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1.少年と友達になりたい男
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ロア国のゴデ町にある東通りは、町の人々が信頼を寄せる騎士団本部を囲む壁沿いにあり、市場が立ち、市井の人々が多く行き交う活気のある通りだった。
そこに見るからに場違いな少年の姿があった。
仕立ての良い服は皺ひとつなく、栗色の柔らかな髪にはよくブラシがかけられ、ブーツはぴかぴかに磨き抜かれていた。
裕福そうな貴族の少年は並ぶ屋台の店先を眺め、通りの中ほどまできて足を止めた。
店と店の隙間に横たわる浮浪者の姿があった。
貴族の少年はポケットから小銭をいくつか抜き出し、それを放ろうとした。
「そいつに恵むぐらいなら俺にくれよ」
驚いて振り向いた貴族の少年の前に少し背の低い赤毛の少年が立っていた。
薄汚れた顔に短く刈り込まれた髪、灰色の目は強い怒りを滲ませ、貴族の少年を睨んでいる。
赤毛の少年の全身からは鼻をつまみたくなるような糞尿の匂いがした。
「その金、どうせそいつに投げるつもりだったんだろう?俺によこせ。俺だって金に困っている!」
赤毛の少年の言葉に貴族の少年は小銭を握った手に力を込めた。
「お前より、彼の方が困っていそうだ。お前は元気じゃないか」
赤毛の少年は世慣れた冷めた目で、裕福そうな少年の顔を眺め、皮肉めいた微笑をひらめかせた。
「だったらなおさら、俺にくれよ。そいつは今にも死にそうじゃないか。生きている俺に恵んだ方がよっぽど役に立つ!」
赤毛の少年は力ずくで貴族の少年の手に握られている小銭を奪い取ろうとした。
当然怒って阻止しようとした貴族の少年であったが、肉体労働に慣れた赤毛の少年にはかなわなかった。
もみ合いの末、道に倒されると、握った拳を親指から剥がされ、あっという間に手の中の小銭を奪われてしまったのだ。
見張りの兵士が回ってくる前に、糞臭い赤毛の少年は小銭を握りしめ逃げ去った。
貴族の少年はその背中を半ば呆然と見送った。
その翌日、二人は再び顔を合わせた。
訓練所の厩で糞運びをしていたクリスは、突然この建物で一番偉いロイダール隊長に呼び出され、本館の立派な部屋に連れてこられた。
そこにいたのが昨日の貴族の少年だった。クリスは咄嗟に知らぬふりをしたが、もしもう一度顔を合わせる機会があると知っていれば小銭を奪い取るような真似はしなかったのにと後悔した。
わずかな小銭を奪ったせいで仕事を追われるわけにはいかなかった。
貴族の少年ルークの方も驚いていた。ルークは昨日から訓練所の宿舎内に住むことになった第五騎士団隊長ロイダールを後見人にもつれっきとした貴族の子であった。
朝からロイダールに呼ばれたルークは、訓練所内に一人、話し相手になりそうな同じ歳ぐらいの少年がいると言われ、待っていたのだ。
そして現れたのが昨日自分から小銭を奪い取って逃げた赤毛の少年だった。
気まずい再会であったが、両者ともなんとなく初対面を装って、ロイダール隊長の前に立っていた。
ロイダールは少年二人を見比べ、どうしたものかと考えた。
亡き親友の一人息子を預かることになり、話し相手になる子供はいないものかと訓練所内で探してみたら、孤児院から来ている厩の下働きしかいなかったのだ。
ロイダールは手元のリストに目を向けた。
厩の糞運びは長年孤児院から派遣される男の子の仕事であり、身元と所属だけははっきりしている。
「名前はクリスか」
「はい。厩で糞運びの仕事を一日も休まず一年続けております」
答えたのはクリスをここまで連れてきた厩の親方だった。
ルークはそれを聞き、自分から小銭を奪い取った乱暴な少年が意外にも勤勉なことに驚いた。
ロイダールは亡き親友が残した一人息子であるルークを振り返り、問いかけた。
「ルーク、どうだ?彼をお前の話し相手、従者見習いとしてつけようと思うが」
クリスは喉を鳴らし、心持ち背筋を伸ばした。
昨日の小銭強奪事件をルークが根に持っていないことを祈りながらクリスは答えを待った。
ルークはクリスの汚れた横顔と、意思の強そうな灰色の目を見て、ロイダールに顔を向けた。
「私は構いません」
すかさずクリスは声をあげた。
「給料上がりますか?」
不快な顔をしたロイダールだったが、ルークは笑った。その顔を見て、ロイダールは仕方がないとため息をついた。友達を与えたばかりで取り上げるわけにもいかない。
「手当は付く。勤勉に仕えろ。お前の主人だ」
クリスは満面の笑顔で「はい」と答えた。
従者見習いや貴族の子供の話し相手というものがどういうものか貧しいクリスにはさっぱりわからなかった。
なにせ物心ついた時から貧乏で、学校など行ったこともなく、さらに彼は幼い身でありながら母親まで養っていたのだ。
しかも困ったことにクリスは孤児院出身でもなければ、男でもなかった。
一年前、金に困って仕事を探していたクリスはたまたま町で孤児院の子供達が喧嘩しているところに出くわした。喧嘩に負けた子供が一人残されるとクリスは声をかけた。
「騎士団訓練所の糞運びの仕事に行くやつを選ばなきゃいけないんだ」
その子供は行きたくない仕事を押し付けられ、泣いていた。クリスはその話に飛びついた。
「俺が代わってやるよ!」
幼い時から男のふりをして生きてきたクリスには少年のふりをするなど容易いことだった。しかも騎士団訓練所で働いているといえば信用にもなる。
孤児院の子供は喜んだ。
「本当に糞運びの仕事を代わってくれるのか?尻を売ったりもするんだぜ?途中でやめたりするなよ?」
尻を売るというのがどういうものかわからなかったが、とにかくクリスは信用される表の仕事が欲しかった。必ず続けると約束し、その子供に訓練所まで連れてきてもらい、孤児院出身のクリスという身分と騎士団訓練所の糞運びという仕事を手に入れたのだ。
さらに今度は貴族の子供の話し相手兼従者見習いにまでなった。得意満面のクリスはさらにロイダールに質問した。
「あと、糞運びの仕事を引き受けた時に、尻も売れると聞いたのですが、それはいつやる仕事ですか?」
ロイダールを始め、側近の騎士達は一斉に不愉快な顔をした。厩番の親方が顔を赤くして叫んだ。
「何もしていません!本当です!ただ、その、この仕事は代々孤児院に与えられる仕事で、どうしても男の子限定の仕事なのでそうした噂があるだけです」
クリスは、尻を売れば追加で報酬がもらえると思っていただけに、ちょっとがっかりした。ルークはその会話の意味がわからず不思議そうに首を傾けた。
主人と従者見習いといっても、まだ子供の二人であるから、やらなければならないことがあるわけではなかった。
ルークは正規の騎士団訓練場に通い、宿舎生活だった。
クリスは厩で糞運びをし、夕方になると仕事を終え、母親の待つ家に帰る生活だった。
あんな出会い方をしたというのに、ルークは夕方になるとクリスのいる厩に顔を出した。
糞と泥だらけの地面を仕立ての良い服のまま歩いてくると、遠駆けに行こうとクリスを誘った。
クリスは当然愛想よく誘いに乗った。なにせルークと仲良くしていれば従者見習いの手当てが入るのだ。機嫌を損ねるわけにはいかない。
ルークはクリスに馬の乗り方を教え、草原まで走っていけるようになると、今度は木刀を持ちだした。
「いつか戦う時に備えて一緒に強くなろう!」
ルークに言われ、クリスも木刀を握った。無料で剣を覚えられると喜んだ。さらに、市場に寄ればルークは当然のようにクリスに食べ物を買い与え、お小遣いまでくれたのだ。
クリスにとってルークは最高の主人だった。
二人は風が冷たくなるまで木刀を振るい、熱心に稽古に励んだ。
勝つのは大抵クリスだった。
ルークの方が訓練を積んでいるのに、なぜクリスが勝つのかとルークは不思議であったが、クリスは得意げに木刀で肩を叩きながら、覚えが良いからなと言った。
訓練を終えると二人は草原に肩を並べて座り、話をした。
ある時ルークは父親のことを語った。
「父上は立派な騎士だった。俺もそうなる」
クリスは立派な騎士が想像できなかった。
「立派な騎士って何をするんだ?」
ルークは言葉に詰まり、しばらく考えてからこう答えた。
「困っている人を助けたり、国を守ったりするんだよ」
クリスは生活に困り切っている自分のことを考え、騎士が助けに来てくれたことなんてないじゃないかと不満に思った。
それでもルークの機嫌を損ねないよう黙っていた。
ルークは日に日に強くなるクリスの成長に圧倒された。
ある日、赤焼けた空の下、二人の少年は長く伸びた影を交差させ、木刀を打ち合った。
クリスの剣がルークの剣を押し返し、さらに踏み込み足をひっかけた。
たまらず転んだルークが目を上げると、クリスの木刀の切っ先がまっすぐにルークの喉に突き付けられていた。
「クリスは強いな……」
草の上に尻を打ち付けて、ルークはクリスを見上げた。
「当然だ。お前より強くなきゃ、生き残れない。お前が敵わない相手を足止めしてお前を逃がすのが俺の仕事だ」
クリスの言葉にルークは驚いた。いつか強くなろうとは言ったが、それはもっと大人になってからだと思っていた。
「そのために給料をもらっているからな」
地上に別れを告げるように、草原に沈む太陽が一瞬強く輝いた。
その光の中に立ったクリスをルークは眩しそうに見つめた。
燃えるような夕焼け空と同じ見事な赤毛に草切れをまとわせ、顔は泥に汚れ、細い体からは家畜の糞の匂いがしたが、ルークはそんなクリスの姿から目が離せなかった。
まっすぐに立ち、細い顎が少し上を向いている。
その手は固く木刀を握りしめ、常に戦う姿勢が出来ているようだった。
ルークは立ち上がりズボンについた土汚れを払うと、同じように姿勢を伸ばした。
背丈はクリスより少し高いし、体も大きい。クリスが厩の仕事をしている間も、大人たちに交じって稽古を積んでいる。
それなのに、クリスの方が強い。
「お前を死なせるような主人にならないように頑張るよ」
クリスに負けまいとするように、ルークは力強く約束した。
草原で稽古を始め、ルークがクリスに勝てないまま一年が経った。
いつものように郊外の草原にやってきた二人は馬を下りた。
その直後、それを待っていたかのように草の中から大きな影が立ちあがり、二人に襲い掛かってきた。
そこに見るからに場違いな少年の姿があった。
仕立ての良い服は皺ひとつなく、栗色の柔らかな髪にはよくブラシがかけられ、ブーツはぴかぴかに磨き抜かれていた。
裕福そうな貴族の少年は並ぶ屋台の店先を眺め、通りの中ほどまできて足を止めた。
店と店の隙間に横たわる浮浪者の姿があった。
貴族の少年はポケットから小銭をいくつか抜き出し、それを放ろうとした。
「そいつに恵むぐらいなら俺にくれよ」
驚いて振り向いた貴族の少年の前に少し背の低い赤毛の少年が立っていた。
薄汚れた顔に短く刈り込まれた髪、灰色の目は強い怒りを滲ませ、貴族の少年を睨んでいる。
赤毛の少年の全身からは鼻をつまみたくなるような糞尿の匂いがした。
「その金、どうせそいつに投げるつもりだったんだろう?俺によこせ。俺だって金に困っている!」
赤毛の少年の言葉に貴族の少年は小銭を握った手に力を込めた。
「お前より、彼の方が困っていそうだ。お前は元気じゃないか」
赤毛の少年は世慣れた冷めた目で、裕福そうな少年の顔を眺め、皮肉めいた微笑をひらめかせた。
「だったらなおさら、俺にくれよ。そいつは今にも死にそうじゃないか。生きている俺に恵んだ方がよっぽど役に立つ!」
赤毛の少年は力ずくで貴族の少年の手に握られている小銭を奪い取ろうとした。
当然怒って阻止しようとした貴族の少年であったが、肉体労働に慣れた赤毛の少年にはかなわなかった。
もみ合いの末、道に倒されると、握った拳を親指から剥がされ、あっという間に手の中の小銭を奪われてしまったのだ。
見張りの兵士が回ってくる前に、糞臭い赤毛の少年は小銭を握りしめ逃げ去った。
貴族の少年はその背中を半ば呆然と見送った。
その翌日、二人は再び顔を合わせた。
訓練所の厩で糞運びをしていたクリスは、突然この建物で一番偉いロイダール隊長に呼び出され、本館の立派な部屋に連れてこられた。
そこにいたのが昨日の貴族の少年だった。クリスは咄嗟に知らぬふりをしたが、もしもう一度顔を合わせる機会があると知っていれば小銭を奪い取るような真似はしなかったのにと後悔した。
わずかな小銭を奪ったせいで仕事を追われるわけにはいかなかった。
貴族の少年ルークの方も驚いていた。ルークは昨日から訓練所の宿舎内に住むことになった第五騎士団隊長ロイダールを後見人にもつれっきとした貴族の子であった。
朝からロイダールに呼ばれたルークは、訓練所内に一人、話し相手になりそうな同じ歳ぐらいの少年がいると言われ、待っていたのだ。
そして現れたのが昨日自分から小銭を奪い取って逃げた赤毛の少年だった。
気まずい再会であったが、両者ともなんとなく初対面を装って、ロイダール隊長の前に立っていた。
ロイダールは少年二人を見比べ、どうしたものかと考えた。
亡き親友の一人息子を預かることになり、話し相手になる子供はいないものかと訓練所内で探してみたら、孤児院から来ている厩の下働きしかいなかったのだ。
ロイダールは手元のリストに目を向けた。
厩の糞運びは長年孤児院から派遣される男の子の仕事であり、身元と所属だけははっきりしている。
「名前はクリスか」
「はい。厩で糞運びの仕事を一日も休まず一年続けております」
答えたのはクリスをここまで連れてきた厩の親方だった。
ルークはそれを聞き、自分から小銭を奪い取った乱暴な少年が意外にも勤勉なことに驚いた。
ロイダールは亡き親友が残した一人息子であるルークを振り返り、問いかけた。
「ルーク、どうだ?彼をお前の話し相手、従者見習いとしてつけようと思うが」
クリスは喉を鳴らし、心持ち背筋を伸ばした。
昨日の小銭強奪事件をルークが根に持っていないことを祈りながらクリスは答えを待った。
ルークはクリスの汚れた横顔と、意思の強そうな灰色の目を見て、ロイダールに顔を向けた。
「私は構いません」
すかさずクリスは声をあげた。
「給料上がりますか?」
不快な顔をしたロイダールだったが、ルークは笑った。その顔を見て、ロイダールは仕方がないとため息をついた。友達を与えたばかりで取り上げるわけにもいかない。
「手当は付く。勤勉に仕えろ。お前の主人だ」
クリスは満面の笑顔で「はい」と答えた。
従者見習いや貴族の子供の話し相手というものがどういうものか貧しいクリスにはさっぱりわからなかった。
なにせ物心ついた時から貧乏で、学校など行ったこともなく、さらに彼は幼い身でありながら母親まで養っていたのだ。
しかも困ったことにクリスは孤児院出身でもなければ、男でもなかった。
一年前、金に困って仕事を探していたクリスはたまたま町で孤児院の子供達が喧嘩しているところに出くわした。喧嘩に負けた子供が一人残されるとクリスは声をかけた。
「騎士団訓練所の糞運びの仕事に行くやつを選ばなきゃいけないんだ」
その子供は行きたくない仕事を押し付けられ、泣いていた。クリスはその話に飛びついた。
「俺が代わってやるよ!」
幼い時から男のふりをして生きてきたクリスには少年のふりをするなど容易いことだった。しかも騎士団訓練所で働いているといえば信用にもなる。
孤児院の子供は喜んだ。
「本当に糞運びの仕事を代わってくれるのか?尻を売ったりもするんだぜ?途中でやめたりするなよ?」
尻を売るというのがどういうものかわからなかったが、とにかくクリスは信用される表の仕事が欲しかった。必ず続けると約束し、その子供に訓練所まで連れてきてもらい、孤児院出身のクリスという身分と騎士団訓練所の糞運びという仕事を手に入れたのだ。
さらに今度は貴族の子供の話し相手兼従者見習いにまでなった。得意満面のクリスはさらにロイダールに質問した。
「あと、糞運びの仕事を引き受けた時に、尻も売れると聞いたのですが、それはいつやる仕事ですか?」
ロイダールを始め、側近の騎士達は一斉に不愉快な顔をした。厩番の親方が顔を赤くして叫んだ。
「何もしていません!本当です!ただ、その、この仕事は代々孤児院に与えられる仕事で、どうしても男の子限定の仕事なのでそうした噂があるだけです」
クリスは、尻を売れば追加で報酬がもらえると思っていただけに、ちょっとがっかりした。ルークはその会話の意味がわからず不思議そうに首を傾けた。
主人と従者見習いといっても、まだ子供の二人であるから、やらなければならないことがあるわけではなかった。
ルークは正規の騎士団訓練場に通い、宿舎生活だった。
クリスは厩で糞運びをし、夕方になると仕事を終え、母親の待つ家に帰る生活だった。
あんな出会い方をしたというのに、ルークは夕方になるとクリスのいる厩に顔を出した。
糞と泥だらけの地面を仕立ての良い服のまま歩いてくると、遠駆けに行こうとクリスを誘った。
クリスは当然愛想よく誘いに乗った。なにせルークと仲良くしていれば従者見習いの手当てが入るのだ。機嫌を損ねるわけにはいかない。
ルークはクリスに馬の乗り方を教え、草原まで走っていけるようになると、今度は木刀を持ちだした。
「いつか戦う時に備えて一緒に強くなろう!」
ルークに言われ、クリスも木刀を握った。無料で剣を覚えられると喜んだ。さらに、市場に寄ればルークは当然のようにクリスに食べ物を買い与え、お小遣いまでくれたのだ。
クリスにとってルークは最高の主人だった。
二人は風が冷たくなるまで木刀を振るい、熱心に稽古に励んだ。
勝つのは大抵クリスだった。
ルークの方が訓練を積んでいるのに、なぜクリスが勝つのかとルークは不思議であったが、クリスは得意げに木刀で肩を叩きながら、覚えが良いからなと言った。
訓練を終えると二人は草原に肩を並べて座り、話をした。
ある時ルークは父親のことを語った。
「父上は立派な騎士だった。俺もそうなる」
クリスは立派な騎士が想像できなかった。
「立派な騎士って何をするんだ?」
ルークは言葉に詰まり、しばらく考えてからこう答えた。
「困っている人を助けたり、国を守ったりするんだよ」
クリスは生活に困り切っている自分のことを考え、騎士が助けに来てくれたことなんてないじゃないかと不満に思った。
それでもルークの機嫌を損ねないよう黙っていた。
ルークは日に日に強くなるクリスの成長に圧倒された。
ある日、赤焼けた空の下、二人の少年は長く伸びた影を交差させ、木刀を打ち合った。
クリスの剣がルークの剣を押し返し、さらに踏み込み足をひっかけた。
たまらず転んだルークが目を上げると、クリスの木刀の切っ先がまっすぐにルークの喉に突き付けられていた。
「クリスは強いな……」
草の上に尻を打ち付けて、ルークはクリスを見上げた。
「当然だ。お前より強くなきゃ、生き残れない。お前が敵わない相手を足止めしてお前を逃がすのが俺の仕事だ」
クリスの言葉にルークは驚いた。いつか強くなろうとは言ったが、それはもっと大人になってからだと思っていた。
「そのために給料をもらっているからな」
地上に別れを告げるように、草原に沈む太陽が一瞬強く輝いた。
その光の中に立ったクリスをルークは眩しそうに見つめた。
燃えるような夕焼け空と同じ見事な赤毛に草切れをまとわせ、顔は泥に汚れ、細い体からは家畜の糞の匂いがしたが、ルークはそんなクリスの姿から目が離せなかった。
まっすぐに立ち、細い顎が少し上を向いている。
その手は固く木刀を握りしめ、常に戦う姿勢が出来ているようだった。
ルークは立ち上がりズボンについた土汚れを払うと、同じように姿勢を伸ばした。
背丈はクリスより少し高いし、体も大きい。クリスが厩の仕事をしている間も、大人たちに交じって稽古を積んでいる。
それなのに、クリスの方が強い。
「お前を死なせるような主人にならないように頑張るよ」
クリスに負けまいとするように、ルークは力強く約束した。
草原で稽古を始め、ルークがクリスに勝てないまま一年が経った。
いつものように郊外の草原にやってきた二人は馬を下りた。
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