静かなる戦い

丸井竹

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第二章 取り戻したい男

39.男達の変化

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  シェイルの事はヴェリエには絶対に秘密にしておきたいところだったが、ニールはあっさりヴェリエに明かしてしまった。

「リーナとダルニが引き取りに?どうして?また子供を閉じ込めるかもしれないわ」

危機感をあらわに訴えるヴェリエをエリオはなんとかなだめようとした。

「彼らが育てるわけじゃないだろう?それにシェイルのことなどどうでもいいだろう。一族の子であれば一族が面倒をみると聞いている。だいたいお前が戻ったところで守れるわけがないだろう。相手があんな戦士達ではとても戦えない」

シェイルを引き取りに現れたトーリ族の男たちはまるでゲール山の岩壁のように巨大で、強い者が偉いのであれば、とてもヴェリエが意見を言える立場になれるとは思えなかった。

「あの女の事はどうでもいいけど、子供の事は心配よ。外界の血を引く子供は本当に苦労するのだから」

ヴェリエの言葉にエリオは舌打ちを噛み殺した。救いのなかった自分の幼少時代に未だ囚われ、差し伸べられなかったその手に自らなろうとしているのだ。

「ヴェリエ、君は乗り越えた。自分が生き延びることを一番に考えるべきだ。あそこは敵が多すぎる。他人を守っている場合じゃないだろう」

エリオは説得したが、それでもヴェリエの気持ちを変えることはできなかった。

雪解け水が岩場に染み出て小さな川を作り始めると、雪山羊が移動を始めた。
ヴェリエを保護する男たちは家畜番の仕事をヴェリエに任せることになったと伝えに来た。

「家畜番というのは雪山羊なのか?トーリ族にとって雪山羊は資源となり得るのか?」

エリオは質問した。トーリ族の生活はなかなか見えてこない。純度の高い魔鉱石がどのように作られているのかも謎だった。

「毛を紡ぎ子供らが服や小物を作る。家にいる女も作るが、戦士に必要な道具はまじない師が作るからあまり重要視されていない仕事ではある。外界に売ったり、あるいは稀ではあるが、外界の血を持つ者が行商に出ることもある」

外界との接触を極端に嫌うトーリ族がそんなことをしているとは思わず、エリオは驚いた。

「そうなの?」

驚いたのはヴェリエも同じだった。ヴェリエはトーリ族の中でも地位が低く戦士達の話は全くおりてこないのだ。

「我らの森は外界から隔絶されているべきだが、女が少ない。子供を産ませることは時々あるのだ。それ故、外の様子をある程度把握しておく必要がある。その役目にはトーリ族らしくない容姿の者が選ばれる」

ヴェリエはそんなものが一族にいただろうかと顔をしかめた。

「そうした者はあまり他の者に知られないようにしているのだ」

謎の多いトーリ族には不思議な掟がたくさんある。まるで時代や状況に応じて変化しているようだった。

「掟は変えられないのか?つまり、ヴェリエがもう一度外界の男と結ばれるように考え直すなどといったことは無理なのか?だいたい成人して三年以内というのは誰が決めた掟だ?」

半年近い冬が過ぎ、エリオはついにトーリ族にその可能性について言及した。

「そうだな……。それはリーナが成人した時からあった。それに、外界から連れてきた女が産んだ子供が一族に馴染めなかった時の救済を目的とした掟でもある。外に放り出しても生きてはいけないだろうから選択は出来る。外に面倒をみることのできる男がいるなら出ても良いといった掟だ。しかしその子供はトーリ族の縄張りを出てはいけないとの決まりもある」

「アーダの森を出られないという事か?」

「それは女神の洞にある石板が決める。一族の血が外に出れば警報がなり、俺達が回収に走る」

ヴェリエがウーナ国の皇子にさらわれた時にはその警告が鳴らなかったと聞くと、エリオはその範囲はかなり広いのではないかと考えた。
さらに質問を重ねようとしたが、それ以上は外の男に話せないとニールは口を閉ざした。
太古の昔から隣人であったアーダの森のトーリ族が外界と接触した記録は数百年さかのぼっても見つけることはできない。

しかし、トーリ族だと名乗っていないだけで、ゴーデ領を旅したトーリ族はいるのかもしれないとエリオは考えた。王都に続く街道沿いに店を出す行商人は異国から来ている者も多い。トーリ族らしくない者なら容易に紛れ込めるだろう。

「一族の事が学べなかったのは私が教育を受けられなかったせいよ」

ヴェリエはこれから生まれるシェイルの子供を案じるように呟いた。
それでもエリオはヴェリエにシェイルの子に関わるなと言わずにはいられなかった。

ゲール山からアーダの森に続く尾根の上を雪山羊が悠々と移動できるようになると、ヴェリエは雪山羊に乗りトーリ族の集落に向かうことになった。

「ヴェリエ、夕刻には戻るのだろう?」

エリオは確認した。滞在はドウェイン城であることが許されている。
ヴェリエを保護する男達も一族の森にヴェリエを置くのは危険だと考えているからだ。

「暗くならないようにするけど……」

「もし暗くなり帰り道が危なくなればアーダの森に迎えに行く。それならいいだろう?」

エリオはヴェリエの手を取り、どんなことがあっても戻ってきてほしいと訴えた。

「これ以上失いたくない。もう取り戻せないものだとしても、今の距離だけは失いたくない」

ヴェリエは複雑な表情だった。傍にいたくてももう交わることのできない外界の男であり、トーリ族として生きると決めた以上、関わりすぎてはいけない男だ。

それでもエリオに惹かれているヴェリエは頷いた。固くごわついてきたエリオの髭に手を触れ、唇にキスをしたい気持ちを押さえこみ、ヴェリエは誰にも聞かれないように囁いた。

「ありがとう。エリオ……」


雪山羊に乗ってアーダの森へ向かったヴェリエは、その日、遅くなっても戻ってこなかった。
エリオはアーダの森の入り口に迎えにいったが、ガイが現れ、ヴェリエの帰りは明日になると告げた。

エリオに出来ることはヴェリエの無事を祈ることだけだった。

_____


 アーダの森にある自分の家に戻されたヴェリエは不満そうに洞窟のような部屋の寝台に座っていた。
向かいに立っていたのはリーナだった。

「ドウェイン城へ通うのは最初リーナが許してくれたのだと思っていたわ」

リーナは相変わらず戦士の装いであったが、腰に巻き付けた布がスカートのように揺れ、少しだけ女性らしい装いになっていた。

「あの男と親密になり過ぎだ」

「そうだとしても母さんが口を出すことではないでしょう?」

ヴェリエが母さんと口に出した途端に、リーナが不快そうに顔を顰めた。
ヴェリエは敏感にそれに気が付き即座に言い直した。

「リーナには関係ないわ」

 家畜番としてトーリ族の集落に戻ってきたヴェリエは長く集落を離れていたとは思えないほどあっさり一族に受け入れられた。
ヴェリエが雪山羊をまとめて放牧していくのを見かけ、トーリ族の男達が、冬の間にわが物顔でうろつくようになった雪山羊をどかしてくれと口々に頼んできたのだ。

気軽に仕事を頼んでもらえたことに喜び、ヴェリエははりきって雪山羊を集めた。
ヴェリエが仕事をする間、ヴェリエを保護するイダが他のトーリ族が近づいてこないように守っていた。

集め終えた雪山羊を人通りのない岩場に留めておこうと移動したところにリーナがやってきた。
雪山羊が訓練場の中に入らないように魔鉱石に念を込めて埋めておくようにと言われ、ヴェリエは引き受けた。
ところが、魔鉱石の準備に時間がかかり、明日の朝やってもらわなければならないとリーナはヴェリエに告げたのだ。

ヴェリエは警戒し、ならば一旦城に戻ると訴えたが、家畜番として与えられた仕事を終えずには返せないと言われ、一晩泊まることになってしまった。

エリオに帰れないと伝えに行きたいとヴェリエは自分を保護する男達に訴え、ガイがアーダの森の入り口に走った。

 一晩トーリ族の集落に滞在することになったヴェリエの家に来たのはリーナだけではなかった。
当然ダルニも一緒で、ヴェリエを保護する男たちは警戒し、寝室の戸口とヴェリエの後ろにニールとオロが立った。
リーナは相変わらず一族の一員である自覚が足りないとヴェリエにきつい口調で説教した。

「お前はトーリ族の女になった。外界にお前の居場所は一つもない。忘れるな。一族に貢献できなければお前に生きている価値はない」

リーナはとどめの一言を突き付けると、ダルニと共に出て行った。

ヴェリエに危害を加えられなかったことに安堵した男達だったが、ヴェリエは大粒の涙を流して泣いていた。

ニールはヴェリエの隣に座り、なんとなくその体を抱き寄せ寝台の上に横たわった。
オロはニールがヴェリエを抱くのだと思い、順番を待つように壁際の椅子を引き寄せ座ったが、ニールは何もせず、すすり泣くヴェリエを腕に抱いたまま寝そべっている。

「何をしている?」

オロが不思議そうに問いかけると、外に立っていたガイやダインも部屋に入ってきて首を傾けた。
イダが戸締りをして戻ってきた。

「ヴェリエが泣いている。エリオはヴェリエが泣くとこうしていただろう?外界の血を強く引いているヴェリエはこうしたやり方が好きだ」

なるほどと男達は頷いた。
男達はヴェリエの周りに集まると、その体に触れ、エリオがしていたことを思いだし、そっと撫でた。大きく温かな手がヴェリエを囲み、ヴェリエはまるで大きな赤ん坊になった気持ちになった。

そして熱い涙を数えきれないほど落とした。トーリ族の男達に慰められることがこれほどまでに自尊心を満たしてくれるものだとは思わなかったのだ。
リーナに認められなければ一族の一員になれないと思い込んでいたヴェリエの頑な心は少しずつ溶け出し、気が付けばヴェリエは心地よい睡魔に身をゆだねていた。

眠りに落ちる寸前、ヴェリエは微睡の中、かすかな声を発した。

「ありがとう……ニール、オロ、イダ、ダイン、ガイ……」

一人も漏らさず名前を言い終えることが出来たのは幸運だった。最後の名前を口にした時にはヴェリエの意識は半ば夢の中だった。
男達は顔を見合わせ、この不可解な感情はなんだろうかと首をひねった。
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