静かなる戦い

丸井竹

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第三章 奪われた男

45.走り始めた未来

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 エリオはヴェリエを抱き上げ真っすぐにドウェイン城へ向かった。
主城まで三つの門をくぐり、レイドの待つ厩に到着すると既に夕刻を過ぎていた。

「レイド!」

飛んできたレイドに、エリオは馬を渡した。

「レイド、ヴェリエだ。俺の妻にした」

驚いたレイドだったが、昔のように目を輝かせ、勝気な笑みを浮かべるエリオに、わかったと頷いた。
ヴェリエは隣で恥ずかしそうに微笑んだ。
レイドはその愛らしい仕草に頬を赤くして頭を下げた。

「立場上出来ることはそう多くないが、脱出用の馬をうっかり放してしまうぐらいのことは出来るだろう」

非情なロナウスは自分に逆らう者を許さない。
エリオはレイドに感謝の気持ちを込めて頷いた。

「明日妻を連れてくると父上と約束した。今日はあまり目立ちたくない」

エリオはそう囁き、ヴェリエにフードを被せ、怪訝な視線を向けてくる召使たちの間を素早く通り抜け自分の部屋へ向かった。
部屋に入ると素早く鍵を閉める。

「ヴェリエ、恐らくこんな豪華な部屋で過ごすのは今日で最後だ。一応初夜になるからな。せめて最後の贅沢にふかふかのベッドを使おう」

暖炉に火を入れ、エリオは扉の前で立ち尽くしているヴェリエを抱き上げた。
豪華な室内にすっかり怖じ気づいていたヴェリエは、不安そうにエリオの首にしがみついた。
エリオは安心させるように優しくざらついた頬をヴェリエの頭に押し付けた。

「大丈夫だ。ヴェリエ、俺が必ず守る」

はやる心を押さえながら寝台に優しくヴェリエを横たえ、その上に覆いかぶさる。
その光景はエリオだけが持つ過去の記憶と重なった。

瀕死の重傷を負ったヴェリエの横たわる姿だ。
エリオに許されたのは手を繋ぐことだけだった。

エリオは不安そうなヴェリエを見おろしながら服を脱いだ。
その鼓動は心臓が飛び出しそうなほど高鳴っている。

「私……エリオに言わないといけないことがあるの。私、どうしても結婚相手を見つけなきゃいけない事情があって……」

緊張と期待で震える指で、エリオはヴェリエの服を脱がせにかかった。

「わかっている。君の親族にも結婚の挨拶に行かないといけないな。俺はもうこの城を出るつもりだった。ヴェリエ、俺はお前の村で暮らすことになるのか?それとも王都で暮らしたように好きに生きられるのか?」

アーダの森に入ったことのないエリオはトーリ族についてそれほど知っているわけではない。
ヴェリエとシェイル、ニールに聞いた話だけでは見えてこないことも多かった。

「本当は……夫を連れていくことになっているの。でも、一族の傍なら少し距離をとって生きていけるのかも。聞いてみないとわからないけど、でも、エリオには少し辛い思いをさせるかも……」

ついにヴェリエの一糸まとわぬ姿が露わになった。
傷一つない体を見るのは久しぶりだった。
傷だらけの痛ましい体に何度も薬をぬった記憶が蘇る。

エリオはそっとヴェリエの柔らかな乳房に触れ、幸福のあまり堪えきれない吐息をついた。
ゆっくりと体の隅々まで手を這わせ、目で確認し、鼻を押し付け唇で味わう。
どこもかしこも滑らかで、傷一つ見つからない。

こんなにゆっくりとした愛撫は初めてで、ヴェリエは顔を赤くして身をよじった。

感極まったようにエリオは囁いた。

「どこに行っても、ヴェリエ、君は俺のものだ。誰にも渡さない。もう二度と誰にも渡すものか」

優しい愛撫は次第に荒々しさを増し、エリオは夢中でその体を貪り始めた。
ヴェリエは快楽に身をゆだね嬌声を上げたが、あらぬ疑いをかけられたことには文句を言った。

「酷いわ。私、他の人なんて知らないわ。そりゃ夫は探していたけどエリオだけよ」

その言葉にエリオの胸は強く痛んだ。

ヴェリエの悲しそうな声を覚えている。
閉ざされた客間の扉越しに聞こえた荒いトーリ族の息遣いと、ヴェリエの哀願する声。
優しく触れ、愛していると囁くことすらしない男達に体を使われ、保護してくれているのだとその運命を受け入れていた傷ついた眼差し。
エリオにしか抱かれたことのなかったヴェリエの体は何度も踏みにじられた。

恐ろしい記憶をかき消すようにエリオは欲望のままにヴェリエの体を抱き続けた。
その体はまだ他の男を知らない。エリオだけが知るヴェリエの体だ。

エリオは自身の快楽に溺れ、我を失い腰を振った。
気が付けば、ヴェリエはエリオの腕の中で眠っていた。

恍惚とした喜びに濡れ、ヴェリエは健やかな寝息を立てている。
汗に濡れたその体にそっと触れ、エリオは体が冷えてきていることに気が付いた。

布でヴェリエの股間を拭い、その下に乾いた布を押し込んだ。
分厚い上掛けを引き上げると、エリオは改めて、ヴェリエの幸福そうな寝顔を見おろした。

まだどこかで不安が残る。本当にやり直せるのか。夢ではないのか。
もしこれが現実だというなら、かなえられる願いは三つだけ。やり直しはもう出来ない。

危険はまだ去ってはいない。これから始まるのだ。
エリオは静かに目を閉じた。



 翌日、ロナウスとの約束に備え、エリオはヴェリエの身支度を積極的に手伝った。ヴェリエが青いガラス玉の耳飾りを取り出すと、エリオは喜んでそれを耳につけるのを手伝った。
領主の跡取りであるエリオの妻には不似合いな安物だったが、ヴェリエのうれしそうな顔にエリオは我慢できず、深く唇を重ねた。

ヴェリエは自分を甘やかすエリオに何度も申し訳なさそうな顔をし、何かを言いかけたが、そのたびにエリオはその唇を奪い、安心させるように抱きしめた。


 身支度を終えると、エリオはヴェリエをしっかり抱き寄せ謁見の間に並んだ。
一段高いところに座ったロナウスは不機嫌そうに、二人を見下ろした。

エリオはヴェリエに視線を向けた。あの時と同じ、少し強張った不快な顔だ。
きっと父親だと気づいたに違いない。

それでもヴェリエは何も言わないのだ。
エリオのために父親を諦めた。

エリオはすぐにでもヴェリエに熱い口づけを浴びせたい気持ちを押さえ、前に出た。

「父上、私は彼女と生きていくことに決めました。もう昨日のうちに結婚もすませました」

エリオは結婚の誓約書を取り出し、ロナウスの前に突き付けた。

「そんな勝手を許すと思ったか!」

激怒したロナウスからヴェリエを守るようにエリオはヴェリエを自分の後に隠した。

「許されなくても、もう変えられません。
父上、私は長いこと自分が父上の血を継いでいないのではないかと考えてきました。
母上にも父上にも似ていない私は努力で父上のようになるしかないと思っていました。
しかし、やはり血にこだわるなら私はここには不用です。
母上にきいてみてください。私はたぶん父上の子ではない。母上とて本当に子供を産んだことがあるのか甚だ疑問です。
すぐに母上を拘束の上、私の出生の秘密を知る者を探し出すことをお勧めします。
私は、彼女と一緒に彼女の生まれ故郷で暮らします」

青ざめたのはロナウスの部下たちだった。ロナウスは険しい表情のまま、隣のイーグを呼び、何事かを命じた。側近の何人かが広間を出て行く。ロナウスは再びエリオに視線を向けた。

「俺の息子であることを捨てるというのか?」

ロナウスは怒鳴った。確かに息子ではないのではないかと疑い、不愉快な存在だと思ってきたが、それでも捨てるなら自分であって、エリオの方から出ていくと宣言されるなど思ってもいなかった。
それが証拠に、やはり新たに世継ぎをたてるのも面倒だと、エリオを迎えにやらせれば、エリオはロナウスに認めてもらいたい一心でほいほいと戻ってきたのだ。

「地位も名誉も、贅沢な暮らしも何もいらないのです。私は、何も持たない私自身を愛してくれたヴェリエがいればいいのだと気づきました。
父上には感謝しております。多くを学び、剣の腕も鍛えることが出来ました。おかげで王都ではなんとか食べていけました。
最初は住むところも食べるものもなくヴェリエに養ってもらいましたが、仕事につけたのは父上が私に許して下さった教育のおかげです。親不孝をお許しください」

エリオはヴェリエを抱き寄せた。
心配そうなヴェリエの背中を押して、共に歩きだす。

「待て!エリオ!」

ロナウスは不本意ながら世継ぎの立場にあるエリオを呼び止めた。
エリオはこれまでロナウスに認められようとそれこそ血の滲むような努力をしてきたのだ。
家出はしたが、それも一人前になりロナウスに認めてもらいたい一心であることはわかっていた。
それをあっさり投げ出すなど考えられない。

「証言が得られるまで、お前には息子でいてもらわなければならない。お前には役目が残っている」

エリオには死を覚悟し、ロナウスと肩を並べて戦った記憶もある。
それはこれから起こる未来だ。
エリオは足を止め、ロナウスを見上げた。

「わかりました。父上、一つご忠告申し上げたい。私が王都からここに至るまでに拾った情報によれば、ルベリアとキムイ、ウーナ国が同盟を組み、アーダの森を狙っているようです。その足掛かりにこの城を落とすかもしれません。まだ噂の段階ですが、用心された方がいい」

情報を得た経緯はでたらめだったが、打てる手は早めに打った方がいい。
エリオの発言にロナウスの周りに控えていた部下達がざわめいた。
ロナウスはさらに表情を険しくした。

「何を企んでいる?」

動揺の種をまき、自分の地位を奪おうと画策しているのではないかとロナウスは怪しんだ。
エリオは焦っていた。
確実にヴェリエを自分のものにしなければならない。最大の難関はトーリ族なのだ。
こんなところでもたもたしている場合ではない。

「もう父上と呼べる資格はないかもしれない。それでも、恩を返したいと思っております。その気持ちは本物です。もし、父上に危険が迫った時はかならず駆け付け、恩を返します。証言出来る者をみつけ連れてきます」

「お前が今出ていけば、お前が怪しげな企みのために何か準備をしに行くのかと勘繰らなければならない」

ロナウスはエリオが敵か味方か見定めようとするように鋭く切り込んだ。
仕方なくエリオは振り向き膝をついた。

「お願いです。ヴェリエの家族に一刻も早く結婚の報告をしたいのです。私にはそれ以上に大切なことはありません。お許しください」

いつの間にかロナウスの戦士達がエリオを取り囲んでいた。戸口にも戦士が立っている。

「ならば見張りを付けて頂いてもかまいません。森の小屋に荷物を置いてきたままなのです。一度戻らせてください」

ヴェリエもエリオの隣に座り、頭を下げていた。エリオは周りを見て、ヴェリエを守り死者を出さずに逃げられるだろうかと考えた。

ロナウスとは父と息子として信頼関係を結べた過去があるだけに、うまくいく道があるのもわかっている。

「エリオ……私のせいで無理しないで……挨拶なんてまだいいのに」

ヴェリエが囁いた。やっと手に入れたヴェリエと幸せになれる道はまだ確定していない。
これから起こる未来のことを知っているのはエリオだけだ。
慎重に周囲を納得させながら話を進める必要があるのかもしれないとエリオは考え直した。

「わかった。ヴェリエ、俺の傍を離れないでくれ」

エリオはその日城を出ることを諦めた。ロナウスはエリオに部屋で待つように告げ、エリオはヴェリエを自分の部屋に連れ帰った。
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