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第一章 企み
19.最後の仕上げ
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ザウリの町は物騒な気配に包まれていた。
町には大勢の騎士が溢れていた。魔の森の第一線で活躍する第一騎士団とザウリに要塞を構える第二騎士団。
それから西辺境を担当する第七騎士団までが駆け付けている。
騎士達は険しい顔で街中を移動している。
夜だというのに、篝火まで焚かれ、町は昼間のように明るい。
宿を探しに行っていたウェンが、ローゼの待つベンチまで戻ってきた。
「どうも三つの騎士団が総出で何か探しているようだね。物騒な雰囲気だよ。いろいろ探られるのも面倒だ。魔の森に向けてもう出てしまおう」
ぼんやりと座り込んでいたローゼは顔を上げ、素直に立ち上がった。
「夜に出る商隊はないが、幸い王都は近く、街道には街灯もある。先に門を出ていておくれ。後から馬を借りて追いかけるよ」
ウェンがローゼに荷物を背負わせ、通りに引っ張りだした。
真っすぐに門の方を指さす。
「この方角に歩くんだよ。王国軍に捕まらないようにね」
なぜ捕まるのか、なぜ逃げなければならないのか、悲しみと孤独の中にいるローゼにはよくわからなかった。
ローゼは抜け殻のように、よろよろと町の表門を目指して歩き出した。
首から花のメダルが垂れ下がり、歩くたびに揺れてその重さをローゼに突き付ける。
ジェイスにも、母親にも、そして誰にも必要とされず愛されない。
ただ一人優しかった兄もきっとローゼを憎んでいる。
父親は跡継ぎの兄を可愛がっていた。
ローゼを一番憎んでいるのは父親かもしれない。
ローゼにとってジェイスは唯一大切にしてくれた人だったが、その愛はとうに信じられないものになっていた。
ジェイスの愛欲しさにウェンの媚薬に頼った行為が、ローゼの自信を喪失させていた。
媚薬を使わなければ、ジェイスはローゼに見向きもしなかったはずだ。
町の表門を抜けようとした時、門番がローゼを引き止めた。
「その荷物を少し見せてくれないか?」
危険な夜に旅をしようとする者は大抵が犯罪者だ。
しかしローゼはか弱い女性で、表門をこそこそ抜けようとしていたわけではない。
決められた通りの荷物検査をして通過させようと考えた門番は、ローゼが引き返してくるのをその場で待った。
ところが、呼び止められたローゼは、怯えたように門番を振り返った。
ウェンに持たされた荷物の中身は知らない。
怪しいものではないだろうが、薬が入っていたら、ローゼには何が入っているのか説明できない。
雨の上がった空は真っ暗で、星も月も出ていない。
味方のいないローゼには心細さがつきまとう。
荷物を抱えて逃げたら捕まってしまうだろうか。
その時、門番の背後から大きな声が上がった。
「その女を逃がすな!」
ローゼは驚いた。
大きな罪の意識がローゼの中には眠っている。
追い立てるような騎士達の声が、ローゼの不安をさらにあおる。
門番が慌ててローゼを捕まえようと走り出す。
暗い道の脇から不意に馬が現れた。
なぜこの瞬間に馬が現れたのか、考える暇もなく、ローゼは馬の背によじ登る。
「そこの女、止まれ!」
門を抜けた騎士達が叫ぶ。
門番はもうローゼに追いつきそうだ。
ローゼは鐙を蹴った。
馬は心得たように街灯に照らし出される道を魔の森に向かって走り出した。
殺伐とした空気に包まれたザウリの町には馬に乗ったジェイスとレアナの姿があった。
台所の裏口からローゼが飛び出して行ったとレアナに言われ、すぐに追いかけようとしたジェイスにレアナが自分も連れて行って欲しいと頼んだ。
「ローゼさん、私たちのことを誤解していたらしくて、昔は婚約していたけど今はもうそんな関係ではないと説得したのだけど、自分は邪魔ものだからと言って飛び出してしまって……引き止められなくてごめんなさい」
レアナは涙ぐみ、ジェイスに訴えた。
「私の前で、ローゼさんに愛しているって伝えてあげて。それならばローゼさんもあなたが愛しているのはローゼさんだけだとわかるはずよ」
確かにその通りだとジェイスは思い、レアナを連れてローゼを追いかけてきた。
しかしザウリに到着してみると、ローゼを探すどころではなかった。
一体何があったのかと思うほど街中には騎士の隊服が溢れ、警備兵は人々に通りに出るなと叫んでいる。
ザウリの町にいるのは第二騎士団のはずだが、顔も知らない騎士が多い。
ジェイスが周囲を見回していると、突然背後から名前を呼ばれた。
「ジェイス!通信具を置いていったのか?常につけておけ!ローゼ・バーデンに殺人容疑がかかった。第一騎士団ロベリオ・バーデン様からの連絡だ。
お前のところにも隊から二人行ったはずだ。会わなかったか?彼女は?」
駆け寄ってきたのは、第二騎士団の仲間のゲイトだった。
馬上からジェイスを見つけたゲイトは、ジェイスの前に座るレアナの姿に、まさかローゼ・バーデンなのかと目を光らせた。
「彼女はレアナ、俺の腹違いの弟の妻だ。一緒に俺の妻を探している。それより、ローゼに殺人容疑とはどういうことだ。ロベリオ様とはまさか、王騎士のロベリオ様か?なぜそんな偉い人がローゼを探している?俺の妻は家も身分もないただの刺繍売りだ。
ロベリオ・バーデン様とは何の関係もない。しかも殺人など、人違いだろう?」
「ジェイス!表門だ!急げ!」
突然割り込んできたのは隊長のイーガンだった。
「ローゼが見つかった。とにかく急げ。彼女を捕まえて話を聞かなければ、何がどうなっているのかさっぱりわからない」
騎士達も混乱している。
急き立てられ、ジェイスはレアナを馬上に乗せたまま馬を走らせた。
町の兵達が通行人を脇に誘導し、その真ん中を騎士達が隊列を組んでザウリの町を駆け抜けた。
真っすぐに街灯に照らされた街道を突き進む。
この先は王都へ向かう道と魔の森へ向かう道に分かれている。
「ローゼは魔力使いだ。魔の森に逃げるかもしれない。魔力抵抗を持つ者が前に出ろ!」
イーガンの朗々とした声が響き、騎士達が一斉に隊列を整える。
ジェイスは前に出た。下ろすタイミングが無く、レアナをまだ馬に乗せたままだ。
魔の森との分岐路に近づいた時、止まれの合図があがった。
分かれ道の手前にあるちょっとした広場を騎士達が取り囲んでいる。
彼らは第一騎士団であり、馬に乗っていない。
魔の森近くに馬を入れてはいけないことを知っているのだ。
後ろから走ってきた第二騎士団のジェイスたちは馬上にあり、第一騎士団が囲んでいるものが見えていた。
奥に小柄な少女が立ち、その向かいに隊服に身を包んだ大きな男の姿がある。
馬上からジェイスが叫んだ。
「ローゼ!」
ローゼを助けようとジェイスは馬に乗ったまま無理やり前に出た。後ろからゲイトやイーガンが止めようとしたが、ジェイスの耳には聞こえていなかった。
「ローゼ!」
騎士達に取り囲まれ、立ち尽くしていたローゼは、ジェイスの声に助けを求めるように視線を向けた。
ところが、ローゼの目に飛び込んできたのは、レアナとジェイス、二人の姿だった。
馬上のジェイスは、片腕でしっかりレアナを抱いている。
ローゼと目が合うと、ジェイスは急いで馬から下り、続いてレアナを抱いて下ろした。
その仲睦まじい様子に、ローゼは静かにジェイスから目を逸らした。
視線を戻すと、見覚えのない男が怒りの形相でローゼを睨みつけている。
「アマリアの娘ローゼだな」
ローゼの顔がさらに絶望に染まる。
怒りに染まるその男の顔と憎悪の声が遠い記憶を呼び覚ます。
「母親の名前すら忘れたか!お前が手にかけて殺したのだろう?」
男の声がローゼの頭の中でこだました。
「殺す?お母様が亡くなられた?私が殺したの?」
屋敷を去った時、母親は生きていたはずだ。
頭を抱え、ローゼはよろめいた。
「お前が去ったあと、彼女が生きている姿を見た者はいない。お前に容疑がかかるのは当然だ。それともお前が手を下していないというなら、瀕死の母をお前は見捨てたのか!だとすればお前が殺したも同然だ!」
ロベリオ・バーデンは激しい口調でローゼを問い詰めた。
深い孤独と真っ暗な罪の意識、魂が壊れるまで冷え切ったその心に、とどめの一言が降ってきた。
それは聞きなれた老婆の声で、その声だけが唯一ローゼの心に届いた。
「お前がこの世界で必要とされる方法は一つしかない。私の言葉に従うか?」
用意周到にその魂を追い詰めてきた魔法使いは、既にローゼの信頼を勝ち取っている。
涙が一筋、ローゼの頬を伝い落ちた。
「私が役に立つ?……」
「お前の魂と命を私に捧げよ。私が人々のために役立ててやろう」
誰にも必要とされない、そう思い込まされたローゼはゆっくりと頷いた。
その瞬間、ローゼの体は黄金の光に包まれた。
その光が急速に遠ざかる。
ローゼを取り囲んでいた騎士達の中から、ジェイスが飛び出した。
「ローゼ!」
遠ざかる光を追ってジェイスが走り出す。
「追え!」
イーガンの命令も飛んだ。第二騎士団も後に続く。
ロベリオ・バーデンもジェイス同様、遠ざかる光を追っている。
吸い込まれるように、光は魔の森に入り、一本の木の前で止まった。
光は大きく膨れ上がり、何かを形作る。
「下がれ!」
イーガンの命令で騎士達が光から逃れるように後退し、その摩訶不思議な現象を警戒するように睨む。
光の中に飛び込もうとしたジェイスをロベリオが引き戻した。
魔の森の第一線で戦ってきたロベリオは、その異変をただならぬことだと察知し、第一騎士団にも後退を命じる。
溢れる光が次第に弱くなり、辺りを照らす穏やかなか灯りとなった。
その灯りに照らし出されたのは小さな空き地だった。
そこに生えていた木々は一瞬で消え、突然現れた丸い空き地の真ん中に石の塔がそびえている。
その塔や空き地を照らすように、光の水晶は空き地の縁に立つ木を背にして建っている。
六角中の黄金の水晶の中には一人の少女が目を閉ざした姿で立っていた。
ジェイスの口から迸るような絶叫が迸った。
「ローゼ!」
駆けだそうとするジェイスの体をロベリオが押さえ込んでいた。
自分の娘が不思議な力で水晶の中に閉じ込められたというのに、ロベリオは冷静だった。
魔の森では信じ難い現象がいくつも起きる。
全てをきちんと見極め、行動しなければ、取り返しのつかない罠に陥ることになる。
この場にいる騎士達の中で一番身分の高いのは間違いなくロベリオだった。
「契約魔法使いを呼べ。第一騎士団、水晶周りを見張れ。第二騎士団、周辺の安全を確保。第三騎士団を招集しろ。魔道研究所の学者を呼んで来い!王城に知らせを出せ!」
ロベリオの命令を受け、イーガンが自分の隊から数名をいかせた。
残りの騎士達は何が起きるのかわからず、森の入り口で待機する。
空き地に建ったのは魔法使いの塔だ。
つまり味方であれば森の魔力を安定させるのに役に立つし、敵であれば騎士達はこれから魔法使いと戦わなければならない。
しかし一番不可解なのは少女を閉じ込めた水晶だ。
それが一体何を意味しているのか、魔の森を長く主戦場としてきたロベリオにもわからなかった。
こんなものは見たこともない。
閉じ込められている少女は目を閉ざし、死んでいるのか生きているのかもわからない。
この国を守る騎士達は神経を研ぎ澄まし、次に何が起きるのか息をひそめて見守っている。
その時、どこからともなく、手を打ち鳴らす乾いた音が聞こえてきた。
町には大勢の騎士が溢れていた。魔の森の第一線で活躍する第一騎士団とザウリに要塞を構える第二騎士団。
それから西辺境を担当する第七騎士団までが駆け付けている。
騎士達は険しい顔で街中を移動している。
夜だというのに、篝火まで焚かれ、町は昼間のように明るい。
宿を探しに行っていたウェンが、ローゼの待つベンチまで戻ってきた。
「どうも三つの騎士団が総出で何か探しているようだね。物騒な雰囲気だよ。いろいろ探られるのも面倒だ。魔の森に向けてもう出てしまおう」
ぼんやりと座り込んでいたローゼは顔を上げ、素直に立ち上がった。
「夜に出る商隊はないが、幸い王都は近く、街道には街灯もある。先に門を出ていておくれ。後から馬を借りて追いかけるよ」
ウェンがローゼに荷物を背負わせ、通りに引っ張りだした。
真っすぐに門の方を指さす。
「この方角に歩くんだよ。王国軍に捕まらないようにね」
なぜ捕まるのか、なぜ逃げなければならないのか、悲しみと孤独の中にいるローゼにはよくわからなかった。
ローゼは抜け殻のように、よろよろと町の表門を目指して歩き出した。
首から花のメダルが垂れ下がり、歩くたびに揺れてその重さをローゼに突き付ける。
ジェイスにも、母親にも、そして誰にも必要とされず愛されない。
ただ一人優しかった兄もきっとローゼを憎んでいる。
父親は跡継ぎの兄を可愛がっていた。
ローゼを一番憎んでいるのは父親かもしれない。
ローゼにとってジェイスは唯一大切にしてくれた人だったが、その愛はとうに信じられないものになっていた。
ジェイスの愛欲しさにウェンの媚薬に頼った行為が、ローゼの自信を喪失させていた。
媚薬を使わなければ、ジェイスはローゼに見向きもしなかったはずだ。
町の表門を抜けようとした時、門番がローゼを引き止めた。
「その荷物を少し見せてくれないか?」
危険な夜に旅をしようとする者は大抵が犯罪者だ。
しかしローゼはか弱い女性で、表門をこそこそ抜けようとしていたわけではない。
決められた通りの荷物検査をして通過させようと考えた門番は、ローゼが引き返してくるのをその場で待った。
ところが、呼び止められたローゼは、怯えたように門番を振り返った。
ウェンに持たされた荷物の中身は知らない。
怪しいものではないだろうが、薬が入っていたら、ローゼには何が入っているのか説明できない。
雨の上がった空は真っ暗で、星も月も出ていない。
味方のいないローゼには心細さがつきまとう。
荷物を抱えて逃げたら捕まってしまうだろうか。
その時、門番の背後から大きな声が上がった。
「その女を逃がすな!」
ローゼは驚いた。
大きな罪の意識がローゼの中には眠っている。
追い立てるような騎士達の声が、ローゼの不安をさらにあおる。
門番が慌ててローゼを捕まえようと走り出す。
暗い道の脇から不意に馬が現れた。
なぜこの瞬間に馬が現れたのか、考える暇もなく、ローゼは馬の背によじ登る。
「そこの女、止まれ!」
門を抜けた騎士達が叫ぶ。
門番はもうローゼに追いつきそうだ。
ローゼは鐙を蹴った。
馬は心得たように街灯に照らし出される道を魔の森に向かって走り出した。
殺伐とした空気に包まれたザウリの町には馬に乗ったジェイスとレアナの姿があった。
台所の裏口からローゼが飛び出して行ったとレアナに言われ、すぐに追いかけようとしたジェイスにレアナが自分も連れて行って欲しいと頼んだ。
「ローゼさん、私たちのことを誤解していたらしくて、昔は婚約していたけど今はもうそんな関係ではないと説得したのだけど、自分は邪魔ものだからと言って飛び出してしまって……引き止められなくてごめんなさい」
レアナは涙ぐみ、ジェイスに訴えた。
「私の前で、ローゼさんに愛しているって伝えてあげて。それならばローゼさんもあなたが愛しているのはローゼさんだけだとわかるはずよ」
確かにその通りだとジェイスは思い、レアナを連れてローゼを追いかけてきた。
しかしザウリに到着してみると、ローゼを探すどころではなかった。
一体何があったのかと思うほど街中には騎士の隊服が溢れ、警備兵は人々に通りに出るなと叫んでいる。
ザウリの町にいるのは第二騎士団のはずだが、顔も知らない騎士が多い。
ジェイスが周囲を見回していると、突然背後から名前を呼ばれた。
「ジェイス!通信具を置いていったのか?常につけておけ!ローゼ・バーデンに殺人容疑がかかった。第一騎士団ロベリオ・バーデン様からの連絡だ。
お前のところにも隊から二人行ったはずだ。会わなかったか?彼女は?」
駆け寄ってきたのは、第二騎士団の仲間のゲイトだった。
馬上からジェイスを見つけたゲイトは、ジェイスの前に座るレアナの姿に、まさかローゼ・バーデンなのかと目を光らせた。
「彼女はレアナ、俺の腹違いの弟の妻だ。一緒に俺の妻を探している。それより、ローゼに殺人容疑とはどういうことだ。ロベリオ様とはまさか、王騎士のロベリオ様か?なぜそんな偉い人がローゼを探している?俺の妻は家も身分もないただの刺繍売りだ。
ロベリオ・バーデン様とは何の関係もない。しかも殺人など、人違いだろう?」
「ジェイス!表門だ!急げ!」
突然割り込んできたのは隊長のイーガンだった。
「ローゼが見つかった。とにかく急げ。彼女を捕まえて話を聞かなければ、何がどうなっているのかさっぱりわからない」
騎士達も混乱している。
急き立てられ、ジェイスはレアナを馬上に乗せたまま馬を走らせた。
町の兵達が通行人を脇に誘導し、その真ん中を騎士達が隊列を組んでザウリの町を駆け抜けた。
真っすぐに街灯に照らされた街道を突き進む。
この先は王都へ向かう道と魔の森へ向かう道に分かれている。
「ローゼは魔力使いだ。魔の森に逃げるかもしれない。魔力抵抗を持つ者が前に出ろ!」
イーガンの朗々とした声が響き、騎士達が一斉に隊列を整える。
ジェイスは前に出た。下ろすタイミングが無く、レアナをまだ馬に乗せたままだ。
魔の森との分岐路に近づいた時、止まれの合図があがった。
分かれ道の手前にあるちょっとした広場を騎士達が取り囲んでいる。
彼らは第一騎士団であり、馬に乗っていない。
魔の森近くに馬を入れてはいけないことを知っているのだ。
後ろから走ってきた第二騎士団のジェイスたちは馬上にあり、第一騎士団が囲んでいるものが見えていた。
奥に小柄な少女が立ち、その向かいに隊服に身を包んだ大きな男の姿がある。
馬上からジェイスが叫んだ。
「ローゼ!」
ローゼを助けようとジェイスは馬に乗ったまま無理やり前に出た。後ろからゲイトやイーガンが止めようとしたが、ジェイスの耳には聞こえていなかった。
「ローゼ!」
騎士達に取り囲まれ、立ち尽くしていたローゼは、ジェイスの声に助けを求めるように視線を向けた。
ところが、ローゼの目に飛び込んできたのは、レアナとジェイス、二人の姿だった。
馬上のジェイスは、片腕でしっかりレアナを抱いている。
ローゼと目が合うと、ジェイスは急いで馬から下り、続いてレアナを抱いて下ろした。
その仲睦まじい様子に、ローゼは静かにジェイスから目を逸らした。
視線を戻すと、見覚えのない男が怒りの形相でローゼを睨みつけている。
「アマリアの娘ローゼだな」
ローゼの顔がさらに絶望に染まる。
怒りに染まるその男の顔と憎悪の声が遠い記憶を呼び覚ます。
「母親の名前すら忘れたか!お前が手にかけて殺したのだろう?」
男の声がローゼの頭の中でこだました。
「殺す?お母様が亡くなられた?私が殺したの?」
屋敷を去った時、母親は生きていたはずだ。
頭を抱え、ローゼはよろめいた。
「お前が去ったあと、彼女が生きている姿を見た者はいない。お前に容疑がかかるのは当然だ。それともお前が手を下していないというなら、瀕死の母をお前は見捨てたのか!だとすればお前が殺したも同然だ!」
ロベリオ・バーデンは激しい口調でローゼを問い詰めた。
深い孤独と真っ暗な罪の意識、魂が壊れるまで冷え切ったその心に、とどめの一言が降ってきた。
それは聞きなれた老婆の声で、その声だけが唯一ローゼの心に届いた。
「お前がこの世界で必要とされる方法は一つしかない。私の言葉に従うか?」
用意周到にその魂を追い詰めてきた魔法使いは、既にローゼの信頼を勝ち取っている。
涙が一筋、ローゼの頬を伝い落ちた。
「私が役に立つ?……」
「お前の魂と命を私に捧げよ。私が人々のために役立ててやろう」
誰にも必要とされない、そう思い込まされたローゼはゆっくりと頷いた。
その瞬間、ローゼの体は黄金の光に包まれた。
その光が急速に遠ざかる。
ローゼを取り囲んでいた騎士達の中から、ジェイスが飛び出した。
「ローゼ!」
遠ざかる光を追ってジェイスが走り出す。
「追え!」
イーガンの命令も飛んだ。第二騎士団も後に続く。
ロベリオ・バーデンもジェイス同様、遠ざかる光を追っている。
吸い込まれるように、光は魔の森に入り、一本の木の前で止まった。
光は大きく膨れ上がり、何かを形作る。
「下がれ!」
イーガンの命令で騎士達が光から逃れるように後退し、その摩訶不思議な現象を警戒するように睨む。
光の中に飛び込もうとしたジェイスをロベリオが引き戻した。
魔の森の第一線で戦ってきたロベリオは、その異変をただならぬことだと察知し、第一騎士団にも後退を命じる。
溢れる光が次第に弱くなり、辺りを照らす穏やかなか灯りとなった。
その灯りに照らし出されたのは小さな空き地だった。
そこに生えていた木々は一瞬で消え、突然現れた丸い空き地の真ん中に石の塔がそびえている。
その塔や空き地を照らすように、光の水晶は空き地の縁に立つ木を背にして建っている。
六角中の黄金の水晶の中には一人の少女が目を閉ざした姿で立っていた。
ジェイスの口から迸るような絶叫が迸った。
「ローゼ!」
駆けだそうとするジェイスの体をロベリオが押さえ込んでいた。
自分の娘が不思議な力で水晶の中に閉じ込められたというのに、ロベリオは冷静だった。
魔の森では信じ難い現象がいくつも起きる。
全てをきちんと見極め、行動しなければ、取り返しのつかない罠に陥ることになる。
この場にいる騎士達の中で一番身分の高いのは間違いなくロベリオだった。
「契約魔法使いを呼べ。第一騎士団、水晶周りを見張れ。第二騎士団、周辺の安全を確保。第三騎士団を招集しろ。魔道研究所の学者を呼んで来い!王城に知らせを出せ!」
ロベリオの命令を受け、イーガンが自分の隊から数名をいかせた。
残りの騎士達は何が起きるのかわからず、森の入り口で待機する。
空き地に建ったのは魔法使いの塔だ。
つまり味方であれば森の魔力を安定させるのに役に立つし、敵であれば騎士達はこれから魔法使いと戦わなければならない。
しかし一番不可解なのは少女を閉じ込めた水晶だ。
それが一体何を意味しているのか、魔の森を長く主戦場としてきたロベリオにもわからなかった。
こんなものは見たこともない。
閉じ込められている少女は目を閉ざし、死んでいるのか生きているのかもわからない。
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