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六月
外.1
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何駅か適当にやり過ごして二人が降りたのは、県内でも有数の大型のショッピングモールや、ビル群が並び立ち、いくつもの路線が通っている都会だった。
まるで異世界にでも来たかのような感覚。
知らない匂い。知らない音。知らない空。学校近くの駅とはまったく別の景色だった。
そして都会だけあって、見渡す限り、人、人、人。
ざわざわと聞き取れないほどに絶えず飛び交う声に、何を急いでいるのかと首をかしげたくなるほどに足早な雑踏。肩がぶつかりそうになった瞬間、特殊能力でも使ったかのように紙一重で避ける彼らはまるで忍者か軍隊のようで。
「奏。離れんなよ。こっち」
共に降り立った奏は何にでも興味を引かれるのか、ぼうっとしながら辺りに視線を巡らせていて、瑠璃はしょうがないと手を引いて歩き出す。
時折、奏はわたわたと人込みに呑まれそうになっていた。
親とはぐれた子犬のようになるから、瑠璃は後ろを振り返るたびに、苦笑を零していた。
それもまた、瑠璃が知らない奏の顔だった。
高級車の中からこの忙しない景色を眺めるか、それとも高層ビルから見下ろすかの筋金入りの箱入り息子だった奏は、ガラスケースの中のジュエリーと同じで。
くるくると忙しなく変わる彼の表情は、人の指先や首を彩って、自身さえ知らない輝きを見せたかのように、素敵だった。
これを見られないってのは、損だろうな。
スマホの地図アプリで調べて、向かった先はゲームセンターだった。
「奏、ゲーセン来るの初めて?」
「……多分。ピンとこないから、来てたとしても忘れてる」
「へえ。ゲームは持ってたのにな。そっちは興味なかったのか?」
「いや、だってゲームは買いさえすればどこでだってできるだろ。けどゲーセンは行かなきゃできないだろ」
奏の生家である月蔵家は、多くの上流家庭の子どもが通っているあの学校の中でもひと際裕福で、優等生の奏を見ていれば、それにふさわしい教育と環境を幼少から与えられただろうことは、想像に容易い。
瑠璃はふうん、と曖昧に頷いた。
ショッピングモールの中のゲームセンターは、二人のように学校帰りの学生たちがほとんどだった。若年から中年まで成人層もちらほら。すでに親子連れのピークは過ぎて、ごちゃ混ぜにされた派手な色がぐっと影を濃くしている。
ゲーム機の音が混ざり合ってガチャガチャと騒音の塊と化し、隣同士の声さえもかき消されてしまうような喧騒に、奏は目を見開いていた。
「……ちゃんと入ったの初めてだけど、めちゃくちゃうるさいな。耳痛くなりそう」
「そりゃゲームセンターでクラシック流れているわけないだろ。……あれ、やるか」
「クレーンゲーム?」
ピカピカと光るクレーンゲームの透明な壁の向こうには、いくつかマスコットキーホルダーが転がっていて、奏と瑠璃が共通でプレイしているゲームのキャラクターも山のように積まれていた。
「瑠璃、クレーンゲーム得意なの?」
「いや? 全然」
「は? それなのに、やんの?」
「だって、こういうところ来たら醍醐味だろ、クレーンゲームって」
百円玉を何枚かいれてスタートさせる。
狙うべき落とし口に近いマスコットを腰をかがめて睨みながら、慎重に手を動かしていく。
クレーンゲームは一度手を離すと微調整ができないのが、瑠璃は苦手だ。少しでも手元がくるうと、計画がご破算になる。
横移動させて、後ろに移動させて、そおっとクレーンを下ろすボタンを押した。
「……っ……あぁあ~。だめか。やっぱ苦手だわ。これ」
瑠璃はへにゃりとその場に崩れる。
綺麗にクレーンの中に納まったと思われたキーホルダーは、数センチほど浮いたあと、するりとクレーンの爪を通り抜けて、またその場にぽとりと落ちた。
「奏もやってみろよ」
「僕が? いや、やったことないんだけど。ええ、まじで? ……こういうのってビギナーズラックみたいなのないだろ……やってはみるけど……」
そう言って微妙に顔をしかめていたが、数分後には二つのキーホルダーを手に得意げに笑う奏に瑠璃は目を瞬いた。
「お前、器用だな……」
「ビギナーズラック?」
「かもな。次、シューティングゲームやろうぜ」
クレーンゲームが立ち並ぶコーナーから移動して、時折寄り道しながら、リズムゲームやメダルゲーム群を抜ける。
瑠璃自身もゲームセンターで遊ぶのは久しぶりで、心が躍った。
いつも瑠璃が遊んでいる手元で操作するゲーム機は、一人で周りに邪魔されることなく、マイペースに没頭できる点が長所だが、非日常感はゲームセンターに著しく劣る。
ゲームセンターは音もさることながら、ギラギラと安い光が眩しくて、窓も見当たらないから、外から隔絶されているのだと錯覚してしまいそうになる。
ぐるぐると怪しい世界に飲み込まれて、もう元の世界には戻れないのではと、不安と興奮を煽る。
まるで別世界に入り込んで奏と冒険しているような気分だった。
まるで異世界にでも来たかのような感覚。
知らない匂い。知らない音。知らない空。学校近くの駅とはまったく別の景色だった。
そして都会だけあって、見渡す限り、人、人、人。
ざわざわと聞き取れないほどに絶えず飛び交う声に、何を急いでいるのかと首をかしげたくなるほどに足早な雑踏。肩がぶつかりそうになった瞬間、特殊能力でも使ったかのように紙一重で避ける彼らはまるで忍者か軍隊のようで。
「奏。離れんなよ。こっち」
共に降り立った奏は何にでも興味を引かれるのか、ぼうっとしながら辺りに視線を巡らせていて、瑠璃はしょうがないと手を引いて歩き出す。
時折、奏はわたわたと人込みに呑まれそうになっていた。
親とはぐれた子犬のようになるから、瑠璃は後ろを振り返るたびに、苦笑を零していた。
それもまた、瑠璃が知らない奏の顔だった。
高級車の中からこの忙しない景色を眺めるか、それとも高層ビルから見下ろすかの筋金入りの箱入り息子だった奏は、ガラスケースの中のジュエリーと同じで。
くるくると忙しなく変わる彼の表情は、人の指先や首を彩って、自身さえ知らない輝きを見せたかのように、素敵だった。
これを見られないってのは、損だろうな。
スマホの地図アプリで調べて、向かった先はゲームセンターだった。
「奏、ゲーセン来るの初めて?」
「……多分。ピンとこないから、来てたとしても忘れてる」
「へえ。ゲームは持ってたのにな。そっちは興味なかったのか?」
「いや、だってゲームは買いさえすればどこでだってできるだろ。けどゲーセンは行かなきゃできないだろ」
奏の生家である月蔵家は、多くの上流家庭の子どもが通っているあの学校の中でもひと際裕福で、優等生の奏を見ていれば、それにふさわしい教育と環境を幼少から与えられただろうことは、想像に容易い。
瑠璃はふうん、と曖昧に頷いた。
ショッピングモールの中のゲームセンターは、二人のように学校帰りの学生たちがほとんどだった。若年から中年まで成人層もちらほら。すでに親子連れのピークは過ぎて、ごちゃ混ぜにされた派手な色がぐっと影を濃くしている。
ゲーム機の音が混ざり合ってガチャガチャと騒音の塊と化し、隣同士の声さえもかき消されてしまうような喧騒に、奏は目を見開いていた。
「……ちゃんと入ったの初めてだけど、めちゃくちゃうるさいな。耳痛くなりそう」
「そりゃゲームセンターでクラシック流れているわけないだろ。……あれ、やるか」
「クレーンゲーム?」
ピカピカと光るクレーンゲームの透明な壁の向こうには、いくつかマスコットキーホルダーが転がっていて、奏と瑠璃が共通でプレイしているゲームのキャラクターも山のように積まれていた。
「瑠璃、クレーンゲーム得意なの?」
「いや? 全然」
「は? それなのに、やんの?」
「だって、こういうところ来たら醍醐味だろ、クレーンゲームって」
百円玉を何枚かいれてスタートさせる。
狙うべき落とし口に近いマスコットを腰をかがめて睨みながら、慎重に手を動かしていく。
クレーンゲームは一度手を離すと微調整ができないのが、瑠璃は苦手だ。少しでも手元がくるうと、計画がご破算になる。
横移動させて、後ろに移動させて、そおっとクレーンを下ろすボタンを押した。
「……っ……あぁあ~。だめか。やっぱ苦手だわ。これ」
瑠璃はへにゃりとその場に崩れる。
綺麗にクレーンの中に納まったと思われたキーホルダーは、数センチほど浮いたあと、するりとクレーンの爪を通り抜けて、またその場にぽとりと落ちた。
「奏もやってみろよ」
「僕が? いや、やったことないんだけど。ええ、まじで? ……こういうのってビギナーズラックみたいなのないだろ……やってはみるけど……」
そう言って微妙に顔をしかめていたが、数分後には二つのキーホルダーを手に得意げに笑う奏に瑠璃は目を瞬いた。
「お前、器用だな……」
「ビギナーズラック?」
「かもな。次、シューティングゲームやろうぜ」
クレーンゲームが立ち並ぶコーナーから移動して、時折寄り道しながら、リズムゲームやメダルゲーム群を抜ける。
瑠璃自身もゲームセンターで遊ぶのは久しぶりで、心が躍った。
いつも瑠璃が遊んでいる手元で操作するゲーム機は、一人で周りに邪魔されることなく、マイペースに没頭できる点が長所だが、非日常感はゲームセンターに著しく劣る。
ゲームセンターは音もさることながら、ギラギラと安い光が眩しくて、窓も見当たらないから、外から隔絶されているのだと錯覚してしまいそうになる。
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