最後の選択者

丸井竹

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第二章 許しを請う奴隷

19.最後の骨師

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 ステラの後ろに控えていたイールは、突然命を吹き返したように声を発したステラに驚いた。
甲冑に身を固めた勇ましい男達を前に、ステラは毅然と顔をあげている。

「骨師同士を戦わせるの。この世界に三人しかいない骨師がそれぞれの軍勢に一人ずついるなら好都合よ。一か所に骨師を集めて互いを神力の結晶に変えるの。生き残った骨師が所属する国が勝ち。
骨師の力は若さじゃない。見た目ではその力の深さはわからない。
この戦いが骨師を取り合う戦いだというのなら、犠牲は骨師だけで終わる。
勝った骨師を所有している国に他の国が従えばいい」

最初、ただの道具が何を話し始めたのかと、不愉快な顔をした者もいたが、最後には全員が真剣な顔つきでステラの淡々とした提案を聞いていた。

ステラの虚ろだった瞳には命が戻り、強い意思を秘めて燃えている。
迷いのない表情と口調に、ステラの本心がどこにあるのかわからず、人々は目を見合わせる。
ステラの提案がリーダム軍にもたらすものは勝利か、死のどちらかだ。
その時、中央のテーブルに浮いている水の球からも声がした。

「その申し出、面白い。こちらの骨師も乗り気だ。骨師同士を争わせ、その勝者を決めようではないか」

両国から同じ返答があった。
ステラの隣に座っていた指揮官は険しい表情で腕を組んでいる。

リーダム軍の指揮官はエルダムという名の男だった。
滅びた小国リトアの兵士であったが、敗残兵として逃げるだけではなく自身の軍を築き上げた。
祖国を復活させるためではなく、目的はこの大陸の平和だった。

エルダムは先ほどまで生きる気力もなく座り込んでいたステラに、鋭い目を向けた。

「これは国の問題ではない。このリーダム軍は大陸の平和のための軍隊だ。もしこの戦いに負けるようなことがあれば、お前は平和を愛する無力な人々の敵になるぞ」

ステラに戦いに勝つ気があるとは思えなかった。
自分を神力の結晶に変えて殺して欲しいと訴えた女なのだ。
安易に死に場所を求めて提案したのであれば、罪なき人々の命が踏みにじられる。

ところが、ステラは人が変わったように強い眼差しをぶつけてきた。
一歩も引かずエルダムに言い返す。

「これ以上ない平和的な解決方法だと思うけど?骨師が争い勝者が一人になれば、もう争いの口実は生まれない。呪文は同じだし、やることも同じ。骨師の戦いに不正はない」

骨師の力は争いに向かない。その力は常に利用されるために存在するからだ。
危害を加えることが出来る相手がいるとすれば、それは同じ骨師に対してだけだ。
相手の骨師の体に眠る神力を結晶化してしまえば、相手の骨師の命は尽きる。

しかし骨師同士が争った話など聞いたこともなかった。
彼らは常に誰かの道具であり、互いに直接触れ合うことがない。

あるとしたら骨師が弟子にその呪文を継承する時だ。
それは厳かな儀式のようなもので、弟子に命を継ぐように骨師は息を引き取るのだ。

「勝てる自信は?」

エルダムが脅すように問いかける。
そこにいる全員が固唾を飲んでステラを見守る。
部屋に入ってきた時のステラとはまるで別人だった。
燃えるような目をした骨師は、確固たる口調で必ず勝つと宣言した。


 この世界にたった三人しか骨師が残っていない現状では、残った一人を得た国は大陸最強の軍事力を有することが決定する。
骨師の作る神力の結晶は魔力使い達に膨大な力を与え、その力は固い岩壁に築かれた要塞の壁さえ砕くのだ。


 不正のないように決闘の場所は湖の真ん中に作られた、平らな浮き島に決まった。
その浮島から三本の橋が三方向に湖岸まで伸びている。
それぞれの橋の前にはデルマド軍とズイール軍、そしてリーダム軍が陣を敷いている。
中央の浮島に中立地帯の聖なる山から呼ばれた神官が立ち、それぞれの国の骨師のうち、生き残った骨師の所属する国が勝つと宣言した。

三人の骨師が所属する軍の守る橋のたもとに立った。

ズイール国の骨師は逞しい男だった。立派な服を着て、軽い鎧まで身に着けていた。

デルマド国の骨師は年配の女性で、こちらもまた、大切に保護されてきたらしく、光沢のある衣服を身に着け、首には豪華な宝飾品がかけられていた。

ステラは商人の妻役だった時のように粗末なドレスに前掛けをしめている。その後ろにイールが控えていた。

神官が小舟で浮島を出た。
橋の無い湖岸に僧侶たちが立ち並び、神官の帰りを待っていた。

エルダムがステラの前に立った。

「必ず勝って戻れ」

ステラは顔をあげてエルダムを見返した。

「神力の結晶のために?」

「違う。この世界の平和のためだ」

その言葉が真実かどうかステラにはわからなかった。
ステラは皮肉めいた微笑を浮かべた。

「骨師の戦いはね、一番死にたい人間が勝つの」

後ろにいたイールは驚いてステラの小さな背中を見た。
ステラは橋を渡り始めている。

イールは拳を握りしめた。
ステラにはこの世に留まりたいと思う理由がない。
残念ながら、幸せを知らずに人生を終える者も少なからず存在するのだ。
それはステラだけではない。

戦いで多くの命が奪われた。ステラのお腹に宿った子供も何もわからないまま消えたのだ。
ジルドの残した言葉がステラの足かせになるのではないかと考え、イールはその言葉だけでも伝えようと前に出た。

それを遮るようにエルダムが立ちはだかる。

「主からの命令はなかったのか?契約で今この橋を使えるのは骨師だけだ」

隷属の首輪が意味を成していないことがばれたらステラの傍にはいられない。
イールは足を止め恭しく頭を下げて一歩さがった。

ステラはためらうことなく橋を渡り切り、芝生に覆われた浮島に立った。

橋を渡ってきた他の骨師達も、浮島に足を踏み入れる。
互いにちらりと顔を確認し、それから中央に向かって前に出る。

これから殺し合うというのに、骨師達は落ち着いている。
目も合わせず、三人は無言で手を広げ、隣り合う骨師と手を繋いだ。
言葉をかけあうような仕草もなかった。

ただ黙って手を繋ぎ、三角の形を作った。

浮島の骨師達の様子は、湖のどの岸辺からもくっきりと見える。
骨師たちの戦いを見守っている人々が怪訝な顔をして首をひねりだした。

「あれは何をしているのだ?」

「手を繋いでいるぞ!まさか何か企んでいるのでは?」

それぞれの陣地から不審な声が上がり始める。

デルマド国の王がじりじりと橋に近づいた。

「まさか我が国を裏切るような真似はしないだろうな」

大臣がそんなことはないと声高に断言した。

「我が国は骨師を大事にしております。贅沢な生活をさせ、十分に大切にしている。彼女に我が国を裏切る理由はありません」

ズイール国の王も心配顔だった。
側近の騎士が囁いた。

「王よ、彼には美女を与え、毎日何不自由のない生活をさせております。彼が我が国を裏切る理由はありません」

リーダム軍のエルダムは密かに庇護している人々の避難を指示していた。
もしステラが敗れたら、戦争の責任を取れと迫られるかもしれない。
賠償金を要求され、リーダム軍を頼りに集まった人々が奴隷にされることもあり得る。

「勝負の結果によっては放浪の旅に出る必要があるかもしれない」

エルダムは腕を組み、橋のたもとからステラの姿を睨みつける。
気づけばデルマド国とズイール国の橋の前には足の速そうな戦士が立っている。
何かあれば、橋を駆け抜け自国に骨師を連れ帰るつもりなのだ。

骨師は悪いことに忠誠心というものを持っていない。
彼らは命じられるままに神力の結晶を作るのだ。

不穏なざわめきが広まる中、風がざわざわと鳴るような音が聞こえてきた。
それは骨師達が呪文を詠唱する声だった。
骨師でない者がきけばそれは言語ではなく、ただの音に聞こえる。

すぐにズイール国の男の骨師が膝をついた。
繋いでいた手は外れ、地面に落ちている。
その腕がきらきらと光りながら神力の結晶に変わっていく。

物騒な気配が高まった。ズイール国は負けが決定したというのに、橋のたもとに控える軍隊は戦闘態勢を維持したままだ。

次に膝をついたのはデルマド国の骨師だった。
ステラと繋いでいた手がぱたりと落ち、輝きながら水晶の形に変わっていく。

デルマド国とズイール国の兵士たちが目の前の橋を渡りだす。
エルダムがすかさず橋に向かって火矢を放てと命じた。

二つの橋が燃えだすと、慌てて両国の軍が引き返す。
残されたのはリーダム軍の橋だけだ。
浮島に続くその橋の前をリーダム軍が守っている。

「神聖なる宣誓を守る気はないということか?」

エルダムが叫びながら剣を引き抜いた。
その時、大きな水音が響いた。

誰かが抜け駆けをしたのだと、音を聞いた者達は思った。
エルダムは急いで橋に向かう。
水に飛び込めば身を守ることが出来なくなる。火矢が飛んでくる可能性に怯え、他の陣営の兵士達はなかなか水に飛び込まない。

その時、既に飛び込み泳ぎ始めていた男が湖面に顔をあげ、水音に負けない声で叫んだ。

「ステラ!やめろ!君まで死ぬ気なのか!」

それはステラの奴隷の声だった。その言葉をかろうじて聴きとった人々が浮島を振り返る。
最後の骨師が命を代償に詠唱を続けている。

そんなことをすればこの世界から骨師が滅びてしまう。
古代種の骨から神力の結晶は作れず、魔力使い達の力を増幅することができない。
土地を豊かにすることも、治癒師に力を与えることも出来なくなる。
拮抗する力で戦争になれば互いに犠牲が増えるばかりだ。

圧倒的な力が必要だ。
他を殲滅するような巨大な力だ。
それは骨師の作る神力の結晶で得られるのだ。

「ステラ!」

エルダムが橋を渡り始めた時、やはり火矢がデルマド国とズイール国から飛んできた。
橋を失えばあとは泳いでいくしかない。
全員が殺気立ち、すでに剣を抜いている。

結局こうなるのかと、エルダムは部下達に反撃の命令を出そうとした。

その瞬間、目を覆うようなまばゆい光がそこにいたすべてのものを飲み込んだ。


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