フリーデン帝国の平和な出来事

ちまき

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皇太子の婚約者は暗殺者?

14.伯爵家のお家騒動

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 最初からおかしいと思っていた。
 エリム夫人はわざわざ口論なんてしない。いくら相手に対して怒っていたとしても、そもそも相手にすらしない。冷静に、的確に、それでいて上品に、相手をさっさと退けてしまう。それは王宮見学で幾度も見てきた。
 では何故、縦ロール令嬢の相手をしたのか。彼女の根性が素晴らしかったから? 違う。そうだったとしても、あんな風に逆上させるような言い返しはいつもならしない。
 今日に限って、縦ロール令嬢に限って、いつもと違う相手の仕方をしていたのか。
 その答えは一つ。

「あの伯爵令嬢を派手に暴れさせて、何らかの形で処罰したかったのでしょう?」
「御名答」
 
 シャオヤオの回答に皇太子が満足そうに頷く。
 刺客に襲われたと言う事で、今日はもう大人しくしておこうとエリム夫人が淹れてくれたお茶を飲みながらシャオヤオがのんびりとしていたら皇太子がやって来た。正直何をしに来たのかと思ったが、一応婚約者が襲われたのだから様子を見に来るのは当然かもしれない。
 しかし優雅な時間がいつものように皇太子と2人だけの空間に放り込まれて、シャオヤオはややご機嫌斜めである。

「怪我は?」
「あると思う?」
「形式上聞かないわけにはいかないだろう? 見事な手際…いや足際だったそうで、俺も見たかったなぁ」
「煩い」
 
 そんな軽口を叩きつつ、捕らえた刺客については現在背後関係を洗っているところだと告げられた。捕まった暗殺者の末路なんて、同業者として興味も持ちたくないのでお任せしておく。
 それよりもエリム夫人が縦ロール令嬢の相手をしていた理由の方が気にった。

「あの伯爵令嬢は何をしでかして目を付けられたの?」
「正確には、あれは伯爵令嬢ではない。代理と言う文字すら本来なら付かないような奴等だ」
「奴等…」
 
 皇太子は順を追って説明する。
 その伯爵家は先々代と先代が、皇帝の即位前から二代に渡って長く仕えていたそうだ。
 高齢の先々代は皇帝が即位する前に亡くなったのだが、息子、つまり先代の伯爵までもが不幸にも戦争で命を落としてしまった。皇帝を初め多くの者が悲しんだが、それよりも問題となったのがその当時、伯爵家には未亡人となった伯爵夫人とまだ幼い娘しかいなかった事だ。
 男性優位のフリーデン帝国で女性が家を継ぐ事は一般的ではないものの、前例がない訳ではない。未成年で家督を継ぐ事も、後見人を立てれば可能だ。帝位でもない限りこの場合の後見人は身内から立てる。
 しかし先代に兄弟がいない事に加え、長い戦争の影響で伯爵家の血筋を遡ってもその後見人のなり手となる人物が見付けられなかった。
 幼い娘な上に、後見人不在。あわや取り潰しかと言うところで、皇帝が先代達の献身への礼として手を差し伸べた。
 娘が成人するまで、母である夫人を後見人と当主代理とし伯爵家の存続を皇帝の名で許可したのだ。更に成人した娘が己の意思と責任において伯爵家当主になる事を望むのなら、皇帝と皇妃の名においてそれを支援するとも約束した。これによって夫人と娘が住む場所を追われる事はなくなった。
 ところが、である。
 夫人の弟家族が何処からともなく現れ、伯爵家に入り込んだ。当初こそは未亡人となった姉を心配している風を装っていたが、次第に女性の身では大変だろう男手が必要だろう子育てに集中すべきだろうと、言葉巧みにその権限を奪い取っていったのだ。
 気が付けば本来の当主である夫人と娘は離れに追いやられ軟禁状態。弟家族が伯爵家を名乗っていた有り様である。

「それは…許されないのではないの? 皇帝が許しているのはあくまでも夫人と娘でしょう?」
「そう。だが、夫を失いただでさえ傷心の中、娘を立派に育てようとしている姉には領地経営まで行う余裕はない、あくまでも姉から頼まれ代理を名乗っている。と言い切られてしまえば手は出せない。だから時間が過ぎるのを待った」
「時間…。あぁ、娘が成人して正式に伯爵家を継げば、もう弟家族に容赦しなくていい訳か」
「そう言う事。そもそも弟家族がそうしてまで伯爵家の地位が欲しかったのは、自分達の娘を伯爵令嬢に仕立て上げて皇太子の妃にしたかったからだ。同じ年頃、見目はまぁ良し、後は家格さえ揃えば何とかなると思っていたらしい。そうして妃となった暁には、実家として正式に伯爵家当主にもなれると」
 
 浅はか…。聞いているだけで気が遠くなりそうだった。
 幾ら家格を整えたところで、こうやって内情は筒抜け状態。どれだけ見目が良かろうとも、代理にすらならない自称伯爵令嬢を娶る皇太子が何処の世界にいると言うのか。自分を殺そうとした暗殺者を婚約者に据えた皇太子は残念ながら存在するけども…。
 第一、見目にしたって皇太子の幼馴染にはあのアズ嬢がいるのだ。きっと幼い頃からとんでもない美少女だったはず。アズ嬢と比べて全体的に見劣りする縦ロール令嬢では勝負にすらならない。

「彼女について目を付ける点があるとしたら、根性くらいだな。初めて会ったのは十年くらい前だが、自身を由緒正しい伯爵家の正当な娘として、皇太子の妃になるのが当然とした態度が崩れた事は一度もなかった。その思い込みの強さはもはや珍獣だ。見ているだけいいならならそこそこ面白い」
「あ~そこは同意する」
 
 シャオヤオも最初はエリム夫人と対峙する縦ロール令嬢を、いつもと違う様子のエリム夫人と合わせて面白がって見ていた。恐らく大半の人間が似たような気持ちで縦ロール令嬢を遠巻きに観賞していたのだろう。
 まともな貴族、そこと繋がるまともな人物なら伯爵家の情報が少なからず回って来ていたはず。知らないのは他の貴族達から相手にされず情報が回ってこないような、現実が見えていない同族みたいな者達くらい。エリム夫人が言うところの、耳に囁いてくれるのがゆっくりなお友達である。

「まぁ妃の座狙いで近付いてきた令嬢は彼女だけではないので、俺にとってはそんな数多くいる内の1人に過ぎなかった。さっきも言ったように時間が過ぎれば片付く訳だし。だが」
 
 本来の後継者である娘が成人するまで後もう少し…ここに来て奴等は悪足掻きを始めた、と皇太子は意味深な笑みを浮かべる。
 縦ロール令嬢を妃にすると言う当初の目論見が上手く行かず、差し迫る時間に弟夫妻は焦り、なんと後継者である娘を嫁に出そうと画策しているそうだ。それも、好色家で有名な二十も三十も年の離れた家格が落ちる男爵に。そうして空位となった伯爵家当主の座には、代理としての実績がある自分が据えられるはず…と言う事らしい。
 因みに、この話はその好色家の男爵本人から皇帝へ直接報告された。確かに愛人の数は両手の指では足りず、女性は若ければ若い程良いと人目を憚らず豪語する人物ではあるが、未成年かつ合意なく無理矢理女性を手籠にするような悪食ではない。おまけに、仮にそんな事をした場合は皇帝が直々に叩き斬ると言う宣告を受けた、皇帝直属の古参の臣下だそうだ。
 話を聞いてシャオヤオは茶を吹き出さなかった自分を内心褒めた。エリム夫人の教育を受ける前なら、皇太子の前でないのなら、椅子から滑り落ちているところである。何処まで浅はかなのか…。

「今は男爵が弟夫妻の相手をしつつその動きを見張ってくれている。形の上だけでも婚姻話を進めて娘が離れから出されたところを保護する案もあったのだけど、そんな時に今回のサモフォル王国の件、つまり俺の婚約話が上がった」
「…なるほど。遅かれ早かれ縦ロー…あの自称伯爵令嬢が騒ぎ出すに決まっている。その言動を咎めて家族まとめてしょっ引いてしまう計画だったわけね。そうすれば形の上だとしても娘の婚姻話なんてしなくてよくて、後々変な噂を立てられる恐れもなくなる」
「そう言う事。エリム夫人から、サモフォル王国の姫への侮辱発言、姫の進行妨害、その他諸々の問題行動が奏上されている。期せずして姫の暗殺までも誘発させたんだ、罪は軽くない」
 
 縦ロール令嬢が王宮のど真ん中で突っ掛からなければ、シャオヤオ姫が刺客に襲われる事はなかったかもしれない。いや、そもそも姫を足止めして刺客に襲わせる計画だったのかもしれない。
 実際のところは、縦ロール令嬢と刺客は関係ないとシャオヤオは見ている。そう思える程に位置取りが悪く縦ロール令嬢は目立ち過ぎていた。少なくともシャオヤオなら絶対に使わない手である。
 縦ロール令嬢がいようがいまいが、場所と時間が変わるだけで今日刺客に襲われる事自体に変わりはなかっただろう。だがそんな事はきっとどうでもいいはず。問題は縦ロール令嬢がシャオヤオに突っかかった事実と、刺客に襲われた事実のみ。エリム夫人も恙無く目的を果たせたと言っていたので、伯爵家のお家騒動はこれ片付くのだろう。

「今回の事は完全に巻き込んでしまった形だ。刺客も、本来なら動き出す前に処理していたのだけど、予想外に人が集まり過ぎて抜け出られてしまった。危険な目に合わせて本当に申し訳ない」
「え…」
 
 一通りの話が終わり珍しく真面目な顔をしたかと思えば、皇太子から頭を下げられシャオヤオはたじろいだ。
 皇室側としてはエリム夫人だけが対処し、幾つかの問題発言を拾って終わる予定だったのだろう。それがシャオヤオ自ら縦ロール令嬢を相手取り、刺客の出現が重なり、想定していた事態より事は大きくなってしまった。
 そこにはシャオヤオの責任とするところもある。それで詫びられても、シャオヤオとしては居心地が悪くなるだけだ。いつもの飄々とした態度でからかわれた方が幾倍もマシと言うもの。縦ロール令嬢の相手をしたのは自分の意思であり、刺客も簡単に片付けられ危険とすら思わなかったのだから。

「…別に。彼女の相手は自分からしたし、あの程度の奴に後れを取ったりしない。こう言う事もあるって最初から言っていたじゃない。謝られても気持ち悪いだけだわ。寧ろ大事にして悪かったわね」
「君が謝る事は一つもない。立派な姿だったとエリム夫人が褒めていたし、君の言を父上もいたく気に入っていた」
「私の、言?」
「貴族とは、領主、皇帝とは、いざと言う時に己を犠牲にして民を守る者。その責任を一身に背負う者。平民はその時の為の保険料として税を納めている。好き好んで気位だけの生き物をわざわざ飼う事なんてしない。身分の低い貧乏貴族から成り上がった父上がいかにも好みそうな言葉だ」
「そう、なんだ」
「エリム夫人からも言われていると思うけれど、君が刺客を返り討ちにした事も気にしなくていい。大事でもない。何て事もない、平和な一日のちょっとした出来事だ」
「そう。なら話は終わりね。その、そんな事より、いい加減にダスティシュって専任官を連れてきてよ。サモフォルの事を聞いておきたいから」
 
 気まずさに視線を逸らしながら、シャオヤオは話題も逸らす。
 今日会っただけの縦ロール令嬢の事も会った事すらない伯爵家のお家騒動も、シャオヤオにはこれ以上の興味は持てない。それよりもこれほど長く離れた事が無かった弟ムーダンの現状をダスティシュから聞き出す方が重要だ。そろそろ二月になろうとしている。いい加減、待てなくなっていた。

「そうだな、潮時としてはそろそろ頃合いだろう」
「え?」
「同盟について幾つか進展があったから、ダスティシュ卿に説明させる為に明日にでも連れてくる。いいかな?」
 
 シャオヤオは頷いて皇太子に応える。
 さんざん待たされた割に、あっさりとダスティシュと会える事になって少々面食らう。だがムーダンについて聞けるのなら何だっていい。明日と言わず今日でも良いのだが、そんな本音をお茶と共に飲み込んでおいた。
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