9度目の転生(バルバル亭の秘密R18編)

丸井竹

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第一章 企み

15.謎の老婆と第十五騎士団

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 錆びついた金属音と共に、両開きの扉がゆっくりと開かれていく。

 ロベリオはこの屋敷を建てさせた当時のことを思い出した。

 妻との関係が悪くなり、家令に命じて魔の森から最も離れたリュデン地方に屋敷を建てさせ、送金額を決めた。
召使も警備の兵士達もそれなりにつけたはずだった。

月に一度妻からの手紙も届いている。
手紙の内容を確認したのは最初の数か月で、あとはもう目も通さず書斎の机に積み上げられた。
最初の数年は怒りのあまり妻の生活について、深く考えられなかった。

上位騎士の家族として恥ずかしくない暮らしが出来るように、全ての手配を部下に命じておいたはずだ。
誰に?浮かんだ疑問の答えが咄嗟に出てこない。

グレゴリが扉を限界まで開き、勝手に閉まってしまわないように扉の下に落ちていた板切れを挟み込んだ。
片側の扉の隙間にも、適当な布を押し込む。

室内は思ったよりも広く豪華に見えた。
カーテンの閉まっていない窓から外の光が差し込んでいる。
既に夕暮れで、窓越しの光は弱々しくはあったが、手元が見えないほどではない。
踏み込んだグレゴリが素早く室内を点検し、ランプの一つに火を入れる。

途端に、ぼんやりと部屋の中央部が照らし出された。

奥に寝台がある。
誰かが眠っているようにもみえるが、陰になっていてよくわからない。

寝台に向かおうとしたグレゴリは、埃っぽい空気に耐えきれず、袖で鼻を押さえながら先に窓辺に向かった。
窓を開けると、冷たい空気が吹き込んだ。
せっかくつけたランプの火が消えかける。

仕方なく窓を閉め、室内にあるランプを全て付けてまわる。
ようやく室内全体が灯りの中に浮かび上がる。
豪華なテーブルに、大きな鏡台、それから小物が飾られた棚や、衣装棚が壁際に並ぶ。
高貴な女性に相応しい寝室だ。

グレゴリーが室内を歩き回る間に、ロベリオは寝台に向かっていた。
ゆっくりと天蓋の下にランプを掲げる。
豪華な寝具が置かれた寝台に、この部屋の主が静かに眠っている。

ロベリオはそっとランプを枕元に置いた。
グレゴリがすぐにロベリオの隣に立つ。

寝台に目を落とす、二人の男は一言も発しなかった。

ほっそりとした指は全て白骨化し、顔は金色の髪に覆われている。
美しい夜着に包まれた胸元には豪華な首飾りがかけられ、大ぶりの宝石が輝いている。
枕元には手紙の束が置かれている。

静まり返った室内にロベリオの声がひっそりと響いた。

「アマリアなのか?」

その問いにグレゴリは咄嗟に答えることができなかった。

グレゴリーは身を屈め、そっと上掛けをめくり、身元を示すものがないか遺体を調べ始める。
反対側の指に嵌められた指輪を見つけ、その台座にはめ込まれた石に赤ユリの紋章が描かれているのを確かめると、それを抜き取り、恐らく奥様でしょうとグレゴリーは静かに告げた。

ロベリオはその指輪をグレゴリーから受け取り、灯りにかざして確かめた。

次に、寝台横に積まれている手紙を一枚取り上げる。
書面を開くと、それは月に一度アマリアから送られてきている手紙と同じ内容だった。
もう何年も読んでいないが、最初のころと同じ文面だ。

召使の誰かが、アマリアの死後もロベリオから送金を受けるために、その死を隠蔽しようと手紙を送り続けたのかもしれないと考えたが、その推測はすぐに打ち消された。
手紙の置かれているテーブルの下には金の入った袋が積みあげられていた。
誰かが金を漁った形跡すらない。

何かの気配を感じ、ロベリオが稲妻のように入り口を振り返った。
老婆がいつの間にか寝室の入り口に立っている。
両手を胸の前で組み合わせ、命令を待つ召使のように腰をかがめている。

通路側に灯りはなく、影になっている上に、深く被ったローブで表情はよく見えない。

剣を引き抜き、ロベリオは老婆に突き付けた。

「お前は何者だ。彼女はいつ死んだ」

「私はここで働く最後の使用人です。皆ここを出て行きましたが、私はこのように目も不自由で他にいくところも無かったためここに残りました」

「なぜこんなことに?彼女の死因は?」

「奥様はよくお嬢様と喧嘩をされていました。次第にお嬢様への苛立ちを皆にぶつけられるようになり、使用人はやめさせられ、最後には全員解雇になりました。
それは、奥様とお嬢様が激しい言い合いをした夜のことです。
私は行き先がなく、私だけでも残して欲しいとお願いしました。目も不自由で次の勤め先など見つかるはずがありません。お嬢様は、奥様の部屋に近づかなければ、私にここにいても良いと言われました」

「手紙は?月に一度の手紙は誰が出していたのだ?」

「あれは昔からお嬢様のお役目でした。奥様が何通も同じ物を書かせて、きれいに書けているものをお嬢様に出しておくようにと指示しておられました」

滑らかに老婆は語った。

「どういうことだ?娘はいつここを出ていった?手紙を持っていったのか?」

「数年前のことです。手紙は……ある程度持って行ったのではないでしょうか?」

「母親を殺したのか?見殺しにしたのか?」

「どちらかわかりませんが、お嬢様が出て行かれた後から、私は奥様の声を聞いておりません」

娘への怒りの礎は出来ていた。
娘は母親と喧嘩になり、母親の世話をする召使を全員解雇した上で出ていったのだ。

壁際に布に包まれた絵画が立てかけられている。
ロベリオはその布を剥ぎ取った。

下から現れたのは巨大な肖像画だった。
中央に金色の髪をしたアマリアが描かれている。その傍らには失われた息子の姿がある。
そして反対側にはまだ立てない幼い娘が若かりしロベリオに抱かれている。

幸せな家族の肖像画だった。
そこに描かれていた二人は死に、一人は母親を見捨てて逃げた。

「娘の名前は?」

ロベリオは再度問いかけた。
答えたのはグレゴリだった。

「ローゼ様です……」

「第十五騎士団に依頼しすぐに探し出せ」

ロベリオは部屋を出て行く。その背中を追いかけようとして、グレゴリは足を止めた。
長く主に仕えてきたグレゴリは寝台に眠る女性の生前の姿を覚えていた。

弱く、流されやすい女性だったのはその育ち故だった。
結婚当初、ロベリオは家族を大切にしていた。
息子が生まれ、剣を教え、優れた騎士に育つことを楽しみにしていた。

ところが、妻がまだ幼い息子に乗馬を許し、息子は落馬し亡くなった。
ロベリオは妻を許せなかった。
その悲しみが深すぎて跡継ぎになれない娘のことは眼中になかった。
まだ幼い娘を母親を引き離すことはさすがに考えられなかったのかもしれない。

別居が決まり、娘と妻はこの別荘地に運ばれた。
それから十数年、一度も顔を合わせることなく月日が流れた。

母と娘がこの屋敷でどのように暮らしたのか、なぜそんなにも激しく言い争うことになったのか。
真実を知る者は誰もいないのだろうかと、グレゴリは疑問に感じ、老婆に視線を向けた。

しかしそこには誰もいなかった。
グレゴリはぞっとして周囲を素早く見回した。
室内にも戸口にも見当たらず、通路にも飛び出したが、老婆の姿がない。

階段を駆け下りていくロベリオの足音だけが朽ちかけた屋敷中に響く。

まさかと、グレゴリは室内に戻り、ランプを片手に室内を隅々まで見回り、扉の後ろまで探した。
どこにもいないと思った直後、背後から声がした。

「灯りを消してもよろしいですか?」

飛び上がるほど驚き、グレゴリはばっと振り返った。
部屋の中央に老婆が立っている。
戸口から入ってきた気配はなかった。
通路も階段まで調べた。

「何者だ」

グレゴリは腰の剣を引き抜いた。

「ただの老いた召使ですよ」

しわがれたゆっくりとした声。
手も触れていないのに、室内の灯りが一つ、また一つと消えていく。
老婆がゆっくりと戸口の方へ歩き出す。

室内が完全に闇に包まれる前に、グレゴリは腰に下げたランプを掲げる。
老婆までその光は届かない。

「グレゴリ!」

ロベリオの声が玄関口から轟いた。
その声にグレゴリの視線が一瞬老婆を離れた。
すぐに視線を戻したが、またしても老婆の姿が消えていた。

グレゴリの頭の中では警鐘が鳴り響いている。
何かがおかしい。何もかもが不自然に歪められているような気がしてならない。
戦う者としての勘だ。
魔の森で幻を見せられているようだ。

グレゴリよりも場数を踏み、戦場に立つロベリオがこの違和感に気づかないわけがない。
表に出ると、ロベリオは既に馬にまたがっていた。
通信具で第十五騎士団にローゼの捜索を依頼している。

グレゴリの通信具から別の連絡が入った。

「ロベリオ様!リュデンの森で生存者が発見されたそうです!」

ここに来る前に片付けてきた事件だったが、その時は死体しか発見されなかった。
生存者がいるなら、犯人について何かわかるかもしれない。

ロベリオ・バーデンは騎士としてその魂までも国に捧げた身であった。
自分のことは後回しにし、すぐに森に戻ると宣言した。

グレゴリはロベリオに気づかれぬように小さく舌打ちした。
確かに任務も大事だが、なぜロベリオが消えた老婆に注意を払わないのか不思議でならなかった。
白骨化したロベリオの妻の遺体、消えた娘、そして謎の老婆の秘密を早く解き明かすべきだ。

しかしロベリオは既に馬を走らせその背中は遠ざかる。
日は既に暮れかけ、急がなければ追いつけなくなる。
グレゴリは違和感を覚えているにも関わらず、どうにもできない自分自身に対し小さく悪態をつきながら、馬にまたがりロベリオを追いかけた。

馬蹄を響かせ二人の騎士が廃屋から遠ざかると、割れた窓の向こうにゆらりと老婆の姿が横切った。
しかしその姿はすぐに消え、雨ざらしのカーテンばかりが揺れていた。


――



 第十五騎士団のユーリ・バラスは第二騎士団のジェイスの妻、ローゼを探していた。
宛先にはリュデンの町の宿屋の名前が書かれていたが、そこにローゼの姿を見つけることはできなかった。

「いつこの町を出たか、わかるか?」

部屋は一カ月単位で貸し出されており、既に前金も払われていた。
宿の主人は騎士の問いかけに、困ったように首をひねった。

「今回の騒ぎの前にはもういなかったと思います」

ユーリ・バラスはこの町に到着したばかりで、第一騎士団が調査に入ったことも知らなかった。
宿屋の主人は、得意げに事件について語りだした。

「魔の森で起きるような事件が立て続けに起きて、王都から第一騎士団の方々が森の調査に来られたのです。そこで大量の死体が見つかって、塔無しの魔法使いの仕業ではないかと大騒ぎになりました。
しかも生存者がおらず、結局犯人を見つけることができなかったのです。
ところが、調査を終えて第一騎士団が一度引き上げた後に、リュデンの第七騎士団が生存者を発見してまたもや騒ぎになりました。
その生死を分けたものはなんと、彼女の幸運の刺繍だったというのです。
それで、彼女が滞在しているうちの宿に客が殺到して、私が部屋に呼びに行きました。
するともうローゼさんは部屋を出た後で、誰か知らないかと店の者に聞くと、ザウリに刺繍の材料を買いに行くと話していたことを覚えていた者がおりました。
それを聞いて刺繍を求めて押し寄せていた人たちはがっかりして帰って行きました。ザウリにいつ向かったのかはちょっとわからないのですが、ローゼさんから話を聞いていた者を連れてきますか?」

宿で働いている女がやってきて、事件の二日ほど前にローゼ自身が話していたと証言した。

「確か、占い屋と一緒にザウリに行くと言っていました。幸運の刺繍の効果をあげるための素材を仕入れにいくとか」

占い屋と幸運の素材という聞きなれない言葉に、ユーリは首を傾けた。
しかし手がかりはそれだけだった。ザウリに向かったのなら来た道を戻らなければならない。

第二騎士団のジェイスがザウリの出身であったことをユーリは思い出した。

ローゼはジェイスと結婚したばかりだ。ザウリにあるフォスター家に結婚の挨拶に行ったのかもしれない。
そう判断したユーリはその日のうちに、ザウリの町に向かって出立した。
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