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第二章 器
26.別れの時
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「ほお」
三十年前と同じ姿で現れた男は、ジェイスを目にすると興味深そうな声を出した。
「あの日の魔法使い……」
ジェイスの頭は混乱した。
ローゼを塔の核に育てあげた老婆が一瞬で破裂した光景が蘇り、ジェイスはこの男が途方もない力を持った最果ての魔法使いであることを思い出した。
「時がきたということか?ローゼが消える……?」
覚悟してきたことだというのに、ジェイスは震えた。
触れることもかなわず、ずっと傍に寄り添い続けた。
三十年傍にいたのに、明日からもうその姿を見ることが出来なくなる。
最果ての魔法使いが水晶に触れようと手を伸ばす。
その指がわずかでも水晶に触れたら、ローゼは消えてしまうのではないかという恐れに駆られ、ジェイスは叫んだ。
「待ってくれ!待ってくれ!頼む。どうかローゼと最後の数秒で良い。話をする時間をくれ」
最果ての魔法使いは手を止め、ジェイスを振り返る。
「お前は、偉大な魔法使いなのだろう?消滅の時を遅らせることは出来ないのか?俺に、俺達に数秒で良い。どうか……」
魔法使いが人の情を解さないことは知っていたが、ジェイスは必死だった。
「もし、三十年前に時が戻るとしたらどうする?戻したいか?」
謎めいた魔法使いの言葉に、がばっとジェイスは頭をあげた。
孤独に絶望したローゼは、塔無しの魔法使いにそそのかされ、命と魂を自ら捧げたのだ。
もし時を戻れるならば、あの恐ろしい孤独からローゼを救いだせる。
しかし、ジェイスにはその後の三十年を捨て去ることはもう出来なかった。
多くの仲間たちと力を合わせ、国の平和のために騎士として働いてきた。
若い騎士をたくさん育てた。
三十年の平和な時代があったからこそ生まれた幸せが数えきれないほどある。
三十年前に戻りローゼを助ければ、その後の未来は変わり、平和であれば生まれたはずの命が生まれなくなるかもしれない。
自分の人生だけではない。仲間や王国の人々や、周辺諸国の人々、森を頼りに命を育んだ生き物もいる。
さらに平和な時間があったからこそ、魔法技術が発達し森を囲う封印の壁が完成した。
もし三十年前に戻り、森の魔力が氾濫すれば、国は滅び、仲間達の多くは死んでしまう。
ジェイスは拳を握りしめた。
「いいや……。時間は戻らなくていい。ただ、お別れに数秒欲しいだけだ。これが、俺達の結末だと俺は……受け入れる」
三十年守ってきた命はどれも犠牲には出来ない。
「悪くない決断だ」
最果ての魔法使いにジェイスは慈悲を請うように訴えた。
「数秒で良い。彼女に俺の想いを伝えたい」
意外にも最果ての魔法使いは寛大だった。
「数秒だぞ」
その瞬間、目の前の水晶に亀裂が走った。
まるで、冬の初めに現れる水たまりの薄氷のように、分厚くみえた水晶の壁がほろほろと崩れていく。
ジェイスは砕けていく水晶の中に飛び込んだ。
三十年も見つめ続けたローゼの体がいとも簡単に腕の中におさまった。
こんなに細かっただろうかと驚くほど、華奢でもろい感触に、取り落としそうになる。
砕けていく水晶の破片はまだほんのりとした光を宿し、ローゼの姿を照らし出す。
ジェイスは食い入るように腕に抱いたローゼの姿を見おろした。
夢にまで見た生身の体だ。
熱を持ち、柔らかく、かすかな息遣いまで感じる。
水晶の破片が、腕をかすめ、わずかな傷が走った。
ジェイスは破片からローゼの体を庇いながら後ろに数歩走って、地面に膝をつく。
「ローゼ!」
ローゼの瞼が震えている。
「ローゼ!聞いてくれ。ジェイスだ。ペンダントは君のために買った。レアナは嘘をついていたんだ。
俺が愛しているのは君だけだ。ローゼ、君は愛されていた。確かに愛されていたんだ。
君の両親も君を愛し抜けなかったことを後悔していた。
ローゼ、愛している。君だけだ。俺が愛しているのは君だけなんだ」
ローゼの体はまるでわた雪のように頼りない感触にかわっていく。
瞼がゆっくりと開いた。幸運の魔力を宿した金色の瞳。
初めて会った時と同じ、どこか遠くをみるような孤独な眼差し。
「ローゼ!愛している。頼む。信じてくれ……少し歳をとったがわかるか?君は三十年も眠り続けていた」
何か一つでも伝わればいいとジェイスは用意してきた言葉の全てを迸らせた。
三十年ぶりに開いたローゼの瞳に、少し年老いたジェイスの姿が映っている。
小さな唇が弱々しく動いた。
「ジェイス?」
涙で霞む目で、ジェイスはローゼを見つめ、そっと口づけをした。
「愛している。どうか、信じてくれ。君を失いたくない。どうか」
「うれしい」
小さいが確かに聞き覚えのあるローゼの声だ。
言葉にならない息が、ふっと吐き出され、ローゼはかすかに微笑んだ。
砕けて消えていく水晶のように、ローゼの体も霧のように霞んでいく。
「ローゼ……君を幸せにできなかった……本当にすまなかった……」
ローゼの傍で過ごした三十年はジェイスにとってかけがえのない時間だった。
見つめ合うこともなく、言葉を交わすこともなかった。
それでも傍にいて、愛していると囁き続けた。
ローゼの愛はわかっていた。だからジェイスにとっては両想いの三十年だった。
しかしローゼにとっては、愛を感じる事が出来たのは、長く孤独な人生の最後の一瞬だけだった。
その一瞬さえ、愛が伝わったのかどうか確かめることさえ出来ない。
「もし、生まれ変わることができるなら、次の人生ではきっと幸せになれる」
水晶の中にいたときのようにローゼは目を閉じ、ジェイスの腕に抱かれたまま消えていく。
ロベリオが憂いた通り、その瞬間、ジェイスは全ての気力を使い果たした。
眠るようにローゼが消えていく様子を、ジェイスは最後まで見つめ続けた。
きらきらと輝く水晶の欠片はまだ宙を舞っている。
顔をあげると、漆黒の髪の魔法使いが、珍しい蝶でも見つけたかのような顔つきで、二人の姿を覗き込んでいる。
顎に指を添え、消えかける少女と初老の男を見比べ、それからジェイスに問いかける。
「これが、今回の終わりか?」
ジェイスはこれ以上の希望があるのだろうかと、腕に抱くローゼを見おろした。
体はほとんど透けている。微笑みも弱々しく、重さもない。
これ以上何が出来るのか。
「いいだろう。では場所を移そう」
魔法使いの言葉が終わるか終わらないうちに景色が変わった。
そこは見知らぬ場所だった。
そこは森の中にある広大な空き地で、周囲を見たこともないような高い木々が囲んでいる。
視界は開けているが、朝靄のような霧が腰ぐらいの高さで漂っており、足元は見えない。
正面に、雲を貫くほどの大木が立っている。
腕の中に抱いていたローゼはいつの間にか消えている。
「ローゼ……」
「ついて来い」
漆黒のローブが翻り、ジェイスの前を最果ての魔法使いが歩き出す。
最果ての魔法使いについて歩きながら、ジェイスは広場を見渡した。
霧の中にいくつもの石が突き立っている。
それは墓石であり、森の縁にまばらに建っている。
魔法使いは正面の大木に向かい、広場を真っすぐに横切っていく。
突然、その足が止まった。
「見てみろ」
ジェイスは最果ての魔法使いが指さした方向を見た。
靄を跳ねのけ、繭玉のような光が地面から立ちのぼり、辺りを照らしている。
ジェイスは近づき、光の中を覗き込んだ。
そこには老いた男とガラスの棺があった。
深い皺を刻んだ老人が大きなガラスの棺を腕に抱くようにしてその中を見つめている。
ジェイスはさらに近づき、まるで絵画のように止まっている男の腕の下を覗き込む。
透明なガラス越しに棺に眠る人物の顔が見えた。
ジェイスは体を震わせ悲鳴をあげた。
「ローゼ!」
目を閉ざしたローゼが、ガラスの棺の中に横たわっている。
棺に覆いかぶさる男の姿をもう一度確認する。
老いた男で、少女の祖父のように見えるが、その眼差しには深い愛が宿る。
しかしその男はジェイスではない。
「彼女は?彼女は一体……ローゼではない。いや、だが、ローゼに似ている……この男は誰だ?なぜ俺と同じようなことをしている?」
水晶に封じられたローゼを三十年見守り続けたジェイスのように、老人は触れることのできない、棺の中の少女をガラス越しに抱いている。
光の中の二人の時間は完全に止まっている。
ジェイスが手を伸ばし、光に触れた瞬間、指先に針で刺されたような鋭い痛みが走った。
慌てて指を引き上げる。
最果ての魔法使いが、ガラスの棺を抱く老人の背中側から光の中を覗き込む。
「世界は一つではないのだよ。宇宙のように膨張し続ける可能性の海だ。選択し、進んだ先に一つの答えが生まれ、さらに世界は続いていく。もし、違う選択をすれば、またその先に道が出来る。
別の時間軸にあるように見えるが、一度に全てをみてしまえばどれも一つの場所にあるように思える。魂は一つでありながら、複数存在し、定められたレールの上を走りぬく。
だが、ここにいる彼らはその普遍の法則を壊したのだ。
その記念にとってある。いや、そうではないな、これ以上の物がないからここにある。
ジェイス、これは君とローゼの九度目の転生の結末だ」
難解な最果ての魔法使いの言葉を聞きながら、ジェイスは棺の中の少女に視線を向け、老いた男の皺に刻まれた苦悩と悲しみをみてとった。
胸が締め付けられるように痛む。
こんな光景は記憶にないが、最果ての魔法使いの言葉通りであるならば、魂は二度生きたことになる。
いや、それ以上生きたのだ。
ジェイスは信じがたい状況に言葉もなく呆然と立ち尽くした。
三十年前と同じ姿で現れた男は、ジェイスを目にすると興味深そうな声を出した。
「あの日の魔法使い……」
ジェイスの頭は混乱した。
ローゼを塔の核に育てあげた老婆が一瞬で破裂した光景が蘇り、ジェイスはこの男が途方もない力を持った最果ての魔法使いであることを思い出した。
「時がきたということか?ローゼが消える……?」
覚悟してきたことだというのに、ジェイスは震えた。
触れることもかなわず、ずっと傍に寄り添い続けた。
三十年傍にいたのに、明日からもうその姿を見ることが出来なくなる。
最果ての魔法使いが水晶に触れようと手を伸ばす。
その指がわずかでも水晶に触れたら、ローゼは消えてしまうのではないかという恐れに駆られ、ジェイスは叫んだ。
「待ってくれ!待ってくれ!頼む。どうかローゼと最後の数秒で良い。話をする時間をくれ」
最果ての魔法使いは手を止め、ジェイスを振り返る。
「お前は、偉大な魔法使いなのだろう?消滅の時を遅らせることは出来ないのか?俺に、俺達に数秒で良い。どうか……」
魔法使いが人の情を解さないことは知っていたが、ジェイスは必死だった。
「もし、三十年前に時が戻るとしたらどうする?戻したいか?」
謎めいた魔法使いの言葉に、がばっとジェイスは頭をあげた。
孤独に絶望したローゼは、塔無しの魔法使いにそそのかされ、命と魂を自ら捧げたのだ。
もし時を戻れるならば、あの恐ろしい孤独からローゼを救いだせる。
しかし、ジェイスにはその後の三十年を捨て去ることはもう出来なかった。
多くの仲間たちと力を合わせ、国の平和のために騎士として働いてきた。
若い騎士をたくさん育てた。
三十年の平和な時代があったからこそ生まれた幸せが数えきれないほどある。
三十年前に戻りローゼを助ければ、その後の未来は変わり、平和であれば生まれたはずの命が生まれなくなるかもしれない。
自分の人生だけではない。仲間や王国の人々や、周辺諸国の人々、森を頼りに命を育んだ生き物もいる。
さらに平和な時間があったからこそ、魔法技術が発達し森を囲う封印の壁が完成した。
もし三十年前に戻り、森の魔力が氾濫すれば、国は滅び、仲間達の多くは死んでしまう。
ジェイスは拳を握りしめた。
「いいや……。時間は戻らなくていい。ただ、お別れに数秒欲しいだけだ。これが、俺達の結末だと俺は……受け入れる」
三十年守ってきた命はどれも犠牲には出来ない。
「悪くない決断だ」
最果ての魔法使いにジェイスは慈悲を請うように訴えた。
「数秒で良い。彼女に俺の想いを伝えたい」
意外にも最果ての魔法使いは寛大だった。
「数秒だぞ」
その瞬間、目の前の水晶に亀裂が走った。
まるで、冬の初めに現れる水たまりの薄氷のように、分厚くみえた水晶の壁がほろほろと崩れていく。
ジェイスは砕けていく水晶の中に飛び込んだ。
三十年も見つめ続けたローゼの体がいとも簡単に腕の中におさまった。
こんなに細かっただろうかと驚くほど、華奢でもろい感触に、取り落としそうになる。
砕けていく水晶の破片はまだほんのりとした光を宿し、ローゼの姿を照らし出す。
ジェイスは食い入るように腕に抱いたローゼの姿を見おろした。
夢にまで見た生身の体だ。
熱を持ち、柔らかく、かすかな息遣いまで感じる。
水晶の破片が、腕をかすめ、わずかな傷が走った。
ジェイスは破片からローゼの体を庇いながら後ろに数歩走って、地面に膝をつく。
「ローゼ!」
ローゼの瞼が震えている。
「ローゼ!聞いてくれ。ジェイスだ。ペンダントは君のために買った。レアナは嘘をついていたんだ。
俺が愛しているのは君だけだ。ローゼ、君は愛されていた。確かに愛されていたんだ。
君の両親も君を愛し抜けなかったことを後悔していた。
ローゼ、愛している。君だけだ。俺が愛しているのは君だけなんだ」
ローゼの体はまるでわた雪のように頼りない感触にかわっていく。
瞼がゆっくりと開いた。幸運の魔力を宿した金色の瞳。
初めて会った時と同じ、どこか遠くをみるような孤独な眼差し。
「ローゼ!愛している。頼む。信じてくれ……少し歳をとったがわかるか?君は三十年も眠り続けていた」
何か一つでも伝わればいいとジェイスは用意してきた言葉の全てを迸らせた。
三十年ぶりに開いたローゼの瞳に、少し年老いたジェイスの姿が映っている。
小さな唇が弱々しく動いた。
「ジェイス?」
涙で霞む目で、ジェイスはローゼを見つめ、そっと口づけをした。
「愛している。どうか、信じてくれ。君を失いたくない。どうか」
「うれしい」
小さいが確かに聞き覚えのあるローゼの声だ。
言葉にならない息が、ふっと吐き出され、ローゼはかすかに微笑んだ。
砕けて消えていく水晶のように、ローゼの体も霧のように霞んでいく。
「ローゼ……君を幸せにできなかった……本当にすまなかった……」
ローゼの傍で過ごした三十年はジェイスにとってかけがえのない時間だった。
見つめ合うこともなく、言葉を交わすこともなかった。
それでも傍にいて、愛していると囁き続けた。
ローゼの愛はわかっていた。だからジェイスにとっては両想いの三十年だった。
しかしローゼにとっては、愛を感じる事が出来たのは、長く孤独な人生の最後の一瞬だけだった。
その一瞬さえ、愛が伝わったのかどうか確かめることさえ出来ない。
「もし、生まれ変わることができるなら、次の人生ではきっと幸せになれる」
水晶の中にいたときのようにローゼは目を閉じ、ジェイスの腕に抱かれたまま消えていく。
ロベリオが憂いた通り、その瞬間、ジェイスは全ての気力を使い果たした。
眠るようにローゼが消えていく様子を、ジェイスは最後まで見つめ続けた。
きらきらと輝く水晶の欠片はまだ宙を舞っている。
顔をあげると、漆黒の髪の魔法使いが、珍しい蝶でも見つけたかのような顔つきで、二人の姿を覗き込んでいる。
顎に指を添え、消えかける少女と初老の男を見比べ、それからジェイスに問いかける。
「これが、今回の終わりか?」
ジェイスはこれ以上の希望があるのだろうかと、腕に抱くローゼを見おろした。
体はほとんど透けている。微笑みも弱々しく、重さもない。
これ以上何が出来るのか。
「いいだろう。では場所を移そう」
魔法使いの言葉が終わるか終わらないうちに景色が変わった。
そこは見知らぬ場所だった。
そこは森の中にある広大な空き地で、周囲を見たこともないような高い木々が囲んでいる。
視界は開けているが、朝靄のような霧が腰ぐらいの高さで漂っており、足元は見えない。
正面に、雲を貫くほどの大木が立っている。
腕の中に抱いていたローゼはいつの間にか消えている。
「ローゼ……」
「ついて来い」
漆黒のローブが翻り、ジェイスの前を最果ての魔法使いが歩き出す。
最果ての魔法使いについて歩きながら、ジェイスは広場を見渡した。
霧の中にいくつもの石が突き立っている。
それは墓石であり、森の縁にまばらに建っている。
魔法使いは正面の大木に向かい、広場を真っすぐに横切っていく。
突然、その足が止まった。
「見てみろ」
ジェイスは最果ての魔法使いが指さした方向を見た。
靄を跳ねのけ、繭玉のような光が地面から立ちのぼり、辺りを照らしている。
ジェイスは近づき、光の中を覗き込んだ。
そこには老いた男とガラスの棺があった。
深い皺を刻んだ老人が大きなガラスの棺を腕に抱くようにしてその中を見つめている。
ジェイスはさらに近づき、まるで絵画のように止まっている男の腕の下を覗き込む。
透明なガラス越しに棺に眠る人物の顔が見えた。
ジェイスは体を震わせ悲鳴をあげた。
「ローゼ!」
目を閉ざしたローゼが、ガラスの棺の中に横たわっている。
棺に覆いかぶさる男の姿をもう一度確認する。
老いた男で、少女の祖父のように見えるが、その眼差しには深い愛が宿る。
しかしその男はジェイスではない。
「彼女は?彼女は一体……ローゼではない。いや、だが、ローゼに似ている……この男は誰だ?なぜ俺と同じようなことをしている?」
水晶に封じられたローゼを三十年見守り続けたジェイスのように、老人は触れることのできない、棺の中の少女をガラス越しに抱いている。
光の中の二人の時間は完全に止まっている。
ジェイスが手を伸ばし、光に触れた瞬間、指先に針で刺されたような鋭い痛みが走った。
慌てて指を引き上げる。
最果ての魔法使いが、ガラスの棺を抱く老人の背中側から光の中を覗き込む。
「世界は一つではないのだよ。宇宙のように膨張し続ける可能性の海だ。選択し、進んだ先に一つの答えが生まれ、さらに世界は続いていく。もし、違う選択をすれば、またその先に道が出来る。
別の時間軸にあるように見えるが、一度に全てをみてしまえばどれも一つの場所にあるように思える。魂は一つでありながら、複数存在し、定められたレールの上を走りぬく。
だが、ここにいる彼らはその普遍の法則を壊したのだ。
その記念にとってある。いや、そうではないな、これ以上の物がないからここにある。
ジェイス、これは君とローゼの九度目の転生の結末だ」
難解な最果ての魔法使いの言葉を聞きながら、ジェイスは棺の中の少女に視線を向け、老いた男の皺に刻まれた苦悩と悲しみをみてとった。
胸が締め付けられるように痛む。
こんな光景は記憶にないが、最果ての魔法使いの言葉通りであるならば、魂は二度生きたことになる。
いや、それ以上生きたのだ。
ジェイスは信じがたい状況に言葉もなく呆然と立ち尽くした。
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