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第二章 器
20.器を育てた魔法使い
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その人物が現れる瞬間を見た者はいなかった。
それなのに、淡い光を放つ水晶の前にその男は立っていた。
腰のあたりまで伸びた漆黒の髪は渦巻くように波打ち、髪と同化するような黒いローブを身に着けている。闇を宿した目が水晶の中の少女を見上げ、愉快そうに何かを讃えるように拍手を続けている。
「ハハハっ。これは、うまくいったじゃないか。見事な作品だ」
ぞっとするような明るい口調に、騎士達は戦慄した。
「最果ての魔法使い様に褒めて頂き、光栄の至りです」
また、突然そこに人の姿が現れた。
長身の黒髪の男の前に腰をかがめ、低く頭を下げているのは一人の老婆だった。
「ひっ!」
女の悲鳴があがった。
ジェイスと一緒にここまで来て、戻るタイミングを失っていたレアナだった。
レアナはこの老婆を知っていた。王都から来ていた怪しい占い師だ。この老婆から媚薬を買い、ジェイスを取り戻すための助言をいくつも受けた。
ロベリオも知っていた。
アマリアの住んでいた屋敷にたった一人残っていた召使の老婆だ。
廃屋と化した屋敷は王国の西にあった。ここは東の端だ。
力のある魔法使いだったのだ。
その一瞬で王国を横断出来てしまうほどの力を持つ魔法使いが、水晶の前に立つ長身の男に頭を下げている。
この男が本当に最果ての魔法使いであるならば、それはかなり危険な状況だ。
王国の魔法使いたちは、最果てで負けて逃げてきた魔法使いであり、最果てでは最弱といわれている。
となれば、最果ての魔法使いであればその力は桁違いのものにちがいない。
敵になれば王国一つ滅ぼすことも不可能ではない。
漆黒の髪の男がゆっくりと騎士達の方へ体を向けた。
前開きのローブの下にはぴったりとした黒いズボンと白シャツを身に着け、首から不可思議な輝きを秘めた黒い数珠の首飾りをかけている。
死人のような白い肌だが、それ以外に人間らしからぬ特別変わった特徴があるわけではない。
それなのに、その存在は異様なほど人らしくなかった。
「人間たちが驚いているようだ。人でありながら塔持ちの魔法使いと成りあがったその方法を彼らに披露してやってはどうだ?数十年かけたお前の大作だろう?」
張り上げているわけでもないのに、男の声はそこにいる全員の耳に鮮明に聞こえた。
突如、彼らの頭の中に暴力的な勢いで見たこともない映像が送り込まれてきた。
同時に、目の前に突き付けられた映像がどういうものであるのかもなぜか理解できていた。
それは魔の森の過去の映像だった。
それに見覚えがあったのは主に第一、第二騎士団の騎士達だった。
二十数年前、大勢の子供達の死体が魔の森で見つかった。
あの事件の夜の映像だと何人かの騎士が思い出した。
しかしその事件を知らない騎士達もそれを理解していた。
暗い森の中、騎士達が炎を上げる塔を取り囲んでいる。
「生存者がいる!こっちだ!」
「駄目だ。こっちは全員死んでいる。半分がまだ子供だ。くそっ」
騎士達が手分けをして生存者を探す。
周囲は死屍累々の酷い光景が広がり、その中を騎士達が怪我人を背負って走り、生存者の確認を急いでいる。
一人の少女が泣きながらうずくまっている。
「大丈夫か?生きているな?名前は言えるか?」
騎士の一人が生きている少女を見つけ、話しかける。
「あ、アマリア……」
震える声で少女が答えた。
騎士がその少女を抱き上げる。
「生存者だ!」
「この塔の魔法使いはまだ見つからないのか?」
決死の捜索は続いたが、塔の魔法使いは見つからない。
その物陰から、焼け出された一人の老婆が走り去る。
場面が変わった。
それは幸せな光景だ。母親と少年、そしてまだよちよち歩きの娘がいる。
少年が馬に乗りたいと騒ぎ立てる。
美しく成長したアマリアが、駄目だと諭しているが、少年は乗れそうな馬を探し始める。
アマリアは手元の娘が落ち着きなくうろちょろするので少年を助けたいが、手が足りず困っている。
侍女も厩番の姿もない。
見張りの兵士たちは腰をかがめ、何かを探し回っている。
ふらりと、馬がやってきた。
「小さい馬だよ!これならいいでしょう?」
小鳥がさえずるような元気な少年の声。アマリアは娘を白い小さな花の中に座らせ、息子を助けようと立ち上がる。
「手伝うから少し待っていなさい」
少年は既に馬にまたがり、ゆっくり母親の方へ向かってくる。アマリアが落ちないように手を貸そうとした時、小さな娘が驚いたような声をあげた。
「きゃぁぁ」
アマリアが視線を向けると、花の中に座る娘の前に、銀色の大きな蛇が鎌首をもたげている。
兵士たちが急いで蛇を追い払おうと走ってくる。
「ローゼ!」
ローゼが蛇に手を伸ばす。アマリアがローゼを助けようと身を屈めた時、蛇がするりと逃げて馬の脚に噛みついた。馬が驚いて片足を高く持ち上げる。
突然立ち上がった馬の背から少年の体が後ろに転がり落ちる。
少年は頭から地上に叩きつけられた。
「きゃああああっ!」
あまりにも悲しい悲鳴があがる。
暗い室内の光景が映し出される。
灯りもない部屋に男の罵声が轟く。
「お前がいながら、どうしてこんなことになった!息子を殺したのはお前だ!」
「すみません……すみません……すみません……」
それ以外の言葉を失ったようにアマリアが突っ伏して謝り続ける。
涙も枯れはて、ただ茫然と床を見つめている。
小さな娘がわけもわからず泣いている。
男が去ると、女のヒステリックな声が響く。
「お前のせいよ!お前さえいなければ息子は死なずに済んだのに!お前が息子を殺したのよ!」
怒りは弱い者へ、言い返せないものに向けられていく。
少女は母親に抱いてもらおうと泣き続ける。
アマリアは少女を蹴り上げ、床に転がすと寝台に突っ伏して泣き続ける。
がらんとした部屋。
寒々としたその部屋の中央に娘を立たせ、アマリアが罵る。
「お前が死ねば良かったのに」
少し成長したローゼは茫然と立っている。
母親にそう責められることに慣れてしまっているのか、母親が怒鳴り終わるまで立ち尽くし、終わるとへらへらと笑いながら紙を掲げる。
「侍女のラナに習って字を書いたの。お勉強が良くできるって褒められたの」
紙がびりびりに切り裂かれる音。
「あの子の方がずっと上手に書けたわ!あの子の方がずっとずっと優秀だった!」
母親に罵倒され、ローゼは弱々しく微笑み、部屋を出ていく。
小さな手で大きな本を広げ、ページをめくる。
本を何冊も読みながら、必死に勉強をしている少女の姿。
「お母様……ほら、お手紙書いたの。お母様の代わりに書けるよ」
アマリアは数枚の手紙に目を通し、一枚を選ぶ。
「これを出しておいて」
愛情の欠片もない冷たい声。
ローゼはそれでも喜んでその紙を大切に抱いて部屋を出て行く。
「ラナ!私のお手紙出していいって!」
一人の召使が少女に良かったですねと声をかける。
少女の表情が明るく輝く。
優しい母親の声が聞こえる。
「ローゼ、薪をもう少し持ってきて」
母親に用事を頼まれると少女はうれしそうに駆けていく。
やっと愛されると少女が泣きながら笑う。
それでも一日に何度もぶたれ、罵声を浴びる。
「お前が死ねば良かったのに。なぜ死んだのが息子の方なの……」
「お母様……ごめんなさい……」
「お前が蛇なんかで驚くから!」
「お母様……ごめんなさい……」
悲しみと怒りが繰り返される。
「お母様、ラナを首にしたのはどうして?私と仲良くしたせい?」
少女の問いかけに母親は答えない。
笑顔は消え、悲しそう少女はもう泣かない。
絵本も燃やされ、ハッピーエンドはもう読めない。
また少し成長したローゼがいる。
表情を失い、ぼんやりと手紙を書いている。
「お前と仲が良かった召使はこれで全員いなくなったわね。息子を殺したお前が幸せになるなんて許せない……。あの子はもう笑えないのに。勉強も出来ないのに。友達なんて作らせないわよ。あの子はもう何も出来ないんだから……お前のせいで……お前が消えてしまえばよかったのに」
骨と皮ばかりになったアマリアが娘に憎悪を向け続ける。
「お母様……。ごめんなさい。でも、もうすぐ冬だし、誰もいないとお母様が困るでしょう?だから、私が出ていくから他の人はここに戻してあげて。お手紙……出しておくから……」
少女は手紙の束を抱え、たった一人で屋敷を出る。
呼び止めるものは一人もいない。
暗い道を一人あてもなく歩き続ける。
アマリアの娘を呼ぶ声が聞こえる。
空っぽの屋敷にヒステリックに響いていたその声は、次第に怒りを強めていく。
ベルの音が鳴り、しまいには壁に叩きつけられ、パリンと割れた。
「ローゼ!どこにいるの!早く来なさい!用事があるのよ!」
そこに老婆が現れる。
青ざめるアマリア、その目はこの老婆を知っている。
「あ……あ……お前は……ひっ……た、たすけ……」
老婆が指を折り曲げ、口を閉じさせる動作をすると、ぴたりとアマリアの唇が合わさった。
「お前は実験台として一番優秀だったが、お前が産んだ娘はさらに優秀だ。あの魂を磨いて私の塔の材料にするつもりだ。さあ、私がお前に注いだ魔力を全部返してもらうよ」
アマリアの体から金色の光が吸い出され、老婆の持つ小瓶の中におさめられていく。
抱えきれないほどの瓶が溜まると、老婆はそれを袋に全部収める。
「あの娘ならさらに多くの魔力を吸収できるようになるだろう。塔の器としてこれ以上ないぐらい優秀だ。心をさらに孤独に追い込み、空っぽにしてから私に忠誠を誓わせる。あれは自ら私に魂と命を捧げるのだ。かつてないほどの大きな力を生むだろう。魔力は思念に宿るものだからね。その時、私もついに塔持ちの魔法使いになれる」
老婆が消えると、生気が抜けたようなアマリアが残された。
目は落ちくぼみ、指は骸骨のように骨ばって、立つことさえ出来ない。
まだかろうじて息のあるアマリアは、必死に手を伸ばし、枕元のテーブルに転がるペンを引き寄せる。
震える指で、テーブルに置かれた紙に文字を走らせる。
消えそうな息遣いで何かを書き終えると、寝台の下にその紙を差し込んだ。
直後、アマリアは力尽きたようにばたりと倒れた。
それなのに、淡い光を放つ水晶の前にその男は立っていた。
腰のあたりまで伸びた漆黒の髪は渦巻くように波打ち、髪と同化するような黒いローブを身に着けている。闇を宿した目が水晶の中の少女を見上げ、愉快そうに何かを讃えるように拍手を続けている。
「ハハハっ。これは、うまくいったじゃないか。見事な作品だ」
ぞっとするような明るい口調に、騎士達は戦慄した。
「最果ての魔法使い様に褒めて頂き、光栄の至りです」
また、突然そこに人の姿が現れた。
長身の黒髪の男の前に腰をかがめ、低く頭を下げているのは一人の老婆だった。
「ひっ!」
女の悲鳴があがった。
ジェイスと一緒にここまで来て、戻るタイミングを失っていたレアナだった。
レアナはこの老婆を知っていた。王都から来ていた怪しい占い師だ。この老婆から媚薬を買い、ジェイスを取り戻すための助言をいくつも受けた。
ロベリオも知っていた。
アマリアの住んでいた屋敷にたった一人残っていた召使の老婆だ。
廃屋と化した屋敷は王国の西にあった。ここは東の端だ。
力のある魔法使いだったのだ。
その一瞬で王国を横断出来てしまうほどの力を持つ魔法使いが、水晶の前に立つ長身の男に頭を下げている。
この男が本当に最果ての魔法使いであるならば、それはかなり危険な状況だ。
王国の魔法使いたちは、最果てで負けて逃げてきた魔法使いであり、最果てでは最弱といわれている。
となれば、最果ての魔法使いであればその力は桁違いのものにちがいない。
敵になれば王国一つ滅ぼすことも不可能ではない。
漆黒の髪の男がゆっくりと騎士達の方へ体を向けた。
前開きのローブの下にはぴったりとした黒いズボンと白シャツを身に着け、首から不可思議な輝きを秘めた黒い数珠の首飾りをかけている。
死人のような白い肌だが、それ以外に人間らしからぬ特別変わった特徴があるわけではない。
それなのに、その存在は異様なほど人らしくなかった。
「人間たちが驚いているようだ。人でありながら塔持ちの魔法使いと成りあがったその方法を彼らに披露してやってはどうだ?数十年かけたお前の大作だろう?」
張り上げているわけでもないのに、男の声はそこにいる全員の耳に鮮明に聞こえた。
突如、彼らの頭の中に暴力的な勢いで見たこともない映像が送り込まれてきた。
同時に、目の前に突き付けられた映像がどういうものであるのかもなぜか理解できていた。
それは魔の森の過去の映像だった。
それに見覚えがあったのは主に第一、第二騎士団の騎士達だった。
二十数年前、大勢の子供達の死体が魔の森で見つかった。
あの事件の夜の映像だと何人かの騎士が思い出した。
しかしその事件を知らない騎士達もそれを理解していた。
暗い森の中、騎士達が炎を上げる塔を取り囲んでいる。
「生存者がいる!こっちだ!」
「駄目だ。こっちは全員死んでいる。半分がまだ子供だ。くそっ」
騎士達が手分けをして生存者を探す。
周囲は死屍累々の酷い光景が広がり、その中を騎士達が怪我人を背負って走り、生存者の確認を急いでいる。
一人の少女が泣きながらうずくまっている。
「大丈夫か?生きているな?名前は言えるか?」
騎士の一人が生きている少女を見つけ、話しかける。
「あ、アマリア……」
震える声で少女が答えた。
騎士がその少女を抱き上げる。
「生存者だ!」
「この塔の魔法使いはまだ見つからないのか?」
決死の捜索は続いたが、塔の魔法使いは見つからない。
その物陰から、焼け出された一人の老婆が走り去る。
場面が変わった。
それは幸せな光景だ。母親と少年、そしてまだよちよち歩きの娘がいる。
少年が馬に乗りたいと騒ぎ立てる。
美しく成長したアマリアが、駄目だと諭しているが、少年は乗れそうな馬を探し始める。
アマリアは手元の娘が落ち着きなくうろちょろするので少年を助けたいが、手が足りず困っている。
侍女も厩番の姿もない。
見張りの兵士たちは腰をかがめ、何かを探し回っている。
ふらりと、馬がやってきた。
「小さい馬だよ!これならいいでしょう?」
小鳥がさえずるような元気な少年の声。アマリアは娘を白い小さな花の中に座らせ、息子を助けようと立ち上がる。
「手伝うから少し待っていなさい」
少年は既に馬にまたがり、ゆっくり母親の方へ向かってくる。アマリアが落ちないように手を貸そうとした時、小さな娘が驚いたような声をあげた。
「きゃぁぁ」
アマリアが視線を向けると、花の中に座る娘の前に、銀色の大きな蛇が鎌首をもたげている。
兵士たちが急いで蛇を追い払おうと走ってくる。
「ローゼ!」
ローゼが蛇に手を伸ばす。アマリアがローゼを助けようと身を屈めた時、蛇がするりと逃げて馬の脚に噛みついた。馬が驚いて片足を高く持ち上げる。
突然立ち上がった馬の背から少年の体が後ろに転がり落ちる。
少年は頭から地上に叩きつけられた。
「きゃああああっ!」
あまりにも悲しい悲鳴があがる。
暗い室内の光景が映し出される。
灯りもない部屋に男の罵声が轟く。
「お前がいながら、どうしてこんなことになった!息子を殺したのはお前だ!」
「すみません……すみません……すみません……」
それ以外の言葉を失ったようにアマリアが突っ伏して謝り続ける。
涙も枯れはて、ただ茫然と床を見つめている。
小さな娘がわけもわからず泣いている。
男が去ると、女のヒステリックな声が響く。
「お前のせいよ!お前さえいなければ息子は死なずに済んだのに!お前が息子を殺したのよ!」
怒りは弱い者へ、言い返せないものに向けられていく。
少女は母親に抱いてもらおうと泣き続ける。
アマリアは少女を蹴り上げ、床に転がすと寝台に突っ伏して泣き続ける。
がらんとした部屋。
寒々としたその部屋の中央に娘を立たせ、アマリアが罵る。
「お前が死ねば良かったのに」
少し成長したローゼは茫然と立っている。
母親にそう責められることに慣れてしまっているのか、母親が怒鳴り終わるまで立ち尽くし、終わるとへらへらと笑いながら紙を掲げる。
「侍女のラナに習って字を書いたの。お勉強が良くできるって褒められたの」
紙がびりびりに切り裂かれる音。
「あの子の方がずっと上手に書けたわ!あの子の方がずっとずっと優秀だった!」
母親に罵倒され、ローゼは弱々しく微笑み、部屋を出ていく。
小さな手で大きな本を広げ、ページをめくる。
本を何冊も読みながら、必死に勉強をしている少女の姿。
「お母様……ほら、お手紙書いたの。お母様の代わりに書けるよ」
アマリアは数枚の手紙に目を通し、一枚を選ぶ。
「これを出しておいて」
愛情の欠片もない冷たい声。
ローゼはそれでも喜んでその紙を大切に抱いて部屋を出て行く。
「ラナ!私のお手紙出していいって!」
一人の召使が少女に良かったですねと声をかける。
少女の表情が明るく輝く。
優しい母親の声が聞こえる。
「ローゼ、薪をもう少し持ってきて」
母親に用事を頼まれると少女はうれしそうに駆けていく。
やっと愛されると少女が泣きながら笑う。
それでも一日に何度もぶたれ、罵声を浴びる。
「お前が死ねば良かったのに。なぜ死んだのが息子の方なの……」
「お母様……ごめんなさい……」
「お前が蛇なんかで驚くから!」
「お母様……ごめんなさい……」
悲しみと怒りが繰り返される。
「お母様、ラナを首にしたのはどうして?私と仲良くしたせい?」
少女の問いかけに母親は答えない。
笑顔は消え、悲しそう少女はもう泣かない。
絵本も燃やされ、ハッピーエンドはもう読めない。
また少し成長したローゼがいる。
表情を失い、ぼんやりと手紙を書いている。
「お前と仲が良かった召使はこれで全員いなくなったわね。息子を殺したお前が幸せになるなんて許せない……。あの子はもう笑えないのに。勉強も出来ないのに。友達なんて作らせないわよ。あの子はもう何も出来ないんだから……お前のせいで……お前が消えてしまえばよかったのに」
骨と皮ばかりになったアマリアが娘に憎悪を向け続ける。
「お母様……。ごめんなさい。でも、もうすぐ冬だし、誰もいないとお母様が困るでしょう?だから、私が出ていくから他の人はここに戻してあげて。お手紙……出しておくから……」
少女は手紙の束を抱え、たった一人で屋敷を出る。
呼び止めるものは一人もいない。
暗い道を一人あてもなく歩き続ける。
アマリアの娘を呼ぶ声が聞こえる。
空っぽの屋敷にヒステリックに響いていたその声は、次第に怒りを強めていく。
ベルの音が鳴り、しまいには壁に叩きつけられ、パリンと割れた。
「ローゼ!どこにいるの!早く来なさい!用事があるのよ!」
そこに老婆が現れる。
青ざめるアマリア、その目はこの老婆を知っている。
「あ……あ……お前は……ひっ……た、たすけ……」
老婆が指を折り曲げ、口を閉じさせる動作をすると、ぴたりとアマリアの唇が合わさった。
「お前は実験台として一番優秀だったが、お前が産んだ娘はさらに優秀だ。あの魂を磨いて私の塔の材料にするつもりだ。さあ、私がお前に注いだ魔力を全部返してもらうよ」
アマリアの体から金色の光が吸い出され、老婆の持つ小瓶の中におさめられていく。
抱えきれないほどの瓶が溜まると、老婆はそれを袋に全部収める。
「あの娘ならさらに多くの魔力を吸収できるようになるだろう。塔の器としてこれ以上ないぐらい優秀だ。心をさらに孤独に追い込み、空っぽにしてから私に忠誠を誓わせる。あれは自ら私に魂と命を捧げるのだ。かつてないほどの大きな力を生むだろう。魔力は思念に宿るものだからね。その時、私もついに塔持ちの魔法使いになれる」
老婆が消えると、生気が抜けたようなアマリアが残された。
目は落ちくぼみ、指は骸骨のように骨ばって、立つことさえ出来ない。
まだかろうじて息のあるアマリアは、必死に手を伸ばし、枕元のテーブルに転がるペンを引き寄せる。
震える指で、テーブルに置かれた紙に文字を走らせる。
消えそうな息遣いで何かを書き終えると、寝台の下にその紙を差し込んだ。
直後、アマリアは力尽きたようにばたりと倒れた。
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