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第二章 拡がりゆく世界
第55話 ヨハネの決意
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次の日、ばらされた織機が箱詰めで届いた。その箱はヨハネと住人の男奉公人たちが運び、組み立てはメグたちが行う事になった。ヨハネは組み立てもやると主張したが、自分たちの使う道具は自分たちで組み立てた方がいいのよ、とメグは譲らなかった。
2階の寝室からはさっきの娘たちが騒いでいるのが聞こえた。メグは、みんな新しい環境に興奮してるのよ、とやんわりと弁護した。どうであれ、若い娘たちの騒ぎ声は工房を活力で満たした。
その時、馬のいななきと蹄ひずめの音が聞こえた。
全体を真っ黒に塗られた馬車が2台、工房の横の道を通り過ぎたのだ。それは商会の奴隷用馬車だった。馬車の横側には、空気を通すための縦長の隙間が幾つか切られていた。
そこからは大きく見開かれた人間の目が幾つもこちら側を睨んでいた。
そのさまは、木の隙間に住む単眼の生き物が、異界いかいからこちらを覗き込こんでいるように見えた。
その動く監獄は、周囲を威圧しながら大通りから商会横の路地に入って行った。メグは窓の外に目をやると、両腕で自分の肩を抱きかかえた。
「あれは何?」
「奴隷用の馬車だよ。奴隷たちを奴隷市から連れ帰ったんだ」
ヨハネは小さな声で言った。
「あなたも奴隷の売り買いをするの?」
メグは顔を青白くして尋ねた。
「いや、奴隷の売買をするのはカピタンだけだ」
「でも、奉公人頭なら手伝う事はあるんでしょ?」
「馬車の護衛や支払いを手伝う事はある」
ヨハネはまた小さな声で言った。
「あなたもいつか奴隷商人になるの?」
メグは両肩を両腕で抱き抱えたまま、目を細めて尋ねた。
「……そんなの分からないよ。……いや、奴隷商人にはならない」
ヨハネは低くて小さな声で、腹に力を入れて言った。
「でも、あなたは奴隷売買をしてる商会で働いてるのよ。しかも奉公人の頭でしょ。このままこの商会に居続けるなら、いずれ奴隷の売り買いや品定めをする立場になるわよ」
「……ああ、そうなるかもしれない、いや、でも」
ヨハネは3年前を思い出した。唇が震え、目に涙が滲んだ。カラタチの白い花、柊モクセイの葉に滲んだ赤い血、青い月の光。
「私は絶対に奴隷商人にはならない」
ヨハネは低く強い声で囁くと、唇を結んだ。そしてメグの瞳を正面から真っ直ぐに見つめた。メグはヨハネの様子から何かを察して、視線を左右に揺らした。
「ごめんなさい。あなたを追い詰めるつもりはなかったの。でもその言葉、わたしは嬉しいわ」
そう言うとメグは階段を駆け上がって、2階に行ってしまった。上からは娘たちがメグを迎えて歓声を上げていた。メグは本当に彼女たちに好かれているようだった。
ヨハネの心臓は痛いほど拍動していた。何か彼の人生を決める大きな決断がいま起こったのだろう、彼はそう感じた。彼は自分の心臓が収まるのを待ちながら、窓の外を見た。
その先の生垣には真っ白なカラタチの花が咲いていた。
2階の寝室からはさっきの娘たちが騒いでいるのが聞こえた。メグは、みんな新しい環境に興奮してるのよ、とやんわりと弁護した。どうであれ、若い娘たちの騒ぎ声は工房を活力で満たした。
その時、馬のいななきと蹄ひずめの音が聞こえた。
全体を真っ黒に塗られた馬車が2台、工房の横の道を通り過ぎたのだ。それは商会の奴隷用馬車だった。馬車の横側には、空気を通すための縦長の隙間が幾つか切られていた。
そこからは大きく見開かれた人間の目が幾つもこちら側を睨んでいた。
そのさまは、木の隙間に住む単眼の生き物が、異界いかいからこちらを覗き込こんでいるように見えた。
その動く監獄は、周囲を威圧しながら大通りから商会横の路地に入って行った。メグは窓の外に目をやると、両腕で自分の肩を抱きかかえた。
「あれは何?」
「奴隷用の馬車だよ。奴隷たちを奴隷市から連れ帰ったんだ」
ヨハネは小さな声で言った。
「あなたも奴隷の売り買いをするの?」
メグは顔を青白くして尋ねた。
「いや、奴隷の売買をするのはカピタンだけだ」
「でも、奉公人頭なら手伝う事はあるんでしょ?」
「馬車の護衛や支払いを手伝う事はある」
ヨハネはまた小さな声で言った。
「あなたもいつか奴隷商人になるの?」
メグは両肩を両腕で抱き抱えたまま、目を細めて尋ねた。
「……そんなの分からないよ。……いや、奴隷商人にはならない」
ヨハネは低くて小さな声で、腹に力を入れて言った。
「でも、あなたは奴隷売買をしてる商会で働いてるのよ。しかも奉公人の頭でしょ。このままこの商会に居続けるなら、いずれ奴隷の売り買いや品定めをする立場になるわよ」
「……ああ、そうなるかもしれない、いや、でも」
ヨハネは3年前を思い出した。唇が震え、目に涙が滲んだ。カラタチの白い花、柊モクセイの葉に滲んだ赤い血、青い月の光。
「私は絶対に奴隷商人にはならない」
ヨハネは低く強い声で囁くと、唇を結んだ。そしてメグの瞳を正面から真っ直ぐに見つめた。メグはヨハネの様子から何かを察して、視線を左右に揺らした。
「ごめんなさい。あなたを追い詰めるつもりはなかったの。でもその言葉、わたしは嬉しいわ」
そう言うとメグは階段を駆け上がって、2階に行ってしまった。上からは娘たちがメグを迎えて歓声を上げていた。メグは本当に彼女たちに好かれているようだった。
ヨハネの心臓は痛いほど拍動していた。何か彼の人生を決める大きな決断がいま起こったのだろう、彼はそう感じた。彼は自分の心臓が収まるのを待ちながら、窓の外を見た。
その先の生垣には真っ白なカラタチの花が咲いていた。
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