9度目の転生(バルバル亭の秘密R18編)

丸井竹

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第二章 器

23.訪れた平和

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 ローゼが魔の森の核として封印されて一週間が過ぎた。
森の入り口にできた空き地には相変わらず立派な塔が残されている。
少し離れた木の根元には水晶の柱が立ち、その中にローゼが眠っている。
そこにジェイスは剣を抱え座り込んでいる。

静かな森の中を同じ剣を腰に帯びた騎士が一人入ってきた。

「ジェイス、食べているのか?」

第二騎士団のゲイトは毎日ジェイスの様子を見に通っていた。ジェイスから答えが返ってきたことはないが、食料と水を置いていく。
その日、ゲイトはジェイスの隣に座った。

「ありきたりなことを言いたいわけじゃない。だけど、誰もが取り戻したい過去を持つ。お前だけじゃないぞ。仕事に来い。お前は……お前まで、過去に囚われるな」

ゲイトは懐から書類を取り出した。

「塔を含め、この空き地はお前のものだ。ロベリオ様も働きかけて下さった。
魔の森の塔に普通の人間は住むことが出来ない。
だが、この森はもう魔の森とは呼べないようだ。
魔道研究所の学者たちが調査を始めている。魔力は濃いが、人体に害はない。普通の森より多少変わっている程度だ。
調査中に平和の象徴である花リスが出たらしい。皆、驚いていたよ。
もし、ローゼが悪意と敵意を胸に封印されていたら、この森は危険な森になっていたかもしれない。
魔力は思念に宿る。ローゼは、誰も憎んでいなかった。お前のことも、過去のことも。
だからこの森の平和はローゼの意思だ。
前を向けよ、ジェイス。俺達はどんな時も人々に背中を見せて前に進まなきゃいけない」

仲間を失った過去を持つゲイトは、書類をジェイスの前に置いて立ちあがった。

「また来るからな」

空き地から出る前に、もう一度ゲイトは足を止めて振り返った。
ジェイスは同じ姿勢で、水晶に封印された少女を見上げている。

明るい日差しが広場に降り注ぎ、空き地には小さな花が咲き出している。
小鳥のさえずりに耳を澄ませながら、ゲイトは森を出て行った。

夕刻近くなり、ジェイスは立ち上がった。

「君は、恨みも憎しみもなく、前を向いたのか……」

ジェイスは塔を振り返った。
所有権はジェイスにある。
その書類を手にジェイスは塔の扉を開けた。

磨かれた石を並べた床の隙間には苔が育っている。
出来たばかりなのに、塔は百年も前から建っていたかのような佇まいだ。

螺旋階段を上った先にある、二階の部屋の窓からローゼの眠る水晶が見えた。
ジェイスはそこに陣取り、ゲイトが差し入れてくれた軍隊の携帯食をかじり始めた。


 翌朝、ジェイスは朝靄が立ち込める中、塔を出てきた。
裏に湧き始めた泉で軽く全身を洗い、簡単に身を清めると短剣で髭を整える。
剣を腰に吊り下げ、水晶の前に立った。

「行ってくる」

 その日から、ジェイスは第二騎士団に復帰した。

仲間たちは派手にジェイスを迎え入れたりしなかった。
挨拶をかわし、訓練を終えると、イーガンの前に整列する。

「ジェイス、後で俺の部屋に来い。いろいろと手続きがある」

ジェイスがイーガンの執務室に入ると、大量の書類が待ち構えていた。

「一応聞くが、ローゼと離縁する気は?」

「ありません」

そうだろうなとイーガンは頷き、数枚の書類を差し出した。

「ロベリオ・バーデンはお前を婿と認める書類を出した。付随して、王騎士の紋章がお前のものになる。言葉は悪いが、フォスター家の名はかすむぞ。王の隣に立てる地位だ。
ロベリオは遺言を書き換え、自身の死後は全てをお前に譲る手続きをとった」

「私は世継ぎを持てません」

妻は水晶の中だ。子作りなど出来るわけがない。

「優秀な部下を後継者に選ぶか、あるいは養子を持つか、まぁお前に任せる。いざとなれば王に紋章は返上したらいい。魔道契約書だ。慎重に署名しろ」

指で名前を記すと、ジェイス・フォスター・バーデンと金色の文字が浮かび上がった。

「ああ、フォスター家の紋章もお前が継いだのか……。面倒な話だな」

イーガンは種類の異なる書類の山をかきわけ、また新たな書類を置いた。

「フォスター家の当主は仕事が出来ないと聞いているが、紋章を捨てることもできる。お前には不要なものだろう。継ぐというならお前が面倒をみることになる。優秀な執事を雇えよ」

午前中を書類仕事に費やし、やっと席を立とうとしたジェイスをイーガンがさらにひきとめた。

「魔霧に覆われた隣国リトナ国に近々様子を見に行く。やっと救援を求める使者が王城に到着したようだ。
最果てに隣接する国々からも強い魔力を帯びた魔霧は消えつつあると報告が入っている。
塔に戻った時は、水晶の様子を注意深く観察してくれ。
あの魔法使いは水晶の効力が二、三十年もつといっていたが、十年の開きは大きい。
彼らにとって年月など百年も二百年もそうかわらないのだろうが、俺達にとってはそうではない。
二十年封印がもたない可能性も考え、水晶崩壊後の対策を急ぐ必要がある。
あと、国に滞在する魔力使い、魔法使いの類は王国と契約を交わすことが義務付けられる」

塔無しの魔法使い達に人を使った実験を行わせないためだ。
善や悪といった価値感を持たない魔法使いたちは契約で縛るしかない。

ジェイスは騎士の仕事に戻った。

日々を戦いに費やしてきた騎士達は、荒れた国土を建て直すために力を尽くし始めた。
まだ魔力が安定していない他国への救援活動もある。
魔霧によって発生した魔獣や魔物の討伐に出れば数か月戻れない。

魔の森には塔持ちの魔法使いが増え始めた。
力無い魔法使いも魔力の制御が容易になり、塔を持てるようになったからだ。

時々、王国の契約魔法使いたちがローゼの封印されている水晶を見学に来た。
彼らは頭を下げ、ローゼに感謝しているとジェイスに告げた。

「我らの体は魔力で出来ている。それ故、魔力が無ければ生きていけないが、多すぎれば消滅してしまう。
魔力量を制御し結界にもなる塔が必要なのです。
この森は魔力が安定している。塔をもてない我らも安心して暮らせます。
その見返りに、この国のために仕事をすることを約束します」

誰にも守られたことのない少女が名も知らない魔法使い達を守っているのかと、ジェイスは驚いた。
常にポケットに入れているローゼの刺繍もまだ黄金の輝きを保っている。

魔の森で荒れた国土は一年がかりでなんとか落ち着きを取り戻した。


 思った以上に忙しく、ローゼを失った悲しみに浸る暇もなく月日は流れた。

ジェイスは数か月ぶりに王国に戻ってくると、眠るローゼの前で重たい荷物を下ろした。
いつの間にか、水晶の周りには花が咲いている。
萎れた花束も多くあり、そのうちのいくつかが根付いたのかもしれないとジェイスは考えた。

「ローゼ、退屈はしていないようだな……。君の刺繍はいまでも人気だ。危険な場所に行くときには必ず残る者が旅立つ者に渡している。
いつか、この力が消えてしまうというのなら、やはりこれに替わる物を探すべきだな。
君ひとりに頼っているわけにはいかないだろう」

冷たく、分厚い水晶を抱きしめても、ローゼの体には触れられない。
それでもジェイスは両腕を広げて固い水晶を抱きしめ、その表面に唇を押し付けた。

「ローゼ……。一生傍にいる」

いつかローゼの魂が消滅してしまうというなら、それまでジェイスは傍にいようと決めていた。



 王国の周辺が落ち着いてくると、長期に渡る遠征もなくなり、ジェイスは塔で寝起き出来るようになった。
時々仲間たちが遊びにきた。
空き地に火を焚き、旅の話や仕事の情報交換、あるいは仲間内のばかばかしい話に花を咲かせ、酒を酌み交わした。

「ゲイトが結婚したって話は聞いたか?」

「ああ、あれだけ遊び歩いたのに、一目惚れだったと聞いたぞ。年上女房らしいじゃないか」

少し歳をとった仲間達は水晶に眠るローゼの姿を眩しそうに見上げた。

「お前の妻は永遠の十七歳か……。すごいよな」

仲間達は水晶の前で集まるときは必ず、そこにローゼが加わっているかのように振舞った。
ジェイスは苦笑し、眠り続けるローゼを幸福な気持ちで見つめた。
最愛の妻を亡くした仲間もいる。その姿は冷たい地面の下に隠されてしまう。
だけどローゼの姿は地上にあり、常に生前の姿をとどめている。

塔には仲間たちが泊まるため、寝具が溢れかえっていた。
それぞれ毛布にくるまり、一階から四階まである塔の部屋に転がって眠り、朝方全員で要塞に出勤した。

そんな時は、全員で封印されているローゼに「行ってくる」と声をかけた。

 ローゼが封印されて五年目、ジェイスのもとにザウリの町にあるフォスター家から書類が届いた。

封を開け、中身を確かめると、ジェイスは憂鬱な溜息をついた。
ローゼが封印されて以来、フォスター家の用件は全て郵送で片付けてきたが、今回ばかりはそういうわけにはいかなかった。

 五年ぶりに、ジェイスはフォスター家の屋敷を訪れることになった。
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