26 / 47
第2章
4
しおりを挟む
「今の人たち、二年生?」
そう言って僕を見上げる目を、思い出していた。
駅前で優菜のマンションの名前を教えてくれた子だ。優菜の一番仲のいい友達で、確か岩崎という名前だった。
「そうだよ。一人は俺の友達の彼女」
「何だ。じゃああんなことしなくてもよかったんだ」
「そんなことないよ、俺は友達にも教えてないから。助かった。ね」
そう言って僕は優菜を見た。優菜は笑って頷く。
岩崎は優菜の親友であり、それまでの経緯もあるから、事情は全て知っている。
サッカー部のマネージャーを始めた岩崎が偶然ここを通りかかって助かった。咄嗟にあんなことができるなんて凄いことだ。
「今のこと、彼には内緒ね」
岩崎が優菜に言う。岩崎には中学時代から付き合っている彼がいる。もちろんサッカー部だ。
僕たちはそのまま駅まで三人で歩いていった。
「今度アイスでもおごって下さいね」
岩崎が人懐っこい顔で明るく言った。
「はいはい」
僕はとても大変なことを引き受けてしまったように大げさに返事をしてやった。
岩崎という子は頭がいい。勉強ができるかどうかはわからないけれど、何事にも機転が利くタイプだ。もしかしたら、優菜のことを尋ねた時にマンションの名前を教えてくれたのも、今の僕たちのことを予想してのことだったのかもしれない。
優菜と岩崎が改札をぬけていくのを僕は見送った。
優菜が振り返り、笑顔を見せる。僕も片手を挙げて応えた。
何日か、優菜と顔を合わせない日が続いた。遠くから見かけることがあっても、それだけだった。ちょっと寂しい気がするけれど、仕方がない。本当は僕の彼女は優菜なんだぞと大きな声で学校中に言って回りたい気分だった。
そんなある日の朝、僕は下駄箱の奥に、小さな封筒を見つけてドキッとした。普通サイズの半分くらいの大きさで、男の子と女の子が並んで虹を見ている絵がプリントされている。
下駄箱の中に手紙が入っているなんて、初めての経験だった。
表には僕の名前が書いてある。裏にはA・Sというイニシャルだけ。それがまるで隠すように履き古した上履きの向こうにあった。
A・Sって誰だろう。そう考えながら、素早く手紙をポケットに押し込んだ。Aが名前だとすると、あの付く名前には心当たりがない。名字だとしても、僕の知っているのは青山くらいだけど、青山は男だ。Sが名字だろうか。鈴木ならSだけど、優菜も優花もYだからY・Sになる。
カバンを教室の机の上に放り出すと、僕はトイレに行った。中身が気になって仕方がない。
人目を気にしながらトイレの個室に入ると、ポケットから手紙を取り出してもう一度封筒をよく見てみた。きれいな字だ。女からのものに間違いないだろう。
ちょっぴりドキドキしながら僕は封を丁寧に開けた。
あなたが好きです、なんて書いてあったらどうしよう。僕には優菜という最高の彼女がいるのに。そんな馬鹿なことを考えている自分に恥ずかしくなりながら、手紙を広げた。
明日のお昼、1時に図書館に来てください。二人きりで相談したいことがあります。
それだけだった。名前も書いてない。
いったい誰だろう。もちろん、心当たりなんてないし、もしかしたら悪戯かもしれない。大樹や勇介だろうか。あいつらがそんなことするわけがないか。
とりあえず明日は行ってみるしかない。普通の男なら喜んで、彼女のいないやつならなおさら期待と不安に胸を躍らせて待ち合わせの場所に行くんだろうけれど。残念ながら僕は違う。もし会って、好きだとか、付き合ってほしいとかの愛の告白をされても、僕はその子を傷つけることしかできない。
でも、その子をその場で待ちぼうけにして放っておくことはもっとできない。それは僕にとっては楽なことだろうけれど、この手紙を出した子には最低のことになる。
経験が少ないながらも、僕も女の子を好きになった。片想いのつらく切ない胸を焦がすような想いは知っている。ありったけの勇気出して手紙を書いて、自分の持っている度胸をかき集めて待ち合わせの場所に来る。
来るか来ないかわからない相手を待っている不安。もし来てくれたとしても、好きな人と親しくなれる喜びか、振られた悲しみか。どちらかが待っている。
たった一通の手紙に惑わされ、あれこれと考えて学校での一日が終わった。自分はきちんとしていなければならない。毅然としていなければならない。待ち合わせの場所に行き、ちゃんと自分の言うべきことを言う。それだけだ。
そう結論を出した途端に、一日のモヤモヤしていた気分がすっきりした。
優菜にはそのうち話そう。別にやましいことがあるわけじゃない。自分がちゃんとしていればいい。
そう言って僕を見上げる目を、思い出していた。
駅前で優菜のマンションの名前を教えてくれた子だ。優菜の一番仲のいい友達で、確か岩崎という名前だった。
「そうだよ。一人は俺の友達の彼女」
「何だ。じゃああんなことしなくてもよかったんだ」
「そんなことないよ、俺は友達にも教えてないから。助かった。ね」
そう言って僕は優菜を見た。優菜は笑って頷く。
岩崎は優菜の親友であり、それまでの経緯もあるから、事情は全て知っている。
サッカー部のマネージャーを始めた岩崎が偶然ここを通りかかって助かった。咄嗟にあんなことができるなんて凄いことだ。
「今のこと、彼には内緒ね」
岩崎が優菜に言う。岩崎には中学時代から付き合っている彼がいる。もちろんサッカー部だ。
僕たちはそのまま駅まで三人で歩いていった。
「今度アイスでもおごって下さいね」
岩崎が人懐っこい顔で明るく言った。
「はいはい」
僕はとても大変なことを引き受けてしまったように大げさに返事をしてやった。
岩崎という子は頭がいい。勉強ができるかどうかはわからないけれど、何事にも機転が利くタイプだ。もしかしたら、優菜のことを尋ねた時にマンションの名前を教えてくれたのも、今の僕たちのことを予想してのことだったのかもしれない。
優菜と岩崎が改札をぬけていくのを僕は見送った。
優菜が振り返り、笑顔を見せる。僕も片手を挙げて応えた。
何日か、優菜と顔を合わせない日が続いた。遠くから見かけることがあっても、それだけだった。ちょっと寂しい気がするけれど、仕方がない。本当は僕の彼女は優菜なんだぞと大きな声で学校中に言って回りたい気分だった。
そんなある日の朝、僕は下駄箱の奥に、小さな封筒を見つけてドキッとした。普通サイズの半分くらいの大きさで、男の子と女の子が並んで虹を見ている絵がプリントされている。
下駄箱の中に手紙が入っているなんて、初めての経験だった。
表には僕の名前が書いてある。裏にはA・Sというイニシャルだけ。それがまるで隠すように履き古した上履きの向こうにあった。
A・Sって誰だろう。そう考えながら、素早く手紙をポケットに押し込んだ。Aが名前だとすると、あの付く名前には心当たりがない。名字だとしても、僕の知っているのは青山くらいだけど、青山は男だ。Sが名字だろうか。鈴木ならSだけど、優菜も優花もYだからY・Sになる。
カバンを教室の机の上に放り出すと、僕はトイレに行った。中身が気になって仕方がない。
人目を気にしながらトイレの個室に入ると、ポケットから手紙を取り出してもう一度封筒をよく見てみた。きれいな字だ。女からのものに間違いないだろう。
ちょっぴりドキドキしながら僕は封を丁寧に開けた。
あなたが好きです、なんて書いてあったらどうしよう。僕には優菜という最高の彼女がいるのに。そんな馬鹿なことを考えている自分に恥ずかしくなりながら、手紙を広げた。
明日のお昼、1時に図書館に来てください。二人きりで相談したいことがあります。
それだけだった。名前も書いてない。
いったい誰だろう。もちろん、心当たりなんてないし、もしかしたら悪戯かもしれない。大樹や勇介だろうか。あいつらがそんなことするわけがないか。
とりあえず明日は行ってみるしかない。普通の男なら喜んで、彼女のいないやつならなおさら期待と不安に胸を躍らせて待ち合わせの場所に行くんだろうけれど。残念ながら僕は違う。もし会って、好きだとか、付き合ってほしいとかの愛の告白をされても、僕はその子を傷つけることしかできない。
でも、その子をその場で待ちぼうけにして放っておくことはもっとできない。それは僕にとっては楽なことだろうけれど、この手紙を出した子には最低のことになる。
経験が少ないながらも、僕も女の子を好きになった。片想いのつらく切ない胸を焦がすような想いは知っている。ありったけの勇気出して手紙を書いて、自分の持っている度胸をかき集めて待ち合わせの場所に来る。
来るか来ないかわからない相手を待っている不安。もし来てくれたとしても、好きな人と親しくなれる喜びか、振られた悲しみか。どちらかが待っている。
たった一通の手紙に惑わされ、あれこれと考えて学校での一日が終わった。自分はきちんとしていなければならない。毅然としていなければならない。待ち合わせの場所に行き、ちゃんと自分の言うべきことを言う。それだけだ。
そう結論を出した途端に、一日のモヤモヤしていた気分がすっきりした。
優菜にはそのうち話そう。別にやましいことがあるわけじゃない。自分がちゃんとしていればいい。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。
毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる