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第二章 器
25.平和な時代
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ローゼが封印されてから二十年が経った。
水晶の封印が解ける可能性を考え、その当時の騎士達が二十年ぶりに水晶の前に集まった。
ジェイスが先頭に立ち、その後ろにロベリオ、イーガンが並んだ。
第一騎士団と第二騎士団がその後ろで隊列を組む。
先頭に並ぶ騎士達は多少老いているが、後方には新しい騎士達の姿もある。
「各班持ち回りで、塔周辺に張り込むことになった。何か異変があればすぐに知らせて欲しい」
ロベリオが告げる。
最果ての魔法使いは、二十年から三十年で魔の森を鎮めている封印は消滅すると予言した。
その日は今日かもしれないし、明日かもしれない。
全員が水晶に包まれるローゼの姿を見上げる。
この森の魔力が抑えられているのは、ローゼの魂が核となり命をすり減らしているからだ。
ジェイスが毎日様子を見ているが、今のところ変化はない。
魔力が暴走すれば、平和な森に住みついた獣たちは魔獣化するし、人々にも影響が出る。
すぐに魔の森周辺にいる人々に避難を呼びかけなければならない。
しかしそのための準備は整っていた。
集まった騎士達が封印の状態を確認し、上官からその役回りを告げられると一旦解散となった。
その日の夜勤になった部隊が野営用のテントを広場に持ち込み、塔にも数名が泊まることになった。
もう引退しても良い歳のロベリオはまだ前線に立っていた。
「この森とこの王国に平和をもたらしたのは俺の娘だと考えると鼻が高い」
ローゼを見上げながら、ロベリオは静かに口にした。
ジェイスは黙ってロベリオの言葉を聞いていた。
騎士の娘でなかったとしても、これだけ国に貢献した女性はいないだろう。
静かな夜が訪れると、ジェイスは少し困った。
見張りは常に起きている。
夜の一時、ジェイスはローゼに話しかけながら酒を傾ける。
あるいは、分厚い水晶を抱き、口づけをする。
それが仲間の騎士達に全て見られてしまうことになる。
ローゼを見上げ、難しい顔をしているジェイスに同僚のゲイトが近づいた。
「夫婦水入らずの時間に配慮出来ない俺達じゃないぞ」
嫌な顔をしたジェイスにゲイトはにやりと笑ってみせた。
「俺達は全員背中を向けている。俺達が何度ここに泊ったと思っている」
塔に来て、酔いつぶれて眠った仲間達はジェイスが水晶に語り掛け、口づけする様子を見ていたのだ。
ジェイスはやりにくくなったなぁと困ったようにため息をついた。
しかし今夜にも封印が解ければローゼの姿を見ることは出来なくなる。
ジェイスは見張りがさりげなく広場の外に見回りに出ると、水晶に口づけをした。
「ローゼ……今日から少し騒がしくなる。二人きりになるのは少し難しくなるかもしれない。君は平気だろうが、俺はそうじゃない。本当だ。ローゼ、君と二人きりの時間が減るのは寂しい」
仲間が聞いていたとしても、ローゼへの気持ちを偽る気はなかった。
愛はいつでも伝えられるわけじゃない。
いつか、そのうち、そろそろ、そんな風に少し問題を先延ばしにするだけで、本当に大切なものは失われてしまう。
過去に戻れないなら、これからはローゼに対して正直でいようとジェイスは決めていた。
咄嗟に愛を囁けなくなることのないように、ローゼを前に込み上げた思いはその時に伝えるのだ。
もし次に会えるとしたら、それは、瞬きするほどの短い時間かもしれない。
ジェイスは分厚い水晶を抱きしめ、ローゼの閉ざされた瞼をじっと見つめた。
王国の騎士達が塔の周辺で見張りを始め、何事もなく一年が過ぎた。
ローゼは依然として水晶の中で眠り続けている。
毎日、ジェイスは分厚い水晶にすがりつき、ローゼの姿を目に焼き付ける。
「ローゼ……君はいつまでも美しいな。でも、もし封印が解けて、一瞬で老婆になったり、朽ちたりしても心配しなくていい。君がどんな姿になっても抱きしめるよ。だから……」
早くそこから出て来てくれと告げそうになり、ジェイスは口を閉ざす。
言葉にも魔力が宿る。
封印が解ければ、この穏やかな平和は破られてしまう。
ローゼが奪われた時は、返して欲しいと願ったジェイスだったが、今では少し考えを変えていた。
魔の森は二十年以上もの間、王国を平和に保った。
もしローゼが森の核として封印されなければ、魔力の暴走は続き、大勢の命が失われただろう。
そう考えればローゼは多くの命を救ったことになる。
ジェイスの仲間達の大半が結婚し、家族を持った。
子供を魔の森に近づけるなど、昔は考えられないことだったが、今では騎士達に連れられて、子供たちが遊びに来る。
その様子をほほえましく眺めながら、ジェイスは考えた。
もし時が戻せるとしても、ローゼを返してくれとはもう言えないかもしれない。
二十年の平和と引き換えにローゼ一人を犠牲にすることを即断したロベリオは正しかったとさえ思える。
「すまない。ローゼ……」
ジェイスは過去を飲み込み、続いてきた平和な日々に想いを馳せた。
平和が長くなると、今度は少し国境沿いが物騒になった。
国の形も少しずつ変わっている。最果てと魔の森を共通の敵としてきた周辺の国々も世代交代を迎えている。
ある日、老齢の王がジェイスを呼びだした。
「王太子を支えて欲しい」
王の隣にはロベリオが立っている。
次の王の隣にはロベリオの義理の息子であるジェイスが立つ。
「私には水晶の封印を見守る役目があります」
ジェイスはそう答えた。
王の隣に立つロベリオが、封印が解けたあと、この国を守るために力を尽くしてほしいとジェイスに頭を下げた。
ローゼの死と共に後を追うつもりだったジェイスは、ロベリオに頭を下げられ、その心を見透かされていたのだと知った。
「ジェイス、恐らく封印が解ければ、以前の魔の森に戻る。その時代を知る者にここにいてほしいのだ」
王はロベリオより深く頭を下げた。
「陛下……その時、私はもう五十過ぎですよ……」
さらに高齢でありながら現役のロベリオは胸を張った。
「全く、戦場を生業とするものがそれほど長生きするとは、良い恥さらしだな」
平和故の幸福な皮肉だ。
王国は犠牲を出さずに森を鎮めておける方法を二十年以上も研究し続けている。
魔法や封印の技術は向上したが、成功するかどうかは実際封印が解けてみないとわからない。
水晶にローゼが封じられてから二十五年が過ぎた。
ジェイスにはまた別に悩みが生まれていた。
変わらぬ若さのまま眠り続けるローゼを前に、ジェイスは白くなったあごの髭を手のひらで擦った。
「困ったな……。目を覚ました瞬間に俺だとわかるだろうか……。十七の娘が突然目の前に現れた五十過ぎの男に愛を囁かれたら安らかに死ねるだろうか?」
同じように年を重ねたゲイトが隣で腕組みをしている。
「そうだなぁ。若作りしたらどうだ?髭を剃って、髪は染めるんだな。まぁ……化粧はやりすぎか……」
「一瞬で良い。一言で良い。ローゼの目をもう一度見て、愛していると告げられたら本望だ。しかし彼女の死の瞬間が安らかなものにならないのではないかと思うとな……」
「目を見て愛しているか……照れくさくて無理だな。俺も妻に言えるように練習しておこう」
騎士としてはだいぶ長生きをしている二人は、歳をとった互いの顔を確認し合い、昔は良い男だったのにと苦笑し合った。
さらに五年が経った。ローゼの眠る森の縁に石壁が建った。
封印の文様が入り、魔法使いたちが安全に過ごせる塔が人工的に建てられた。
魔法技術がさらに向上したのだ。
ジェイスはついに後継者を決めた。
第二騎士団に入ってきてから、ジェイスが十五年育ててきた部下だった。
仲間たちの中で秀でて腕が良いわけではないが、人望がある。
最初、後継者にならないかと打診すると、デリックは目を丸くした。
「俺ですか?!」
もっと後継者に相応しい男がいると、デリックは優秀な仲間達の名前を挙げた。
そこで、ジェイスはデリックが名前を挙げた仲間達をずらりと並べ、事情を説明した。
「俺の後継者になりたい者はいるか?」
一人の騎士が手を挙げた。
「デリックを推薦します」
他の仲間達も次々に同じ言葉を口にし、デリックは顔を真っ赤にした。
「お、俺は何も仕込んでいませんよ!な、なんか、俺がそう仕向けたみたいなかっこ悪い感じに見えていません?」
笑いが沸き起こり、仲間の一人がデリックの背中を叩いた。
「俺達が支えたいと思う男は一人しかいないってことさ」
一番上に立つ人間は、周囲に支えたいと思わせる何かを持っている必要がある。
厳しい訓練を共に積んできた仲間達はデリックに好意を持っている。
それで十分だった。
「多数決だな。諦めて俺の後を継げ」
ジェイスは上官であり、完全に命令口調だった。
デリックは表情を引き締め、力を尽くすと約束した。
ローゼが森の核になりついに三十年が経った。
その日、森を囲む壁の上に見張りが大勢並び、塔の周りにも第二騎士団の仲間達が押しかけ、野営の準備に入っていた。
ジェイスは日課の髭剃りをし、髪を黒く染めた。
「若いですよ」
隣に立つデリックが請け負った。
ジェイスはちらりとデリックに視線を向けた。
目が覚めたローゼの前に、今のジェイスとデリック二人が並べば、ローゼはデリックの方をジェイスだと思うのではないだろうかと考えたのだ。
身代わりをたてるべきかと一瞬迷い、やはりそれはできないとジェイスは考えを改めた。
想いは、やはり自分の口で伝えなければ意味がない。
「俺は向こうをみてきます」
水晶の前に並んで立っていたデリックが身を翻し、仲間達の方へ戻っていく。
その瞬間、デリックの動きが止まった。
「どうした?」
ジェイスがその気配に気づき振り返る。
デリックが歩き始めた姿勢で止まっている。
片足を地面につき、もう片方の足は宙にある。
腕を振り、マントが翻っている。
そのマントは風を含み、地面と平行の虚空にあり落ちてくる気配もなかった。
それは異様な光景だった。
回り込んでみると、デリックは瞬き一つしていない。
水晶の中で眠るローゼのように、時が止まっているように固まっている。
騎士達を振り返ると、全てが止まっていた。
動いているものは何一つない。
篝火の炎さえ、伸びあがった形のまま止まっている。
さらに物音までも一切聞こえない。
動いているのはジェイスだけだ。
ジェイスはローゼの閉じ込められている水晶を振り返った。
誰もいなかったはずの水晶の前に、一人の男が立っていた。
漆黒の髪をした長身の男。
三十年前と同じ姿で、全く歳をとっていない。
当時の記憶が蘇る。
「お前は……」
漆黒の髪の魔法使いは、ゆっくりジェイスを振り返った。
水晶の封印が解ける可能性を考え、その当時の騎士達が二十年ぶりに水晶の前に集まった。
ジェイスが先頭に立ち、その後ろにロベリオ、イーガンが並んだ。
第一騎士団と第二騎士団がその後ろで隊列を組む。
先頭に並ぶ騎士達は多少老いているが、後方には新しい騎士達の姿もある。
「各班持ち回りで、塔周辺に張り込むことになった。何か異変があればすぐに知らせて欲しい」
ロベリオが告げる。
最果ての魔法使いは、二十年から三十年で魔の森を鎮めている封印は消滅すると予言した。
その日は今日かもしれないし、明日かもしれない。
全員が水晶に包まれるローゼの姿を見上げる。
この森の魔力が抑えられているのは、ローゼの魂が核となり命をすり減らしているからだ。
ジェイスが毎日様子を見ているが、今のところ変化はない。
魔力が暴走すれば、平和な森に住みついた獣たちは魔獣化するし、人々にも影響が出る。
すぐに魔の森周辺にいる人々に避難を呼びかけなければならない。
しかしそのための準備は整っていた。
集まった騎士達が封印の状態を確認し、上官からその役回りを告げられると一旦解散となった。
その日の夜勤になった部隊が野営用のテントを広場に持ち込み、塔にも数名が泊まることになった。
もう引退しても良い歳のロベリオはまだ前線に立っていた。
「この森とこの王国に平和をもたらしたのは俺の娘だと考えると鼻が高い」
ローゼを見上げながら、ロベリオは静かに口にした。
ジェイスは黙ってロベリオの言葉を聞いていた。
騎士の娘でなかったとしても、これだけ国に貢献した女性はいないだろう。
静かな夜が訪れると、ジェイスは少し困った。
見張りは常に起きている。
夜の一時、ジェイスはローゼに話しかけながら酒を傾ける。
あるいは、分厚い水晶を抱き、口づけをする。
それが仲間の騎士達に全て見られてしまうことになる。
ローゼを見上げ、難しい顔をしているジェイスに同僚のゲイトが近づいた。
「夫婦水入らずの時間に配慮出来ない俺達じゃないぞ」
嫌な顔をしたジェイスにゲイトはにやりと笑ってみせた。
「俺達は全員背中を向けている。俺達が何度ここに泊ったと思っている」
塔に来て、酔いつぶれて眠った仲間達はジェイスが水晶に語り掛け、口づけする様子を見ていたのだ。
ジェイスはやりにくくなったなぁと困ったようにため息をついた。
しかし今夜にも封印が解ければローゼの姿を見ることは出来なくなる。
ジェイスは見張りがさりげなく広場の外に見回りに出ると、水晶に口づけをした。
「ローゼ……今日から少し騒がしくなる。二人きりになるのは少し難しくなるかもしれない。君は平気だろうが、俺はそうじゃない。本当だ。ローゼ、君と二人きりの時間が減るのは寂しい」
仲間が聞いていたとしても、ローゼへの気持ちを偽る気はなかった。
愛はいつでも伝えられるわけじゃない。
いつか、そのうち、そろそろ、そんな風に少し問題を先延ばしにするだけで、本当に大切なものは失われてしまう。
過去に戻れないなら、これからはローゼに対して正直でいようとジェイスは決めていた。
咄嗟に愛を囁けなくなることのないように、ローゼを前に込み上げた思いはその時に伝えるのだ。
もし次に会えるとしたら、それは、瞬きするほどの短い時間かもしれない。
ジェイスは分厚い水晶を抱きしめ、ローゼの閉ざされた瞼をじっと見つめた。
王国の騎士達が塔の周辺で見張りを始め、何事もなく一年が過ぎた。
ローゼは依然として水晶の中で眠り続けている。
毎日、ジェイスは分厚い水晶にすがりつき、ローゼの姿を目に焼き付ける。
「ローゼ……君はいつまでも美しいな。でも、もし封印が解けて、一瞬で老婆になったり、朽ちたりしても心配しなくていい。君がどんな姿になっても抱きしめるよ。だから……」
早くそこから出て来てくれと告げそうになり、ジェイスは口を閉ざす。
言葉にも魔力が宿る。
封印が解ければ、この穏やかな平和は破られてしまう。
ローゼが奪われた時は、返して欲しいと願ったジェイスだったが、今では少し考えを変えていた。
魔の森は二十年以上もの間、王国を平和に保った。
もしローゼが森の核として封印されなければ、魔力の暴走は続き、大勢の命が失われただろう。
そう考えればローゼは多くの命を救ったことになる。
ジェイスの仲間達の大半が結婚し、家族を持った。
子供を魔の森に近づけるなど、昔は考えられないことだったが、今では騎士達に連れられて、子供たちが遊びに来る。
その様子をほほえましく眺めながら、ジェイスは考えた。
もし時が戻せるとしても、ローゼを返してくれとはもう言えないかもしれない。
二十年の平和と引き換えにローゼ一人を犠牲にすることを即断したロベリオは正しかったとさえ思える。
「すまない。ローゼ……」
ジェイスは過去を飲み込み、続いてきた平和な日々に想いを馳せた。
平和が長くなると、今度は少し国境沿いが物騒になった。
国の形も少しずつ変わっている。最果てと魔の森を共通の敵としてきた周辺の国々も世代交代を迎えている。
ある日、老齢の王がジェイスを呼びだした。
「王太子を支えて欲しい」
王の隣にはロベリオが立っている。
次の王の隣にはロベリオの義理の息子であるジェイスが立つ。
「私には水晶の封印を見守る役目があります」
ジェイスはそう答えた。
王の隣に立つロベリオが、封印が解けたあと、この国を守るために力を尽くしてほしいとジェイスに頭を下げた。
ローゼの死と共に後を追うつもりだったジェイスは、ロベリオに頭を下げられ、その心を見透かされていたのだと知った。
「ジェイス、恐らく封印が解ければ、以前の魔の森に戻る。その時代を知る者にここにいてほしいのだ」
王はロベリオより深く頭を下げた。
「陛下……その時、私はもう五十過ぎですよ……」
さらに高齢でありながら現役のロベリオは胸を張った。
「全く、戦場を生業とするものがそれほど長生きするとは、良い恥さらしだな」
平和故の幸福な皮肉だ。
王国は犠牲を出さずに森を鎮めておける方法を二十年以上も研究し続けている。
魔法や封印の技術は向上したが、成功するかどうかは実際封印が解けてみないとわからない。
水晶にローゼが封じられてから二十五年が過ぎた。
ジェイスにはまた別に悩みが生まれていた。
変わらぬ若さのまま眠り続けるローゼを前に、ジェイスは白くなったあごの髭を手のひらで擦った。
「困ったな……。目を覚ました瞬間に俺だとわかるだろうか……。十七の娘が突然目の前に現れた五十過ぎの男に愛を囁かれたら安らかに死ねるだろうか?」
同じように年を重ねたゲイトが隣で腕組みをしている。
「そうだなぁ。若作りしたらどうだ?髭を剃って、髪は染めるんだな。まぁ……化粧はやりすぎか……」
「一瞬で良い。一言で良い。ローゼの目をもう一度見て、愛していると告げられたら本望だ。しかし彼女の死の瞬間が安らかなものにならないのではないかと思うとな……」
「目を見て愛しているか……照れくさくて無理だな。俺も妻に言えるように練習しておこう」
騎士としてはだいぶ長生きをしている二人は、歳をとった互いの顔を確認し合い、昔は良い男だったのにと苦笑し合った。
さらに五年が経った。ローゼの眠る森の縁に石壁が建った。
封印の文様が入り、魔法使いたちが安全に過ごせる塔が人工的に建てられた。
魔法技術がさらに向上したのだ。
ジェイスはついに後継者を決めた。
第二騎士団に入ってきてから、ジェイスが十五年育ててきた部下だった。
仲間たちの中で秀でて腕が良いわけではないが、人望がある。
最初、後継者にならないかと打診すると、デリックは目を丸くした。
「俺ですか?!」
もっと後継者に相応しい男がいると、デリックは優秀な仲間達の名前を挙げた。
そこで、ジェイスはデリックが名前を挙げた仲間達をずらりと並べ、事情を説明した。
「俺の後継者になりたい者はいるか?」
一人の騎士が手を挙げた。
「デリックを推薦します」
他の仲間達も次々に同じ言葉を口にし、デリックは顔を真っ赤にした。
「お、俺は何も仕込んでいませんよ!な、なんか、俺がそう仕向けたみたいなかっこ悪い感じに見えていません?」
笑いが沸き起こり、仲間の一人がデリックの背中を叩いた。
「俺達が支えたいと思う男は一人しかいないってことさ」
一番上に立つ人間は、周囲に支えたいと思わせる何かを持っている必要がある。
厳しい訓練を共に積んできた仲間達はデリックに好意を持っている。
それで十分だった。
「多数決だな。諦めて俺の後を継げ」
ジェイスは上官であり、完全に命令口調だった。
デリックは表情を引き締め、力を尽くすと約束した。
ローゼが森の核になりついに三十年が経った。
その日、森を囲む壁の上に見張りが大勢並び、塔の周りにも第二騎士団の仲間達が押しかけ、野営の準備に入っていた。
ジェイスは日課の髭剃りをし、髪を黒く染めた。
「若いですよ」
隣に立つデリックが請け負った。
ジェイスはちらりとデリックに視線を向けた。
目が覚めたローゼの前に、今のジェイスとデリック二人が並べば、ローゼはデリックの方をジェイスだと思うのではないだろうかと考えたのだ。
身代わりをたてるべきかと一瞬迷い、やはりそれはできないとジェイスは考えを改めた。
想いは、やはり自分の口で伝えなければ意味がない。
「俺は向こうをみてきます」
水晶の前に並んで立っていたデリックが身を翻し、仲間達の方へ戻っていく。
その瞬間、デリックの動きが止まった。
「どうした?」
ジェイスがその気配に気づき振り返る。
デリックが歩き始めた姿勢で止まっている。
片足を地面につき、もう片方の足は宙にある。
腕を振り、マントが翻っている。
そのマントは風を含み、地面と平行の虚空にあり落ちてくる気配もなかった。
それは異様な光景だった。
回り込んでみると、デリックは瞬き一つしていない。
水晶の中で眠るローゼのように、時が止まっているように固まっている。
騎士達を振り返ると、全てが止まっていた。
動いているものは何一つない。
篝火の炎さえ、伸びあがった形のまま止まっている。
さらに物音までも一切聞こえない。
動いているのはジェイスだけだ。
ジェイスはローゼの閉じ込められている水晶を振り返った。
誰もいなかったはずの水晶の前に、一人の男が立っていた。
漆黒の髪をした長身の男。
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「お前は……」
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