放課後の秘密の共犯者が俺にだけ執着する理由

茶々

文字の大きさ
14 / 43
六月

外.1

しおりを挟む
 何駅か適当にやり過ごして二人が降りたのは、県内でも有数の大型のショッピングモールや、ビル群が並び立ち、いくつもの路線が通っている都会だった。

 まるで異世界にでも来たかのような感覚。
 知らない匂い。知らない音。知らない空。学校近くの駅とはまったく別の景色だった。
 そして都会だけあって、見渡す限り、人、人、人。
 ざわざわと聞き取れないほどに絶えず飛び交う声に、何を急いでいるのかと首をかしげたくなるほどに足早な雑踏。肩がぶつかりそうになった瞬間、特殊能力でも使ったかのように紙一重で避ける彼らはまるで忍者か軍隊のようで。
「奏。離れんなよ。こっち」
 共に降り立った奏は何にでも興味を引かれるのか、ぼうっとしながら辺りに視線を巡らせていて、瑠璃はしょうがないと手を引いて歩き出す。

 時折、奏はわたわたと人込みに呑まれそうになっていた。
 親とはぐれた子犬のようになるから、瑠璃は後ろを振り返るたびに、苦笑を零していた。

 それもまた、瑠璃が知らない奏の顔だった。
 高級車の中からこの忙しない景色を眺めるか、それとも高層ビルから見下ろすかの筋金入りの箱入り息子だった奏は、ガラスケースの中のジュエリーと同じで。
 くるくると忙しなく変わる彼の表情は、人の指先や首を彩って、自身さえ知らない輝きを見せたかのように、素敵だった。

 これを見られないってのは、損だろうな。

 スマホの地図アプリで調べて、向かった先はゲームセンターだった。

「奏、ゲーセン来るの初めて?」
「……多分。ピンとこないから、来てたとしても忘れてる」
「へえ。ゲームは持ってたのにな。そっちは興味なかったのか?」
「いや、だってゲームは買いさえすればどこでだってできるだろ。けどゲーセンは行かなきゃできないだろ」

 奏の生家である月蔵家は、多くの上流家庭の子どもが通っているあの学校の中でもひと際裕福で、優等生の奏を見ていれば、それにふさわしい教育と環境を幼少から与えられただろうことは、想像に容易い。
 瑠璃はふうん、と曖昧に頷いた。

 ショッピングモールの中のゲームセンターは、二人のように学校帰りの学生たちがほとんどだった。若年から中年まで成人層もちらほら。すでに親子連れのピークは過ぎて、ごちゃ混ぜにされた派手な色がぐっと影を濃くしている。
 ゲーム機の音が混ざり合ってガチャガチャと騒音の塊と化し、隣同士の声さえもかき消されてしまうような喧騒に、奏は目を見開いていた。

「……ちゃんと入ったの初めてだけど、めちゃくちゃうるさいな。耳痛くなりそう」
「そりゃゲームセンターでクラシック流れているわけないだろ。……あれ、やるか」
 「クレーンゲーム?」

 ピカピカと光るクレーンゲームの透明な壁の向こうには、いくつかマスコットキーホルダーが転がっていて、奏と瑠璃が共通でプレイしているゲームのキャラクターも山のように積まれていた。

「瑠璃、クレーンゲーム得意なの?」
「いや? 全然」
「は? それなのに、やんの?」
「だって、こういうところ来たら醍醐味だろ、クレーンゲームって」

 百円玉を何枚かいれてスタートさせる。
 狙うべき落とし口に近いマスコットを腰をかがめて睨みながら、慎重に手を動かしていく。
 クレーンゲームは一度手を離すと微調整ができないのが、瑠璃は苦手だ。少しでも手元がくるうと、計画がご破算になる。
 横移動させて、後ろに移動させて、そおっとクレーンを下ろすボタンを押した。

「……っ……あぁあ~。だめか。やっぱ苦手だわ。これ」

 瑠璃はへにゃりとその場に崩れる。
 綺麗にクレーンの中に納まったと思われたキーホルダーは、数センチほど浮いたあと、するりとクレーンの爪を通り抜けて、またその場にぽとりと落ちた。

「奏もやってみろよ」
「僕が? いや、やったことないんだけど。ええ、まじで? ……こういうのってビギナーズラックみたいなのないだろ……やってはみるけど……」

 そう言って微妙に顔をしかめていたが、数分後には二つのキーホルダーを手に得意げに笑う奏に瑠璃は目を瞬いた。

「お前、器用だな……」
「ビギナーズラック?」
「かもな。次、シューティングゲームやろうぜ」

 クレーンゲームが立ち並ぶコーナーから移動して、時折寄り道しながら、リズムゲームやメダルゲーム群を抜ける。

 瑠璃自身もゲームセンターで遊ぶのは久しぶりで、心が躍った。

 いつも瑠璃が遊んでいる手元で操作するゲーム機は、一人で周りに邪魔されることなく、マイペースに没頭できる点が長所だが、非日常感はゲームセンターに著しく劣る。
 ゲームセンターは音もさることながら、ギラギラと安い光が眩しくて、窓も見当たらないから、外から隔絶されているのだと錯覚してしまいそうになる。
 ぐるぐると怪しい世界に飲み込まれて、もう元の世界には戻れないのではと、不安と興奮を煽る。
 まるで別世界に入り込んで奏と冒険しているような気分だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...