。
奪われ殺されかけたが、取り返してからの彼女は幸せだと何度も繰り返し、微笑んでいた。
それに、ステラに比べたら確かにずっと幸せだった。
骨師とわかるまでは普通の暮らしをし、幸せがどんなものかもわかっていた。
幸せに死ぬことが出来るのは自分たちを見逃してくれたステラのおかげだとシリラは口にした。
骨師とは幸せを知らずに死ぬことが一般的なのだろうか。
イールは死にかけた女の疲れ果てた顔を見おろして考えた。
死にかけている女が再び口を動かした。
「あなたが……生きた方が良い……」
ステラは膝を付き、女の手を握ると静かに呪文を唱え始めた。
言葉ではなく、それはやはりただの音に聞こえる。
その音を聞いて、同じように口で繰り返せる者だけが骨師なのだ。
しばらくして、寝台の下に大きな神力の結晶が出来上がった。
死にかけていた骨師は既にこと切れ、物のように横たわる。
速やかに遺体が運び出され、神力の結晶を魔術師が拾い上げた。
「この部屋で待て」
「私も死にかけたら、骨師を連れてきてくれるの?」
ステラの言葉に、魔術師は「そうしよう」と約束した。
死体の寝ていた寝台に上がり、ステラは体を丸めて横になった。
扉に鍵がかかる音がして、部屋にはイールとステラの二人きりになった。
イールはステラの背中を見つめながら、ゆっくり膝を折った。
大きく息を吐き出し、静かに口を開く。
「ステラ……俺は……やり方を間違えた……。君を傷つけたことを謝りたかった。
俺は……シリラを助けるために君を利用した。そのためなら何をしても良いと考えた。
だが……君に買われ、傍にいるうちに、あんなことをする必要はなかったと思うようになった。
君ならば、シリラを助けたいと相談すれば、それだけで力を貸してもらえたのではないかと考えるようになった……。それが出来なかったのは、君を敵の人間だと思い、君という人となりを知ろうとしなかったからだ。
ステラ……俺はそのことをずっと後悔している。申し訳なかった。君は……」
一人の女性として幸せになる道があると続けたかったが、その言葉はイールの喉に詰まり出て来なかった。
女としての幸せを踏みにじり奪ったのはイールだ。
イールは真の愛を捧げたシリラのことを思い出した。
幸せに死んだシリラは、自分を奪い返すために利用されたステラのことを口にした時、少しだけ悲しそうな目をした。
その幸せが誰かの不幸の上に作られたものだとわかっていたのだ。
骨師は幸せになれない。理由はわからないが、二人の骨師がそう言った。
それなのに、シリラは幸せに死んだ。
あるいは、完全な幸せではなかったことを悟られないように幸せだと言い続けた。
イールに後悔させないために、自分のためにしたことで、苦しませないために。
普通の暮らしをしていただけなのに、なぜこんなことになったのかとイールは考えた。
ただ恋に落ちた女性と生涯を共にし、愛し合い生きるのだと思っていた。
戦争になり、愛したものを奪われたから取り返した。
そのことに後悔はない。
しかしステラを利用したことには後悔が募る。
この胸の痛みはどうしたら癒されるのか。
途方にくれてイールは無言のステラの背中を見つめた。
眠っているのか、起きているのかもわからない。
恐らく、ステラの方がよっぽど途方にくれている。
一度も自由に生きたことがない。
愛だと思ったものは偽りで、利用され、搾取されるためだけの命だと教え込まれた。
傍にいたのは不思議な男だった。滅びた国の騎士で彼女を骨師として守っていた。
商人夫婦を装っていたが、男女の関係でないことはすぐにわかった。
ジルドという男がステラを人と認めたのは死の直前だ。
自分が死んだ後に守ってきたものがどうなるのか、その時やっとそれに気づいたのだ。
骨師だと知る者が消えたら、ステラはただの女として普通に生きられる。
ジルドはそれに気づき、ステラの心を手放そうとした。
そんな風に生きたことのないステラは、突然自由という空間に放り出された。
道を失ったステラが、行き場を失うのは当然だ。
イールはステラの小さな背中を見つめながら、これから何が出来るか必死に考えた。
少なくともステラはまだ生きているのだ。必ずやり直せるはずだ。
その時、耳を塞ぎたくなるような爆音が轟いた。
同時に大きく部屋が揺れ始める。
天井から砂埃が落ち、窓枠が歪みガラスにひびが入った。
寝台の天井部分がぐらりと揺れて柱に亀裂が走る。
咄嗟にイールは寝台に飛び乗りステラの上に覆いかぶさった。
その瞬間、ステラの横顔が目に入った。
虚ろな目で、じっと正面の壁を見つめている。
その表情は静かで、何一つ聞こえていないようだった。
部屋の扉が開き、兵士たちが雪崩れ込んできた。
「骨師をこちらに」
兵士達と共に骨師を助けに来た魔術師が手を差し出す。
イールがステラを抱き上げ、魔術師のもとに走った。
直後、背後で寝台の天井が崩れ落ちた。
間一髪だった。
魔術師はステラをイールの腕から奪おうとして、その手を止めた。
虚ろな目のステラはとても自力で走って逃げられるようには見えない。
イールは隷属の首輪を嵌めている。
「こっちに連れて来い」
魔術師の言葉にイールはすぐに従った。全員が部屋を出た瞬間、耳が割れるような爆音が響いた。
その場にいた全員が振り返った。先ほどまでステラがいた部屋の壁が崩れ去っている。
大きな穴が空き、その向こうにある光景が露わになる。
遥か彼方に何かが光った、魔術師が身を翻して走り出す。
「急げ!デルマド国の魔術師が骨師を狙っている!」
外に出た途端、事態はもっと悪くなっていることがわかった。
そそり立つ岩山に建設された要塞の胸壁から見えたのは、リーダム軍の要塞に押し寄せる軍隊だった。小さく見える旗はかろうじてズイール国のものだとわかる。
この要塞はデルマド軍とズイール軍に挟まれているのだ。
リーダム軍の兵士たちは大半が戦争で焼け出され、家族を失った男達や行き場を失った亡国の兵士達だ。
急速に勢力を拡大しているが、武器や装備品のたぐいは圧倒的に不足している。
不安そうな人々の姿も多い。短剣を握りしめる女や子供もいる。
ステラはイールの腕の中からぼんやりとその姿を見つめていた。
人々の方もステラにちらちらと視線を向けている。
強力な攻撃に対抗するには、骨師が作る神力の結晶を魔術師が使うしかない。
頑強な壁に囲まれた大きな会議室に入ると、魔道具によって正面の壁に迫ってくる敵国の軍勢が映し出されていた。
ステラの姿を目にして、リーダム軍を率いる指揮官が立ち上がる。
その顔には見覚えがあった。ジルドの墓の前で魔術師と共にステラに協力を呼び掛けた先頭に立っていた戦士だ。
意思の強そうな緑色の目をした軍人らしい容姿の指揮官は、ステラに左隣の席を勧めた。
ステラが席につくと、その後ろに奴隷のイールが膝をついた。
指揮官が座り、その右隣に魔術師が座った。
その三人を中心に、強そうな武人たちが丸テーブルに並ぶ。
堅固な要塞の最深部とはいえ、静かな場所ではなかった。
大きな音が絶えず鳴り響き、壁が崩されていくような揺れが何度も起きた。
指揮官は動じることなく会議を始め、部下達からの報告を聞いていた。
「ズイール国とデルマド国は同盟を組んだのか?」
指揮官の質問に答えられるものはいなかった。
その時、会議の声すらかきけすほどの爆音が鳴り、建物がぐらりと揺れた。
岩肌と一体化したこの砦は山を削られると大きな損害を受ける。
リーダム軍の男達は誰一人、席を立たなかった。
「通信を試みます」
魔術師が先端部分に神力の結晶を嵌めこんだ杖を掲げた。
呪文の詠唱と共に、神力の結晶が力強く輝く。
テーブルの中央に現れたのは大きな水の球で、その中に映像が浮かび上がる。
その中の光景は丸テーブルのどこからでも平等に見えた。
敵国の魔術師が同じように杖をかかげている。映像越しに魔術師同士が目を合わせる。
「骨師をこちらに引き渡せば、兵を引く用意はある」
デルマド国の魔術師が告げる。
宙に浮かぶ水の球の中にもう一人魔術師が現れた。
今度はズイール国の魔術師だった。
これでデルマド国、ズイール国、そしてリーダム軍の三人の魔術師が顔をそろえた。
ズイール国の魔術師も同じ要求をした。
骨師を多く抱えている国が戦争に勝利することが出来るのだ。
「良い方法がある」
突然若い女の声が響いた。
一同が振り返る。
そこに立っていたのは、先ほどまで無気力な様子で座っていた骨師のステラだった。
ステラはそれらを目にすると、次々に神力の結晶に変えていった。
イールはそれを苦痛の表情で見守った。
ステラは命を削ってそれを作っているのだ。
ジルドの最後の言葉を忘れてしまったのだろうかとイールは思ったが、イールにはそれを見張ることしかできない。
一晩かからず、馬車はリーダム軍の本拠地に到着した。
石ばかりの荒れた土地を横切った先に、岩山と同化したリーダム軍の砦が建っていた。
城門をくぐると、壁の中には意外にも多くの人々がひしめき合っていた。
重厚な扉をくぐり、要塞に入った二人は最上階の突き当りの部屋に通された。
そこには先客がいた。
リーダム軍に保護されている死に瀕した骨師だった。
寝台に横たわり、かすかに息をしている。
師匠以外の骨師を初めて目にしたステラは、不思議そうにその女を見おろした。
「死んだら神力の結晶にしてほしい」
ステラとイールをそこまで案内してきた魔術師が告げた。
死に瀕している女がじっとステラを見上げている。
骨師はその力を自分では使えない。
ステラは魔術師に問いかけた。
「私の命をこの人に移すことはできないの?」
「命を移すのは不可能だ」
魔術師の言葉にステラは落胆し、寝台に視線を戻した。
横たわる骨師はステラより年上で、少しだけ長生きしたように見えた。
静かな眼には死の覚悟と諦めがある。
女がわずかに口を開いた。
ステラが耳を近づける。
「……もう……呪文も唱えられないの……」
自分の命を神力の結晶に変えることすら不可能なのだ。
それをステラに頼みたいと女は訴えた。
「私たちは……幸福になるように、作られてはいない……」
瀕死の女の言葉に、イールがぴくりと反応した。
その言葉は、以前にも聞いたことがあった。死んだ最愛の女性、シリラの言葉だ。
シリラを失った悲しみは覚えていたが、力を尽くし愛し抜いた思いもあり、不思議とその死に後悔はなかった。
奪われ殺されかけたが、取り返してからの彼女は幸せだと何度も繰り返し、微笑んでいた。
それに、ステラに比べたら確かにずっと幸せだった。
骨師とわかるまでは普通の暮らしをし、幸せがどんなものかもわかっていた。
幸せに死ぬことが出来るのは自分たちを見逃してくれたステラのおかげだとシリラは口にした。
骨師とは幸せを知らずに死ぬことが一般的なのだろうか。
イールは死にかけた女の疲れ果てた顔を見おろして考えた。
死にかけている女が再び口を動かした。
「あなたが……生きた方が良い……」
ステラは膝を付き、女の手を握ると静かに呪文を唱え始めた。
言葉ではなく、それはやはりただの音に聞こえる。
その音を聞いて、同じように口で繰り返せる者だけが骨師なのだ。
しばらくして、寝台の下に大きな神力の結晶が出来上がった。
死にかけていた骨師は既にこと切れ、物のように横たわる。
速やかに遺体が運び出され、神力の結晶を魔術師が拾い上げた。
「この部屋で待て」
「私も死にかけたら、骨師を連れてきてくれるの?」
ステラの言葉に、魔術師は「そうしよう」と約束した。
死体の寝ていた寝台に上がり、ステラは体を丸めて横になった。
扉に鍵がかかる音がして、部屋にはイールとステラの二人きりになった。
イールはステラの背中を見つめながら、ゆっくり膝を折った。
大きく息を吐き出し、静かに口を開く。
「ステラ……俺は……やり方を間違えた……。君を傷つけたことを謝りたかった。
俺は……シリラを助けるために君を利用した。そのためなら何をしても良いと考えた。
だが……君に買われ、傍にいるうちに、あんなことをする必要はなかったと思うようになった。
君ならば、シリラを助けたいと相談すれば、それだけで力を貸してもらえたのではないかと考えるようになった……。それが出来なかったのは、君を敵の人間だと思い、君という人となりを知ろうとしなかったからだ。
ステラ……俺はそのことをずっと後悔している。申し訳なかった。君は……」
一人の女性として幸せになる道があると続けたかったが、その言葉はイールの喉に詰まり出て来なかった。
女としての幸せを踏みにじり奪ったのはイールだ。
イールは真の愛を捧げたシリラのことを思い出した。
幸せに死んだシリラは、自分を奪い返すために利用されたステラのことを口にした時、少しだけ悲しそうな目をした。
その幸せが誰かの不幸の上に作られたものだとわかっていたのだ。
骨師は幸せになれない。理由はわからないが、二人の骨師がそう言った。
それなのに、シリラは幸せに死んだ。
あるいは、完全な幸せではなかったことを悟られないように幸せだと言い続けた。
イールに後悔させないために、自分のためにしたことで、苦しませないために。
普通の暮らしをしていただけなのに、なぜこんなことになったのかとイールは考えた。
ただ恋に落ちた女性と生涯を共にし、愛し合い生きるのだと思っていた。
戦争になり、愛したものを奪われたから取り返した。
そのことに後悔はない。
しかしステラを利用したことには後悔が募る。
この胸の痛みはどうしたら癒されるのか。
途方にくれてイールは無言のステラの背中を見つめた。
眠っているのか、起きているのかもわからない。
恐らく、ステラの方がよっぽど途方にくれている。
一度も自由に生きたことがない。
愛だと思ったものは偽りで、利用され、搾取されるためだけの命だと教え込まれた。
傍にいたのは不思議な男だった。滅びた国の騎士で彼女を骨師として守っていた。
商人夫婦を装っていたが、男女の関係でないことはすぐにわかった。
ジルドという男がステラを人と認めたのは死の直前だ。
自分が死んだ後に守ってきたものがどうなるのか、その時やっとそれに気づいたのだ。
骨師だと知る者が消えたら、ステラはただの女として普通に生きられる。
ジルドはそれに気づき、ステラの心を手放そうとした。
そんな風に生きたことのないステラは、突然自由という空間に放り出された。
道を失ったステラが、行き場を失うのは当然だ。
イールはステラの小さな背中を見つめながら、これから何が出来るか必死に考えた。
少なくともステラはまだ生きているのだ。必ずやり直せるはずだ。
その時、耳を塞ぎたくなるような爆音が轟いた。
同時に大きく部屋が揺れ始める。
天井から砂埃が落ち、窓枠が歪みガラスにひびが入った。
寝台の天井部分がぐらりと揺れて柱に亀裂が走る。
咄嗟にイールは寝台に飛び乗りステラの上に覆いかぶさった。
その瞬間、ステラの横顔が目に入った。
虚ろな目で、じっと正面の壁を見つめている。
その表情は静かで、何一つ聞こえていないようだった。
部屋の扉が開き、兵士たちが雪崩れ込んできた。
「骨師をこちらに」
兵士達と共に骨師を助けに来た魔術師が手を差し出す。
イールがステラを抱き上げ、魔術師のもとに走った。
直後、背後で寝台の天井が崩れ落ちた。
間一髪だった。
魔術師はステラをイールの腕から奪おうとして、その手を止めた。
虚ろな目のステラはとても自力で走って逃げられるようには見えない。
イールは隷属の首輪を嵌めている。
「こっちに連れて来い」
魔術師の言葉にイールはすぐに従った。全員が部屋を出た瞬間、耳が割れるような爆音が響いた。
その場にいた全員が振り返った。先ほどまでステラがいた部屋の壁が崩れ去っている。
大きな穴が空き、その向こうにある光景が露わになる。
遥か彼方に何かが光った、魔術師が身を翻して走り出す。
「急げ!デルマド国の魔術師が骨師を狙っている!」
外に出た途端、事態はもっと悪くなっていることがわかった。
そそり立つ岩山に建設された要塞の胸壁から見えたのは、リーダム軍の要塞に押し寄せる軍隊だった。小さく見える旗はかろうじてズイール国のものだとわかる。
この要塞はデルマド軍とズイール軍に挟まれているのだ。
リーダム軍の兵士たちは大半が戦争で焼け出され、家族を失った男達や行き場を失った亡国の兵士達だ。
急速に勢力を拡大しているが、武器や装備品のたぐいは圧倒的に不足している。
不安そうな人々の姿も多い。短剣を握りしめる女や子供もいる。
ステラはイールの腕の中からぼんやりとその姿を見つめていた。
人々の方もステラにちらちらと視線を向けている。
強力な攻撃に対抗するには、骨師が作る神力の結晶を魔術師が使うしかない。
頑強な壁に囲まれた大きな会議室に入ると、魔道具によって正面の壁に迫ってくる敵国の軍勢が映し出されていた。
ステラの姿を目にして、リーダム軍を率いる指揮官が立ち上がる。
その顔には見覚えがあった。ジルドの墓の前で魔術師と共にステラに協力を呼び掛けた先頭に立っていた戦士だ。
意思の強そうな緑色の目をした軍人らしい容姿の指揮官は、ステラに左隣の席を勧めた。
ステラが席につくと、その後ろに奴隷のイールが膝をついた。
指揮官が座り、その右隣に魔術師が座った。
その三人を中心に、強そうな武人たちが丸テーブルに並ぶ。
堅固な要塞の最深部とはいえ、静かな場所ではなかった。
大きな音が絶えず鳴り響き、壁が崩されていくような揺れが何度も起きた。
指揮官は動じることなく会議を始め、部下達からの報告を聞いていた。
「ズイール国とデルマド国は同盟を組んだのか?」
指揮官の質問に答えられるものはいなかった。
その時、会議の声すらかきけすほどの爆音が鳴り、建物がぐらりと揺れた。
岩肌と一体化したこの砦は山を削られると大きな損害を受ける。
リーダム軍の男達は誰一人、席を立たなかった。
「通信を試みます」
魔術師が先端部分に神力の結晶を嵌めこんだ杖を掲げた。
呪文の詠唱と共に、神力の結晶が力強く輝く。
テーブルの中央に現れたのは大きな水の球で、その中に映像が浮かび上がる。
その中の光景は丸テーブルのどこからでも平等に見えた。
敵国の魔術師が同じように杖をかかげている。映像越しに魔術師同士が目を合わせる。
「骨師をこちらに引き渡せば、兵を引く用意はある」
デルマド国の魔術師が告げる。
宙に浮かぶ水の球の中にもう一人魔術師が現れた。
今度はズイール国の魔術師だった。
これでデルマド国、ズイール国、そしてリーダム軍の三人の魔術師が顔をそろえた。
ズイール国の魔術師も同じ要求をした。
骨師を多く抱えている国が戦争に勝利することが出来るのだ。
「良い方法がある」
突然若い女の声が響いた。
一同が振り返る。
そこに立っていたのは、先ほどまで無気力な様子で座っていた骨師のステラだった。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました
七宮叶歌
恋愛
政略結婚が決まった王女・メヌエッタは、決められた未来に従うだけの人生を拒んで王宮を飛び出した。逃げ込んだのは、侯爵令息・アルフレッドの操る飛空船だった。
ところが逃亡の途中、「王女は事故死した」「アルフレッドは指名手配」という報道が流れ、二人は一転して国中から追われる立場になる。更にアルフレッドの父から提示された逃亡の手助けの条件は、逃げ切ることが出来たなら、アルフレッドと『契約結婚』するというものだった。
結婚から逃げてきたはずなのに、行きついた先もまた結婚。けれど、空の旅の中で触れ合う彼の優しさや弱さに、メヌエッタの心は少しずつ揺れ始める。
追手、暗殺の影、契約から始まる恋――。
二人は無事に逃げ切り、幸せを掴むことができるのか。ちょっぴりコミカルで、ときどき切ない空の逃避行恋愛ストーリーです。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる