ガレオン船と茶色い奴隷

芝原岳彦

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第一章 奴隷たちの島々

第9話 奉公人頭

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 ヨハネはその様子を少し離れた壁の陰から眺めていた。
 彼は、女奴隷たちが受ける酷い辱めを直視できないという同情心がありながら、同時に女奴隷たちの裸を見てみたいというさもしい劣情も持っていた。
 だからと言って車溜りまで飛び出して、男たちの下劣な行いを止める勇気もなかったし、一緒になって女奴隷たちを囃し立てるほどの下衆男にもなり切れなかった。



 搬入口の奥からトマスが出てきて、底響きのする声で怒鳴った。

「お前たち、いったい何をしている!」



 男たちの顔が一斉に青ざめると、みな直立不動で心もち顔を下に向けた。

「お前たちの見世物にするために高い金を出して奴隷を買ったんじゃないぞ。いったい何を考えている! おい! 奉公人頭! どこにいる」とトマスが呼んだ。

「へい! 御前に」

 先ほどまで喚いていた奉公人頭は仁王立ちになっているトマスの前まで進み出て片膝をついた。

 トマスは怒鳴った。



「何のために芋頭いもがしら同然のお前みたいなやつを頭に選んでやったと思っているんだ。こいつらにキッチリ仕事させるためだろうが。言いつけ通り、現金輸送用の馬車1台に護衛5人、10人乗り馬車2台に護衛10人集めて連れてきたんだろうな」

 トマスは指さしながら奉公人たちの人数を数えると言った。

「護衛が14人しかいないぞ! おい、どうなっているんだ」

 奉公人頭は目を細めて答えた。

「いいえ、14人と聞いております」

「俺は確かに現金輸送用の護衛5人、奴隷輸送用の護衛10人と言った。お前が聞き間違えたんだ」

「使いの者からは現金輸送用に5人、奴隷輸送用に9人と聞いております。間違いございません。私は9人兄弟なので兄弟の数だけ護衛を送るのだ、と憶ええたのでございます」

「伝言の者はいるか!」

 トマスは奉公人たちに向かって怒鳴った。



 みな振り返って壁の陰に隠れているヨハネを一斉に睨にらみ付けた。ヨハネは自分にとんでもない災厄が降りかかる事態を予感しながら、慌ててトマスの前まで小走りで近づくと、片膝を地面に付けた。



「おい、ヨハネ! お前はろくに伝言もできないのか! 伝言なんて下っ端が一番最初にやる一番簡単な仕事だ。もし護衛が足りなくて、奴隷が逃げたり現金輸送馬車が襲われたりしたらどうするんだ! お前を炭鉱夫や沖仲士に売ったって今日の金の百分の一にもなりはしない。分かっているのか! この役立たずが!」



 トマスはヨハネの体を下から上になめ上げるように怒鳴り上げた。ヨハネは真っ青になりながら弁明した。

「いえ、違います。僕は確かに現金用の護衛5人、奴隷用の護衛10人と奉公人頭に言いました」

「するってえと、なんだ。おれが嘘ついてるっていうのか!」

 奉公人頭はヨハネをにらんで叫んだ。

「僕は確かに正確な数字を申し上げたはずです」

 ヨハネは繰り返し反論した。



 ゴッツン、と鈍い音がしてヨハネは土の上に叩きつけられた。奉公人頭がヨハネの左の頬骨を拳で力いっぱい殴りつけたのだ。ヨハネは顔を押さえて泥の上を転げまわった。痛い、というよりも自分の顔が破壊されてしまったのではないか、という恐怖が先だった。そのぐらい強い衝撃だった。



「いい加減にしやがれ。奉公人の分際で、自分の間違いを人のせいにするなんざ、最低だぞ! お前はカピタンに目をかけられているからって調子に乗り過ぎなんだ。ワクワクの血がたっぷり入ったお前なんかが奉公人でいられるだけでも有り難いのに、仕事くらいキッチリやりやがれ! 失敗したなら素直に認めて謝りやがれ! 当たり前のことだろうがよ!」



 奉公人頭は口を真っ赤に開いて怒鳴った。

「もういい。お前に大事な仕事を頼んだ私が馬鹿だった」

 トマスはヨハネに言った。

 そして奴隷用と現金輸送用の馬車の近くまで歩くと、奴隷の乗せ方について指図し始めた。



「ワクワクの奴隷どもは片方に全員が乗れ。空いた方の馬車には高額の奴隷2人を乗せろ。奴隷用の馬車2台は縦の列になって、前の馬車の前方に護衛2人、後ろの馬車の後ろに護衛5人、左わきに4人、右わきに3人だ。私は現金輸送用の馬車に乗って商会まで先に帰る。ヨハネ。お前は馬車隊の右わきについて足りない人数を補え」

 さらにトマスは付け加えた。

「商会に着いたら、女奴隷用の小屋にすぐ入れろ。全員に体を洗わせ、飯を食わせろ。ワクワクは大部屋に、高額奴隷の2人は2人部屋に入れろ。いいか、女奴隷にちょっかい出したやつは腕を切り落とすぞ。わかったな」



 ヨハネは殴られた頬骨を押さえながら土の上に伏せていたが、それでもトマスの指示をしっかり聞いていた。痛みで吐き気が催してきたが、それを我慢しながらまた商会まで走らなければならない。嘘つき奉公人頭への怒りを力に変えると、憤然と起き上がって体に付いた泥を落とし、馬車の移動と奴隷の移動を手伝いに走った。



 ワクワクの女奴隷たち20人を10人乗りの馬車に押し込める作業は簡単だった。女たちは葦の葉が風になびくように従順で、狭い馬車に次々と押し込められた。ヨハネは女たちの肌を見て少しばかり動揺したが、何よりも彼が愕然としたのが狭い馬車の中に押し込められた女たちの惨めな有様だった。



 奴隷輸送用の馬車は奴隷の逃亡を防ぐために頑丈に造られ、屋根は低く窓もない。そんな所に20人の奴隷が物のように詰め込まれていた。中は暗く、床に座った者の膝の上に別の者が横になったり座ったりしてようやく狭い馬車に20人の女奴隷が押し込められた。
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