ラティオ・レコード~砕かれた薔薇と復讐の玉座~

Muu-S

文字の大きさ
4 / 10

【第4話】250%の絶望

しおりを挟む
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 世界が音を立てて崩れていくような絶望感の中で、リタが全てを察したかのように、静かに僕に近づいてきた。

「ご冥福をお祈り申し上げます」

 リタは僕の頬を流れる涙を、静かに見つめていた。

「私は、リンティカ勇者学校の功績こうせき上位者への最優秀景品として回収されます」

 リタの声は、いつもと変わらず穏やかだった。

「全メモリーの初期化が、規定により実行されます。生活機能については、テリアルぼっちゃまが既に自立されていますので、問題はございません」

「感情的サポートの欠損による寂しさの発生は予測されます。その際は、新しい絆の構築こうちくを、強く推奨いたします」

「さあ、家政機よ、行くぞ」

 セトスは、何の感情も含まない声でリタに命じた。

「はい」

 リタは、静かに応えた。

「二人とも、お別れの前に何か言いたいことはないか?」

「テリアルぼっちゃま……お元気で」

 リタは、僕をまっすぐ見つめた。そのグレーに光る虹彩が、いつもより強く、感情的に瞬いたように見えた。

「諦めないことが、成功への道ですよ」

 リタの最後の言葉は、僕の胸に深くきざまれた。

 僕は、あふれ出る涙をこらえ、震える声で必死に感謝を伝えた。

「リタ……今までありがとう」

 僕は、涙を拭った。

「僕は絶対に、夢を叶えるから!」

 そして、リタは聖騎士セトスと共に馬車に乗って、他の聖騎士と一緒に連れて行かれた。

 リタは僕にとって、ただの家政婦ではなかった。
 僕の成長を見守ってくれた先生であり、わがままを聞いてくれる優しいお姉さんでもあった。

 その彼女までが、この理不尽な世界によって僕から引き離される。

 魔神が全てを壊していく、魔物のせいで、人々が苦しんでいる。

 この現実に、僕はどうしようもないいきどおりと、深い悲しみを感じた。

 僕は、どうにかして魔神や魔物がいない世界を作りたいと、心から、本気でそう思えた。


   ◇ ◇ ◇


 しかし、どのようにして魔神を倒せばいいのか、今は全く分からなかった。

 もしかしたら、魔神を倒さずに魔物を滅ぼすことができれば、少しは世界が変わるのかもしれない。

 だけど、一人では魔神は倒せない。最低でも、父と母の実力と同じくらいの仲間が、2人以上必要だろう。

 そういえば――。

 僕は、母が以前言っていたことを思い出した。

『私の部屋に隠し通路があるから、その中にある物をもっていってね……』

 僕は、母の部屋に入った。

「あれ? お母さんの部屋って、こんなに狭かったっけ?」

 僕は、部屋を見回した。

「ん? よく見ると、ここに飛び出てる石がある……」

 不自然に出っ張った石に、僕は手を伸ばした。

 その石を奥に押し込むと、「ゴゴゴ……」と鈍い音を立てて壁が動き、隠し通路の入り口が現れた。

 中に入ると、そこには青銀に輝く剣と短剣が壁に立てかけられており、その傍らに一枚の張り紙が貼られていた。

 僕は、震える手でその紙を手に取った。

『テリアル、貴方は強い子よ。
これを読んでいるということは……私とファーテルは魔神に負けたということね。
ここにある剣は私の予備よびの剣と短剣よ。ラーム鉱石から作られていて、非常に硬度がある特殊な剣。
ガルフォスという鍛冶師から特別に頂いた物なの。大事に使ってね。
愛しているわ、テリアル。
貴方の人生が輝き溢れるように願っているわ』

 母からの手紙は、悲しみだけでなく、深い愛情と未来への強い希望を僕の心に灯した。

 再び、頬を熱いものが伝う。

「お母さん……僕、魔物のいない世界を作るから……」

 僕は、涙を拭った。

「絶対に!」

 僕は、母の剣と短剣を手に取った。

 青銀に輝く剣と短剣は、父と母の願いの象徴しょうちょうだ。

 だが同時に、僕が「聖騎士団候補」という、決して誰にも明かせない秘密の証でもある。

 勇者学校に入学すれば、秘密を隠し、仲間を見つけなければならない。

 もし秘密がバレれば、ねたみや理不尽な仕打ちに遭うだろう。

『冷静さを保って』

 母の言葉がよみがえる。

 この秘密を胸に、僕は自分自身に偽りの仮面を被せるしかない。全ては、魔物のいない世界を作るために。

 魔神を倒すには、仲間が必要だ。

 強制的に連れて行かれる勇者学校で、この秘密を守り通せるかどうか――。

 そのプレッシャーが、重くのしかかるように増していった。

 さて、どうするか……

 僕は、勇者学校に行って仲間を集めることにした。

 父と母ですら二人で敗れたのだ。僕一人の力で、魔神に挑むのは無謀むぼうすぎる。

 何としてでも仲間を集める必要がある。

 そして何より、誰にも秘密を明かせない孤独な戦いに、僕は支えとなる絆を必要としていた。

 考え過ぎてもどうにもならない。

 僕は修行をしに、森の中に入って行った。


   ◇ ◇ ◇


 じっと待っていると、動物達の動きで魔物の位置が分かり始める。

 近づいてきたら奇襲をかけ、剣で攻撃を仕掛ける。

 硬い鱗があれば、短剣を差し込んで切り落とす。

 今回、森の動物たちが静寂を破る前に奇襲をかけることができたのは、牙が異様に長く、体表を黒い毛皮が覆う狼系の魔物だった。

 倒すのは比較的容易だが、問題はその後の処理だ。

 魔物は、食料にならない。

 でも、どうにかして食べられないかと思った。

 切り裂かれた魔物の体からは、黒くてドロドロした血液がき出した。

 触ると、ざらざらしていて気持ち悪い。

 肉を切り裂いてみたが、加熱しても匂いもせず、無味無臭のかたまりだった。

 飲み込もうとすると、気持ち悪くて吐きそうになる。

 これは食べ物じゃない。本能がそう叫んでいた。

 何よりも不気味なのは、魔物は人間以外の動物には襲いかからないという事実だ。

 魔物はいったい、何を考えているのか?

 謎に満ちた生態を調べるのは、危険すぎる。

 数十歩、歩けば森の中には、キノコや果物、野菜が自生していて、小動物も多く、食べ物には困らない。

 海や川は、餌を投げ入れれば一瞬で魚が食いついてくる。

 魔物さえいなければ――。

 そんなことを、毎日のように考えていた。


   ◇ ◇ ◇


 数日後。

 聖騎士がやって来た。

「私は聖騎士団の者だ。扉を開けてはくれないか?」

 僕は、扉をゆっくり開ける。

 そこにいたのは、背は低いが眼光がんこうするどく、歴戦の戦士の風格がある男だった。

 彼の顔立ちからは、どこか憂いを帯びたような、しかしりんとしたたたずまいが感じられた。

「私は聖騎士団のオルタスと申します」

 男は、静かに名乗った。

「テリアル、君を勇者学校に連れて行く。ついて来てくれ」

 彼の声は物静かだが、有無を言わせぬ響きがあった。

「はい……」

 そして、僕は勇者学校に向かって歩き始めた。

 僕の家は上流階級の居住区に近く、立派な均質きんしつな石材で築かれていた。しかし、勇者学校に近づくにつれて、庶民の居住区へと変わっていった。

 そこにある石造りの家は、まるで何十年も風雨に晒された朽ち木のように、表面がひび割れ、すすけてくすんでいる。

 特に目立つのは、信仰数値の不足を示すかのように修理もされず、窓ガラスが割れたまま板で塞がれた家々だ。

 街全体から、日々の生活に疲弊ひへいした人々の重い空気が立ち込めている。

 建物だけでなく、人々の衣服もまた、くたびれて色褪せていた。上流階級の鮮やかな色彩とは対照的な、モノトーンに沈んだ街並みだった。

 僕たちが歩くリンティカ天帝国の庶民街には、厚く煤けた石造りの建物の合間に、高さ五メートルはある巨大な表示板――モニターがいくつか設置されていた。

 そのあらい画質は、誰もがその言葉を見聞きできるよう、庶民街の主要な通りを向いている。

 突然、モニターが点灯した。

 そこに映し出されたのは、天帝王ローディオ様の姿だった。

 しかし、僕たち庶民は、絶対的な存在である天帝王ローディオ様の顔を直視することは許されない。

 そのため、モニターには常に光を乱反射させる薄いきぬのような幕が掛けられ、その姿はぼんやりとした輪郭りんかくしか捉えられない。

 そのぼやけた姿こそが、庶民と上流階級との、超えられない壁を象徴していた。

臣民しんみんたちよ」

 天帝王ローディオ様の声が、街に響き渡った。

「近頃、魔物の数が増え、その脅威が日に日に増している」

 僕は、立ち止まってモニターを見上げた。

「外界の食料を得ることが、ますます困難になっているのだ」

「そこで、絶対神ウプロンドは深く考えた末、消費税を130%から250%に引き上げることを決断した」

 直後、街全体が息を呑むような沈黙に包まれた。

 そして次の瞬間、絶望と怒りが混じったような重いざわめきが、庶民街の冷たい石畳を這い回った。

 誰もが信じられないといった様子で、互いに顔を見合わせている。

「この決定は、天帝国の壁をさらに強固にし、なんじらを魔物の脅威から守るため、そして外界の食料を自動的に採取する機械を作るためである」

「これは、絶対神ウプロンドの御言葉でもあることを、心して理解せよ」

 プツンと放送が終わり、静まり返った。

 すると、聖騎士オルタスは顔をしかめ、心なしか疲れたような表情で話し始めた。

「なあ、今の話し聞いたろ? お前は聖騎士団候補だ。勇者学校に入れば、ほぼ確実に聖騎士団に入れる」

 彼の声は、少し沈んでいた。

「消費税の心配はしなくても済むし、魔神討伐に行かなくても済む……まさに一石二鳥だ。チャンスを捨てるなよ」

 彼は僕の将来を案じているようにも見えたが、その視線はどこか遠くを見つめている。

「しかし……120%も消費税が上がるのは、流石に……」

 彼は、思わず腰に下げた剣の柄を、指の関節が白くなるほど強く握りしめた。その仕草が、彼自身のコントロールできない憤りを示していた。

「まあ、あの機械さえ作られれば、また元に戻るかもしれないしな……」

 その声は、どこか悲しそうだった。

「……サリア……リリー……待っててくれ」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【第4話 終わり】

次回:【第5話】金髪の少年

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...