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第一章 竜の国
32.生贄の山へ
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ナタ村で一仕事を終えたデレクとヒューは馬を並べ、ルト村に向かっていた。
まだ夜明け前で、道は暗く、二人は慎重に馬を進める。
「お前、演説の時、ラーシアのことを考えていただろう」
熱く語るデレクの目が赤く充血し、濡れていたことにヒューは気づいていた。
ヒューの言葉に、デレクは力なく話し出す。
「ついこの間まで、俺達は王都の酒場で一緒に酒を飲み、ラーシアの歌を聞き、食事をして楽しい夜を過ごした。そんな日が毎日続くのだと思っていた。
結婚だって考えていたのに、どんどん遠くなり、ついに手の届かないところに行ってしまう。
彼女は南の島からきた観光客で、俺達は普通の恋人同士だったのに。
でも、こんな風に引き離された恋人たちが、これまでもいたのだと思うと、自分のことばかり考えていられないな……」
生贄は正式にラーシアに決まってしまった。
デレクは泣いたが、奪い返しに行こうとはしなかった。
「ラルフのことか?そもそもなぜ生贄は若い女じゃないといけないのか、不思議だよな。屈強な男とかじゃだめなのかな」
ヒューは筋骨隆々の男が生贄の山頂に縛り付けられる姿を想像し、気色悪そうに顔を引きつらせた。
「そんな生贄は聞いたこともないな……」
デレクも嫌な顔をする。
「女でいいなら、八十過ぎの女性を募集しても良かったよな」
その想像は、筋骨隆々の男よりは幾分ましだった。
「指名するぐらいなのだから、好みがあるのだろう……」
デレクはどこまでも他人事のように生贄のことを話す自分たちにやはり少し違和感を感じた。
「まぁ、俺が竜ならやっぱり若い女だな」
デレクは少しばかり不謹慎だぞとヒューを睨みつけるが、実際竜と戦うことになれば、ヒューは絶対逃げない男だとわかっていた。
ラーシアが失敗すれば、戦うのだとすでに覚悟を決めている。
なんとか夜が明ける前に二人はルト村に到着し、ルシアン団長への報告を終えた。
ルシアンは二人を労った。
「ご苦労だった。新人とは思えない活躍だ。連日の見張りでまとまった睡眠もとれていまい。しっかり休め」
デレクは躊躇いがちに願い出た。
「ラーシアにはもう会えないのでしょうか?」
ルシアンは渋い顔をした。
恋人と離れがたくなり、ラーシアが生贄をやめるなどと言いだしては困る。
生贄は騎士団が周りを固め、親しい者達から孤立させておくことになっている。
しかし恋人同士であれば最後の別れはさせてやりたい気もする。
「わかった。確認をとる」
「よろしくお願いします」
デレクは深々と頭を下げた。
二人は第四騎士団のテントを二つ割り当てられた。
交代で見張りをする必要もなくなり、デレクは少しでも体を休めておこうとテントの中に横になった。
ところが、横になって目を閉じた途端、ヒューの声に起こされた。
「おい!お前のせいでもう一つ仕事を受けたぞ」
デレクは不機嫌な顔でテントから顔を出した。
眼を擦り、顔を上げた途端、飛び起きる。
「ラーシア!」
ヒューの後ろにラーシアが立っていた。
「やあ」
稲妻のようにテントから飛び出し、デレクはラーシアを抱きしめた。
「ラーシア……本物だ……」
温かく華奢な体がデレクの腕の中におさまった。
「話をしにきた」
ラーシアの言葉で三人はなんとなくかがり火を囲み、しゃがみ込んだ。
思念を読まれるのを気味悪がっていたヒューも、なぜかそこにいた。
「最後まで会わない方がいいのか、それともぎりぎりまで会っておく方がいいのか、デレク、君の未来にとってどちらがいいのか考えた。私がいない未来も、デレクには元気に生きて欲しいからね。
だけど、デレクの気持ちを私が勝手に決めつけるのも違う気がした。
だから話をしに来た。君がどうしたいのか聞くために」
「ラルフのようになるなと言いたいのだろう?」
どこか冷めた様子のラーシアに幾分傷つきながらも、デレクはラーシアの手を握った。
「そう。失敗しても、成功しても、私を探さないで欲しい。前を向いて良い騎士でいて欲しい」
ヒューはだまって揺らめく炎を見つめている。
沈黙の時が流れ、やがてデレクが口を開いた。
「君が消えたら……悲しむだろうな。でも今生きている君と出来る限り一緒にいたい。訪れる悲しみを恐れ、今手を伸ばせば届く場所に君がいるのに、愛し合わないなんて、考えられない。
君が消えた後、俺は君と出来る限り愛し合わなかったことを後悔する。その方が辛い。
ケティアが俺を待っている可能性は消えたし、俺の身辺はきれいだぞ。君は?ラルフとはきれいに別れたか?」
幾分憤慨してラーシアはデレクを睨んだ。
「一緒にするな。別れるもなにも、ラルフとは付き合ったわけじゃない。互いに心を慰め合っただけだ。ラルフはシーアを愛している。それを貫いてほしいと思っている」
ヒューが思わず鼻で笑った。
「酷だな。死んだ女だろう?」
死んだ女を十年以上も想って暮らすなどヒューには考えられない。
ラーシアはただ微笑んだ。
「まぁそうだけど、ラルフにはシーアの母親に会いにいってもらったんだ。娘さんをまだ愛していますって伝えてほしくてさ。だから、それまでは愛していて欲しいじゃないか」
「なるほど」
ヒューが立ち上がる。
「じゃあ、俺は寝るよ。明日から、俺達はラーシアの護衛になったらしいぞ。お前ひとりで良い気がするが、とりあえず、また明日な」
自分のテントに戻っていくヒューを見送り、デレクがラーシアの手を引っ張り、抱き寄せた。
「護衛?そうなのか?ぎりぎりまで一緒にいられるのか?」
「君の答えによっては護衛は他に頼むつもりでいた。でも君が傍にいた方が後悔がないというなら、護衛を頼むよ。生贄の山までね。山頂に私を縛り付ける役はさすがにやりたくないだろう?」
苦痛の表情を浮かべるデレクに近づき、ラーシアは耳元で囁いた。
「疲れたな。テントに入って寝よう」
それは魅力的な申し出だった。ラーシアを抱き上げ、デレクは自分のテントに入ると、マットの上にラーシアを横たえた。
毛布をひっぱりあげてラーシアを腕に抱く。
「今日はこのまま寝よう。疲れただろう?」
「お互いにね」
心地良く言葉を交わし、二人は目を閉じた。
肌の感触と体温までもが混ざり合い、互いの胸の鼓動に耳を澄ます。
温かく幸福な時間を共有し、二人はあっという間に眠りに落ちた。
翌日、またもやデレクはヒューの声で起こされた。
「おい!大変だ!」
目をこすりながら、ヒューの次の言葉を待つが、一向に何が大変なのか言って来ない。
デレクは入り口の布を押し上げ、文句を言った。
「いつも遠慮も無しに飛び込んできて用件を言うくせに、なんで今日は言ってこない」
ヒューはテントの前で腕組みし、苛々と立っている。
「良いから、早く出て来いよ」
這うように外に出て、起き上がったデレクは、ヒューの視線の先に目を向け驚いた。
たくさんの人がルト村を囲むように立ち並んでいる。
「まさか、ナタ村の人達が外に預言者の話を広めたのか?」
昨夜口止めしたのに、こんなに広まっていてはさすがに怒られるだろうと、デレクは青ざめる。
ラーシアも何の騒ぎだとテントから出てきた。
そこに第四騎士団副官のレイクが走ってきた。
「馬に乗り護衛と一緒に少しだけ姿を見せろ。ラーシア、民衆が君の名前を呼んでいる」
どういうことかと首を傾けながら、ラーシアはデレクと共に馬上に上がり、人々から見える場所まで進む。
ヒューが少し後ろで馬を立て鋭い目を光らせる。
その周りを第四騎士団の騎士達が見張っている。
沿道の人々がラーシアの姿を目にすると、大きく手を振り始めた。
何の騒ぎかと、調べに出ていた騎士達が帰ってきた。
「なぜか今年の生贄は竜の戦士ラーシアだと噂が広まっています。ラーシアが生贄の年を終わらせる希望の人だと聞いた者もいました。とにかくラーシアを応援したいと人々が集まっています。噂の出所は南の町からだそうです」
ルシアン団長は驚いた。預言者の言葉が外に出る前に、ラーシアが生贄になると言い当てたものがいるのだ。
しかもその応援はラーシアに向けられたものだけではなかった。
騎士や予言者の名前を叫ぶ声もあった。
「バレア国万歳!騎士様、必ず生贄をやめさせてください!」
「竜を追い出せ!バレア国は竜を退ける国になる!」
「預言者様!諦めないでください!」
それは竜と戦うことを決意した騎士達を非難する声ではなかった。
竜と戦うことを決意した騎士達を応援する声だったのだ。
民衆の支持を受け、騎士達はすぐに出立の準備を整え、堂々と行軍を始めた。
民衆を不安にさせないように竜との戦いについてはもう少し伏せておく予定だったが、その必要はなくなったのだ。
第四騎士団が先頭で、その後ろにラーシアとデレク、ヒューが続く。
そして第一騎士団、預言者の馬車、そして第二、第三騎士団と続く。
街道は武装した立派な騎士達の姿で埋め尽くされた。
民衆は可能な限り近づき、騎士達に声援を送り、ラーシアを竜の戦士と讃えた。
一人の犠牲で百人が助かる。そんな平和にすがってきた人々の考えを誰が変えたのか、それはわからなかった。
ユロの町が見えてくるとさらに人が増えてきた。
馬上でデレクに背中を抱かれ、ラーシアは沿道の人々に笑いかけ、大きく手を振った。
ラーシアがデレクを振り返った。
「最後の花道としては最高じゃないか」
顔をしかめ、デレクが言い返す。
「縁起でもないことを言うな。対話がうまくいけば生きて戻れるのだろう?」
ラーシアは無言で微笑み、再び集まった人々に視線を向ける。
大きく手を振ると、ラーシアの名前を讃える声があがった。
そんなラーシアを、守るのは護衛のデレクとヒューだけではない。
他の騎士達もラーシアを暗殺されまいと守っている。
バレア国民全員が竜との戦いを支持しているわけではない。
ただ、大勢の声に負けているだけだ。
そのことを騎士達は忘れていなかった。
まだ夜明け前で、道は暗く、二人は慎重に馬を進める。
「お前、演説の時、ラーシアのことを考えていただろう」
熱く語るデレクの目が赤く充血し、濡れていたことにヒューは気づいていた。
ヒューの言葉に、デレクは力なく話し出す。
「ついこの間まで、俺達は王都の酒場で一緒に酒を飲み、ラーシアの歌を聞き、食事をして楽しい夜を過ごした。そんな日が毎日続くのだと思っていた。
結婚だって考えていたのに、どんどん遠くなり、ついに手の届かないところに行ってしまう。
彼女は南の島からきた観光客で、俺達は普通の恋人同士だったのに。
でも、こんな風に引き離された恋人たちが、これまでもいたのだと思うと、自分のことばかり考えていられないな……」
生贄は正式にラーシアに決まってしまった。
デレクは泣いたが、奪い返しに行こうとはしなかった。
「ラルフのことか?そもそもなぜ生贄は若い女じゃないといけないのか、不思議だよな。屈強な男とかじゃだめなのかな」
ヒューは筋骨隆々の男が生贄の山頂に縛り付けられる姿を想像し、気色悪そうに顔を引きつらせた。
「そんな生贄は聞いたこともないな……」
デレクも嫌な顔をする。
「女でいいなら、八十過ぎの女性を募集しても良かったよな」
その想像は、筋骨隆々の男よりは幾分ましだった。
「指名するぐらいなのだから、好みがあるのだろう……」
デレクはどこまでも他人事のように生贄のことを話す自分たちにやはり少し違和感を感じた。
「まぁ、俺が竜ならやっぱり若い女だな」
デレクは少しばかり不謹慎だぞとヒューを睨みつけるが、実際竜と戦うことになれば、ヒューは絶対逃げない男だとわかっていた。
ラーシアが失敗すれば、戦うのだとすでに覚悟を決めている。
なんとか夜が明ける前に二人はルト村に到着し、ルシアン団長への報告を終えた。
ルシアンは二人を労った。
「ご苦労だった。新人とは思えない活躍だ。連日の見張りでまとまった睡眠もとれていまい。しっかり休め」
デレクは躊躇いがちに願い出た。
「ラーシアにはもう会えないのでしょうか?」
ルシアンは渋い顔をした。
恋人と離れがたくなり、ラーシアが生贄をやめるなどと言いだしては困る。
生贄は騎士団が周りを固め、親しい者達から孤立させておくことになっている。
しかし恋人同士であれば最後の別れはさせてやりたい気もする。
「わかった。確認をとる」
「よろしくお願いします」
デレクは深々と頭を下げた。
二人は第四騎士団のテントを二つ割り当てられた。
交代で見張りをする必要もなくなり、デレクは少しでも体を休めておこうとテントの中に横になった。
ところが、横になって目を閉じた途端、ヒューの声に起こされた。
「おい!お前のせいでもう一つ仕事を受けたぞ」
デレクは不機嫌な顔でテントから顔を出した。
眼を擦り、顔を上げた途端、飛び起きる。
「ラーシア!」
ヒューの後ろにラーシアが立っていた。
「やあ」
稲妻のようにテントから飛び出し、デレクはラーシアを抱きしめた。
「ラーシア……本物だ……」
温かく華奢な体がデレクの腕の中におさまった。
「話をしにきた」
ラーシアの言葉で三人はなんとなくかがり火を囲み、しゃがみ込んだ。
思念を読まれるのを気味悪がっていたヒューも、なぜかそこにいた。
「最後まで会わない方がいいのか、それともぎりぎりまで会っておく方がいいのか、デレク、君の未来にとってどちらがいいのか考えた。私がいない未来も、デレクには元気に生きて欲しいからね。
だけど、デレクの気持ちを私が勝手に決めつけるのも違う気がした。
だから話をしに来た。君がどうしたいのか聞くために」
「ラルフのようになるなと言いたいのだろう?」
どこか冷めた様子のラーシアに幾分傷つきながらも、デレクはラーシアの手を握った。
「そう。失敗しても、成功しても、私を探さないで欲しい。前を向いて良い騎士でいて欲しい」
ヒューはだまって揺らめく炎を見つめている。
沈黙の時が流れ、やがてデレクが口を開いた。
「君が消えたら……悲しむだろうな。でも今生きている君と出来る限り一緒にいたい。訪れる悲しみを恐れ、今手を伸ばせば届く場所に君がいるのに、愛し合わないなんて、考えられない。
君が消えた後、俺は君と出来る限り愛し合わなかったことを後悔する。その方が辛い。
ケティアが俺を待っている可能性は消えたし、俺の身辺はきれいだぞ。君は?ラルフとはきれいに別れたか?」
幾分憤慨してラーシアはデレクを睨んだ。
「一緒にするな。別れるもなにも、ラルフとは付き合ったわけじゃない。互いに心を慰め合っただけだ。ラルフはシーアを愛している。それを貫いてほしいと思っている」
ヒューが思わず鼻で笑った。
「酷だな。死んだ女だろう?」
死んだ女を十年以上も想って暮らすなどヒューには考えられない。
ラーシアはただ微笑んだ。
「まぁそうだけど、ラルフにはシーアの母親に会いにいってもらったんだ。娘さんをまだ愛していますって伝えてほしくてさ。だから、それまでは愛していて欲しいじゃないか」
「なるほど」
ヒューが立ち上がる。
「じゃあ、俺は寝るよ。明日から、俺達はラーシアの護衛になったらしいぞ。お前ひとりで良い気がするが、とりあえず、また明日な」
自分のテントに戻っていくヒューを見送り、デレクがラーシアの手を引っ張り、抱き寄せた。
「護衛?そうなのか?ぎりぎりまで一緒にいられるのか?」
「君の答えによっては護衛は他に頼むつもりでいた。でも君が傍にいた方が後悔がないというなら、護衛を頼むよ。生贄の山までね。山頂に私を縛り付ける役はさすがにやりたくないだろう?」
苦痛の表情を浮かべるデレクに近づき、ラーシアは耳元で囁いた。
「疲れたな。テントに入って寝よう」
それは魅力的な申し出だった。ラーシアを抱き上げ、デレクは自分のテントに入ると、マットの上にラーシアを横たえた。
毛布をひっぱりあげてラーシアを腕に抱く。
「今日はこのまま寝よう。疲れただろう?」
「お互いにね」
心地良く言葉を交わし、二人は目を閉じた。
肌の感触と体温までもが混ざり合い、互いの胸の鼓動に耳を澄ます。
温かく幸福な時間を共有し、二人はあっという間に眠りに落ちた。
翌日、またもやデレクはヒューの声で起こされた。
「おい!大変だ!」
目をこすりながら、ヒューの次の言葉を待つが、一向に何が大変なのか言って来ない。
デレクは入り口の布を押し上げ、文句を言った。
「いつも遠慮も無しに飛び込んできて用件を言うくせに、なんで今日は言ってこない」
ヒューはテントの前で腕組みし、苛々と立っている。
「良いから、早く出て来いよ」
這うように外に出て、起き上がったデレクは、ヒューの視線の先に目を向け驚いた。
たくさんの人がルト村を囲むように立ち並んでいる。
「まさか、ナタ村の人達が外に預言者の話を広めたのか?」
昨夜口止めしたのに、こんなに広まっていてはさすがに怒られるだろうと、デレクは青ざめる。
ラーシアも何の騒ぎだとテントから出てきた。
そこに第四騎士団副官のレイクが走ってきた。
「馬に乗り護衛と一緒に少しだけ姿を見せろ。ラーシア、民衆が君の名前を呼んでいる」
どういうことかと首を傾けながら、ラーシアはデレクと共に馬上に上がり、人々から見える場所まで進む。
ヒューが少し後ろで馬を立て鋭い目を光らせる。
その周りを第四騎士団の騎士達が見張っている。
沿道の人々がラーシアの姿を目にすると、大きく手を振り始めた。
何の騒ぎかと、調べに出ていた騎士達が帰ってきた。
「なぜか今年の生贄は竜の戦士ラーシアだと噂が広まっています。ラーシアが生贄の年を終わらせる希望の人だと聞いた者もいました。とにかくラーシアを応援したいと人々が集まっています。噂の出所は南の町からだそうです」
ルシアン団長は驚いた。預言者の言葉が外に出る前に、ラーシアが生贄になると言い当てたものがいるのだ。
しかもその応援はラーシアに向けられたものだけではなかった。
騎士や予言者の名前を叫ぶ声もあった。
「バレア国万歳!騎士様、必ず生贄をやめさせてください!」
「竜を追い出せ!バレア国は竜を退ける国になる!」
「預言者様!諦めないでください!」
それは竜と戦うことを決意した騎士達を非難する声ではなかった。
竜と戦うことを決意した騎士達を応援する声だったのだ。
民衆の支持を受け、騎士達はすぐに出立の準備を整え、堂々と行軍を始めた。
民衆を不安にさせないように竜との戦いについてはもう少し伏せておく予定だったが、その必要はなくなったのだ。
第四騎士団が先頭で、その後ろにラーシアとデレク、ヒューが続く。
そして第一騎士団、預言者の馬車、そして第二、第三騎士団と続く。
街道は武装した立派な騎士達の姿で埋め尽くされた。
民衆は可能な限り近づき、騎士達に声援を送り、ラーシアを竜の戦士と讃えた。
一人の犠牲で百人が助かる。そんな平和にすがってきた人々の考えを誰が変えたのか、それはわからなかった。
ユロの町が見えてくるとさらに人が増えてきた。
馬上でデレクに背中を抱かれ、ラーシアは沿道の人々に笑いかけ、大きく手を振った。
ラーシアがデレクを振り返った。
「最後の花道としては最高じゃないか」
顔をしかめ、デレクが言い返す。
「縁起でもないことを言うな。対話がうまくいけば生きて戻れるのだろう?」
ラーシアは無言で微笑み、再び集まった人々に視線を向ける。
大きく手を振ると、ラーシアの名前を讃える声があがった。
そんなラーシアを、守るのは護衛のデレクとヒューだけではない。
他の騎士達もラーシアを暗殺されまいと守っている。
バレア国民全員が竜との戦いを支持しているわけではない。
ただ、大勢の声に負けているだけだ。
そのことを騎士達は忘れていなかった。
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