9度目の転生(バルバル亭の秘密R18編)

丸井竹

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第二章 器

22.平和な森とお似合いの二人

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「そうか。ならば私から贈り物だ」

最果ての魔法使いは老婆の上に手をかざした。

乾いた音が鳴った。

膨らんだわけでもないのに、ウェンは一瞬ではじけ飛んだ。
血しぶきが霧のように吹きあがり、一帯を覆いつくすと、肉片が絨毯のように地面を飾っていた。

「これを残しておく意味はないだろう?」

楽しそうな男の声。

呆然としていた町兵達は、粉雪のように血肉が降り注いできたことにようやく気付き、悲鳴を上げて逃げ始めた。
第七騎士団はなんとか踏みとどまった。
第一、第二騎士団は王国の精鋭たちだ。青ざめながらもそれぞれの指揮官の合図を待つ。

一番前にいたジェイスは半身を赤く染めながら小さく舌打ちした。
自分の手でウェンの首を跳ねようと思っていた。

既に剣を引き抜き、渾身の力で剣の柄を握りしめていた。
ウェンを殺せば封印が溶け、ローゼが生き返るのではないかと望みをかけていたが、ウェンが砕けてもローゼを閉じ込めた水晶はそのままだ。

騎士達の前にいたロベリオもまた、血まみれだった。
表情を変えず、冷静に顔の血を拭いながら騎士達に下がるように合図を出す。
訓練された騎士達は一斉に数歩下がった。
ジェイスはまだ剣を握っている。

「お前の目的は何だ」

ウェンを一瞬で破裂させた最果ての魔法使いを前に、ジェイスは一歩も引かない構えを見せる。
漆黒の髪の魔法使いは、ジェイスを感心したように見おろし、不気味に笑んだ。

「お前達は閉ざされた時の中に存在している。時空の歪みをその身で知ることができれば、全てが最初からそこにあり、手の届くものだと知るだろう。
お前も私もこの世界そのものであり、その一部に過ぎない。
ところが、魂というものだけが全ての理から外れているのだ。その不可思議さが惹きつけられる所以だ」

ジェイスには全く理解できない言葉だった。

「お前も、彼女の魂を狙っているのか。お前も魔法使いだろう!お前達は己の欲望のために人の命と魂を実験に使う。お前は何をしている!」

怒りと悲しみは行き場を失い、ジェイスを狂気に駆り立てる。
漆黒の髪の魔法使いは悪魔のような笑みを浮かべた。

「また会おう。人の男」

おもむろに、魔法使いは背を向け歩き出した。
浮き上がりもしなければ、光のように消えたりもしない。ただ歩いて遠ざかる。
男の姿が消えるまで、誰一人その場を動けなかった。

最果ての魔法使いは人が太刀打ちできるような存在ではないのだと、魔の森と向き合ってきた騎士達は知っている。
ジェイスは何も出来ない憤りに必死に耐えた。

最果ての魔法使いが消えると、水晶のほのかな灯りだけが残された。

まだ真夜中であり、それだけでは周囲の明かりとしては足りない。
騎士達が手元のランタンに灯りを入れる。
松明を持つ者はそれをかかげ、周囲を確認する。

水晶の中には物言わぬ少女の姿がただ静かにそこにある。
ジェイスは飛び散った肉片を踏みつけて進み、主がいなくなった魔法使いの塔を見上げた。
主がいなくなれば自然と崩壊するはずの塔はびくともしない。

魔法使いの塔を支えているのはローゼの魂なのだ。
ジェイスはローゼの前に座り込み、膝に顔を埋めた。

ロベリオが指示を出し、周辺に野営の為のテントが張られる。
こんな事態は初めてであり、何が起こるかわからない。
警戒を怠るなと、鋭い命令が飛ぶ。

イーガンが部下を二人選び、レアナをフォスター家に返すように告げた。
第一騎士団にならい、第二騎士団のイーガンの部隊も野営準備に入る。

その夜、かつてないほど魔の森は静かだった。
それを不気味と思う騎士もいたが、平和が訪れたのではないかと希望を見出す騎士もいた。

ジェイスは水晶を前にして微動だにしなかった。

夜が明け、空が白み始めた。
魔の森に鳥のさえずりは聞こえない。ただ、うっすらと光が木々の合間をすり抜け、森の地面を照らし出す。
水晶は木陰にあり、まだぼんやりと光っていた。
その様子を塔を背にジェイスが見つめている。

何か異変が起こっていないか騎士達が朝の点検を始める。

冷たい朝霧の中、新たな騎士達が駆け付けた。

「ロベリオ様!」

現れたのはリュデン地方でアマリアの住んでいた屋敷を調べていた第一騎士団のグレゴリ達だった。
ウェンの魔法で屋敷に足止めされた為、到着が遅れたのだ。

馬を滑り降り、ロベリオの前に走り出て、膝をつく。
グレゴリが四つ折りの紙を差し出した。

「アマリア様の寝台から見つかりました」

昨夜見た映像の中で、魔力を吸い取られ、死に瀕していたアマリアは、紙に何かを書いて寝台の下に隠していた。
それを思い出し、ロベリオは渡された紙を開いた。

そこには震える手で書いたと思われる、歪んだ字が並んでいた。
ロベリオはぼんやりとした水晶の光を借り、そこに綴られている文字を読んだ。
そこには今更どうしようもないアマリアの告白が書かれていた。

『私は助かってなどいなかった。あの魔法使いはまだ実験を続けている。怒りと悲しみが沸き起こるたびに、私は娘を傷つけた。
何度も後悔し、優しく出来たときもあった。だけどまた傷つけてしまう。
沸き上がる冷酷な衝動が抑えきれない。愛に飢えた子供に飴を与えては取り上げ、魂の傷を広げている。あの魔法使いが狙っているのは私じゃない。弱く、痛みに向き合えなかったばっかりに、全てを失う。全ては私のせい。どうか、娘だけは助けて。ロベリオ、お願い』

まともな字は一つもなかったが、ロベリオは最後まで読み切った。
それを静かに畳み、胸にしまった。

「全てを記録し、後世に伝える」

王国の騎士であるロベリオはそう宣言した。
魔法使いは狡猾で人の情を解さない。彼らは彼らの価値観で生きている。
人間は彼らの実験動物のようなものなのだ。
彼らは人の魂と命を使い、自身が持つ以上の力を求める。

ただの人間は足掻き、戦い続けるしかない。
ロベリオは数名の部下を水晶と塔の見張りに残し、王城に一旦戻ることに決めた。
第一騎士団が去ると、入れ替わるように第三騎士団が持ち場を代わった。

第二騎士団はまだ残っていた。

イーガンは昨夜から同じ姿勢でうずくまるジェイスに近づいた。

「ジェイス……。騎士をやめるなよ。お前は俺達の一員だ。必ず復帰しろ。それから、この塔はお前のものになるように俺が働きかけてやる」

微動だにしないジェイスを置いて、引継ぎを済ませると第二騎士団も去った。
第三騎士団は広場の外に天幕を立て、周辺の見回りを続けた。

ジェイスは水晶の前に立った。
目を閉ざしたローゼは立った姿のまま水晶の中で眠っている。

「やっと……二人きりになれたな」

ジェイスは水晶に手を触れ、その冷たい表面に唇を押し付けた。

「愛している……ローゼ。君だけだ」

ローゼの首には幸運の花を描いたメダルが下げられている。

「それも、君のために選んだ」

魔の森には存在しないはずの鳥のさえずりが聞こえてきた。
それは西の森でローゼと暮らしていた時に毎朝聞いていた平和な森の音だ。

だけどもう一緒にその音を聞くことは出来ない。
ジェイスは拳を握りしめ、熱い涙を落とした。



――


 フォスター家に戻ってきたレアナは、真っすぐにケビンの部屋に向かった。
許しも得ず、レアナは扉を開けて中に入ると寝台に近づく。

そこには愛人を連れ込み、寝ているケビンの姿があった。
レアナはケビンの隣で寝ている見知らぬ女の髪を掴むと、寝台から力づくで引きずり下ろした。

「ぎゃあああっ!何するのよ!」

女が叫び、ケビンは飛び起きた。
レアナはその女の顔を二回ひっぱたいた。

「出て行け!」

叫ぶと、驚くケビンの上にレアナは飛び乗った。

「やっとわかったの。私達、お似合いよ。最低な男に最低な女。夫婦は似た者同士になるらしいわ。だったら私はあなたにぴったりよ」

「なんだと!」

ケビンは怒りにまかせ起き上がろうとしたが、レアナはその髪を引っ張り無理矢理ケビンの口に唇を重ねた。
舌を絡め、唾液をすすり合うと、レアナは顔をあげ、早口でまくしたてた。

「努力もせず相手を蹴落として上に立とうとするなんて卑劣で、弱虫よ。私も同じよ。愛を選ばなかったくせに、あの女が愛を手に入れたのが気に入らなかったのよ。
まるで自分だけが正しいみたいな顔をして気に入らなかったのよ。私だけはあなたみたいな人間じゃないと思いたかっただけ。
私は物欲まみれで最低な打算的な女よ。
もうそれでいいわ。だって私達似合いだわ。私が最低なのはあなたのせいよ。夫が最低だから私も最低になったの。だからあなたも最低なことを私のせいにしていいのよ」

レアナは豪快にドレスを脱ぎ捨てた。
明るい日差しの中でレアナは豊かな胸をケビンに押し付け、挑むように睨みつけた。

「さあ。私を抱いて、孕ませてよ。あなたをまるごと受け止められるのは私だけよ!」

その言葉は思いがけず、ケビンの心を打った。
兄と比べられ、常に劣っていると思い続けてきたケビンは体を起こすとレアナを下にして覆いかぶさった。

「最低な男がいいのか?」

「ええ、ケビン。あなたがいいの。私にぴったりだから」

熱く抱き合うと、二人は扉が全部開けっぱなしだというのに、獣のように求めあい、互いの体をまさぐり合った。
ドリーンが起きてきて、何事かと怒鳴ったが、レアナは枕を投げつけた。

「見たくないなら出て行けばいいでしょう!」

ドリーンは驚き、目を白黒させて逃げ出した。
その様子を泣き笑いして眺めると、レアナは再びケビンと向き合った。
醜く歪んだケビンの顔はレアナ自身だった。
レアナは微笑み、ケビンを固く抱きしめた。

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