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恋は罪作り
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綾から三年生の男子が話をしたいから放課後に体育館の裏に行ってほしいと言われた。
綾の表情から、いい話じゃないと感じた。手紙のことかもしれない。
どうせなら、手紙のことがみんなに知れ渡ってしまってもいいのかもしれないと思った。びくびくして怯えながら祈り続ける日々は辛すぎる。心を一生懸命隠して、偽物の笑顔を作って、何気ない姿をいつまでも演じ続けていくことはできない。
綾に言われた場所に行くと、男の人が立っていた。他に誰もいない。
「野牧さん?」
男の人が私を見て言った。
「はい」
「俺、内山っていうんだけど。石井大樹の友達」
「はい」
確かこの人は学校の帰り道で、一年生の女の子と歩いていた人だ。その女の子の下駄箱にも手紙を入れた。きっと手紙のことを知っているのだろう。
「実はさ、俺、野牧さんが下駄箱に手紙を入れているところを見たんだ。後でその手紙を見せてもらったんだけど、ひどい内容だった」
やっぱり。
私は全身の力が抜けた。ついに恐れていた時が来てしまった。堰を切ったように悲しみが押し寄せてくる。私がやったことが明るみになってしまった。
「なぜそんなことをした?」
「ごめんなさい」
目から涙が溢れてきた。
「俺に謝ることじゃないよ。よかったら理由を話してくれ。このことは公にはしないから」
私はどうしようもなくて泣くしかできなかった。何を話せばいいのかわからなかった。
「俺から話していいか?」
私はその言葉に頷いた。この人は全てを知っているのだろうか。
「野牧さんは多分、沢口さんが付き合っている石井のことが好きなんだと思う。それで沢口さんと石井が別れてほしいと思って手紙を書いてしまった。それと、石井から聞いたんだけど、沢口さんは石井が誰か別の人と親しげにしていると心配していた。けど、それは事実じゃない。それも野牧さんが作り上げたことだろ?」
私は涙を拭きながら頷くことしかできなかった。
「素直に認めてくれてありがとう。野牧さんも自分がしてしまったことに対してすごく後悔していると思う。手紙のことについては俺が話を付けてやるから。誰の下駄箱に手紙を入れたのかを教えてくれ」
え?
どういうことだろう。
私は同じ手紙を四通作ったと伝え、下駄箱に手紙を入れた人の名前を言った。
「わかった。沢口さん以外の三人には俺が話をしておく。もう済んでしまったことは忘れた方がいい。二度とこんなことはしないだろ?」
「はい」
「それから、石井はああ見えても、沢口さんのことをとても大切にしている。周りの人間が少しくらいちょっかいを出したって、石井の気持ちは全然変わらない」
「はい」
「もうひとつ。これは沢口さんから言われたことなんだけど、何があってもずっと友達でいるからって」
綾も知っていたんだ、私のしたこと。
また悲しくなってきて、一生懸命こらえようとしても溢れてくる涙を隠すように懸命に拭った。
「さっきも言ったけれど、もう済んでしまったことだから、いつまでもくよくよしているなよ」
男の人はそう言って去っていった。
私は何も考えることができずに、とぼとぼとカバンの置いてある教室に戻った。
綾はもう帰ってしまったのだろうか。とても顔を合わせることはできない。明日からも。
明日からどうすればいいのだろう。
教室の入り口から中を覗くと、いつも私たちが座って話をしている席に綾と向日葵がいた。
私はこのまま教室に入らずに帰ってしまいたいと思った。でも、カバンを持ってこなきゃ。
その時、こちら側を向いていた向日葵が私に気付いた。綾に何か言う。
私はそこから逃げようとした。
だけど、やっぱり綾にきちんと謝らなければならないと思った。
綾と向日葵が私の前に来る。
「ごめんなさい」
私の目から涙が溢れてくる。私は両手で顔を覆って泣いた。
すると、私の前からも泣き声が聞こえてきた。
見ると綾と向日葵も両手で顔を隠すようにして泣いている。
綾と向日葵は私のことを思って、心配して、私のために泣いているのだ。
そう気が付いて、どうしようもないほどの悲しみが押し寄せてきた。
私はこらえきれずに声を出して泣いた。
綾も向日葵も大きな声で泣いた。
それから私は綾たちと、今まで話したことのないようなことを話した。私の綾の彼に対する気持ち。何であのようなことをしてしまったのか。
一週間もすると私の気持ちも落ち着き、またいつものように普通に三人でいられるようになった。
私の心は軽くなった。
私のしてしまったことは決して消せないけれど、もう一度スタートラインに戻ってやり直していける気がした。
もうひとつ。
あれほど私の心の中いっぱいを占拠していた石井大樹という人が、どこかに行ってしまった。
一年間ずっと私を悩ませてきたのに、あっさりと私の中からいなくなってしまった。
その代わり、私の心の片隅に、小さく別の人がいるようになった。
私を後悔の淵から救い出してくれた人。元の自分に立ち直らせてくれた人。
その人が一年生の子と付き合っているのは知っている。どうしてそんな人ばかり好きになってしまうのだろう。
今度は遠くから見ているだけでいい。ほのかな憧れとして。
やがて私はまた別の人を好きになっていくのだろう。これからはその想いを心に秘めたままでいい。
いつか私のことを好きになってくれる人が現れるその時まで。
終わり
綾の表情から、いい話じゃないと感じた。手紙のことかもしれない。
どうせなら、手紙のことがみんなに知れ渡ってしまってもいいのかもしれないと思った。びくびくして怯えながら祈り続ける日々は辛すぎる。心を一生懸命隠して、偽物の笑顔を作って、何気ない姿をいつまでも演じ続けていくことはできない。
綾に言われた場所に行くと、男の人が立っていた。他に誰もいない。
「野牧さん?」
男の人が私を見て言った。
「はい」
「俺、内山っていうんだけど。石井大樹の友達」
「はい」
確かこの人は学校の帰り道で、一年生の女の子と歩いていた人だ。その女の子の下駄箱にも手紙を入れた。きっと手紙のことを知っているのだろう。
「実はさ、俺、野牧さんが下駄箱に手紙を入れているところを見たんだ。後でその手紙を見せてもらったんだけど、ひどい内容だった」
やっぱり。
私は全身の力が抜けた。ついに恐れていた時が来てしまった。堰を切ったように悲しみが押し寄せてくる。私がやったことが明るみになってしまった。
「なぜそんなことをした?」
「ごめんなさい」
目から涙が溢れてきた。
「俺に謝ることじゃないよ。よかったら理由を話してくれ。このことは公にはしないから」
私はどうしようもなくて泣くしかできなかった。何を話せばいいのかわからなかった。
「俺から話していいか?」
私はその言葉に頷いた。この人は全てを知っているのだろうか。
「野牧さんは多分、沢口さんが付き合っている石井のことが好きなんだと思う。それで沢口さんと石井が別れてほしいと思って手紙を書いてしまった。それと、石井から聞いたんだけど、沢口さんは石井が誰か別の人と親しげにしていると心配していた。けど、それは事実じゃない。それも野牧さんが作り上げたことだろ?」
私は涙を拭きながら頷くことしかできなかった。
「素直に認めてくれてありがとう。野牧さんも自分がしてしまったことに対してすごく後悔していると思う。手紙のことについては俺が話を付けてやるから。誰の下駄箱に手紙を入れたのかを教えてくれ」
え?
どういうことだろう。
私は同じ手紙を四通作ったと伝え、下駄箱に手紙を入れた人の名前を言った。
「わかった。沢口さん以外の三人には俺が話をしておく。もう済んでしまったことは忘れた方がいい。二度とこんなことはしないだろ?」
「はい」
「それから、石井はああ見えても、沢口さんのことをとても大切にしている。周りの人間が少しくらいちょっかいを出したって、石井の気持ちは全然変わらない」
「はい」
「もうひとつ。これは沢口さんから言われたことなんだけど、何があってもずっと友達でいるからって」
綾も知っていたんだ、私のしたこと。
また悲しくなってきて、一生懸命こらえようとしても溢れてくる涙を隠すように懸命に拭った。
「さっきも言ったけれど、もう済んでしまったことだから、いつまでもくよくよしているなよ」
男の人はそう言って去っていった。
私は何も考えることができずに、とぼとぼとカバンの置いてある教室に戻った。
綾はもう帰ってしまったのだろうか。とても顔を合わせることはできない。明日からも。
明日からどうすればいいのだろう。
教室の入り口から中を覗くと、いつも私たちが座って話をしている席に綾と向日葵がいた。
私はこのまま教室に入らずに帰ってしまいたいと思った。でも、カバンを持ってこなきゃ。
その時、こちら側を向いていた向日葵が私に気付いた。綾に何か言う。
私はそこから逃げようとした。
だけど、やっぱり綾にきちんと謝らなければならないと思った。
綾と向日葵が私の前に来る。
「ごめんなさい」
私の目から涙が溢れてくる。私は両手で顔を覆って泣いた。
すると、私の前からも泣き声が聞こえてきた。
見ると綾と向日葵も両手で顔を隠すようにして泣いている。
綾と向日葵は私のことを思って、心配して、私のために泣いているのだ。
そう気が付いて、どうしようもないほどの悲しみが押し寄せてきた。
私はこらえきれずに声を出して泣いた。
綾も向日葵も大きな声で泣いた。
それから私は綾たちと、今まで話したことのないようなことを話した。私の綾の彼に対する気持ち。何であのようなことをしてしまったのか。
一週間もすると私の気持ちも落ち着き、またいつものように普通に三人でいられるようになった。
私の心は軽くなった。
私のしてしまったことは決して消せないけれど、もう一度スタートラインに戻ってやり直していける気がした。
もうひとつ。
あれほど私の心の中いっぱいを占拠していた石井大樹という人が、どこかに行ってしまった。
一年間ずっと私を悩ませてきたのに、あっさりと私の中からいなくなってしまった。
その代わり、私の心の片隅に、小さく別の人がいるようになった。
私を後悔の淵から救い出してくれた人。元の自分に立ち直らせてくれた人。
その人が一年生の子と付き合っているのは知っている。どうしてそんな人ばかり好きになってしまうのだろう。
今度は遠くから見ているだけでいい。ほのかな憧れとして。
やがて私はまた別の人を好きになっていくのだろう。これからはその想いを心に秘めたままでいい。
いつか私のことを好きになってくれる人が現れるその時まで。
終わり
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