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第一章 企み
16.身代わりの女
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魔の森の縁に再び集ったジェイスの所属する第二騎士団の騎士達は、その不気味な森の陰に表情を曇らせた。
明らかに以前より魔力が増している。中に入ればどれぐらい体がもつかわからない。
契約魔法使いも来ていたが、魔法使いでさえも、中に入るのを嫌がった。
「塔の場所を間違えて、迷いでもしたら命を落としかねません」
「原因は塔持ちの魔法使いが減ったせいか?」
王国に害をもたらさないことを約束した塔持ちの魔法使いたちは、魔の森に塔を建て、魔力量を抑制し森を安定させる。しかしそんな魔法使いたちは殺されたり、行方不明になったりして数を減らしている。
第二騎士団を率いるイーガンに契約魔法使いウーが答える。
「それもあるでしょうが……。最果ての魔力と隣接するリトナ国が魔霧に飲まれたことも原因でしょう。溢れる魔力を食い止められる場所がないのです。このままではこの国も魔境になってしまうかもしれません」
黒い霧が立ちのぼり、魔力抵抗がない騎士はもはや近づけない。
「原因が最果てにあるなら、私達には手は出せない。塔を築ける魔法使いも、この魔力量では塔を保てない可能性があります」
言っている傍から轟音がとどろき、上空にそびえていた塔が一つがらがらと音を立てて崩れ始めた。
「ギールの塔だ!」
温厚な塔持ちの魔法使いであり、王国の騎士達にも協力的だ。
「助けられるか?」
契約魔法使いのウーは頷いた。
「生きていれば連れ出すことは出来るでしょう」
魔法耐性のある騎士達が選ばれ森に入ることになった。
ジェイスが先頭にいた。
ポケットにローゼの幸運の刺繍が入っている。
馬を残し、行動可能な騎士達は崩れていく塔に向かう。
あまりにも危険な任務だったが、王国に協力的な魔法使いは貴重な存在だ。
決死の覚悟で魔霧の漂う森の中を魔法使い救出のため騎士達は進む。
ジェイスはローゼのことを想った。
生きて戻ったら、結婚が無効になったことを告げなければならない。
それから、もう自分に関わってはいけないとも言っておいた方がいい。
ケビンはジェイスを憎んでいる。
全てを奪っておきながら、まだ憎み足りず、ジェイスより優位な立場にあろうとあがいている。
さらに気に入らなければ鞭を打つと、レアナを人質にしている。
もしレアナに子供が宿っていればその子も利用するだろう。
家を捨てられないジェイスはこの泥沼にローゼが巻き込まれないように、ローゼを捨てるしかない。
第十五騎士団に託したペンダントと一緒に送った手紙には愛だけを綴った。
レアナのこと、家のこと、これからのこと、大事なことは自分の口で告げなければならない。
生きて帰って、彼女を悲しませなければならない。
ジェイスは剣を握りしめ、無意識にポケットの上に拳を乗せた。
刺繍が金色に光ったが、それに気づいた者はいなかった。
――
ザウリの町の大通りをさまよっていたレアナは、やっと占い屋のテントを見つけて列に飛びついた。
前回は子作りの霊薬を手に入れたが、それはジェイスの結婚証明書が届く前であり、また状況が変わってしまった。
ちょっと誘惑し、体を重ねたぐらいではもうジェイスの心は揺るがない。
鞭を打たれたレアナを見ておきながら、守ろうとしたのも妻になったローゼという女性のことだけだった。
一緒に家を出ようとも、必ず守るとも約束してくれず、フォスター家にローゼが来たら守ると訴えても答えも返さなかった。
ジェイスから子種を得るにはもっと強引な方法が必要だ。
占い屋の列に並ぶレアナの頭に再び苦い後悔が襲ってきた。
ジェイスを捨てたことは常に頭の片隅にあり、もう仕方のないことだと割り切ろうとしても、突然表舞台に躍り出て、レアナの心を一杯にしてしまう。
なぜジェイスの愛を取り返せないのかと同じ疑問がぐるぐる回る。
ジェイスから愛を得るのは簡単だと思っていた。
なぜいつまでも自分だけを愛してくれると信じてしまったのか。
もうこの先、一生ジェイス以上の男性に巡り合うことは出来ないだろう。
過去が取り戻せないのであれば、未来に道を作るしかない。
ジェイスの道にはローゼという女性が現れた。その道を奪ってやれば、またレアナにも機会が巡ってくる。
列が進み、占い屋の中に人が吸い込まれ、終わった客が次々に出てくる。
不思議とレアナの後ろには誰も並ばなかった。
「お入り」
ようやく呼ばれ、レアナはテントに入った。
以前と同じ占い師が水晶玉を置いた丸テーブルの向こうに座っている。
レアナの方をちらりと見ると、皺深い手を水晶玉にかざす。
「お座り。見たい者を見せよう。愛する男の妻になった女をみたいのだろう?」
何も言わなくても、占い師はレアナの欲望を見抜いていた。
やはり腕の良い占い師なのだとレアナは確信し、水晶玉を覗き込んだ。
ぼんやりとした光の中に一人の少女の姿が浮かび上がる。
髪は金色で美しいが、あまりにも若い顔立ちだ。さらにレアナよりずっと華奢な体つきで、女性らしい凹凸も足りないように見える。
表情はどこか暗く、不安そうで魅力的ともいえない。
将来は美しくなりそうだが、身なりは粗末で髪の手入れさえしていない。
ジェイスはこの女のどこを気に入って妻にしたのか。
レアナは拳を握った。この女が相手なら勝てるのではないだろうか。
「この娘はもうすぐこの町にやってくる。同時に、そうだね、手紙と贈り物が届くね。騎士の家族に届け物をする騎士が探している」
レアナが口を開きかけると、占い師は指を一本立ててそれを遮った。
「もう自分には子種を得る機会はないのかと聞きたいのだろう?わかるよ。そう顔に書いてある。
大丈夫、機会はくるよ。この娘は愛されている自信がない。見た通り、頼りなく孤独な子供だ。あの男は同情し傍に置いた。
わかるだろう?そういう子供をあの男は見捨てられない。あの愚かな弟と父のいない家さえ見捨てられない男だからね。とっくに別れたあんたにも親切だろう?」
気味が悪いぐらい、すべてを言い当てる占い師をレアナは心から信頼し、一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。
「この娘を少し揺さぶれば、自分から身を引くよ。大丈夫。男の心は戻らないかもしれないが、自暴自棄になれば子種ぐらいはくれるだろう。媚薬を使うかい?」
レアナは躊躇ったが、ゆっくり頷いた。
使える手段は多い方がいい。
テーブルに置かれた小瓶を両手で握りしめ、レアナは小銭を引き換えに置いた。
「それで、私はどうしたらこの女を追いだせるの?」
占い師はにったりと笑みを浮かべ、「それは……」とひそやかな声で話し出した。
翌日、第十五騎士団のユーリ・バラスという男がフォスター家に訪ねてきた。
ジェイスの依頼でローゼという女性を探していると告げると、玄関口に出てきたレアナはにこやかに答えた。
「いますよ。ローゼは騎士として戦場に行っている義兄の妻で、もうすぐここに到着します。何かあるならお渡ししておきますよ?」
ユーリは躊躇った。
「本人に渡す決まりなのです。受け取り印も必要ですし」
「ならばご一緒します?到着場所に迎えに行こうと思っていたところなのです」
それは助かるとユーリはレアナを馬に引き上げた。
ザウリの町に近づくと、乗り合い馬車が門の前で渋滞していた。
王都に次ぐ大きな町であるザウリは、朝から馬車が殺到し、門番達が一台ずつ馬車の中を確認するのだ。
「ああ、あそこにいるみたい。私がここまで連れてきますから、ちょっとお待ちくださいね」
レアナは見つけた馬車の方へ向かって走り出した。
ユーリが追いかけてこないことを確認し、レアナは荷台に近づき幌の中に向かって声をかけた。
「ローゼさんという方はいらっしゃいません?」
馬車の片隅で小さくなって眠っていたローゼははっとして飛び起きた。
気づけば馬車は止まっていて、外から賑やかな町の音が聞こえてくる。
「ローゼさん?」
聞きなれない女性の声に、ローゼは不思議そうに顔を向けた。
朝の光の中に一人の女性の姿が見える。
その瞬間、ローゼの顔は強張り、体が震え始めた。
馬車の後ろから手招いているのは、直接会ったこともないのに、見覚えのある女性だった。
ウェンの水晶玉の中で見た、ジェイスの最愛の女性だ。
なぜレアナがローゼのことを知っているのか、ローゼにはわからなかったが、ジェイスが教えたのかもしれないと考えた。
ローゼは震えながらも、顔を覗かせているレアナの方へ近づいた。
「良かった。実は、ジェイスが私に手紙と贈り物をしてくれたのだけど、書類上は妻ではないから、受け取りをあなたにしたみたいなの。連絡を受けたかしら?」
レアナはローゼの姿を注意深く見つめながら、占い師の言葉を慎重に思い出した。
『ローゼという娘は身分に劣等感を抱いている。だから、自分ではなく貴族のあんたが本命の彼女だと思い込んでいるんだ。男がローゼと結婚したのも人妻のあんたと付き合うための隠れ蓑にされたのだと思っている。
その気持ちを逆手にとって、あんたとジェイスという男が愛し合っているのだと思わせてやることだ。
そうすれば何もしなくても耐えきれなくなって、ローゼの方から身を引いて逃げ出すはずだ』
レアナはローゼに、ジェイスに愛されているふりをして語り掛ける。
「私とジェイスが結婚するはずだった話は当然聞いているでしょう?」
ローゼは涙ぐみながら頷く。
「もうそれは出来なくなってしまったから……。ごめんなさいね。私の身代わりにさせてしまって」
申し訳なさそうなレアナの言葉にローゼは首を横に振った。
「贈り物のことは、まだ聞いていませんでした……」
「あら、連絡が遅れたみたいね。その、じゃあもしかして私たちがまだ愛し合っているという話は?……」
「それは、わかっています」
ローゼは俯いた。
「じゃあ、ジェイスから私への贈り物を代わりに受け取ってくださる?夫に誤解されるとジェイスも困ったことになるし」
レアナが後ろに下がり、場所を開ける。
ローゼが一緒にいるウェンに、先に馬車を下りることを告げようと振り返ると、そこにウェンの姿はなかった。
門に手続きに行ったのかもしれないと考え、ローゼは一人で馬車を下りた。
レアナに手を引かれ、道を少し外れたところまで行くと、見覚えのある騎士の姿があった。
「第十五騎士団のユーリ・バラスです」
リュデンの西の森で、ジェイスに手紙を届けにきた人だとローゼは思い出した。
ジェイスと幸せに暮らした一年間が蘇り、ローゼは涙をこらえた。
ユーリがジェイスから託されたペンダントと手紙を差し出し、ローゼは震える手で受け取った。
続いて差し出された受け取りの書面にサインを残す。
金色の文字でローゼの名前が入った。
『ローゼ・バーデン』
書類を畳み、ユーリが丁寧にお辞儀をした。
「では私はこれで失礼します」
ユーリが去ると、レアナがローゼの手から手紙とペンダントを取り上げた。
「代わりに受け取ってくれてありがとう。助かったわ」
にっこりと笑うレアナに、ローゼはぎこちなく微笑み、逃げるように馬車に戻ろうとした。
その背中をレアナの声が引き止めた。
「ねぇ、ローゼさん、私達仲良くした方がいいと思うの。
仮にもジェイスの奥様になられた方だもの。一応お家も用意したのよ。
ジェイスのお母様が使われていた場所なのだけど、良かったら来てみない?
私とジェイスが会えない間、私の身代わりにジェイスの体を慰めて下さっていたのでしょう?
私が行けない時はこれからもどうぞよろしくね。でも私が訪ねて行った時は……わかるでしょう?」
その言葉が何を意味するのか、ローゼは察し、涙ぐんだ。
ローゼをその家に置いておけば、レアナが訪ねて来ても、ジェイスと二人きりではなかったと夫に言い訳が出来る。
寝室を二人で使う間、ローゼは裏庭かどこかに消えていればいいのだ。
ローゼは二人が愛し合うための隠れ蓑に過ぎないのだから。
「ジェイスもそろそろ戻るはずよ」
レアナの言葉に、ローゼは目を伏せた。
水晶玉で見た、ジェイスとレアナが交わる姿が蘇る。
あの光景を目の前で見ることになるのかもしれない。
それでもジェイスの役に立ちたいとローゼは思った。
愛され、必要とされたいと願い続けてきた幼い少女は、必死にその想いにすがった。
レアナに手を引かれ、ローゼはのろのろとフォスター家に向かって歩き出した。
明らかに以前より魔力が増している。中に入ればどれぐらい体がもつかわからない。
契約魔法使いも来ていたが、魔法使いでさえも、中に入るのを嫌がった。
「塔の場所を間違えて、迷いでもしたら命を落としかねません」
「原因は塔持ちの魔法使いが減ったせいか?」
王国に害をもたらさないことを約束した塔持ちの魔法使いたちは、魔の森に塔を建て、魔力量を抑制し森を安定させる。しかしそんな魔法使いたちは殺されたり、行方不明になったりして数を減らしている。
第二騎士団を率いるイーガンに契約魔法使いウーが答える。
「それもあるでしょうが……。最果ての魔力と隣接するリトナ国が魔霧に飲まれたことも原因でしょう。溢れる魔力を食い止められる場所がないのです。このままではこの国も魔境になってしまうかもしれません」
黒い霧が立ちのぼり、魔力抵抗がない騎士はもはや近づけない。
「原因が最果てにあるなら、私達には手は出せない。塔を築ける魔法使いも、この魔力量では塔を保てない可能性があります」
言っている傍から轟音がとどろき、上空にそびえていた塔が一つがらがらと音を立てて崩れ始めた。
「ギールの塔だ!」
温厚な塔持ちの魔法使いであり、王国の騎士達にも協力的だ。
「助けられるか?」
契約魔法使いのウーは頷いた。
「生きていれば連れ出すことは出来るでしょう」
魔法耐性のある騎士達が選ばれ森に入ることになった。
ジェイスが先頭にいた。
ポケットにローゼの幸運の刺繍が入っている。
馬を残し、行動可能な騎士達は崩れていく塔に向かう。
あまりにも危険な任務だったが、王国に協力的な魔法使いは貴重な存在だ。
決死の覚悟で魔霧の漂う森の中を魔法使い救出のため騎士達は進む。
ジェイスはローゼのことを想った。
生きて戻ったら、結婚が無効になったことを告げなければならない。
それから、もう自分に関わってはいけないとも言っておいた方がいい。
ケビンはジェイスを憎んでいる。
全てを奪っておきながら、まだ憎み足りず、ジェイスより優位な立場にあろうとあがいている。
さらに気に入らなければ鞭を打つと、レアナを人質にしている。
もしレアナに子供が宿っていればその子も利用するだろう。
家を捨てられないジェイスはこの泥沼にローゼが巻き込まれないように、ローゼを捨てるしかない。
第十五騎士団に託したペンダントと一緒に送った手紙には愛だけを綴った。
レアナのこと、家のこと、これからのこと、大事なことは自分の口で告げなければならない。
生きて帰って、彼女を悲しませなければならない。
ジェイスは剣を握りしめ、無意識にポケットの上に拳を乗せた。
刺繍が金色に光ったが、それに気づいた者はいなかった。
――
ザウリの町の大通りをさまよっていたレアナは、やっと占い屋のテントを見つけて列に飛びついた。
前回は子作りの霊薬を手に入れたが、それはジェイスの結婚証明書が届く前であり、また状況が変わってしまった。
ちょっと誘惑し、体を重ねたぐらいではもうジェイスの心は揺るがない。
鞭を打たれたレアナを見ておきながら、守ろうとしたのも妻になったローゼという女性のことだけだった。
一緒に家を出ようとも、必ず守るとも約束してくれず、フォスター家にローゼが来たら守ると訴えても答えも返さなかった。
ジェイスから子種を得るにはもっと強引な方法が必要だ。
占い屋の列に並ぶレアナの頭に再び苦い後悔が襲ってきた。
ジェイスを捨てたことは常に頭の片隅にあり、もう仕方のないことだと割り切ろうとしても、突然表舞台に躍り出て、レアナの心を一杯にしてしまう。
なぜジェイスの愛を取り返せないのかと同じ疑問がぐるぐる回る。
ジェイスから愛を得るのは簡単だと思っていた。
なぜいつまでも自分だけを愛してくれると信じてしまったのか。
もうこの先、一生ジェイス以上の男性に巡り合うことは出来ないだろう。
過去が取り戻せないのであれば、未来に道を作るしかない。
ジェイスの道にはローゼという女性が現れた。その道を奪ってやれば、またレアナにも機会が巡ってくる。
列が進み、占い屋の中に人が吸い込まれ、終わった客が次々に出てくる。
不思議とレアナの後ろには誰も並ばなかった。
「お入り」
ようやく呼ばれ、レアナはテントに入った。
以前と同じ占い師が水晶玉を置いた丸テーブルの向こうに座っている。
レアナの方をちらりと見ると、皺深い手を水晶玉にかざす。
「お座り。見たい者を見せよう。愛する男の妻になった女をみたいのだろう?」
何も言わなくても、占い師はレアナの欲望を見抜いていた。
やはり腕の良い占い師なのだとレアナは確信し、水晶玉を覗き込んだ。
ぼんやりとした光の中に一人の少女の姿が浮かび上がる。
髪は金色で美しいが、あまりにも若い顔立ちだ。さらにレアナよりずっと華奢な体つきで、女性らしい凹凸も足りないように見える。
表情はどこか暗く、不安そうで魅力的ともいえない。
将来は美しくなりそうだが、身なりは粗末で髪の手入れさえしていない。
ジェイスはこの女のどこを気に入って妻にしたのか。
レアナは拳を握った。この女が相手なら勝てるのではないだろうか。
「この娘はもうすぐこの町にやってくる。同時に、そうだね、手紙と贈り物が届くね。騎士の家族に届け物をする騎士が探している」
レアナが口を開きかけると、占い師は指を一本立ててそれを遮った。
「もう自分には子種を得る機会はないのかと聞きたいのだろう?わかるよ。そう顔に書いてある。
大丈夫、機会はくるよ。この娘は愛されている自信がない。見た通り、頼りなく孤独な子供だ。あの男は同情し傍に置いた。
わかるだろう?そういう子供をあの男は見捨てられない。あの愚かな弟と父のいない家さえ見捨てられない男だからね。とっくに別れたあんたにも親切だろう?」
気味が悪いぐらい、すべてを言い当てる占い師をレアナは心から信頼し、一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。
「この娘を少し揺さぶれば、自分から身を引くよ。大丈夫。男の心は戻らないかもしれないが、自暴自棄になれば子種ぐらいはくれるだろう。媚薬を使うかい?」
レアナは躊躇ったが、ゆっくり頷いた。
使える手段は多い方がいい。
テーブルに置かれた小瓶を両手で握りしめ、レアナは小銭を引き換えに置いた。
「それで、私はどうしたらこの女を追いだせるの?」
占い師はにったりと笑みを浮かべ、「それは……」とひそやかな声で話し出した。
翌日、第十五騎士団のユーリ・バラスという男がフォスター家に訪ねてきた。
ジェイスの依頼でローゼという女性を探していると告げると、玄関口に出てきたレアナはにこやかに答えた。
「いますよ。ローゼは騎士として戦場に行っている義兄の妻で、もうすぐここに到着します。何かあるならお渡ししておきますよ?」
ユーリは躊躇った。
「本人に渡す決まりなのです。受け取り印も必要ですし」
「ならばご一緒します?到着場所に迎えに行こうと思っていたところなのです」
それは助かるとユーリはレアナを馬に引き上げた。
ザウリの町に近づくと、乗り合い馬車が門の前で渋滞していた。
王都に次ぐ大きな町であるザウリは、朝から馬車が殺到し、門番達が一台ずつ馬車の中を確認するのだ。
「ああ、あそこにいるみたい。私がここまで連れてきますから、ちょっとお待ちくださいね」
レアナは見つけた馬車の方へ向かって走り出した。
ユーリが追いかけてこないことを確認し、レアナは荷台に近づき幌の中に向かって声をかけた。
「ローゼさんという方はいらっしゃいません?」
馬車の片隅で小さくなって眠っていたローゼははっとして飛び起きた。
気づけば馬車は止まっていて、外から賑やかな町の音が聞こえてくる。
「ローゼさん?」
聞きなれない女性の声に、ローゼは不思議そうに顔を向けた。
朝の光の中に一人の女性の姿が見える。
その瞬間、ローゼの顔は強張り、体が震え始めた。
馬車の後ろから手招いているのは、直接会ったこともないのに、見覚えのある女性だった。
ウェンの水晶玉の中で見た、ジェイスの最愛の女性だ。
なぜレアナがローゼのことを知っているのか、ローゼにはわからなかったが、ジェイスが教えたのかもしれないと考えた。
ローゼは震えながらも、顔を覗かせているレアナの方へ近づいた。
「良かった。実は、ジェイスが私に手紙と贈り物をしてくれたのだけど、書類上は妻ではないから、受け取りをあなたにしたみたいなの。連絡を受けたかしら?」
レアナはローゼの姿を注意深く見つめながら、占い師の言葉を慎重に思い出した。
『ローゼという娘は身分に劣等感を抱いている。だから、自分ではなく貴族のあんたが本命の彼女だと思い込んでいるんだ。男がローゼと結婚したのも人妻のあんたと付き合うための隠れ蓑にされたのだと思っている。
その気持ちを逆手にとって、あんたとジェイスという男が愛し合っているのだと思わせてやることだ。
そうすれば何もしなくても耐えきれなくなって、ローゼの方から身を引いて逃げ出すはずだ』
レアナはローゼに、ジェイスに愛されているふりをして語り掛ける。
「私とジェイスが結婚するはずだった話は当然聞いているでしょう?」
ローゼは涙ぐみながら頷く。
「もうそれは出来なくなってしまったから……。ごめんなさいね。私の身代わりにさせてしまって」
申し訳なさそうなレアナの言葉にローゼは首を横に振った。
「贈り物のことは、まだ聞いていませんでした……」
「あら、連絡が遅れたみたいね。その、じゃあもしかして私たちがまだ愛し合っているという話は?……」
「それは、わかっています」
ローゼは俯いた。
「じゃあ、ジェイスから私への贈り物を代わりに受け取ってくださる?夫に誤解されるとジェイスも困ったことになるし」
レアナが後ろに下がり、場所を開ける。
ローゼが一緒にいるウェンに、先に馬車を下りることを告げようと振り返ると、そこにウェンの姿はなかった。
門に手続きに行ったのかもしれないと考え、ローゼは一人で馬車を下りた。
レアナに手を引かれ、道を少し外れたところまで行くと、見覚えのある騎士の姿があった。
「第十五騎士団のユーリ・バラスです」
リュデンの西の森で、ジェイスに手紙を届けにきた人だとローゼは思い出した。
ジェイスと幸せに暮らした一年間が蘇り、ローゼは涙をこらえた。
ユーリがジェイスから託されたペンダントと手紙を差し出し、ローゼは震える手で受け取った。
続いて差し出された受け取りの書面にサインを残す。
金色の文字でローゼの名前が入った。
『ローゼ・バーデン』
書類を畳み、ユーリが丁寧にお辞儀をした。
「では私はこれで失礼します」
ユーリが去ると、レアナがローゼの手から手紙とペンダントを取り上げた。
「代わりに受け取ってくれてありがとう。助かったわ」
にっこりと笑うレアナに、ローゼはぎこちなく微笑み、逃げるように馬車に戻ろうとした。
その背中をレアナの声が引き止めた。
「ねぇ、ローゼさん、私達仲良くした方がいいと思うの。
仮にもジェイスの奥様になられた方だもの。一応お家も用意したのよ。
ジェイスのお母様が使われていた場所なのだけど、良かったら来てみない?
私とジェイスが会えない間、私の身代わりにジェイスの体を慰めて下さっていたのでしょう?
私が行けない時はこれからもどうぞよろしくね。でも私が訪ねて行った時は……わかるでしょう?」
その言葉が何を意味するのか、ローゼは察し、涙ぐんだ。
ローゼをその家に置いておけば、レアナが訪ねて来ても、ジェイスと二人きりではなかったと夫に言い訳が出来る。
寝室を二人で使う間、ローゼは裏庭かどこかに消えていればいいのだ。
ローゼは二人が愛し合うための隠れ蓑に過ぎないのだから。
「ジェイスもそろそろ戻るはずよ」
レアナの言葉に、ローゼは目を伏せた。
水晶玉で見た、ジェイスとレアナが交わる姿が蘇る。
あの光景を目の前で見ることになるのかもしれない。
それでもジェイスの役に立ちたいとローゼは思った。
愛され、必要とされたいと願い続けてきた幼い少女は、必死にその想いにすがった。
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