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第三章 流転する運命
第88話 救出劇
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夕飯が終わった後、3人は裏通りに集まって情報の交換をした。
もう暗いのにまだシガーラが鳴いていた。
「他の奉公人の話でも奴隷小屋の中だという話だ。奴隷小屋に入れられるのを見た気がする、という者もいた」
ペテロは言った。
「私も2人が奴隷小屋に入れられたという話を聞きました。間違いないと思います」
パウロも言った。
「分かった。私は今夜、救出を行う」
ヨハネは言い切った。
「無茶だ。早すぎる」
「もうですか。少し様子を見てもいいのでないですか」
2人は叫ぶように言った。
「カピタンは何をするにしても迅速確実の人物だ。明日の朝、売られてしまってもおかしくない。今夜、決行する。『女奴隷の売り先が決まった』と見張りの奉公人に告げて馬車で連れて行く。そのまま私はここへは帰らない。そのまま2人を連れて悪所のイゴールの館へ行く。2人ともこの計画に関しては何一つ知らないふりをしてくれ」
パウロは必死に縋すがりついた。
「イゴールの館まで僕も行きますよ」
「だめだ。しくじったらお前も捕まってしまう」
ヨハネは撥はねつけて、続けた。
「これはペテロとパウロの身を守るための手でもあるんだ。2人とも今まで世話になったな。特にペテロ。お前とは十年近い付き合いだ。名残惜しい」
ヨハネとペテロは、しばらくお互いの顔を見ていたが、ペテロは目を下に落とした。
「ヨハネ。せめてイゴールの館までは手伝わせてくれ。金も必要だろう」
ペテロは言った。
「いいから、2人とも自分の部屋に帰ってくれ。明日の朝には、私はもういない。もし私が捕まったら、2人は今まで通り暮らしてくれ」
そう言うと、ヨハネは笑った。
その笑顔をペテロとパウロは沈痛な面持ちで見ていた。笑い終えると、2人を裏通りに置いたまま、ヨハネは暗がりの中に走り去った。
ヨハネは旧工房の近くにあるピーノの森でシガーラの鳴き声に包まれながら考えた。この作戦は夜が遅くなればなるほどやりにくくなる、今ならまだ人目と夕日があり、通りには馬車も走っている、それに紛れ込めば脱出はうまくいくだろう、暗闇の中での脱出はかえってうまくいかないだろう、そう考えた。
ヨハネは馬車小屋に走ると、後ろに観音扉の付いている縦長の箱馬車に馬を繋いだ。いつものような老馬ではなく、力の強い若い馬だ。その様子を近くの奉公人たちは見ていたが、何の疑問も持たずに通り過ぎて行った。ヨハネは御者台に上り、馬に鞭打つと女奴隷の小屋の前まで走らせた。小屋の扉の前では2人の奉公人が見張りに立っていた。2人とも小さな松明を持っていた。
「頭! 何事でしょう」
御者台ぎょしゃだいの上のヨハネを見上げながら尋ねた。ここが勝負所だった。権高に、当然のように振舞わなければならない。
「カピタンのご命令だ。例の女奴隷を今から引き渡しに行く。代金はもう受領済みだ」
2人の見張りは目を左右に動かしていたが、小屋の閂を抜き、重い扉を外側に開けた。
「いま連れて参ります」
1人がそう言って中に入ろうとした。
「馬鹿! 松明を持ったまま、寝藁の敷いてある小屋に入るやつがあるか。もういい。私が連れて来る」
ヨハネはそう言うと小屋の中に入った。中は寝藁が隅へ寄せられていたが、奥は薄暗くて何も見えなかった。ヨハネは押し殺した声で「メグ、マリア」と声をかけた。寝藁の中に何か白いものが見えた。ヨハネはそこに駆け寄った。それは人の足だった。
「おい」
ヨハネはわざと乱暴な言葉でその人間に声をかけた。暗闇の中でそれは体を起こした。髪を振り乱してヨハネを睨付けたのは、涙の跡を両目の下に付けたメグだった。メグはいつもの女中服を着ていなかった。奴隷用の貫頭衣を着ていた。ヨハネはメグの片腕を取った。
「いやっ、離して。娼館なんかに行かないわよ。絶対に行かない」
メグは叫んだ。
「メグ、私だ。ヨハネだ。助けに来た。そのまま嫌がるふりを続けてくれ。マリアはどこにいるんだ」
ヨハネはメグの耳元に口を近づけて囁いた。
メグは息を飲んだ。
「マリアは、あの娘は売られて行っちゃった……」
そう言ってすすり泣きを始めた。
「メグ、しっかりしてくれ。細かい事情は後で話してくれ。いま、私は君を売りに行くふりをして君を助けようとしている。その芝居に君も付き合ってくれ」
ヨハネはそう言うとわざと乱暴にメグの腕を引っ張った。
「さあ来い。夜に出る船に乗るんだ」
そう言ってヨハネはメグを引きずった。
「いや、離して」
メグは大声叫んだ。
外から見張りの奉公人2人が覗き込んで言った。
「頭、お手伝いしましょうか。女の奴隷なんてみぞおちに一発で大人しくなりますよ」
「大丈夫だ。何より急ぎだ。夜の船に間に合わせなければならない」
そう言うとヨハネは馬車後ろの扉を開け、メグを中に投げ込んだ。そして外から扉を閉めて鍵を掛けた。そして鍵に付いている鎖を首に架け、自分は御者台に飛び乗った。
「後片付けをしておいてくれ。それから火の始末には気を付けろよ」
ヨハネは高圧的に言った。
見張りの2人は不審そうにお互いを見ていたが、「お気を付けて」と言うと小屋の扉を閉め、閂を通した。
ヨハネは馬車を操り、大通りまで出た。まだまばらに人通りがあり、馬車も走っていた。この中で、周りから不審に思われないよう、自然に馬車を走らせなければならない。すでに市参事会の見回り人たちが松明を持って歩き始めていた。彼らも馬車を止められ、中を調べられるような事態は避けなければならなかった。
ヨハネは脇の下に汗をかいた。
彼はすでに重罪人だった。馬車と馬を無断で持ち出し乗り回している、これは窃盗だった。メグも今は財産扱いされる奴隷だったから、これを馬車の乗せているのも、窃盗だった。そして何より、彼は奉公契約期間中でありながら、商会を抜けた。これはヨハネが奴隷になった事を意味していた。
もう暗いのにまだシガーラが鳴いていた。
「他の奉公人の話でも奴隷小屋の中だという話だ。奴隷小屋に入れられるのを見た気がする、という者もいた」
ペテロは言った。
「私も2人が奴隷小屋に入れられたという話を聞きました。間違いないと思います」
パウロも言った。
「分かった。私は今夜、救出を行う」
ヨハネは言い切った。
「無茶だ。早すぎる」
「もうですか。少し様子を見てもいいのでないですか」
2人は叫ぶように言った。
「カピタンは何をするにしても迅速確実の人物だ。明日の朝、売られてしまってもおかしくない。今夜、決行する。『女奴隷の売り先が決まった』と見張りの奉公人に告げて馬車で連れて行く。そのまま私はここへは帰らない。そのまま2人を連れて悪所のイゴールの館へ行く。2人ともこの計画に関しては何一つ知らないふりをしてくれ」
パウロは必死に縋すがりついた。
「イゴールの館まで僕も行きますよ」
「だめだ。しくじったらお前も捕まってしまう」
ヨハネは撥はねつけて、続けた。
「これはペテロとパウロの身を守るための手でもあるんだ。2人とも今まで世話になったな。特にペテロ。お前とは十年近い付き合いだ。名残惜しい」
ヨハネとペテロは、しばらくお互いの顔を見ていたが、ペテロは目を下に落とした。
「ヨハネ。せめてイゴールの館までは手伝わせてくれ。金も必要だろう」
ペテロは言った。
「いいから、2人とも自分の部屋に帰ってくれ。明日の朝には、私はもういない。もし私が捕まったら、2人は今まで通り暮らしてくれ」
そう言うと、ヨハネは笑った。
その笑顔をペテロとパウロは沈痛な面持ちで見ていた。笑い終えると、2人を裏通りに置いたまま、ヨハネは暗がりの中に走り去った。
ヨハネは旧工房の近くにあるピーノの森でシガーラの鳴き声に包まれながら考えた。この作戦は夜が遅くなればなるほどやりにくくなる、今ならまだ人目と夕日があり、通りには馬車も走っている、それに紛れ込めば脱出はうまくいくだろう、暗闇の中での脱出はかえってうまくいかないだろう、そう考えた。
ヨハネは馬車小屋に走ると、後ろに観音扉の付いている縦長の箱馬車に馬を繋いだ。いつものような老馬ではなく、力の強い若い馬だ。その様子を近くの奉公人たちは見ていたが、何の疑問も持たずに通り過ぎて行った。ヨハネは御者台に上り、馬に鞭打つと女奴隷の小屋の前まで走らせた。小屋の扉の前では2人の奉公人が見張りに立っていた。2人とも小さな松明を持っていた。
「頭! 何事でしょう」
御者台ぎょしゃだいの上のヨハネを見上げながら尋ねた。ここが勝負所だった。権高に、当然のように振舞わなければならない。
「カピタンのご命令だ。例の女奴隷を今から引き渡しに行く。代金はもう受領済みだ」
2人の見張りは目を左右に動かしていたが、小屋の閂を抜き、重い扉を外側に開けた。
「いま連れて参ります」
1人がそう言って中に入ろうとした。
「馬鹿! 松明を持ったまま、寝藁の敷いてある小屋に入るやつがあるか。もういい。私が連れて来る」
ヨハネはそう言うと小屋の中に入った。中は寝藁が隅へ寄せられていたが、奥は薄暗くて何も見えなかった。ヨハネは押し殺した声で「メグ、マリア」と声をかけた。寝藁の中に何か白いものが見えた。ヨハネはそこに駆け寄った。それは人の足だった。
「おい」
ヨハネはわざと乱暴な言葉でその人間に声をかけた。暗闇の中でそれは体を起こした。髪を振り乱してヨハネを睨付けたのは、涙の跡を両目の下に付けたメグだった。メグはいつもの女中服を着ていなかった。奴隷用の貫頭衣を着ていた。ヨハネはメグの片腕を取った。
「いやっ、離して。娼館なんかに行かないわよ。絶対に行かない」
メグは叫んだ。
「メグ、私だ。ヨハネだ。助けに来た。そのまま嫌がるふりを続けてくれ。マリアはどこにいるんだ」
ヨハネはメグの耳元に口を近づけて囁いた。
メグは息を飲んだ。
「マリアは、あの娘は売られて行っちゃった……」
そう言ってすすり泣きを始めた。
「メグ、しっかりしてくれ。細かい事情は後で話してくれ。いま、私は君を売りに行くふりをして君を助けようとしている。その芝居に君も付き合ってくれ」
ヨハネはそう言うとわざと乱暴にメグの腕を引っ張った。
「さあ来い。夜に出る船に乗るんだ」
そう言ってヨハネはメグを引きずった。
「いや、離して」
メグは大声叫んだ。
外から見張りの奉公人2人が覗き込んで言った。
「頭、お手伝いしましょうか。女の奴隷なんてみぞおちに一発で大人しくなりますよ」
「大丈夫だ。何より急ぎだ。夜の船に間に合わせなければならない」
そう言うとヨハネは馬車後ろの扉を開け、メグを中に投げ込んだ。そして外から扉を閉めて鍵を掛けた。そして鍵に付いている鎖を首に架け、自分は御者台に飛び乗った。
「後片付けをしておいてくれ。それから火の始末には気を付けろよ」
ヨハネは高圧的に言った。
見張りの2人は不審そうにお互いを見ていたが、「お気を付けて」と言うと小屋の扉を閉め、閂を通した。
ヨハネは馬車を操り、大通りまで出た。まだまばらに人通りがあり、馬車も走っていた。この中で、周りから不審に思われないよう、自然に馬車を走らせなければならない。すでに市参事会の見回り人たちが松明を持って歩き始めていた。彼らも馬車を止められ、中を調べられるような事態は避けなければならなかった。
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